二十一祓目 生徒会執行部
――ドン。
低く、
腹の底に響く揺れ。
「……っ」
染崎は、
思わず足を止めた。
まただ。
(……周期的に……来てる……?)
最初より、
間隔が短い気がする。
アカツキたちは、
まだ戻らない。
(様子見って……)
(長くないか……?)
嫌な想像が、
頭をよぎる。
――その直後。
ゴゴゴゴ……!
「うわっ……!」
今度の揺れは、
明らかに違った。
壁が鳴り、
足元の砂利が跳ねる。
体感で、
震度5強。
視界がぐらっと歪み、
染崎は思わず膝をつきかける。
「……っ、せ、先生!?」
背中から、
慌てた声。
「だ、大丈夫ですか……!?」
少女が、
必死にしがみついてくる。
(……近い……なんかいい匂いする)
きっしょおお。
変なところで、
意識してしまう。
(人生で……)
(家族以外の女の子と……)
(こんな距離で話したこと……)
脳が、
どうでもいい方向に暴走する。
「だ、だだだ大丈夫!!」
「ぜ、全然!!」
「よ、よくある!!」
「立ちくらみ的な!!」
完全に挙動不審。
自分でも分かるくらい、
キャラが崩壊していた。
「……?」
少女は、
不安そうに首をかしげる。
「……そ、そうですか……?」
(ああああ)
(落ち着け)
(落ち着け染崎)
そのとき――
ヒカリが、
急に動きを止めた。
ピタリと。
「……」
暗闇の中で、
異様な静止。
「……せんせー」
いつもの間延びした声じゃない。
低くて、
はっきりした声。
「……上」
「……え?」
次の瞬間。
――ピキッ。
嫌な音が、
頭上でした。
ひび割れるような、
乾いた音。
「……っ!」
「せんせー!!」
ヒカリが叫ぶ。
――ドォォンッ!!!
轟音。
洞穴の天井が、
大きく割れた。
土と砂利が、
一気に崩れ落ちる。
「うわあああ!!」
染崎は、
とっさに体を丸める。
少女を背負ったまま、
必死に耐える。
視界が、
土煙で真っ白になる。
咳が出る。
音が、
何も聞こえなくなる。
――数秒。
いや、
数十秒だったかもしれない。
やがて、
崩落が止まり。
土煙の向こうに――
「……?」
影が見えた。
人影。
ひとつ、
ふたつ……。
「……2人……?」
いや。
もうひとつ。
「……3人……?」
シルエットが、
ゆっくりと近づいてくる。
染崎は、
ごくりと喉を鳴らした。
(……アカツキ……?)
(それとも……)
少女が、
背中で息を詰める。
「あ……、あ……」
背中で、
少女の喉がひくりと鳴った。
指先が、
ぎゅっと染崎の上着を掴む。
「か……」
「かいちょ……」
蚊の鳴くような声。
けれど、
確かにそう言った。
「……?」
染崎は一瞬、
思考が追いつかず――
「……かいちょ……?」
「快腸……?」
「お腹の調子の話……?」
自分でも何を言っているのか分からない。
当然、
誰も突っ込まない。
ヒカリは無言。
少女は硬直。
空気だけが冷える。
――その瞬間。
ぶわっと、
風が抜けた。
土煙が一気に押し流される。
「……あら」
凛とした声。
高すぎず、
低すぎず。
よく通る、
不思議と耳に残る声だった。
「詩織ちゃん……」
少女の声が、
震えながら名前を呼ぶ。
「……と」
「染崎先生」
そう言って、
完全に姿を現した人物がいた。
腰あたりまで伸びた、
艶のある黒髪。
切れ長の瞳が、
薄暗い洞内でもはっきりとこちらを射抜く。
制服――
のようで、
どこか違う。
セーラー服を基調にしているが、
仕立てが明らかに特別だ。
上着の下にはワイシャツ。
首元には、
几帳結びのリボン。
そして、
腰。
明らかに物騒な得物が、
二振り。
視線を上げれば、
腕章。
そこには、
はっきりと書かれていた。
――生徒会長。
「……え」
染崎の口が、
間抜けに開く。
(え)
(生徒会長)
(こんなところに)
(フル装備で)
とこのようにまともな考えができなかった。
その両脇には、
二人の男子生徒。
一人は、背が高く落ち着いた佇まいで、
鋭い視線。
腕章には、
――生徒会副会長。
もう一人は、
中性的な顔立ちだが、
負けじと劣らず睨みつけて来ている。
――生徒会書記。
完全に、
護衛。
空気が、
一段階変わった。
会長さんの視線が、
染崎の背中へ移る。
会長と呼ばれる少女は
こちらへ一歩ずつ近づいてくる。
足音は静かで、
しかし迷いがない。
会長さんは、
染崎の背にいる少女――
詩織の前で足を止めた。
そして、
何のためらいもなく、
詩織の頬に、
そっと手を添えた。
撫でる。
まるで、
壊れ物を扱うみたいに。
「……だめじゃない」
声は穏やかで、
しかし芯がある。
「詩織ちゃん……」
詩織の肩が、
小さく跳ねる。
「こんな怪我をして……」
「怖かったね」
親しみと、
いたわりが混じった声音。
「……かわいそうに」
その瞬間、
詩織の目が揺れた。
「は……」
「はひ……」
声が掠れ、
変なところで裏返る。
「だ……」
「だひじょうぶ……です……」
必死に、
大丈夫だと言おうとしている。
でも、
全然大丈夫じゃないのが、
見て分かる。
「……そう」
会長さんは、
小さく息を吐いた。
「無理をしなくていいのよ」
撫でる手は、
止まらない。
「あなたは」
「よく頑張ったわ」
詩織の唇が、
震えた。
その様子を見て、
(……あ)
染崎は、
胸の奥が少し緩むのを感じた。
おぶっていた詩織を会長さんに任せて、ようやく肩が軽くなる。
(この人たち……)
(少なくとも……)
(無茶苦茶な人じゃない……かも)
そう思ってしまったのが、
運の尽きだった。
「あ、あの……」
染崎は、
恐る恐る声をかける。
「えっと……」
「事情がよく分からなくてですね……」
その瞬間。
――ぎゅっ。
「……っ!?」
何かが、
手首に絡みついた。
次の瞬間には、
腕が背中に回されている。
「え、ちょ、な――」
振り返るより早く、
冷たい声が耳元で響いた。
「動かないでください」
あの、
さっきから番犬みたいに睨んでいた――
生徒会書記の少年。
いつの間にか、
完璧な手際で
染崎の手首を拘束していた。
「……は?」
状況が、
一切理解できない。
「ご同行、願います」
にこりともせず、
むしろ全力で嫌そうな顔。
「え、いや、ちょっと待って」
「先生だよ!?自分!!」
「存じてます」
書記は淡々と答える。
「ですが」
「現時点であなたは」
「説明が必要な人物ですので」
「説明って何の!?」
助けを求めるように、
会長さんを見る。
会長さんは、
詩織の肩に手を置いたまま、
こちらを一瞥し――
「……安心してください。先生」
静かに言った。
「危害は加えません」
……その言い方が、
もう不穏だった。
「ただし」
と、
一拍置いて。
「少しだけ」
「お話を伺います」
染崎は、
悟った。
(……あ)
(これ……)
(逆らえないやつだ……)
こうして――
なぜか。
本当に、
なぜか。
染崎環・27歳・新人教師は、
生徒会一行に、
きっちり連行されることになったのだった。
*
――気づけば。
湿った土も、
崩れかけの天井も、
全部、過去の話になっていた。
連行された染崎は、
そのまま外へと脱出し――
そして今。
「……生徒会室?」
見慣れない扉の前に立たされていた。
校舎の一角。
けれど、どこか空気が違う。
扉が閉まる音が、
やけに重く響いた。
「さて……」
会長さんは、向かいの席に腰を下ろしながら言った。
「突然のことで」
「混乱していらっしゃるとは思いますが……」
そう言って、にこり、と微笑む。
柔らかいはずなのに。なぜか、背筋が伸びる。
「とりあえず」
「お話をする前に……」
会長さんが視線を送ると、
副会長さんが静かに動いた。
何も言わず、ただ湯気の立つ湯呑みを、染崎の前に置く。
――とん。
「……あ、どうも」
反射的に礼を言う。
返事はない。
副会長さんは、
それだけで役目を終えたかのように、
元の位置へ戻った。
(……静かすぎない?)
(逆に怖いんだけど……)
さっきまで番犬のように睨んでいた書記とは、
また別種の圧。
無言の威圧。
染崎がそわそわしていると、
会長さんが口を開いた。
「申し遅れましたが」
背筋を伸ばし、はっきりと。
「私は」
「この成海中学校・現生徒会長」
「御巫小町と申します」
名前を告げる声は、
凛としていた。
「あ……」
「ど、どうも……」
「一年五組担任の、染崎です……」
自分でも分かるくらい、
情けない名乗り方だった。
御巫さんは気にした様子もなく、
隣へと掌を向ける。
「こちらが」
「副会長の――纐纈義高」
呼ばれた青年は、
一歩前に出て、
「……初めまして」
短く、
それだけ言って、
ぺこりと頭を下げた。
礼儀正しい。
しかしそれ以上、
何も語らない。
(……静かな人だな……)
(怒ってるのかどうかも分からん……)
染崎が内心で震えていると、
御巫さんは最後の一人を示した。
「で」
「こちらが書記の」
「榊原雅です」
指された瞬間。
ギロッ。
殺気。
「……」
榊原くんは、
相変わらず不機嫌そうに
染崎を睨みつけている。
(この子だけ明らかに敵意ある……)
空気が、
ぴんと張り詰めたまま。
染崎は、
とりあえず背筋を伸ばす。
「あ、あの……」
「さっきは本当に、偶然で……」
「偶然?」
食い気味に、
榊原くんが口を挟んだ。
低い声。
刺すような視線。
「旧校舎の立入禁止区域」
「しかも封鎖済みの地下」
「そこに“偶然”ですか?」
「いや、あの……」
「地震っぽいのあって、生徒追いかけてたら……」
「嘘は結構です」
ぴしゃり。
言葉が鋭い。
「あなたは」
「“見えていた”はずだ」
「……は?」
心臓が、
一瞬だけ止まる。
見えるってなんだ?本当にわからないのだが。
笑ってごまかそうとする。
声が、わずかに上ずる。
その瞬間。
御巫小町が、
静かに言った。
「先生」
柔らかい声。
けれど逃げ道を塞ぐ声。
「あなた」
「地下で“揺れの中心”を」
「見ましたね?」
ぞくり。
「……中心?」
「崩落は」
「自然ではありませんでした」
今度は副会長――纐纈義高が、
初めて、はっきりと口を開いた。
「局所的すぎる」
それだけ。
けれど、
断定の響き。
染崎の脳裏に、
あの瞬間がよみがえる。
ひび割れ。
空気の歪み。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見えた陽炎のように揺れた洞窟の壁。
(……あれは)
言葉にしたら、
何かが確定してしまう。
「……」
沈黙。
榊原くんが、
一歩前に出た。
「あなたは」
「普通の教師ではない」
「ちょ、ちょっと待って」
「飛躍しすぎじゃない?」
「飛躍?」
冷笑。
「では質問を変えます」
榊原くんの目が、
細くなる。
「朧神社」
「ご存じですよね?」
――どくん。
心臓が、
嫌な音を立てた。
「……」
「街の伝統的な神社の一つ」
淡々とした説明。
「当時、宮司には」
「二人子供がいた」
視線が、
まっすぐ刺さる。
「染崎 陽介」
喉が、
乾く。
「……」
「そこから逃げて」
「教職に就いた」
榊原くんの声が、
さらに低くなる。
「偶然じゃないですよね」
沈黙。
逃げられない。
(……調べてる)
いや、
調べたどころじゃない。
全部、知っている。
御巫が、
静かに続けた。
「先生」
「……はい」
「あなたは」
「朧神社の跡取り」
断言。
「違いますか?」
視界が、
少しだけ揺れた。
「……それは」
否定すればいい。
今ならまだ。
けれど。
地下で、
あれを“見た”。
「……」
染崎は、
小さく息を吐いた。
「……形式上は」
それが、
精一杯の答えだった。
榊原くんの目が、
わずかに鋭さを増す。
義高は、
目を閉じる。
御巫だけが、
静かに微笑んだ。
「やはり」
その笑みは、
勝ち誇るものではない。
確認できた、
という顔。
「普通ではないのは」
「貴方だけではありません」
御巫の瞳が、
深くなる。
「先生」
「……」
「地下で“何”を見ましたか?」
空気が、
重く沈む。
染崎は、
ゆっくりと顔を上げた。
(……この生徒会)
洞穴に、
迷いなく入ってきた。
崩落を恐れない。
“揺れの中心”を知っている。
(普通じゃない)
間違いなく。
そして。
(……自分も)
もう、
“普通の教師”ではいられない。
「……あ、あの。直接何かみたわけじゃないんですけど…ずっとみられているような気配は…」
小さく、
答えた。
御巫の瞳が、
わずかに揺れる。
「……やはり」
榊原くんが、
低く言う。
「…いますね、異形が」
「……君たち」
染崎は、
静かに言った。
「な、何者なんですか?」
沈黙。
そして。
御巫小町は、
ゆっくりと立ち上がった。
「成海中学校生徒会執行部は」
凛とした声。
「この学校をはじめとした土地の“均衡”を」
「管理する役目を担っています」
その宣言は、
あまりにも自然だった。
「そして先生」
一歩、近づく。
「あなたは」
「本来なら」
「こちら側に立つ人間です」
静かに。
逃げ道なく。
「今は自覚がないようですが…協力していただきます」
にこり。
最初と同じ、
優しい笑顔。
けれど今度は、
はっきり分かる。
これは――
勧誘ではない。
通告だ。
にこり。
御巫小町は、
まるで天気の話でもするような口調で言った。
「ですから先生は本日付で、サッカー部顧問を解任です」
「……は?」
「代わりに、生徒会顧問をお願い致します」
さらり。
副会長・纐纈義高が、
さりげなく書類を差し出す。
ぱら、と風もないのに紙が揺れた。
「え?」
「え?」
「えええ?」
染崎の思考が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 解任って何!? 聞いてないんだけど!?」
「安心してください」
御巫は穏やかに微笑む。
「校長先生の許可は取ってあります」
「早くない!?」
「仕事が速いのが取り柄です」
にこー。
かわいい笑顔。
内容は強制。
「放課後、改めて“他の方々”をご紹介しますね」
「他の……?」
正直にいうと、他もいるの?うげぇって思ってしまった。
失礼だとは思いましたが。
「では」
くるり、と踵を返す。
纐纈義高も無言で一礼。
榊原雅だけが、最後まで視線を外さない。
ぎろり。
「……逃げないでくださいよ」
低い声。
「いや逃げる予定は今のところないです!?」
「今の所ってことは今後できるかもってことですよね」
「疑い深いな君!?」
扉が閉まる。
ぱたん。
静寂。
生徒会室に、
ぽつーん。
取り残された染崎。
「……」
机の上には、
すでに顧問変更届。
判子のスペースまで用意済み。
(段取り良すぎない?)
頭を抱える。
「自分……教師だよね?」
数十分前まで、
ただの数学教師だったはずだ。いや。もうすでに違ったかもしれないが。
地下で体験したこと。原因不明の地震。
正体を暴かれて。
強制スカウトされて。
今や、
土地の均衡管理チームの顧問。
「……」
机の上のお茶は、
まだ温かい。
(他の人間って何)
(均衡って何)
(異形って何)
(なんで自分が顧問)
ため息。
けれど。
心のどこかで、
理解している。
あの地下の“揺れ”。
あれは、
偶然じゃない。
そして、
朧神社の名が出た以上。
逃げ続けることは、
もうできない。
逃げてここに来たのに、結局はあの家が関わってくる。
本当に、うんざりだ。




