二十祓目 ノロワレタ③
放課後。
夕方の校舎は、
やはり昼間とは別の顔をしていた。
人の気配が薄く、
どこか音が響きすぎる。
(……またか)
染崎は、旧校舎の前で立ち尽くしていた。
最近、
どう考えてもおかしい。
教師なのに。
不良でもないのに。
忍び込む頻度が高すぎる。
(いや、これ慣れちゃいけないやつ。冷静になれ染崎よ……)
ようやく、
“常人の感性”が帰ってきたらしい。
「……やっぱ、無理」
ぼそっと呟く。
「いかない」
「無理無理無理」
アカツキが、
ちらりとこちらを見た。
「……は?」
「いや、だから」
「アカツキたちだけで行ってよ!!」
急に声が大きくなる。
「自分!!多分!!」
「いても!!囮にすらなれないから!!!」
必死。
楓月が、
ぽかんと口を開ける。
「囮って」
「自覚はあるんだ……」
「あるよ!!」
「めちゃくちゃあるよ!!!」
すると。
ごん。
「痛っ!!?」
アカツキの靴先が、
容赦なく脛に入った。
「何を今さら」
呆れた声。
「交渉、成立しただろ」
「成立したけど!!」
「人は気持ちが変わる生き物なんだよ!!」
「知らん」
もう一発、軽く蹴る。
「おら」
「立て」
「教師に蹴り入れるの公務執行妨害だよね!?え?違う!?誰か教えて!!」
ヒカリが、
横でぱちぱち手を叩いている。
「せんせー、がんばれー」
「応援が軽い!!」
楓月は、
顎に指を当てて考え込む。
「……じゃあさ」
にこっと笑って、
首を傾げた。
「いかない?」
染崎は、
食い気味に。
「うんっっっ!!」
切実。
魂の肯定。
「いかない!!」
「今日は帰ってちょっといいお酒飲んで寝る!!」
「そっかー!」
楓月は、
あっさり言った。
そして。
一呼吸も置かず。
「じゃあさ」
「今引き返して」
「もし“消えた子”が助けられる状態だったら」
「……」
「助け求めてきたのに」
「先生、見捨てちゃったことになるけどー?」
「……」
「いや、そもそも」
「今日行かないで」
「明日その子が“見つからなかった”ら?」
早い。
間を与えない。
「そんでー職員会議で」
「なんで昨日行かなかったんですかって聞かれて」
「……」
「“怖かったからです”って言える?」
「教師として」
染崎の口が、
ぱくぱくと動く。
「……それは……」
「言えないよね?」
にこにこ。
「……む、むり」
「……」
「先生、いい人だもんね」
優しい声。
だからこそ、
逃げ道を塞ぐ。
「行くしかないよね?」
沈黙。
アカツキが、
小さく鼻で笑った。
「ほらな」
染崎は、
天を仰いだ。
(ああ……)
(詰んだ……)
「……行く」
消え入りそうな声。
「行きます……」
楓月は、
ぱっと笑顔になる。
「よし!」
ヒカリが、
鈴を鳴らして跳ねた。
「しゅっぱーつ!」
アカツキは、
踵を返す。
「覚悟決めろ」
「今夜は――」
一瞬だけ、
振り返る。
「教師の肩書きじゃ」
「守れないものを見ることになるだろうから」
*
夜の旧校舎というのは初めてだったが、夕方とそう変わらない怖さだ。
しかし、アカツキとヒカリという、緊急事態になったらなんとかしてくれそうな奴らがいるおかげでなんとか精神を保っている。
以前であればすぐに発狂して這いずり回りながら逃げてただろう。
灯りはなく、
懐中電灯の円だけが、
床と壁を切り取っていた。
沈黙。
重い。
染崎は、
覚悟を決めたはずなのに、
足取りはどうしても重かった。
「……で」
意を決して、
口を開く。
「具体的には」
「どうやって探すの?」
アカツキは、
歩きながら――
「んー……」
と、間延びした声を出した。
「……実は」
足を止める。
振り返る。
真顔。
「全く検討がついていないのは」
「本当なんだ」
一拍。
「てへぺろ」
棒読み。
「は????」
染崎の悲鳴が、
旧校舎に反響した。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「ノープラン!?」
「うん」
即答。
ヒカリが、
楽しそうにくるっと回る。
「わかんなーい」
「わかんなーいじゃない!!」
染崎は、
頭を抱えた。
「いや、待って待って待って」
「普通さ!」
「変な力で!」
「空間をネジ開けて!」
「そこから入るんじゃないの!?」
必死の想像。
アカツキは、
呆れたように肩をすくめる。
「おまえさ」
一歩、
近づく。
「軽く言うな」
「……え」
「本来なら」
「仏滅にしか開かない“道”を」
「無理やりこじ開けるんだぞ?」
声が、
低くなる。
「人間が」
「絶対にできないことを」
「今からやろうとしてる」
染崎は、
凍りついた。
「……え……」
「むしろ」
アカツキは、
指を突きつける。
「感謝しろ」
「いや感謝の前に説明!!」
楓月が、
横から口を挟む。
「え、じゃあ」
「今って……」
「行き当たりばったり」
即答。
「運任せ」
「最悪じゃん!!」
ヒカリが、
ぴょんっと跳ねる。
「だいじょーぶだよー」
「何が!!?」
「せんせーがいるから」
染崎は、
一瞬言葉に詰まった。
「……それ」
「フォローになってないからね?」
ノープランということと、アカツキのてへぺろが頭から離れなすぎて、
染崎は暴れた。
奇声をあげながら、帰るコール。本当に大人気ない。
その瞬間だった。
ぐに。
「……え?」
足裏に、
妙な感触。
次の瞬間。
ミシッ。
「――あ」
短い声。
床が、バリバリバリっっっっと音を立てて…
抜けた。
ア――――――。
視界が、
切り替わる。
一瞬、
俯瞰。
次、
横。
次、
真下。
脳内で勝手に、
1カメ、2カメ、3カメ。
「ちょっ――――!!」
叫ぶ暇もなく、
体が宙に放り出された。
楓月は、
その様子を見下ろしながら。
「あーあー……」
にっこにこ。
「やっちゃったね」
「せーんせ♪」
ゲラゲラ笑う。
「うるさい!!」
「笑ってる場合じゃ――」
言い終わる前に、
重力が仕事をする。
染崎の頭が、
真っ白になる。
「……あ」
声にならない声。
落下。
思考停止。
その瞬間。
「――ちょっと待て」
アカツキの声。
何かが、
染崎の襟首を掴んだ。
ぐいっ。
「うおっ!?」
首が締まり、
視界が揺れる。
宙吊り。
数十センチ下は、
闇。
「……」
染崎は、
ぷるぷる震えながら、
上を見た。
楓月と、
目が合う。
楓月は、
満面の笑み。
「先生さぁ」
「……なに」
「今の」
「絶対バレたら面白いやつだよね…まって、誰かにバラしたくなってきた」
次の瞬間。
染崎の目に、
狂気が宿った。
「……誰かに」
一拍。
「誰かに言ったら」
声が、
異様に低い。
「数学の内申」
「1にするからぁぁっぁぁっぁああああっっっっっっ!!!」
「うわ汚なっ!!」
即ツッコミ。
「教師の脅しじゃない!!」
「知るか!!」
「命かかってんだぞ!!」
ヒカリが、
鈴を鳴らして大爆笑。
「せんせー」
「こわーい」
アカツキは、
ため息をついた。
「……ほんと」
「ろくでもない教師だな」
「今それ言う!?」
だが。
掴まれている襟が、
少しだけ強くなる。
「まあ」
アカツキは、
淡々と言った。
「お手柄。さすがビビ崎だ」
「……え?」
「ほれ、みろ」
と指差した先は、闇。
さっきはあまり気にしなかったが、普通に考えて、床の下がこんな底の見えない闇なんておかしい。
「さすがせんせー!道掘り当てちゃったね♪」
楓月は、先程の脅しなんて忘れたように
愉快そうに手を叩いている。
染崎の襟を掴んだままのアカツキはニヤッと笑って
「じゃあいくか」




