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二祓目 アオハルライフを送りたい

 鎖のかかった正門を見つめながら、染崎は半ば絶望し、半ば現実逃避じみた思考に沈んでいた。

 その横で、寺沢と言えば——


 「じゃ、入りますか。」


 と、軽い調子で言ったかと思うと、

 門を掴んで、スタッ、と足をかけた。


 「……は?」


 染崎の脳が状況を理解するよりも早く、

 寺沢はスーツに皺ひとつつけることなく、

 すらりと門扉を乗り越え、内側へ着地した。

 ヒールを履いているのに、何不自由なさそうだ。


 まるでちょっとした段差を降りたかのような身軽さだった。


 「……え、え、えっ……」


 染崎は両手を前に突き出し、

 その場で慌てたまま固まっている。


 寺沢はというと、門越しに首を傾けて染崎を見ていた。


 「あなたも来てください。職員室、門の鍵開けてもらわないと困るでしょ?」


 「でっ、でも乗り越えるとか……そんな、不良みたいな……!」


 「教師よ?」

 「なおさらですよ!!!!」


 寺沢は肩をすくめ、

 「じゃあ正門が時間まで開くの待つ?ここで?」

 と淡々と告げた。


 その言葉に、染崎はまたもや想像してしまった。


 ——門前で新任教師が固まり続け、

 登校してくる生徒たちに「お地蔵先生」と呼びはやされる未来。


 無理だった。

 チキンには、耐えられそうにない。

 「……い、行きます……!」


 青年は意を決し、門をよじ登り始めた。

 スーツの裾が引っかかり、靴のつま先が滑り、

 “スタッ”とは程遠い、

 “ズル……ドサッ”という鈍い音を立てて着地する。


 (……痛ってぇぇっっっっ!!)


 運動神経が雑魚すぎて泣きそうになるが、顔をぶるぶる振る。


 *


 寺沢とともに歩き出すと、

 成海中学校の校舎が、朝の光を受けて静かに佇んでいた。


 コンクリート造りの四階建て。

 昭和中期に建て替えられた校舎らしく、角ばった外壁と、

 ところどころに見える水垢が歴史を語っている。


 校庭の土は昨夜の雨を吸い、まだ少し黒く濡れていた。

 鉄棒と雲梯の塗装はところどころ剥げ、

 風に揺れる古い旗のポールが、カン……カン……と小さく鳴る。


 青年は思わず立ち止まった。


 (……変わってないな)


 かれこれ15年ほど前、毎日見ていた風景。

 といっても…あまりいい思い出はないが。

 こんな性格のせいで友達もあまりいなくて、大体いつも一人だったから。

 

 でも、やはり自分の過去を思い出せる場所というのは、いいものである。

 たとえそれが悪い思い出でも。今となっては笑い話だから。


 寺沢が横から覗き込んでくる。


 「どうしたんです?入らないんですか?」


 「い、いえ!なんでも……!」


 *


 二人が昇降口に入ると、空気が一気に学校の匂いになった。

 ワックスと古い床板、紙と埃の混じったような、昔から変わらない匂い。


 ガラガラッ。


 寺沢が靴箱を開ける。

 彼女の動きは無駄がなく、さすが教師4年目だと思った。

 あ、さっき聞きました。ちなみに独身で26歳らしい。

 正直独身という情報はいらないが、まぁ、これから一緒に働いていくんだし、いいよね。


 「スリッパ、ここね。去年と位置が違うから面倒なのよね。」


 染崎は周りをキョロキョロしながら、自分の靴箱を探した。


 (名前……えっと……あれ……?どこ……?)


 焦れば焦るほど視界が泳ぐ。


 寺沢は冷静な声で言った。


 「ほら、そこ。“さ行”。」


 「あっ……!」


 本当に“さ行”にあった。

 当たり前だ。


 (……こんなところで迷ってどうするんだ自分)


 スリッパに履き替えた染崎は、

 少し落ち込んだ気持ちをごまかすように背筋を伸ばした。


 *


 廊下にはまだ誰もいない。そりゃそうだが。

 朝の学校特有の静寂が、少しだけ神聖に感じられる。


 窓の外からは、校庭に落ちる風の音。

 古い柱時計が、コツ……コツ……と針を進める音。

 時折、壁の向こうで旧式のボイラーが鳴る低い唸り声。


 青年は思わず呟いた。


 「……こんなに静かな学校、久しぶりです。」


 寺沢は横目で青年を見た。


 「今のうちに静かさ楽しんでおいたほうがいいですよ

  生徒来たら、地獄。です」


 「へ、へぇ……地獄……」


 想像して青ざめる染崎の横で、

 寺沢はスタスタと職員室へ向かっていく。


 「…というか、寺沢先生は何でこんなに早く来たんですか?」


 「いつもこのくらいにくるので」


 「え、ま、まさか毎朝門をああやって…」


 「そうですけど」


 軽く引きながらも懐かしい見覚えのある廊下に出る。

 職員室。自分は数学が好きでよく自分で問題を作って先生に見せたりしていた。

 その先生が良い人で…当時の担任だったのだけども。

 だから、職員室の廊下だけにはいい思い出があるのだ。


 職員室の前まで来ると、寺沢は立ち止まり、振り返った。


 「じゃ、私はちょっと用があるから。先に入っておいてください。ついでに鍵も」


 「えっ? ちょっ……!」


 聞く間もなく、寺沢は踵を返してスタスタと廊下の奥へ消えていった。


 取り残された青年は、職員室の扉を見つめた。


 (……置いていかれた……)


 手を伸ばす——

 だが、直前で引っ込める。


 また伸ばす——

 また引っ込める。


 教師になっても、このチキン魂は健在である。


 (……いや、今日は初日だぞ。

  ここでビビってどうするんだ……!ここで爽やか印象を残してアオハルライフを送るんじゃなか  ったのか!?!?)

 ※なにそれ初めて聞いた


 そう心で叫ぶが、身体は微動だにしない。


 「……あのー……」


 と、小さく声を出してみるが返事はない。

 当然だ。まだ扉を開けてすらいない。


 覚悟を決め、もう一度手を伸ばした——その瞬間。


 ガラッ。


 「うわっ!?」


 声が重なった。

 扉が突然、内側から開いたのだ。


 目の前に立っていたのは、スラッとした長身の青年教師だった。

 少しまくった白いワイシャツにおしゃれなネクタイ。銀色のネクタイピンが目立つ。髪もほどよく セットされている。

 整った顔立ちに長い手足。まるで俳優みたいな雰囲気だ。


 「あ。」「あ。」


 二人同時に間の抜けた声を漏らした。


 次の瞬間、長身の男は目を輝かせた。


 「わ! きみ、新人くん?

  でしょでしょ? 絶対そうだと思った!」


 距離の詰め方が異常に早い。


 「え、あ、はい……っ!?」


 「あはは、緊張してる? ダメだよ〜そんな顔しても!かわいいなぁ!

  ほら、入って入って!」


 青年は返事をする前に腕を掴まれ、

 ずるずると職員室へ引きずり込まれた。


 (ちょっと待って、心の準備が……!)

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