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十九祓目 ノロワレタ②

「……え、嫌だけど」


 即答。


 迷い、ゼロ。


 楓月が、

 思わず声を上げる。


「え?」

「サイテー」


「だって危ないじゃん!?」

「普通に!命の危険とかあるやつでしょそれ!」


 半泣き混じりの正論。


 楓月は腕を組み、

 むーっと頬を膨らませた。


「先生さぁ」

「それでも教師?」


「教師でも怖いもんは怖い!!」


 すると。


「……いーや」


 アカツキが、

 ゆっくり口を開いた。


「その判断」

「案外、間違ってない」


 染崎が、

 ぎょっとして振り向く。


「……え」


 楓月も、

 意外そうに眉を上げた。


「アカツキ、そっち味方すんの?」


「事実を言ってるだけだ」


 アカツキは、

 棚にもたれかかる。


 軽い口調だが、

 目は真面目だった。


「仏滅の日」

「今の連中は、カレンダーの文字くらいにしか思ってないだろう」


「……」


「だがな」

「私たちにとっては、最悪の日だ」


 ヒカリが、

 ぴたりと遊ぶ手を止めた。


「さかいめ、ぐちゃぐちゃになる日」

「いろんな“道”が重なる」


 子どもの声で、

 さらっと言う。


 染崎は、

 喉を鳴らした。


「……つまり」


「つまり」

「“入っちゃいけないところ”に」

「“行けちゃう日”ってことだ」


 楓月が、

 ごくりと唾を飲む。


「……それって……」


「戻り道が」

「消えることもある」


 空気が、

 一段冷える。


 アカツキは、

 続けた。


「しかもだ」

「その女――」

「どこに紛れ込んだか、分かってない」


「……」


「校舎の中か」

「境目の向こうか」

「それとも――」


 言葉を切る。


「“途中”か」


 染崎の背中を、

 冷たい汗が伝った。


「そんな状態で行くのは」

「正直、非常に危ない」


 断言。


 楓月は、

 さっきまでの軽さが消えていた。


「……じゃあさ」

「放っとくの?」


 アカツキは、

 即答しない。


 代わりに、

 染崎を見る。


「だから――」


 一歩、

 近づく。


「行かない」

「それが正解だ」


 染崎は、

 小さく息を吐いた。


「……よかった……」


「ただし」


 その一言で、

 安心が吹き飛ぶ。


「仏滅は、昨日でもう終わってる」


「……え」


「今日は大安。吉日だ」

「今日なら私の力を使ってなんとか道を開けれるかもだが…」


「だが…?」


 染崎が、

 恐る恐る続きを促す。


 アカツキは、

 にやりと笑った。

 さっきまでの真面目な空気が、

 一瞬でひっくり返る。


「タダでとは言ってない」


「……はい?」


 嫌な予感しかしない。


 楓月が、

 身を乗り出した。


「え?なに?」

「お金?」


「金は要らん」


 即答。


 ヒカリが、

 鈴を鳴らしながら首を傾げる。


「おかね、きらーい」


「だろ?」


 アカツキは肩をすくめる。


「私が欲しいのは――」


 染崎を見る。

 じっと。

 逃げ場を塞ぐみたいに。


「お前の“時間”だ」


「……時間?」


 楓月が眉を寄せる。


「なにそれ」

「寿命?」


 アカツキはちがう。と即否定。


 染崎が裏返った声を上げる。


「具体的に言え!!」

「教師はそういう曖昧なの一番困るんだ!!」


 横に立つ楓月は、呆れたように教師じゃなくても困るとおもーけど。とつついてくる。


 アカツキは、

 指を一本立てた。


「放課後」


「……放課後?」


「私とヒカリの“付き添い”をしろ」


 楓月が、

 ぽかんとする。


「…なーんだ。ちょー健全じゃん」


「そうだ」

「逆に何を期待してた」


 ヒカリが、

 ぱっと笑った。


「せんせー、あそぼー」


「遊ばない!!」


 即ツッコミ。


 しかし…

(……放っとけるかって言われたら……)


 怖いし、何が起こるかもわからない。正直、行きたくない。知ないふりしたい。

 でも、それ以上に頭に浮かぶのは、

 昨夜、消えた生徒の姿。

 顔も名前も知らないが、学校にいる間は教師が生徒を保護しなくてはならない。


 そして、

 教師になった日の自分の言葉。


「……わかった」


 声は、

 少し震えていたが、

 はっきりしていた。


「その条件」

「飲む」


 アカツキは、

 満足そうに笑った。


「交渉成立だ」


 ヒカリが、

 鈴を鳴らして跳ねる。


「やったー!」


 楓月は、

 肩をすくめて苦笑した。


「先生」

「ほんと、損な性格だよね」


「……知ってる」


 染崎は、

 深くため息をついた。


 ***


 雨音が、一定のリズムで窓を叩いていた。

 強くもなく、弱くもなく、逃げ場のない音。


 窓際に立つ少女は、外を見ているようで、

 実際には――何も見ていなかった。


 制服の袖に巻かれた腕章。

 そこには、はっきりとした文字。


 ――生徒会長。


「……」


 背後で、気配が二つ。


 一人は、長身。

 姿勢がよく、黙って立っているだけで目立つタイプの男子。


 もう一人は、

 中性的で整った顔立ちをした男子。

 声を出さなければ、女子と間違われてもおかしくない。


 その中性的な男子が、静かに口を開いた。


「御巫会長」


 御巫会長と呼ばれた少女はすぐには振り返らなかった。


 雨粒が、ガラスを伝って落ちるのを、

 ただ見つめている。


「……“詩織”の件ですが」


 その名が出た瞬間、

 少女の指先が、わずかに強張った。


「“あの”染崎陽介も」

「動いているようです」


 一拍。


 ようやく、少女が振り返る。


 長い黒髪が、肩越しに揺れた。

 感情を押し殺した、静かな目。


「……そう」


 声は落ち着いている。

 だが、その奥に、微かな棘があった。


「染崎先生が、ですか」


「はい」


 中性的な男子――生徒会書記と書かれた腕章をつけている。


「昼間の休み時間、旧校舎に出入りしているのを目撃したと”庶務”が」


「……へぇ」


 少女は、窓から離れ、ゆっくりと歩き出した。


「詩織は、うちの子でもあるから…生徒会の問題は生徒会が片付ける」


「小町」

「どこまで踏みこむつもりだ?」


 長身の整った顔立ちの男子ーー副会長の腕章をつけている。


 少女は、迷わずいった。


「必要なところまで」


 生徒会書記の少年は、わずかに眉をひそめる。

 その表情には、隠しきれない警戒が浮かんでいた。


「……会長」


 一歩、踏み出す。


「染崎陽介は」

「“一般枠”に見せかけていますが――」


 言葉を選ぶように、一拍。


「……あの家系です」

「本来なら、もっと早く」

「監視と、矯正が必要な人間なはずです」


 空気が、ぴんと張る。


 少女は、足を止めなかった。

 振り返りもしない。


「知ってるわ」


 即答だった。


「だからこそ、でしょう?」


 振り返る。

 その目は、冷静で、どこか楽しげですらある。


「“見えない側”に寄りすぎているのに」

「本人が、それを自覚していない」


「……」


「危ういけど」

「放っておくには、惜しい」


 少女は、指先で腕章を整えた。


「この際」

「どさくさに紛れて――」


 くすり、と小さく笑う。


「近づいて、ちゃんと見てみるわ」

「教師としてじゃなく」

朧神社(おぼろじんじゃ)嫡子の“染崎陽介”として」


 その瞬間。


 書記の少年は

 この上なく、嫌そうな顔をした。


「……最悪ですね」


 ぼそり。


「なにが?」


「全部です」

「状況も、相手も」

「それを面白がる会長も」


「ふふ…そう?なにか…楽しいことが始まりそうじゃない?」


と少女はもう一度窓に向き直し、窓の向こうの何かを見つめるのだった。


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