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十七祓目 かみさまくん

床に転がっていた“それ”は、

 もぞ、と小さく動いた。


「……はうー……」


 情けない声。


 転がったまま、ぐにゃっと身をよじり、

 ゆっくりと上半身を起こす。


 ――子ども、だ。


 ……たぶん。


 はっきりとは見えない。

 けれど、輪郭だけは確かにそこにある。


 転んで痛かったのか、

 目元をこすりながら、うー、と唸っている。


「……あ」


 染崎は、思わず声を漏らした。


(……起きた……)


 アカツキは、腕を組んだまま、

 その様子を見下ろしている。


「……うーん」


 少し考えるように首を傾げてから、

 あっさりと言った。


「まず、この状態じゃ不便だな」


「……え?」


「見えたり見えなかったり、

 輪郭あったりなかったり。

 話す側もされる側も、少々面倒くさい」


 そのまま、

 染崎をちらっと見る。


「ビビ崎」


「はいっ!?」


 呼ばれ慣れてきたあだ名に、

 条件反射で返事をしてしまう。


「サクッと名前、つけてくれ」


「……え?」


「名前がないから、定まらない」

「ほら、お前、呼んでやれ」


(……え、今!?)


 染崎の脳内が、

 一気に真っ白になった。


「い、いやいやいやいや……」

「ちょっと待って……」

「名前って……」


 視線が泳ぐ。


 床に座り込んでいる“それ”は、

 状況がよくわかっていないのか、

 ぽけーっとこちらを見ている。


 目が合った気がして、

 染崎は反射的に逸らした。


(な、名前……)

(こういうときの名前って……)


 焦る。


 とにかく焦る。


「……えっと……」


 口から出たのは――


「……お、お月様くん……?」


 沈黙。


「……」


「……」


「……」


 空気が、死んだ。


「……それは、ひどい」


 アカツキが、即座に切り捨てる。


「えっ!?」

「いや、だって……月っぽいし……!」


 肩のあたりに、

 ぼんやりと丸い何かがある気がして、

 それを根拠にしたのだが。


「……じゃ、じゃあ……」

「ピ、ピカピカくん……?」


 さらにひどくなった。


 楓月が、

 一拍置いてから吹き出した。


「先生、ネーミングセンス終わってるね」


「うるさい!!」

「今、命名という重責を背負ってるんだぞ!!」


「命名で“ピカピカくん”はないでしょ」


 佑月も、困ったように眉を下げている。


「……せ、先生……」

「もう少し……考えたほうが……」


 床の子どもは、

 会話の流れは理解していないものの、

 何となく“良くない方向”に進んでいることは察したらしい。


「……うー……」


 不安そうな声を出した。


 そのとき。


「……あ」


 楓月が、ふと声を上げた。


 じっと、その子を見て、

 少しだけ真剣な顔になる。


「……ヒカリ、とかどう?」


「……え?」


「なんかさ」


 肩をすくめながら、

 言葉を探すように続ける。


「理由とか、ないけど」

「でも……うん」

「なんとなく」


 染崎は、

 一瞬きょとんとしてから――


「……ヒカリ……」


 小さく、

 その名を呼んだ。


 ――その瞬間。


 空気が、揺れた。


 まるで、

 水の中に絵の具を垂らしたみたいに。


 薄かった輪郭が、

 じわり、と色づく。


 曖昧だった存在が、

 急に、はっきりしていく。


「……っ」


 染崎は、息を呑んだ。


 そこにいたのは――


 五歳くらいに見える、男の子。


 赤い紐で結ばれた髪。

 少し丸い頬。

 きょとんとした、大きな目。


 身に纏っているのは、

 平安時代の狩衣によく似た装束。


 色は、深い翠。


 アカツキの狩衣と、

 どこか“対応”するような色合いだ。


 下には、

 灰色の袴。


 腰紐や袖口、

 あちこちに小さな鈴が結ばれていて、

 動くたびに、ちりん、と鳴る。


 肩のあたりには――


 丸い球体。


 月のような模様が浮かび、

 その中央には、


 ――‘ω’


 妙にゆるい顔。


「……え」


 染崎の口が、

 半開きになる。


「……なに……」

「……かわいい……?」


 ヒカリは、

 ぱちぱちと瞬きをしてから、

 自分の手を見る。


 次に、

 染崎を見る。


 そして――


「……ヒカリ?」


 自分の名前を、

 確かめるように、口にした。


「……うん」


 染崎は、

 なぜか胸の奥が、きゅっとして、

 小さく頷いた。


「……ヒカリ」


 その瞬間、

 ヒカリの輪郭が、

 完全に定まった。


 鈴が、

 ちりん、と鳴る。


 アカツキは、

 満足そうに頷く。


「……なるほどな」


 視線を、

 楓月に向ける。


「坊ちゃん、勘がいい」


「え、まじ?」

「やった」


 軽いノリ。


 佑月は、

 ヒカリを見つめながら、

 小さく息を吐いた。


「……名前って……」

「大事なんだ……」


 ヒカリは、

 ゆっくりと立ち上がり、

 鈴を鳴らしながら、

 一歩、前に出た。


 そして――


 にこっ。


 無邪気な笑顔で、

 言った。


「ぼく、ヒカリ?いー名前だね!」


キャキャと透明じゃなくなった手のひらをグーパーと握ったり開いたりして、楽しそうだ。


「あいつ、今まで名無しだったから…呼び方困ってたんだ。ありがとう」


「よくいままで耐えられたね…」


 次の瞬間。


「あー!!」


 ヒカリが、突然声を上げた。

 びくっ、と染崎の肩が跳ねる。


「な、なに!?」


 ヒカリは、

 染崎のズボンのポケットを、

 じっと見つめている。


 そして――


 ひょい。


 何の前触れもなく、

 手を突っ込んできた。


「うわっ!?」

「ちょ、ちょっと――ヘンタイ!!!!」


 引き抜かれたのは、

 染崎が前に拾った大きめな鈴。


 ――ちりん。


「あー!!」

「ぼくのすず!!」


 ヒカリは、

 両手でそれを掲げて、

 ぱあっと顔を輝かせた。


「……え?」


 染崎は、

 自分のポケットと、

 ヒカリの手の中の鈴を、

 交互に見る。


「……これ……」

「ヒカリのだったのか」


「校舎であそんでたときにね!」


 ヒカリは、

 楽しそうに説明し始める。


「ぼく、すず、なくしちゃって」

「そしたら、どこいったかわかんなくなって」

「それでね――」


 指を折りながら、

 当たり前みたいに言った。


「みんなのにもつ、あさって」

「さがして」

「あさって」

「さがして」


「……待って」


 染崎の顔が、

 引きつる。


「……“みんな”って……?」


「んー」


 ヒカリは、

 少し考える仕草をしてから、


「このがっこうの、みんな!」


 にこっ。

 楓月が、

 吹き出した。


「やっば」

「それ、完全にアウトじゃん!!ヒカリがやったんだー」


「……えっと……」


 佑月が、

 おずおずとフォローに入る。


「で、でも……」

「悪気は……ない、よね……?」


「うん!」


 即答。


「だって、スズ介たいせつだもん」

「はやく、みつけなきゃって」


 (スズ介…?まさか名前つけてるの…???かわいいかよ)


 ヒカリは、

 鈴を胸に抱きしめる。


 ――ちりん。


 その音が、

 やけに響いた。


「……それで……?」


 染崎が、

 恐る恐る続きを促す。


「うん!」


「さがしてたらね」

「いーっぱい、にもつ紛れちゃって。みたものはてきとうにもどしといてねー」


「……」


「さがしきれなかったから、旧校舎に持ってきて」

「ここなら、まとめてさがせるかなって」

「さがしてたの!」


 悪びれた様子は、

 一切ない。


 むしろ、

「目的達成できて、満足」という顔だ。


 染崎の口が、

 ひくり、と歪む。


「……そ、それで……」

「気づいて……?」


「うん!」


 ヒカリは、

 こくん、と頷く。


「あとで、かえさなきゃって」

「だって、みんな、こまるでしょ?」


 ――正しい。


 理屈としては、

 間違っていない。


 ……間違っていない、はずだ。


「……」


 染崎は、

 ゆっくりと頭を抱えた。


「……つまり……」

「俺のネクタイも……」


「うん!」


「……先生の財布も……」


「うん!」


「……生徒たちの上履きとか……」


「うん!」


 全部、

 元気よく肯定される。


 楓月が、

 楽しそうに言った。


「先生さー」

「これ、怒れなくない?」


「怒れない……」

「怒れないけど……」


 染崎は、

 天井を仰いだ。


「……問題は……」

「規模なんだよ……」


 アカツキが、

 くく、と小さく笑う。


「だから言っただろ」


「……え?」


「お前が思ってるより」

「ずっと、面倒な存在だってな」


 ヒカリは、

 鈴を指で転がしながら、

 無邪気に首を傾げる。


「……え?」

「めいわく、だった?」


 その一言に、

 旧校舎の空気が、

 ひやり、と冷えた。


 ――善意。

 ――無邪気。

 ――理解のズレ。


 それが、

 一番厄介だ。


 染崎は、

 乾いた笑いを浮かべる。


「……いや……」

「迷惑、っていうか……」


(……これは……)

(……説教するにも……)

(……相手が……)


 五歳児(見た目)の、

 神霊。


 しかも、

 悪気ゼロ。


「……」


 ヒカリは、

 鈴を鳴らしながら、

 にこにこしている。


 重たい沈黙を、

 破ったのはアカツキだった。


「まぁ、いいじゃないか」


 宙に浮いたまま、

 気楽な調子で言う。


「なくし物とやらも、ちゃんと返ったんだろ」

「結果オーライだ」


「……」


 染崎は、

 反論しかけて、

 やめた。


 確かに――

 結果だけ見れば、

 そうなのだ。


 ネクタイは戻り、

 みんなの物も戻った。

 誰かが大泣きする事態には

 ならなかった。


 ……過程が、

 かなり問題だっただけで。


「なぁ、ヒカリ」


 アカツキが、

 ちらりと視線を向ける。


「もう、勝手に人の物を漁らないこと。いいか?」

「反省しただろう?」


「……」


 ヒカリは、

 一瞬だけ視線を泳がせてから、


「……はんせー、してる」


 言い方が、

 あまりにも軽い。


「してるって顔じゃないでしょ!」


 楓月が即ツッコミを入れる。


「えー?」


 ヒカリは、

 頬を膨らませて、

 ぷい、とそっぽを向いた。


「……でも……」

「みんな、もうこまってないでしょ」


「困ってないかもだけど、不安だったと思うよ…」


 染崎と楓月の声が、

 見事に重なった。


 一瞬の間。


 そして――


「……ぷっ」


 佑月が、

 吹き出した。


「……く…くく……」


 それにつられて、

 アカツキが笑う


 楓月も、

 肩を揺らし、


 最後に、

 染崎まで。


「……はは……」

「……もう……」


 力が抜けたように、

 笑いが漏れた。


 旧校舎に、

 不釣り合いな、

 明るい空気が満ちる。


 ――ちりん。


 ヒカリが、

 鈴を鳴らした。


「……じゃあ……」

「もう、いい?」


「……一応ねー」


 染崎は、

 ため息まじりに答える。


「次やったら……」

「ほんとに、怒る(泣く)…からね???」


「うん!」


 返事だけは、

 やたら元気だった。


 アカツキは、

 くつくつと笑う。


「物品入れ替わり騒動――」

「これにて一件落着、だな」


 夕焼けが、

 割れた窓から差し込む。


 埃の舞う旧校舎で、

 笑い声が残った。


 ――こうして、

 ひとつの騒動は、

 幕を閉じた。


 ……もっと厄介なものを、

 置き土産にしたまま。



春之章ー春分ー、最後までお読みいただきありがとうございました。

17話分、愉快な仲間達といろんなことに巻き込まれる染崎を見てて、

書いてる身としても楽しかったです!

さて、次回から春之章ー穀雨ー連載スタートします!

ついに、あの「生徒会」が動き出します!ぜひ、今後ともよろしくお願いします。

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