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十六祓目 天真爛漫

 夕方の空。

 少し伸びた影。

 相変わらず人気のない、旧校舎。


 深呼吸して、振り返る。

 普通に来てしまった。


「……」


 ……おかしい。


 視界が、やたらと騒がしい。


(……え?)


 目をこする。


 一回、瞬き。


 もう一回。


「……あれ?」


 いる。


 四人くらい、いる。


(……乱視、進行した?メガネ嫌すぎて目活してたのに…っっっっっっ)

 ※目活とは…染崎用語。目にいいことをすること


 一人ならまだしも、

 二人三人なら、まあ、幻覚ってことにできなくもない。(できないだろ)


 でも四人は無理だ。


 現実を受け入れたくない染崎が、ゆっくりと数える。


「……楓月くん」

「……佑月くん」

「……(さとる)くん」

「……渚さん」


 いる。


 がっつり、いる。

 4人っっっっ!!!!????


「……ね?」


 楓月が、満足そうににこっと笑った。


「“たち”って言ったでしょ♪」


(……言ってた……。言ってたけどさ。限度ってあるでしょ????)


 悪びれる様子は一切ない。

 むしろ、ちょっと誇らしげですらある。


「いやいやいやいや……」

「聞いてない……聞いてないから……」

「や、やっぱ、帰りません?危ないしー。先生、わんちゃん、停職…」


 染崎は、無意識に後ずさる。


「いーじゃん。最初っから平和なんてないよ☆」


 その横で。


「……か、楓月……」


 気弱そうな声。


 暁が、楓月に腕を掴まれていた。


「ほんとに……無理だから……」

「塾、あるって言ったよね……?」


 必死そうだ。

 半分引きずられてきたのが一目でわかる。


「えー、サボりなよー」

「たまには冒険しよ?」


 軽い。

 あまりにも軽い。


「……に、兄さん」


 今度は、佑月が口を開く。


 表情は困り顔。

 視線は泳いでいるが、ちゃんと楓月を見ている。


「……無理やりは、よくないよ」

「暁くん、嫌がってるし……」


 完全に、

 どっちが兄かわからない図だった。


「えー?」

「佑月、真面目すぎー」


 楓月は肩をすくめる。


 その隣で。


「たのしみー!」


 渚が、屈託なく笑った。


 両手を軽く振って、

 まるで遠足に来たみたいなテンション。


「旧校舎、入るの初めてなんだよねー!」

「中、暗いのかな?」

「おばけとか、出る?」


(最後のやつ、笑顔で言うことじゃない……)


 染崎の胃が、きゅっと縮む。


「……えーっと……」

「ちょっと待って……」


 頭を抱えたくなる。


(なんで……)

(なんで放課後に……)

(生徒四人引率して……)

(旧校舎なんて……)


 冷静に考えたら、

 アウトの香りしかしない。


「……楓月くん」


 恐る恐る声をかける。


「これ……人数、多くないかな……?」

「自分、一応、保護者…では…」


「だいじょーぶだいじょーぶ♪」


 即答。


「ちゃんと“案内”してもらうだけだから」

「ねー?」


 ちらっと、旧校舎を見る。


 その瞬間。


 ――ひゅっ。


 風が吹いた。


 窓枠が、きぃ……と鳴る。


 夕焼けの色が、

 一瞬だけ、くすんだ気がした。


(……気のせい……だよね……)


 染崎は、唾を飲み込む。


 胸の奥が、

 昨日と同じように、ざわついた。


「……せ、せめて……」

「危ないことは、しないからね……?」


「はーい♪」


 楓月の返事は、

 あまりにも素直すぎて、逆に怖い。


 暁は、今にも逃げ出しそうな顔で、

 佑月は申し訳なさそうにこちらを見て、

 渚は楽しそうに旧校舎を見上げている。


 染崎は、観念したように小さく息を吐いた。


 *


 扉が閉まる。


 ぎぃ……という音が、旧校舎の中に吸い込まれていった。


「……」


 中は、昨日とまったく同じだった。


 割れた窓ガラス。

 床に散らばる破片。

 積もった埃。

 どこから入り込んだのか、名前も知らない変な虫。


(……そりゃそうか……)


 時間が巻き戻ったわけでも、

 夢の続きでもない。


 現実の、旧校舎。


「……ひ、広がらないでね……?」

「危ないところも多いから……」


 教師として、最低限の注意を促す。


 ――が。


「うわ、これなにー?」


 渚が、しゃがみ込んだ。


 床の隙間から這い出てきた、

 黒くて細長い虫を――


 素手で、つまみ上げた。


「え」


「ちょ」


「ま」


「……渚さん!!?」


 一瞬、言葉が詰まる。


「だいじょーぶだよー?」

「噛まないし」


(そこじゃない)


 虫は、じたじたと動いている。

 それを、興味深そうに見つめる渚。


「ほら、足いっぱいある」

「かわいくない?」


(可愛くは、ない…と思いたいっっっっっ)


「手、洗って!!」

「今すぐぅぅううううう!!」


 染崎の声だけが、やたらと切実だった。

 その少し先では。


 パリ…パリパリ

 嫌な音。


「……」


 音の正体を見て、染崎は絶望した。


 楓月が、

 割れた窓ガラスの上を――


 わざと、踏んで歩いている。


「いい音するねー」


 楽しそうだ。

 顔も、楽しそうだ。


「ちょっ……!!」

「楓月くん!!危ないって!!」


「えー?」

「平気平気」


 足元を見ると、

 靴底に細かいガラスがくっついている。


(教師としての胃が……)


「ほら、こうやって歩くとさ」

「踏んだ感じ、ちゃんと伝わってくるんだよ」


(やめて、語らないで)


 その近くで。


「……」


 暁が、少し離れた場所に立っていた。

 怖がっている様子は、ない。


 むしろ――

 棚や壁、天井を、

 じっと観察している。


「……ここ……」


 ぽつり、と呟く。


「……思ったより……」

「ちゃんと、学校だね……」


「え?」


 染崎が聞き返すと、

 暁ははっとして口をつぐんだ。


「あ……ううん……」

「なんでもないですよ!」


 でも、その視線は、

 どこか引っかかるように、

 古い掲示板に向けられていた。


 そして。


 楓月のすぐ後ろ。


 佑月が、ぴったり張り付いている。


 一歩も離れない。


 楓月が動けば、動く。

 立ち止まれば、止まる。


 まるで――影。


「……佑月くん?」


 声をかけると、

 少しびくっとして、こちらを見る。


「だ、大丈夫です……」

「兄さんから、離れないだけなので……」


 言葉は丁寧。

 表情は、どこか硬い。


「……怖い?」


 そう聞くと、

 一瞬、視線を伏せてから、


「……ここ、静かすぎるから……」


 そう答えた。


 その言い方が、

 妙に大人びて聞こえた。


(……静か、すぎる……)


 確かに。


 足音はする。

 声も出ている。


 でも――

 “外の音”が、しない。


 風の音も、

 校庭のざわめきも、

 遠くの車の音も。


 旧校舎の中だけ、

 切り取られたみたいに、静かだった。


「……」


 染崎は、無意識に喉を鳴らした。


(昨日も……こんな感じだった……)


 ふと。


 視界の端で、

 何かが、動いた気がした。


「……?」


 埃が舞っただけ。

 そう思いたかった。


 だが――


 胸の奥が、

 じわり、と冷える。


 楓月が、

 楽しそうに振り返った。


「ねぇ先生」


 その声が、

 やけに、響く。


「……この校舎さ」


 一拍、置いて。


「“誰か”、住んでるって、思ったら…」

「楽しくなってこない?」


 その瞬間。


 ――シャリン。


 鈴の音。


 確かに、

 どこかで鳴った。

 染崎は、息を止めた。


 ――シャリン。


 もう一度、鈴の音が鳴った。


 次の瞬間。


「……あ」


 染崎の喉から、

 情けないほど素っ頓狂な声が漏れた。


 そして。


「あーアカツキッッッ!!」


 反射だった。

 ボロボロの教室からひょこっと顔を覗かせているアカツキがいた。


 理性が止めるより早く、

 体が前に出ていた。


 両腕を広げ、

 ほぼ抱きつく勢いで突進する。


「うおっ、やめろ」


 ひらり。


 アカツキは、

 紙切れみたいに軽く横へ避けた。


 染崎は空を抱きしめ、

 そのまま前のめりに転びそうになる。


「ちょっ……!!」

「なんで避けるんだよぉぉぉ……!」


「いや普通に嫌だろう。男なんぞに…」


 アカツキは、

 ふわりと宙に浮いたまま、

 腕を組んだ。


「今日は、お前が子守か?」


 視線を、

 きょろ、と子どもたちに向ける。


「……大変そうだな」


 どこか他人事。


「まぁ」


 一拍置いて、


「手伝わないけど」


「そこは手伝ってほしーなぁー……」


 即ツッコミ。

 だが――


「……せ、先生?」


 渚が、首を傾げた。


「どうしたんですか?」

「さっきから、何もないとこに……」


 隣の暁も、

 困ったような顔で頷く。


「……誰に、話してるんですか……?」


 染崎の背筋が、

 すっと冷えた。


「……え」


 視線を、

 恐る恐るアカツキに戻す。


 アカツキは、当然な反応だ。とぼそり。


「普通の人には見えないんだよ。私たちみたいなやつはな。」


「まるで自分が普通じゃないように言わないで…」


 染崎は、シュンとなる。


 一方。


「…………」


 嵐山兄弟の方を見ると――


 二人とも、

 完全に固まっていた。


 ぽかん。


 口が開いたまま。


「…………」


「…………」


 次の瞬間。


「え」

「なに」


「え、なにこれ」


 楓月が、

 一拍遅れて弾けた。


「えー!?」

「何これ何これ何これ!!」


 ぴょん、と一歩跳ねる。


「すっげー!!」

「透けてる!!」

「人!?幽霊!?神様!?」

「なに!?先生の友達!?」


 テンションが、

 一気に天井を突き破る。


「ちょ、ちょっと静かに!!」


 染崎が慌てて制止する。


 その横で、

 佑月は楓月の袖を、

 ぎゅっと掴んでいた。


「……兄さん……」


 声が、少し震えている。


「……あれ……」

「なに?え?…あ…こ、殺されるっっっ」

※かわいい


 その言葉に、

 アカツキが、ふっと笑った。


「へぇー」


 視線を、

 嵐山兄弟に向ける。


「なかなか珍しい坊ちゃんたちだ」


 佑月は、

 息を飲んだ。


「……え?」


「いや、なんでも」


 あっさりと視線を逸らす。


(……やばい)


 染崎は、

 状況の危険度を即座に理解した。


(このままじゃ……キャパオーバーで)

(説明できない……!!)


 ――瞬時に、

 教師としての嘘スキルを総動員する。


「え、えーっと!!」


 わざと、

 大きな声を出す。


「ごめんね!!」

「先生、ちょっと体調悪くて!!」


 渚と暁を見る。


「ほら!」

「今日ここ危ないし!!」

「虫とかガラスとかゴキちゃんいるかもだし!!!ばっちぃいよおお?」


「えー?」


 渚が不満そうに言う。


「もう帰るのー?」


「塾……あるんでしょ?」


 暁に振る。


「……あ」


 暁は、

 一瞬迷ってから、頷いた。


「……あります……」


「ほら!!」

「じゃあ今日はここまで!!」


 半ば強引に、

 出口へ誘導する。


「また今度ね!!」

「先生、ちゃんと怒られるから!!」


「えー」

「つまんなーい」


 渚はぶーぶー言いながらも、

 暁と一緒に歩き出した。


 扉が閉まる。


 ぱたん。


 静寂。

 残ったのは――


 染崎。

 アカツキ。

 そして、嵐山兄弟。


「…………」


 一拍。


「……ねぇ先生」


 楓月が、

 目をきらきらさせて言う。


「なに、これ」


 アカツキを指差す。


「すっげーんだけど!!」


 くるくる回りながら、


「透けてるし!!」

「浮いてるし!!」

「喋ってるし!!」


 佑月は、

 一歩下がった位置で、

 じっとアカツキを見つめている。


「……先生……」


 小さな声。


「……あれ……」

「人じゃ……ないですよね……」


 アカツキは、

 面白そうに口角を上げた。


「正解」


 ちゃっかり楓月とアカツキはもう話に花というか…

 楓月が一方的にアカツキを質問攻めしている図ができている。


 染崎は、ふと、何かを思い出したように顔を上げた。


「あ、そういえば……」


 場の空気を切り替えるみたいに、

 ぎこちなく、アカツキを見る。

 胸の奥にあった、

 引っかかり。


 ――なくし物。


 夢で見て、

 現実に“あった”あれ。


(……そうだ)


(あれ、きっと……アカツキが探してくれたんだ)


 染崎は、

 少しだけ背筋を正して、

 言い慣れない言葉を口にした。


「……あ、ありがとう」


 自分でも驚くほど、

 声が硬かった。


「……探し物……」

「置いといてくれたのアカツキなんだよね…?」


 一瞬の沈黙。


 埃が、ゆっくりと落ちる音が、

 やけに大きく聞こえた。


「……?」


 アカツキが、

 首を傾げる。


「……は?」


 その一言が、

 妙に、軽かった。


「……なんだそれは」


 染崎の喉が、

 ひくり、と鳴る。


「え……?」


 アカツキは、

 宙に浮いたまま、

 してもいない行動を言われ少し困惑しているようだ。


「私じゃないな。そもそもなくし物ってなんだ。初めて聞いた」


 声音が、軽い。

 嘘ではないらしい。


「……え」


 言葉が、

 頭に入ってこない。

 

 後ずさり。もう一歩。


「あ、ちょっとまった…私じゃないけど…心当たりが____」

 アカツキはポンと手のひらを叩く。


「だ、だって…他に…いないじゃん…」

「そんなことしてくれるの…」

 

 ――ごつ。


 背中に、

 硬い感触。


「……っ」


 壁。


 逃げ場が、

 なくなった。


 その拍子に、

 首元が、すうっと軽くなる。


(……?)


 染崎は、

 反射的に胸元を探った。


「……ネク……タイ……?」


 ない。


 確かに、

 朝、結んだはずのものが。


 アカツキが、

 それを見て、

 舌打ちする。


「……あぁ」


 小さく、

 確信を含んだ声。


「確定だな」


 染崎が、

 息を呑む。


「……な、なにが……」


「アイツの仕業だ」


 その瞬間。


 ――シャリン…


 澄んだ、

 鈴の音が響いた。


 一つじゃない。


 ころころ、

 ころころと、

 転がるような音。


 同時に。


 ――くすくす。


 どこか遠くで、

 幼い子どもが笑うような声。


「……っ!?」


 染崎の思考が、

 一気に弾ける。


「ちょ、ちょっと待って待って待って!!」

「今のなに!?!?」

「聞こえた!?!?!?座敷わらしっっっ!?こんなぼろ家に!?!?」


 完全に、

 パニックだった。


 心臓が、

 耳の裏で鳴っている。


 だが、

 アカツキは動じない。


「……やっぱりな」


 そう言うと、

 何もないはずの空間に向かって――


 がんっ。


 拳を叩きつけた。


「――いだっ!!」


 間違いなく、

 “何か”の声。


 鈴の音が、

 びくっと止まる。


 次の瞬間。


 床に、

 どさっと

 何かが落ちた。


「……え」


 染崎は、

 恐る恐る目を凝らす。


 そこには――


 何かが、いる。


 はずなのに、

 はっきりとは見えない。


 輪郭が、

 空気と混ざって、

 滲んでいる。


 人影……の、ような。


 薄く。

 薄く。

 存在だけが、そこにある。


 床に転がり、

 身を丸めているそれ。


「……っ」


 染崎は、

 息を吸うのを忘れた。


(……見え……ない……のに……)


(……“いる”……)


 アカツキが、

 床を見下ろし、

 その影に叱るように


 「…こら」


 鈴が、ちりん、と震えた。


 床の“それ”が、

 ゆっくりと顔を上げる。


 ――にこ。


 見えないはずの笑顔が、

 “わかってしまう”。


 そして。


「……ばれちゃった」


 幼い声。


 確かに、

 そこに。

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