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十五祓目 夢境

 染崎は、その夜――

 妙に、はっきりとした夢を見た。


 それは、あの旧校舎だった。


 昼間よりも暗く、

 夕方よりも静かで、

 夜とも言い切れない、曖昧な空気。


 あの部屋。

 アカツキと出会った、職員室だったはずの場所。


 部屋の中央に、

 ぽつんと――机が一つ、置かれている。


(……あれ?)


 机。


 昼間、必死に探し回って、

「なかった」はずのもの。


 その机の上には、

 小さな山ができていた。


 ノート。

 筆箱。

 生徒の名札。

 見覚えのある、小物たち。


 ――探していたもの。


 確かに、探していたものが、

 全部そこに積み上げられている。


(……なんで……)


 近づこうとする。


 一歩、足を出した、その瞬間。


 床が、ない。


 正確には、

 床はあるのに、距離が縮まらない。


 歩いているのに、

 机が、遠い。


 まるで、透明な膜が間にあるみたいに。


「……触れない……?」


 手を伸ばす。


 指先が、

 机の縁を――


 すり抜けた。


 煙に触れたみたいに、

 感触がない。


 その瞬間、

 部屋の輪郭が、じわりと滲む。


 景色が、水に溶けるみたいに歪んでいく。


(……あ、待っ……)


 声を出そうとしたけれど、

 音が、出なかった。


 机も。

 積み上げられたものも。

 部屋そのものも。


 全部、

 霧みたいに、薄れていく。


 最後に見えたのは――


 机の向こう側。


 誰かが、

 こちらを見ている、気配。


 顔は、見えない。


 でも、

 わかってしまった。


(……また、あいつだ……)


 そこで――

 ぷつり、と。


 夢は途切れた。


 夢が途切れる直前、シャリン…という、鈴の音のようなものが聞こえた気がした______


 *


「……夢か……」


 染崎は、天井を見つめたまま、小さく呟いた。


 見慣れた自分の部屋。

 薄いカーテン越しの朝の光。


 心臓は、ちゃんと動いている。

 汗も、かいていない。


(……にしては、リアルすぎない……?)


 布団の中で、もぞ、と身じろぎする。


 夢特有の曖昧さが、ない。


 机の木目。

 紙の重なり。

 埃っぽい匂いまで、

 やけに鮮明だった。


「……はぁ……」


 深いため息。


 時計を見ると、

 いつもの起床時間より、少しだけ早い。


 二度寝する気にもなれず、

 染崎はゆっくりと布団を抜け出した。


 *


 洗面所。


 蛇口をひねると、

 少し冷たい水が流れる。


 顔を洗いながら、

 ぼんやりと昨日のことを思い出す。


 旧校舎。

 アカツキ。

 何も見つからなかった現実。


(……夢の中では、全部あったのに)


 鏡の中の自分と、目が合う。


 少し疲れた顔。

 情けない表情。


「……気のせい、気のせい……」


 そう言い聞かせるように呟いて、

 歯ブラシを口に突っ込む。


 ぶくぶく。


 泡越しに、

 ふと、考える。


(……干渉、できなかったな……)


 昨日も。

 夢の中でも。


 “見える”だけで、

 “触れない”。


 その共通点が、

 妙に引っかかった。


「……っ」


 ぶくぶくしたまま、

 思わず顔を上げてしまい、

 泡が喉に入りそうになる。


(……いやいやいや……)


 慌てて吐き出し、

 大きくうがい。


 水を止める。


「……考えすぎだって」


 自分に言い聞かせるように、

 もう一度、鏡を見る。


 そこには、

 いつも通りの、冴えない教師がいるだけ。


(……仕事、仕事)


 朝食をとり、

 ネクタイを締め、

 鞄を手に取る。


 いつもの朝のルーティン。


 昨日と同じ。

 変わらないはずの、日常。


 けれど――


 玄関を出る直前。


 ふと、胸の奥が、ざわついた。


 理由は、わからない。


 ただ、

 昨日までなかった“違和感”が、

 確かに、そこにあった。


「……」


 染崎は一瞬だけ立ち止まり、

 そして、首を振る。


「……行くかぁ…」


 そうして、

 何もなかった顔で、

 今日も学校へ向かう。


 通勤道もいつもと変わらないはずなのに。みょうに、胸がざわついた。


 学校に着くと、

 まだ朝の空気が廊下に残っていた。


 生徒の声はまばらで、

 職員室も、いつもより静かだ。

 夢のせいで、頭がぼんやりする。


 鞄を自分の机の横に置こうとして――

 そこで、声がかかった。


「染崎先生」


 その声に、心臓が一瞬で跳ね上がった。


 振り向くと、

 そこにいたのは寺沢ほなみだった。


 相変わらず、表情が薄い。

 相変わらず、感情が読めない。


「……あとで、少し時間いいですか」


(――え?)


「人、いないところで」


(――え??)


 脳内で、警報が鳴り始める。

 人目のないところ。

 呼び出し。

 二人きり。


(……え、なに……?)


 一瞬で、思考が暴走した。


(昨日の旧校舎の件……?

 それとも、机見つからなかった件……?

 それとも、サッカー部の件……?

 それとも……え、まさか……)


 喉が、変に渇く。


「あ、あの……じ、自分、な、何か……しましたかぁっぁぁぁ!?」


 声が裏返りそうになる。


 寺沢は、そんな染崎を見て、

 ほんの一瞬だけ――

 本当に一瞬だけ、目を細めた。


「……別に」


(何!?別にってっっっっっっ)


 思春期の男子か。


「い、いえっ!!だ、大丈夫です!!」


 勢いだけで返事をしてしまう。


 寺沢は淡々と頷いた。


「じゃあ、始業前に。資料室で」


(資料室……)


 余計にドキッとする単語。


「……逃げませんよね?」


「に、逃げません!!」


 即答だった。


 寺沢はそれだけ確認すると、

 何事もなかったように踵を返す。


 残された染崎は、

 一人、職員室で固まった。


(……なに……なにこれ……)


 胸に手を当てる。


(落ち着け……落ち着け……)


(告白とかじゃない……絶対……)


(ていうか相手はほなみ先生だぞ……)


(冷静になれ……染崎……)


(い、いや…でも…い、いがいと……何考えてんだ染崎ぃぃぃぃいい!

 不健全染崎にニーズはございませんよね!?)


 自分で自分に言い聞かせながら、

 始業ベルを迎えた。


 *


 始業前。


 資料室。


 古いファイルと段ボールに囲まれた、

 妙にひっそりした空間。


 人の気配は、ない。


(……ここかっ…大丈夫。大丈夫。予行練習したしっっっ)

 ※なんの?


 染崎が入ると、

 すでに寺沢は中にいた。


 腕を組み、

 棚にもたれている。


 無駄に意識してしまう。

 いつもはなんとも思わないのに。


「きましたか。」

「……早速、本題なんですけど」


 寺沢が口を開く。


「今朝、変な夢を見ました」


(……え?)


「旧校舎の、あの部屋です」


 一気に、背筋が冷えた。二つの意味で。


「部屋の真ん中に、机があって」


 ――心臓が、跳ねる。


「その上に、生徒の私物や、

 なくなったものが積み上げられていました」


(……え……)


 染崎は、言葉を失った。二つの意味で。


 それは――

 昨夜、自分が見た夢と、

 ほとんど同じだった。


 のと、あほみたいな勘違いが0.000000000000001%でも否定し切れていなかったこと。

 思春期の男子以上に思春期でした。チキンは。


「……触ろうとすると、触れない」


 寺沢は淡々と続ける。


「見えているのに、

 干渉できない」


 一語一句、

 一致している。


「……」


 沈黙が落ちる。


 染崎は、しばらく黙ったまま、

 やがて、恐る恐る口を開いた。


「……ほ、ほなみ先生……」


「はい」


「……その夢……」


 喉が鳴る。


「……じ、自分も……見ました……」


 一瞬。


 寺沢の目が、わずかに見開かれた。


 ほんの、ほんの一瞬。


 でも――

 確かに、驚いた顔だった。


「……同じ、ですか」


「……たぶん。。。」


 二人の間に、

 妙な空気が流れる。


 笑えないのに、

 深刻すぎて、

 逆に現実感がない。


(……え、なにこれ……)


(怖いんだけど…)


(訴えられないよね?夢って、考えていることが反映されるらしいし…無実無実無実)


 寺沢は、少しだけ考え込むように視線を落とし、

 やがて、静かに言った。


「……偶然、とは思えませんね」


 その言葉に、

 染崎は小さく頷いた。


 頭の中に、

 あの声がよみがえる。


 ――また縁があったらな、チキン。


(……縁、あったじゃん……)


 しかも、

 二人分。


 染崎は、無意識に背中を丸めた。


(……これは……)


(……本当に、やばいやつでは……?)


 二人は、ほとんど無言のまま、そのまま旧校舎へ向かった。


 朝の校舎は、さっきまでの静けさが嘘みたいにざわついている。

 それでも旧校舎だけは、時間から取り残されたみたいに静かだった。


「……本当に、あると思いますか」


 寺沢が、半信半疑の声で言う。


「……正直、ただの夢だと…おもてます…」

「そうじゃないと…明日から学校来れません…っっっっ」


 染崎の声は、すでに弱気だった。


 ぎぃ、と扉を開ける。


 埃の匂い。

 ひんやりした空気。


 昨日と同じ。

 でも――違う。


「……っ」


 二人同時に、言葉を失った。


 あの部屋。


 真ん中に――


 机が、あった。


 しかも一つではない。

 見覚えのある机、椅子、棚。


 そしてその上には。


 生徒たちが「なくした」と言っていたものが、

 夢で見た通りに、きちんと積み上げられていた。


 筆箱。

 名札。

 鍵。

 ノート。

 部活のタオル。


「……そんな……」


 寺沢が、思わず口元を押さえる。


「夢……じゃ、なかった……」


 染崎は、情けないくらいビビっていた。


「ちょ……え……あ、あの……っっっっっ」

「ふぁ…ぐぉ…うぇええええええ???」

「ほ、ほんとに……あった……」


 腰が引けて、一歩も近づけない。


「……染崎先生」


「は、はいっ!?」


「……取ってください」


「な、なんで!?!?む、無理ですって!!いやだぁぁっぁぁぁあ」

「なんかこう……呪われてそうじゃないですか!!」


「……それは偏見です」


 冷静すぎる。


「それならっっほなみ先生行ってくださいよおおおっっっ」


「それは嫌ですね」


 結局、

 二人で恐る恐る確認し、

 持ち主の名前をメモし、

 一つずつ回収した。


 何事も、起こらなかった。


 拍子抜けするほど、

 “普通に”終わった。


 *


 職員室。


「いやぁ〜!お手柄お手柄!鼻が高いよぉー!」


 市ノ瀬先生が、満面の笑みで言う。


「さすが染ちゃん先生!」

「ほら、いい子いい子〜」


 頭をわしゃわしゃされる。


「ちょ、や、やめてくださいってば!!」

「このっ…えとー…へっぽこナス!あんぽんたん!」


 逃げるように距離を取ると、

 周囲からクスクスと笑い声が上がった。


 あまりにも、平和すぎる。


 でも――


 教室に戻る途中。

 厄災というのは、いきなりくるものだ。


 廊下の影から、

 ひょい、と誰かが現れた。


「せんせー」


 その声に、嫌な予感が走る。


 振り向くと――

 見慣れた嵐山くんの顔。


 でも。


「旧校舎、行ったんですよねぇ?」


 にこにこと笑っている。

 声色でわかる。


「……楓月くん、だよね?」


 一瞬、

 その笑顔が、くっと歪んだ。


「えー、バレてたかぁ」


 軽い口調。


「さすが先生♪」

「……で」


 楓月は、楽しそうに続ける。


「知ってましたぁ?」

「あそこ、許可なく入っちゃぁだめなんですよー?」


「……え?」


 染崎は、反射的に寺沢を見る。


「ほなみ先生……?」


 寺沢は――いつのまにか居なくなっていた。


(逃げた)


「えぇー!?」

「ソウナノー!?!?」

「キイテナイー!!」


 いかにも知らなかった風を装ったが、通じなさそうだ。

 楓月は、くすくす笑う。


「て、ことでー」


 一歩、距離を詰めてくる。


「バラされたくないなら」


 その声が、

 少しだけ低くなる。


「ボク“たち”を」

「旧校舎に連れてってください♪」


 “たち”。


 その一言が、

 妙に重く響いた。


「……た、たち……?」


 楓月は、意味深に肩をすくめる。


「そのうち、わかりますよー」


 廊下の向こうで、

 チャイムが鳴った。


 「じゃ!約束まもってねぇー!放課後、待ってるから!」


 ブンブンと手を振って、走って行ってしまった。


「…なんか、面倒ごとにまた巻き込まれた気がする」

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