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十四祓目 遡り

光が、すっと引いた。


さっきまで包まれていた、あの妙に澄んだ空気が消える。

耳鳴りだけが残り、世界が元の重さを取り戻す。


「……っ」


染崎は、思わず足元を見た。


埃だらけの床でも、半透明の少年でもない。


目の前にあるのは――

くすんだ木造の壁。

歪んだ窓枠。

黒ずんだ外壁。


旧校舎。


それも――中ではない。


建物の前。

まさに、足を踏み入れる“直前”の位置だった。


(……は?)


心臓が一拍遅れて跳ねる。


夕焼け。

風。

ぎしり、と軋む木の音。


全部、見覚えがある。


(戻……された?)


頭の中で、さっきの声がよみがえる。


――へぇー…じゃあ、戻してやってもいいけど。


その時。


「染崎先生」


背後から、現実そのものみたいな声が降ってきた。


「……何を、ぼーっと突っ立ってるんですか?」


振り向くと、そこにいたのは――

腕を組み、相変わらず感情の読めない顔をした寺沢ほなみ。


懐中電灯を片手に、こちらをじっと見ている。


「……入らないんですか?」


(……いるっっっっ!?ほなみ先生がっっっ)


ちゃんと、いる。


ほなみ先生は、鍵も持っているし、

こちらを閉じ込めた後の“あの出来事”なんて、

当然ながら何一つ覚えていない顔だ。


「……」


染崎は、言葉を失ったまま、

自分の両手を見下ろした。


震えていない。

透明でもない。

普通の、自分の手。


(……夢?)


あまりにも現実的すぎる。


でも――


胸の奥に、妙な“残り香”があった。


埃と違う。

古い布と、夕焼けと、冷たい空気。


そして――

確かに、誰かと話していた感覚。


「……染崎先生?」


寺沢が、わずかに眉をひそめる。


「体調、悪いんですか」


「あ、い、いや……だ、大丈夫っ…です」


反射的に答えた自分の声が、やけに上ずっていた。


(落ち着け…落ち着け自分……)


ここで「実はさっき神様っぽい半透明の少年に会って過去に飛ばされました」なんて言ったら、

今度こそ本気で鍵をかけられる。


「……入りますよ」


寺沢はそう言って、

何事もなかったように旧校舎の扉に手をかける。


ぎぃ……と、嫌な音。


(待て)


染崎の脳内で、警鐘が鳴る。


(この先で、自分は閉じ込められて――

 写真を見て――

 過去を見て――

 ……アカツキに会った)


そこまで思考が及んだ、その瞬間。


――……おい。


誰にも聞こえないはずの声が、

ほんの一瞬、耳の奥で鳴った。


(……っ!?)


染崎は、はっとして辺りを見回す。


だが、そこには夕焼けと旧校舎と、

怪訝そうな寺沢しかいない。


「……どうしました?」


「い、いえ!なんでも!!」


胸が、嫌な音を立てて鳴る。


(今の……聞こえた……アカツキ?)


空耳にしては、あまりに“はっきり”していた。


扉が開く。


旧校舎の闇が、口を開ける。

すると、ほなみ先生がピタッと止まった。こちらを振り向いて、ちょっと目を見開いている。


「…正直、意外でした。さっきまで喚き散らしていたのに、いざ来たら落ち着いてますね。」

「みっともなく泣き喚くかと思ったのに」


染崎は、先程の自分の醜態を思い出す。

そういえば、あの醜態を晒したせいで、職員室に放り込まれて鍵かけられたんだった。


(す、少しだけど…未来が、変わった…?)


そう思うと、あの透明な自称神様な変質者にもう一度会わずにはいられなかった。



「_____アカツキ!!!」


先ほどの古びた職員室に足を踏み入れる。

自分から進んで調査したいとほなみ先生に申し出たときは、流石に彼女も心配してくれた。

大丈夫?頭…こんな染崎先生は嫌ですよ?となんか変な目で見られたが、そこは気にしない。


シーンと静寂が帰ってくる。

もしかして、未来を変えてしまったから、もう、現れてくれないのだろうか。


「そんな…自分、今からどうすれb」


「呼んだか?」


その声が、すぐ真後ろから聞こえた――次の瞬間。


「ひぃやあああああああああああああああああ!!!!!」


反射だった。

理性よりも先に喉が爆発した。


叫びながら振り向いた、その視界いっぱいに――


逆さまの顔。


天井から垂れ下がるように、

いや、浮かんでいる。


半透明の少年――アカツキが、

重力なんて存在しないかのように、逆さに宙に留まり、

至近距離で染崎の顔を覗き込んでいた。


髪が、下ではなく“上”に揺れている。

着物の袖も、だらりと不自然に垂れている。


距離、近い。

近すぎる。


「――――!!!!」


声にならない悲鳴が喉で詰まる。


その拍子に、アカツキは顔をしかめた。


「……うるさ……」


そう言って、

本当に面倒くさそうに、両耳を塞ぐ。


「鼓膜割れるんだが。お前の声」


「ひっ、ひっ……!?」


染崎は後ずさろうとして、足をもつれさせ、

その場に尻もちをついた。


床に手をついた瞬間、

さっきまでと違うことに気づく。


――冷たい。


埃だらけの床が、

異様に、冷たい。


「な、なんで……っ

 なんで逆さま……っ!?」


震える声でそう言うと、

アカツキはきょとんとした顔をした。


「逆さま?」


一拍置いて、


「ああ。そっちから見て、か」


そう言って、くるり、と。


まるで上下という概念が最初から存在しないみたいに、

何の助走もなく、向きを正した。


ふわり、と床から数十センチ浮いたまま。


「……どっちでもいいだろ。見た目なんて」


「よ、よくない!!!

 心臓に悪い!!」


アカツキは、しげしげとこちらを見つめてくる。

そして、いたずらっぽく笑う。


「どうだ?これで私が神さまだと信じてくれたか?」


「し、しんじたっ、しんじたからぁ、っ」


すると…背後の扉からほなみ先生が駆け込んできた。


「だ、大丈夫ですか?染崎先生…すっごい音しましたけど…」


「ああー…だ、だひじょふでふ…」


「それならいいんですけど…あ、あっち探し終えたので今度は向こう探してきますね…」


とそっと扉を閉められた。

これだってそうだ。

さっきは埃まみれの床にたおれこんでて、引かれて…

ああ、もうやだ。思い出したくもない。


「…じゃ、ここら辺でお暇するかな。お代はもらえないし。子守もあるし」


とアカツキはのびーっと腕を伸ばしながら律儀に扉から出て行こうとする。

なんでこのタイミングで出て行こうとするかなと拳が震えたが、

ビビ崎は震えるだけで、手は出せない。もう鉄板である。


「え、えと…あの、こわいんでもう少し一緒にいてくれない?」


さすが染崎。怖いと正直に言えるところは見習えます。

しかし、アカツキというものはグサグサと事実を並べる。


「…やーだね。どうせ一緒にいてやるなら可愛い子がいいね」


冗談っぽい声色だが、染崎の胸をグサグサと刺した。

自分は、おじさんなんだな。と。

(いや。可愛い子でもないだろ)


と相変わらず生意気である。


「……じゃ」


そう言って、アカツキは扉に手をかけた。


「また縁があったらな、チキンー」


「最後にそれ言う!?」


抗議する間もなく――


すぅ、と。


音もなく、その姿は薄れていき、

まるで最初から誰もいなかったかのように、

旧校舎の闇に溶けた。


残されたのは、

埃と、夕焼けと、

一人分の心音だけ。


「………………」


完全に、ぼっちだった。


(……帰りたい。お腹空いたから帰るか)


泣き言が喉まで出かかった、そのとき。


――はっ、と我に返る。


「……あ…っっっっ」


(探し物……)


本来の目的を、

今さらのように思い出した。


机。

生徒たちの私物。

消えたものたち。


染崎は慌てて立ち上がり、

懐中電灯を握り直す。


「ええと……ええと……」

「なんで忘れてたんだろ…あほチキン…。ほなみ先生に殺されちゃうよぉぉお」


古い机の引き出し。

倒れかけた棚。

戸棚の奥。


埃をかぶりながら、

一つひとつ確認していく。


けれど――


ない。


どこにも、ない。


時間だけが過ぎていく。


ふと腕時計を見ると、

短針はすでに「6」を越えていた。


「……18時……」


外はすっかり夕暮れで、

旧校舎の中は、昼よりもずっと暗い。


結局、

何一つ成果はなかった。


その頃。


「――染崎先生」


廊下の向こうから、声がした。


振り向くと、

懐中電灯を手にした寺沢ほなみが立っている。


「……どうでした?」


「……だ、ダメでした……」


力なく首を振る。


「……そうですか」


寺沢は、特に落胆もせず、

淡々と頷いた。


「こちらも、何もありませんでした」


二人の間に、

短い沈黙が落ちる。


旧校舎の中で、

時計の針が進む音だけが、やけに大きい。


「……なかったですね」


「……ですね」


それだけ言葉を交わし、

二人は並んで旧校舎を後にした。


染崎は、最後に一度だけ、

振り返る。


さっきまで、

確かに“何か”がいた場所。


(……また、会うのかな)



アカツキー










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