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十二祓目 奇々怪界

 

 放課後の校舎は、妙に静かだった。


 今日は部活動も中止になり、

 開け放たれた窓から風がカーテンを揺らす音だけが響く。


「……じゃあ、探しますか。染崎先生」


「あ、う、うん……ッス」


 ――気まずい。

 すごく気まずい。


 相変わらず淡々とした寺沢の横顔に、

 染崎の胃は限界まで縮んでいる。


(なんで二人っきりなんだよぉ……

 市ノ瀬先生が恋しい……)


 返事は声にならず、うめき声に近い。


 午後5時を過ぎた廊下は、すでに薄暗い。


 職員室横の倉庫。

 視聴覚準備室。

 使われていない旧講堂。


 扉を開けるたびに、古い木の匂いと埃がふわっと舞う。


「……ありませんね」


「あ、う、うん……」


「なんでこんなことになったんでしょうね」


「そ、それ……自分が聞きたいです…」


「…頼りない」


「ぐっ……」


 淡々と刺してくる寺沢。

 染崎のHPはそろそろ赤ゲージ。



 約2年前に建てられたという新しい北校舎。

 家庭科室。

 音楽室。

 理科室。

 美術室に図書室…


 扉を開けては確認し、

 閉めては次の教室へ。


 どの部屋も、夕日が斜めに差し込んで、

 机の影が長く伸びている。


 何もない静寂が逆に怖い。


「……怖い話していいですか?」


「や、やめて!? 怖いの無理なんですよ!」


「スリルが欲しいな…って」


「やめてって言ってるでしょぉーーー!!」


 北校舎の端まで見たが、それでも机は一つも見当たらない。



 体育館に職員専用の鍵を使って中に入ると、

 がらん、とした広い空間に足音が反響した。


 電灯はつけていない。

 夕暮れの光だけが天井窓から落ちてくる。


 床に落ちたボール、跳ね返る自分の足音。

 妙に息が詰まる。


「こっち、物置、見ます」


「……は、はい……ほなみ先生は怖くないんですか?こんな状況で…」


「? 別に」


「ひぇ……本当に哺乳類ですか?」


「失礼ですね。凄く」


 体育倉庫を開けると、

 ほこりを被ったマット、逆立ち用の器具、跳び箱。


 しかし机は、無い。


 体育館裏も、ステージ下も見た。


 それでも何も――。


 *


「……ない、ですね」


「……う、うん……」


 寺沢は腕時計を確認し、短く息を吐いた。


「二時間も探して、収穫ゼロって……なんなんでしょうね」


「神隠し……? とか……?」


「頼りない」


「そんなこと言われなくても分かってるよぉ……!!」


 窓から差し込む夕日の赤が、

 廊下をじわじわと飲み込んでいく。


 机も、消えた私物も、行方不明のまま。


「うう…運動不足で腰が…」


 悶絶する自分をよそにほなみ先生は埃っぽい床をパンパンとはたきながら、

「こうなったら仕方ありませんね」と、いつになくきっぱり立ち上がった。


 帰るつもりだろうか、と淡い期待を抱いたのも束の間。


 彼女は鞄の肩紐を握り直し、平然とした顔で言った。


「――旧校舎、行きましょう」


「……は?」


 あまりに自然に言うものだから、一瞬、頭が追いつかなかった。


 旧校舎。

 東門をくぐってすぐ正面にある、くすんだ木造の二階建て。

 生徒の間では“ボロ屋敷”とか“お化け保管庫”なんて呼ばれている。


 どうして未だに残っているのか。

 答えは単純で、取り壊そうとすると事故が続いたからだ。


 ――クレーンが突然故障した。

 ――作業員が脚立ごと倒れた。

 ――誰も操作していないのに資材が落ちてきた。


 _____自分がここに通っていた頃、旧校舎にはよくない噂がいっぱいあった。


 よくクラスの男子どもが肝試しに行ったりしていたが、

 全員次の日は黙りこくり、その次の日には何もなかったように戻るのだ。

 それが奇妙で奇妙でしょうがなかった思い出がある。


「ちょっまって!待ってください!いやぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁああああ」


 ほなみ先生は、遠慮なく染崎の襟を掴み、引きずった。



 旧校舎の前に来た瞬間。

 染崎の喉はひゅっと細くなった。


 木造の壁はところどころ黒ずみ、

 窓枠は歪み、ガラスはほぼ全滅。

 風が吹けば、建物全体がぎしり…ぎしり…と鳴っている。


 ほなみ先生に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにして足を踏み入れたが――


「む、無理無理無理無理!! ここは無理だってほなみ先生!!

 マジで! 自分ほんとに! ちょっと…ほんと無理!!」


 人生でこんなに迫真になることがあるのかというほどの声量で喚く。

 情けないとかそんな感情は吹き飛んでいた。


 しかし寺沢は一切ぶれず、

「入りましょうか」とだけ言って、

 ひょいっと靴音軽く、スタスタと中へ。


 ⸻


 中はさらに酷かった。


 埃で足跡すらつくレベル。

 床に散らばったガラス片が、懐中電灯の光に鈍く反射する。

 壁の掲示板は色褪せ、何十年前の行事予定らしき紙が半分だけ残っていた。


 その異様な静けさの中、寺沢はきっぱりと振り返る。


「では、染崎先生はあっちを。

 私はこっちを探しますので」


「ちょっ……待て待て待て! 一緒に、せめて一緒に回わりませう!?

 ここ、分担する場所じゃ――」


 言い終わる前に、寺沢は染崎を教室の一つに押し込み、

 そのままスライド式の木戸をガラリッと閉めた。


 音がやけに響いた。


 そして――


 カチャン。


 外側から、鍵のかかる音。


「……え?」


 静まり返った旧校舎に、

 ひとり閉じ込められたことを理解するまで、しばらく時間がかかった。


(……………終わった。)


 数分間、ただ口を開けたまま放心していた。


 やがて現実がじわじわ戻ってきて――


「ほ、ほなみせんせーーい!! いますか!?

 に、逃げませんからっ、ほんとにっ、開けてくださーーーっ!!」


 叫びすぎて喉が痛い。

 しかし返事はない。

 というか、旧校舎全体が息を潜めたように静まり返っている。


 ……寺沢ほなみは、もうどこかへ行ってしまったらしい。


「………………ひどくない?」


 見たこともない虫が床を這っている。

 こんな空間でチキンが冷静を保っていられると思ったのでしょうか。

 いや。思わないだろう。普通は。


 しかしここで何もせず突っ立っている勇気もない。

 怖くて動きたくないのに、怖いからこそじっとしていられないという矛盾。


 深呼吸(過呼吸みたいなやつ)を繰り返しつつ、とりあえず教室を見渡した。


 薄暗い室内。

 懐中電灯の光に浮かび上がるのは――


 埃、埃、そして埃。


 ずらりと並んだ古い机。

 壁際の戸棚には、戸が外れかけてぶら下がったままの部分もある。

 紙の山。黄ばんだ書類。半分崩れた本棚。


「……これ、職員室だ」


 まじでなんで片付けないんだ。というものしかない。


 これくらいなら触っても大丈夫だと思うのだが。

 とぶつぶつ思いつつ…あるものが目に止まった。


 それは、古びた一枚の写真。

 白黒写真なことと、裏面に小さく描かれた黒い文字「大正四年 五月三十一日 一〇時八分」、、

 おそらく、集合写真だろう。


「大正……元年……?」


 画質は粗く、黒ずんでいて、

 遠目には人の顔がほとんど判別できない。


 よく見えないな……


 そう思って、反射的に写真を目元へ近づけた、その瞬間。


 ズンッ――


 視界が暗転した。


 世界が裏返るような感覚。

 足元が消える。

 心臓がどこかへ落ちていく。


 そして――


 ◆ ◆ ◆


 まぶしい光が目に刺さった。


「……っ、え? 外?」


 気がつけば、草むらの中に寝転がっていた。

 さっきまで埃だらけの旧校舎にいたはずなのに。


 風が抜ける。

 夏の日差し。

 木漏れ日が揺れている。


 完全に状況がわからず、軽いパニック。

 胸が早鐘を打つ。


 その時――


「〜!〜〜!!、、〜」


 誰かの声が聞こえた。

 それも複数人の。


「……え?」


 とりあえず、声のする方へ向かうしかない。

 草をかき分けて進み、木の陰を抜けた先。


 そこに広がっていたのは――


 4人の学ランを着た学生が、ひとりの書生服の子を囲んで殴っている光景。


 土埃が舞い、

 少年の書生服は泥だらけで、膝を抱えて必死に耐えている。


「なぁ、平民の分際で調子乗りやがって」

「日本男児が聞いて呆れるわw」


 馬乗りになったひとりが拳を振り上げた。


「や、やばい……!」


 心臓が跳ねる。

 声をかけるべきか。

 いや、そもそもここはどこだ。いつだ。誰だ。


 だが――そのいじめられている少年の顔が一瞬見えた。


 その瞬間。


 染崎は息を呑んだ。


(……見覚えがある)


 けれど、思い出せない。

 名前が、出てこない。


 だけど、確かに――どこかで、見た顔だった。


「だいたい、人殺しの道具がシュミなんて…w気色悪」


 一人の男子がそれを言った時、いじめられている書生服の子がピクッと動いた。


「刀は…刀はヒトゴロシの道具じゃないっっ」


 学ランのこの胸ぐらに掴み掛かり、押し倒しかえす。

 その声は、少年にしては垢抜けない、高い声だった。


「ちょっ…何すんだ!このチビ××××!」


 書生服の子は殴られ返されてしまう。

 染崎はもう見てられなくて、顔を手で覆った瞬間。



 空が一気に夕焼けに染まった。


 どうやらまた時間が変わったらしい。

 もう、今がどういう状況でどこにいて、なんなのか見当もつかない染崎は

 まな板の上の鯉のようにビタンビタン跳ねることしかできなかった。


 その時。


「××××さま!」


 澄んだ、鈴のような声が響いた。


 染崎はビクッとして振り返る。


 そこに立っていたのは――

 白と空色と朱色が織られた矢絣の着物。

 濃紺の袴に、焦茶色のレースアップブーツ。

 髪には、大きめの朱色のリボン。


 まさしく“ハイカラさん” と呼ぶほかない少女だった。


(ま、前に川原にいた子だ……!)


 記憶がピンと繋がる。

 前のような白いセーラー服ではないが、顔と

 大きめな朱色のリボンで確信した。


 少女は校舎の壁にもたれ、息も絶え絶えの書生服の少年へ駆け寄った。


 膝をつき、震える声で問いかける。


「――こ、これは……どういうことですの?」


 その目は不安と怒りが入り混じり、潤んでいた。


「誰…?貴方にそのような仕打ちをなさるのは…っ?」


 だが、少年は視線をそらし、口を閉ざしたまま。


 沈黙。


 風だけが二人の間を通り抜ける。


 次の瞬間――


 少女は震える手をぎゅっと握りしめ、


 パァンッ!!


 乾いた音が校舎裏に響いた。


 染崎

(ひぃっ…!)


 少女の平手が、少年の頬を大きくはじいていた。


 朱色のリボンが揺れる。


 少女

「どうして……っ!

 どうしてわたくしに何も言わずっ」


 声が震えていた。


 もう一度平手打ちをかます。


 怒っているのに、泣きそうで。

 怒られている少年よりも、少女の方が苦しんでいるようだった。


 だが、少年はまだ黙ったまま。

 ただ、頬を押さえて、目を伏せている。


「××××さまが傷つけられていい理由なんて、どこにも……ありません!

 何処の馬の骨ですの!?おっしゃってくださいっ」


 風が、かすかに止まった。


 夕焼けが、二人の影をゆっくり伸ばす。


 染崎は、その光景に言葉を失っていた。

 胸の奥がざわつく。


(……誰だ、この子たち。

 なんで自分は……この“時間”を見てる?)


 すると、書生服の少年が、ゆっくり顔を上げて、

 少女の方を見た。


 やがて口を開き、何かを言っていたが…染崎には聞こえなかった。

 いや、だんだん頭がぼーっとしてきて視界が揺れる。


 サラサラと砂が落ちていくように。


 染崎の意識は、ポツリと切れた。




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