十祓目 佑月
みなさんこんにちは。
チキンアホビビりヘタレ気弱臆病新人数学教師の染崎です。
突然ですが、お伝えしたいことがあります。
なんとですよ。なんと。なんと…っっっっっ
今日でっっっ
この学校に赴任してからっっ
3日経ちましたっっっっっ
(お分かりいただけただろうか)
3日。みっか。3。さん。
3日っっっっっっっっっっっっ!?!?!?!?
(いろいろおこりすぎだっっろろろろろっっっっrrrrrrrrrrr)
※彼は感情豊かです。
変な赤い空の空間に飛ばされるし、
ドッペルゲンガーいるし(解決したけど)
楓月くんは校庭で寝てたし(誤解を招く言い方)
佑月くん可哀想だし
入水自殺未遂の女の子いたし(違います)
「そろそろ呪い殺されるかも…っっっ」
ブツブツ呟く染崎の後ろ。遠くから寺沢と市ノ瀬が染崎の様子を見守っている。
…いや、見守っているとは程遠いかもしれない。
「そめちゃん、大丈夫ですかねー?」
「さぁ…とうとうイカれたんじゃないんですか?」
「ふー…相変わらず毒舌。多分あれだよ、校長のハゲでも見ちゃったんだよ」
「よく本人の目の前でそれ言えますね。尊敬します」
「…え?」
振り返ったらもう遅い。
マスコット校長先生の顔はもちもちしたまま、険しい顔になっていた。
「市ノ瀬先生、あとで校長室ね?」
「あ…ちょ…。ほ、ほなみちゃ」
「ガンバッテクーダサーイ」
*
職員室で精神統一をして、幾分か気分が楽になった。
やっぱり精神統一はいいね。やめられないとまらないだよ。
翌朝の昇降口は、まだ涼しい空気が漂っていた。
ガラス張りの扉から差し込む光が、靴箱の鉄の枠をきらっと照らす。
連日続く奇妙な現象で、学校がもはや恐怖の対象になりつつあるのだが…
が。
「せんせ〜〜♪ おはようございますっ!」
靴箱の影から、楓月が ひょっこり 顔を出した。
これも恐怖の対象である。
「あ、あああ……!? 楓月くん……!?」
あまりの自然さで出てきたので、もはや“ずっとここにいましたが?”の顔
昇降口の前でスタンバイしてたとしか思えないタイミングだ。
染崎の背に、ぞわりと冷たいものが走った。
(……ま、まさか……
自分…ストーカーされてる……?)
昨日から不気味な出来事が続き、判断力が鈍っていた(いつもそうだろ)せいか、一気に最悪の方向 へ飛んでいった。
ー染崎の妄想劇場⭐︎ー
《妄想1:家に帰ると──》
「せんせ〜、おかえり♪」
楓月がエプロン姿で玄関に立っている。
いい匂いがする。魚の煮付けだ。やけに上手い。
「お布団取り込んどきましたよ。あと、洗濯物も畳んどきました」
「……えっ、あ……ありがとう……?」
「あとね、せんせーの部屋片付けて(漁って)おきました♪」
「それはやりすぎでは!?プライバシーのしんg」
《妄想2:朝、起きたら──》
「おはよ〜せんせ。今日のシャツ、アイロンかけときました!」
「あ、ど、どうも…。あ、あの。不法侵入の自覚ある?」
「だって、せんせ放っとけないし〜。朝食は納豆と卵焼きね♪」
「親か!?」
《妄想3:極めつけ──》
「せんせの教員手帳、僕が持ち歩きますから。あと、お財布も。」
「返してぇぇぇぇ!財産権の侵害っっ」
「だって、好きだから♥」
「ちょっ……!!」
「それはやりすぎだろ」
妄想の中で叫び声をあげかけたところで、現実の楓月が首をかしげた。
「せんせー……? 顔めっちゃ引きつってるけど……具合悪い?」
「あ!う、うううん!!だ、大丈夫!!?」
声が裏返る。
完全に怪しまれている。
(ちがう……違うんだ……。被害妄想してただけなんだ……)
(よりによって中学生相手に何考えてるんだ自分……!!)
楓月はにこにこと見上げてくる。
「あっ、そだ! 今日ね、佑月来たの!」
「……えっ?」
染崎は思わず顔をあげた。
あの日以来、会えていなかった少年の名前に、胸の奥が少し明るくなる。
そういうことはもっと早く言ってほしかったなと思いつつもあえて言わない男。
「ゆーづきー、おいでー」
楓月が背中に隠すようにしていた誰かを引っ張り出す。
そっと前に出てきたのは――
あの日と同じ姿の佑月だった。
「……は、初めまして。先生……」
佑月は小さく会釈する。
その表情はどこか怯えたように、でも確かに生きてここに立っている。
楓月くんが初めましてじゃないでしょとケラケラ笑っている。
「お、おはよう……佑月くん」
思わず息を呑んだ。
胸の奥に積もっていたジクジク感が少しだけ溶けていくようだった。
しかし、少しイメージと違った。
佑月くんのことを知る前まではミステリアスでつかみどころのない子だなって感じだったけど、
今見るとひ弱で内気な子ってイメージだ。
佑月くんのことを教えてもらったからかな…?
胸のささくれに引っかかった違和感を引きずったまま、双子と一緒に廊下を歩く。
歩いている間は楓月くんがとにかくうるさかった。
「せんせーはゴキブリ掴める?」「オレ掴める!」とかもう虫嫌いの自分に対してする話ではない。
まじで土に埋めようかなと思い休日にスコップを買いに行く計画を一瞬で練ったが、チキンには
100年早かったです。
途中、向こう側で二宮くんが歩いているのが見えた。
その瞬間、楓月は「あ、さとるー!!」と叫んでタタタッと駆けていき、勢いよく飛びついた。
「……おも、……い……楓月……」
遠くから、くぐもった声が聞こえてきて、染崎は苦笑する。
やっと静かになる…
「い、いこっか。佑月くん」
「は、はい。先生…」
二人横並びに会話もないまま教室に着くと、今日の席には楓月ではなく、佑月が静かに座った。
それが“正しくて、普通”なのだが――
いつもなら教室に着いた瞬間おっきな声で挨拶するはずの”佑月”がしずかーに座ったからか…
「ねぇ、今日の嵐山くん、なんか静かじゃない?」
「てか雰囲気ちがうよね……?」
クラスメイトには当然、二人が別人だという認識はない。
だからその違和感が彼らには不思議らしかった。
一方、誰よりもその光景の意味を知っているのは自分だけ…
本当の佑月くん座っている。それだけのことなのに――
まるで世界のバランスが、そっと元に戻っていくように感じられた。
*
一時間目のチャイムが鳴っても、教室にはどこか落ち着かない空気が漂っていた。
黒板の前に立ちながら、生徒たちのざわめきを耳の端で聞き取る。
「ねぇ、嵐山くん、今日眠いの?」
「なんか話しかけても返事ちょっと変じゃなかった?」
「え、別に普通じゃない?」
そんな声が、ぽつりぽつりと漏れてくる。
染崎は表面上、何も聞こえないふりをしながら、
黒板にチョークを走らせつつ、ちらりと佑月の席を見やった。
彼は机の上で手を組み、うつむき気味に座っている。
窓から差し込む光を浴びながらも、どこか儚げ。目を離したら消えてしまいそうだ。
友達に話しかけられても――
「……うん」
「……そう」
と短く返すだけ。
昨日まで教室を明るくしていた“佑月”とはあまりに違って、
クラスの子たちは自然と距離の取り方を迷っている感じがした。
(……大丈夫、かな)
染崎は授業を進めながら、胸の奥に小さな不安が広がるのを感じていた。
ふいに、
「……っ、ごほっ……」
静かな咳が教室に響く。
何度か肩を小さく震わせるような、湿った咳。
佑月は手を口元に当て、誰にも悟られないように目を伏せた。
だが、その顔色は明らかに悪い。
風邪が治りきっていないのだろうか。それとも肺の持病のせいだろうか。
二時間目の終わりごろ、クラスのとある女子が勇気を出して声をかけていたのを見た。
「嵐山くん、具合悪いの?」
「なんか顔、赤いよ?」
佑月くんは小さくかぶりを振り、かすれた声で答える。
「……だいじょうぶ、です」
それを聞いた女子はそれ以上踏み込めず、
気まずそうに席へ戻っていった。
思わず授業の区切りを作り、教科書を閉じるふりをしながら佑月くんを観察した。
(やっぱり……無理、してるよな)
だが、どう声をかけたらいいのかも分からない。
教師として、でも――嵐山兄弟の事情の鱗片に触れてしまった以上、どうにかしてあげたい気持ちが競り上がってくる。
休み時間、教室が騒がしくなる中でも、佑月くんだけは椅子に座ったまま、
ぼんやりと窓の外を見ていた。そう言えば入学式の時もずっと窓の外を見ていた。
外が好きなのだろうか。
その横顔は、幼いのにどこか達観した影を帯びていて――
染崎は胸の奥がぎゅっと痛んだ。
なんだか、心配している割には関わってないようなという事実に気がついた。(すごく唐突)
「あ、ゆ、佑月くん!今いい?」
腹を括りました。
いつもなら人から話しかけられるのを待っているチキンが。
明日は槍が振りますね。
「は、はい」
目が泳いでいる。動揺している。
奇遇ですね、自分もです。話しかけたはいいものの、内容は全く考えていない。
皆さんは自分を反面教師にして失敗しないでね。
「あー。えっとー…その。そ、空が好きなの?」
「そら…?」
予想外の反応で、染崎は少しオドる。
しかし、会話を続ける努力をする。今回は。
「ほ、ほら!いつも空見てるし…」
すると、佑月くんはふっと目を伏せた。
あれ…なんか地雷踏んじゃった?あ…。切腹します。
すると、佑月くんはゆっくりと口を開いた。本当に、囁くような小さな声で。
「…先生は…死んだらどうなるか考えたことありますか…?」




