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LAZULI番外編

LAZULI ~霧雨の中のヒーロー~

作者: 羽月

『LAUZULI』の番外編で、過去の話になっています。

 音も無く静かに舞い落ちる霧のような雨が、柔らかな緑色の葉を付けたばかりの木々をゆっくりと冷たいヴェールで覆ってゆく。いつしかその銀の粒子は光る雨粒へと姿を変え、重みに耐えきれなくなった若葉から小さな水滴となって一つまた一つとこぼれ落ちた。丸い雫は自らが散るのと同時に、幼い少年を夢の世界から呼び覚ます。

「……」

ゆっくりと開かれた鮮やかな瑠璃色の瞳は、眩しそうな表情で空を見上げた。木々の間から見える空は、さっきまで抜けるような青空だったのに、今はぼんやりとしたグレーの雲に覆われていた。しかも、いつの間に雨が降り出したのだろう。全く気付かなかった。

彼は急いで立ち上がって服の汚れを払った。霧雨に濡れた服にはあちこちに泥や潰れた草の染みができていた。

『怒られる』

そう考えると憂鬱な気分になる。今更ながら自分の掌を広げてみると、服と同じように泥だらけになっていることに気が付いた。結局、精一杯努力して手で汚れを払い落としたつもりが、逆に擦り付ける形になってしまい泥の染みの範囲を大きく広げたことになり、悲しくなった。

『どうしよう。汚れた……』

少年は、霧雨の降り続ける空を恨めしげに見上げた。もっと雨が強くなってくれれば、土砂降りになってくれれば……。そうすれば、服の汚れも洗い流してくれるかもしれないのに。そう考え、彼はぼんやりとその場に立ちつくしていた。


 薄曇りのせいだけではなく、日が暮れかけているのか辺りは大分暗くなってきていた。町のすぐ近くとはいえ、森の中には恐ろしい魔物達も棲んでいる。完全に日が落ちてしまえば、魔物達だけではなく夜行性の獣達も獲物を探して活動を始めるだろう。幼い彼がただ1人でそこにいるのは危険だった。しかし、彼には服を汚してしまったこと以外に、町に――家に戻りたくない理由があった。

それ以前に、戻ることは許されていなかった。

彼が今いる森へと続く町外れの小道では、今もまだカーティス達3人が彼の帰りを待っているかもしれない。

『ぼくは捜しに来たんだ』

自分がこの森に来た理由を思い出した少年は、湿った地面にしゃがみ込み生い茂る草をかきわけて居なくなったドラゴンの子供を捜し始めた。


「おい、ディートハルト、お前にもいい物見せてやるから来いよ」

小さな町で同年代の者達のリーダー格になっている少年カーティスは、1人自宅前の石垣の上に座っていた彼に珍しく声を掛けた。

「お前は絶対見た事ない奴だ。すごいんだぞ」

何がすごいのか……。好奇心に負けた彼――ディートハルトは、石垣を下りると何やら大事そうに両手で箱を抱えているカーティスに近付いた。

 紙製の黄色っぽい箱には小さな丸い穴がいくつかあいていて、その中に何か生き物の気配がしていた。

「お前、ドラゴンって知ってるか?」

得意げに話すカーティスの言葉に、ディートハルトは大きくコクンと頷いた。教会の神父様マレッティに見せて貰った絵本に載っていたのを憶えている。そこには、羽根が生えた赤いトカゲみたいな大きな生き物の絵が描いてあった。そして、それは伝説の生き物なのだと神父様が言っていた。

「お父さんが外国で買って来たんだ。まだ子供らしい」

カーティスの言葉に、ディートハルトはドキドキしながらその箱を見つめていた。ドラゴン等というものを実際に見るのは初めてだった。

「開けてみろよ」

「いいの?」

心底驚いたような顔でディートハルトはカーティスを見上げた。少し年上のカーティスとその取り巻き達は、いつもは意地悪な事を言う時以外、声を掛けてこないからだ。

「特別にやらせてやるよ」

珍しい生き物を町中の子供たちに見せびらかし得意になっていたカーティスは、機嫌が良かったためディートハルトにも声を掛けていた。

「特別に」

彼の取り巻きの少年達も、「いいからやれ」というようにディートハルトに偉そうな視線を投げている。

「……うん」

ディートハルトはドキドキしながら差し出された箱を受け取り、大事そうに腕の中に抱えるとゆっくりと手を掛けて蓋を持ち上げた。

「わっ!」

箱がほんの数センチ開けられた時点で、中に入っていたドラゴンが急に勢いよく飛び出してきた。そのため、驚いたディートハルトは思わず箱から手を放してしまった。

 地面に落ちた箱の蓋は完全に開き、新聞紙を細長くちぎって敷き詰めていた中の紙屑も周囲に飛び散った。そして、既に箱から外に出ていた白く小さなドラゴンも、しばらくはその小さな羽根で少年達の周りを飛んでいたが、キィキィと鳴きながら、もの凄いスピードで森の方へ飛んでいってしまった。


「お前のせいだぞ!」

白いドラゴンの消えた森を呆然として見ていたカーティスは、我に返った途端にそう言ってディートハルトを怒鳴りつけた。

「……だって、ビュンって出てきたもん」

殆ど泣きべそをかいているディートハルトに、カーティスの仲間の少年たちも口々に「わざとやったんだろう!」「責任とれ!」等と言い出した。


 結局、「見つけて捕まえてくるまでは絶対戻って来るな!」と言われ、ディートハルトは1人泣きながら森まで行き必死に白いドラゴンを捜した。しかし数時間経っても見つけることが出来ず、お腹も空き喉も渇いてくたくたに疲れてしまったディートハルトは、とうとう地面に座り込みいつの間にかその場で寝入ってしまったのだった。


「いない」

泥だらけになって捜していると、悲しくなって涙が溢れてきた。

『かみさま、たすけて』

“神”というものの概念は全くないが、優しくしてくれる神父マレッティが神に祈っている姿を思い出し、地面に座り込み空を見上げ一生懸命そう祈ったところで、不意に後ろの方からガサガサという音が聞こえてきた。同時に、バキバキと木の枝か何かを折るような音も響いてくる。そして、その音は次第に大きくなり彼の方へと近付いてきていた。

 それは、明らかに小さな生き物のものではなかった。しかし、ディートハルトは“かみさま”に祈った事でドラゴンが戻ってきたのだと思い、嬉々として立ち上がると、自らその音に向かって走り出した。


「!?」

枯れて倒れた木の幹を乗り越え、灌木の間を抜けた彼はほどなくして音の主に遭遇した。

 それは捜していたドラゴンではなく、人間の大人ほどの大きさもある緑色の魔物だった。ぶよぶよとした半透明のゼリー状の体の中に、幾つか何か動物の骨が取り込まれているのが見える。それは、その魔物に襲われ吸収されてしまった小動物の死骸だった。

「……」

恐怖のあまり叫ぶことすら出来ずその場に固まってしまった彼のもとへ、ゆらゆらと蠢きながら緑色の魔物は近付いてきた。

「!」

魔物は一匹ではなく、ディートハルトを囲む様に迫って来る。

「……」

すぐ近くに来た緑色の魔物は、手を広げる様に大きく四方に広がった。そのまま、ディートハルトを包み込む様に飛び掛かった瞬間……


ボン!


と、鈍い音がして、大きく広がった魔物のぶよぶよした体に大きな穴があいていた。

「っしょ!」

誰かの声がしたかと思ったら、ビュンと体が上の方に勢いよく浮く。

すると、今度は黒い服を着た人が突然目の前に現れて、ゆらゆらと揺らめいていた穴のあいた魔物を、手にした剣で半分に斬ってしまった。

「大丈夫?」

ディートハルトを背後から抱え上げた誰かがそう言って、顔を覗き込む。

「……」

魔物が半分に斬られてしまったところを驚いて見ていたディートハルトは、恐る恐る背後を振り返った。そこには茶色の髪の知らない男の姿があり、明るい緑色の瞳で覗き込んでいた。

「危機一髪って奴だったな」

そういってハハッと笑う。彼もまた、黒い服を着ていた。

「今日はこの森には入っちゃいけないって、パパとママに言われなかったのか?」

魔物を半分に斬った黒い服を着た黒髪黒目の男が、そう言いながら近付いて来る。

 他の魔物数匹も、別の黒い服の男達がさらに二人いて同じ様に剣で斬ってやっつけたため、どの魔物も全部ドロドロに溶け落ちてしまっていた。

「何で、こんなところに子どもがいるんだ?立入禁止になってるはずだろ」

近寄って来て不思議そうに視線を向けた金髪にグレーの目をした男も、同じ黒い服を着ていた。

「なんだ、迷子か?……1人?誰か一緒に来た人は?」

そう言いながら、同じく黒い服を着た別の男がさらに現れた。彼は赤茶色の髪と目をしている。4人の男達は、全員お揃いの黒い服を着ていた。

 見知らぬ者達の登場に戸惑ったディートハルトが返答に詰まっていると、ディートハルトを地面に下ろした男が呆れたように3人の男達を見た。

「ちょっと待てよ。怖がってるだろ」

彼の言う通り、ディートハルトにとって、神父様や世話をしてくれるセルシアナさん以外の大人はみんな怖いものでしかなかった。

いつ怒られるか……もしかしたらぶたれるかもしれない……。

そう思うと、目の前に現れた4人の黒い服の者達もやはり怖かった。

「大丈夫だよ。魔物はもう死んじゃったから。ほら、溶けちゃってるだろ?……名前、何ていうの?」

3人の仲間に対しての言葉とはうってかわり、優しい口調で彼はそう尋ねた。

「……」

しばらくの間躊躇っていたのだが、早く答えないと怒られるかもしれないと思い、ディートハルトは恐る恐る名乗った。

「……ディートハうト」

本人はディートハルトと名乗っているつもりなのだが、”ル”ではなく微妙に”う”だった。

「ディートアウトちゃん?」

ディートハルトは左右に首を振った。

「ディー、ト、ハ、ゆ、ト」

今度は、わざわざ区切りを付けて言った意味が全く無かった。

「そっか。いい名前だな」

ちゃんと通じたのかどうか定かではないが、彼はニッと笑ってそう言った。ディートハルトの方は、意外にも誉められてしまったということが嬉しくてはにかんだように彼を見上げている。

「1人でここに来たの?」

ディートハルトは頷いた。

「じゃあ、僕たちがお家まで送っていってあげるよ」

すると、急にディートハルトは泣きそうな顔になって首を振った。

「カーちスのドぁゴン」

「え……と、ドラゴン?」

ディートハルトはコクンと頷く。

「ああ、なるほど」

”ドぁゴン”は”ドラゴン”のことを言っているのだと気付き、彼は先程この子供が”ディートハルト”と名乗ったのだということがやっと分かった。

「ぼく、ドぁゴンさがすの」

ついでに、女の子ではなくて男の子だったということも分かった。服装からして男の子なのだろうかとは思ったのだが、顔が女の子のような気がしないでもないので実は迷っていた。

「お、もしかして、ドラゴンを探しに森に冒険に来たのか?分かるよー、俺もガキの頃やった覚えがある」

金髪の男がハハハと笑った。すると、ディートハルトはフルフルと首を横に振る。

「ドぁゴン、いないの」

「あ~……。それは、ガッカリだったな」

ドラゴンは架空の生物だとは言えず、金髪の男が困った様に頬をかく。

「ディートハルトくんは、どうしてドラゴンを探してるの?」

緑色の目の男が優しくそう尋ねると、カーティス達に言われた言葉を思い出し、急に悲しくなったディートハルトは涙ながらにいきさつを説明した。


「大変だったねぇ」

そう言いながら緑色の瞳の男は、赤茶色の髪の男に向かって手を差し出した。

「ジョシュ、ハンカチ持ってたよな?」

赤茶色の髪の男がポケットから取り出した薄いグレーのハンカチを渡すと、緑色の瞳の男は涙と雨と泥でひどく汚れたディートハルトの顔を拭いた。

「ええと、つまり、ディートハルトくんは、カーチスって子に箱に入ったドラゴンを見せて貰ったんだね?」

緑色の瞳の男の言葉に、ディートハルトはコクンと頷く。

「そしたら、箱が落ちてドラゴンが逃げちゃったんだ?」

ディートハルトは再びコクンと頷く。

「それで、カーチスって子に“捜して来い”って言われたんだね?」

頷くディートハルトを見て、「オッケー」と緑色の瞳の男が頷いた。少しずつ聞き出し、何度も聞き返して確認して得た情報をまとめてみたが、やっとディートハルトの話している事と状況を正しく理解出来た。

「まあ、何処にでもいそうだけど、カーチス?ってのは、なかなかのクソガキだな」

黒髪黒目の男が言う。

「ラルフ、子どもの前でそんな事を言うなよ」

ジョシュが呆れたような視線を向ける。

「あ、そうだ。俺、いいもの持ってんだった」

金髪の男がそう言って、上着のポケットの中に手を入れる。そしてすぐに小さな紙の袋を取り出した。

「やっぱちょっと溶けてんな。はい、チョコだよ」

袋の中をゴソゴソと漁り、銀色の紙に包まれたものを数個差し出す。しかし、ディートハルトは手を出そうとしない。

「あー、そっか。知らない人だから警戒するかぁ。ええと、これはルピナスにある“キャンディショップ”って、何の捻りもない名前の店で今日俺が買ってきたもので、悪いものとかは入ってないよ」

そう言って、金髪の男は1個手に取り包み紙を開けて、中から茶色の塊を取り出すと自分の口に放り込んだ。

「はい、ディートハルトくんもどうぞ」

そして、別の1個をディートハルトに再び差し出す。

「食べて大丈夫だから、貰ったらいいよ。ディートハルトくんが頑張って1人でドラゴンを捜したご褒美だ」

そう言って緑色の目をした男が笑顔を見せるので、ディートハルトは恐る恐る手に取って口に運んだ。

「ああ、待って!紙は食べられないよ」

そう言って、緑色の目をした男は紙を剥いて中の茶色いものを渡してくれた。

「!」

初めての味にディートハルトは目を丸くする。その甘さに驚いていた。教会の神父様が焼いてくれるパンケーキやクッキーよりもずっと甘かった。

「美味しい?」

金髪の男の言葉に勢いよく頷くディートハルトに、男達は顔を見合わせて笑っている。


 それから、4人の黒服の大人達はディートハルトと一緒になっていなくなったドラゴンを捜してくれた。

 捜しながら、緑色の瞳の男は自分達の事を教えてくれた。彼の名前はシトラスといい、それぞれ、黒髪の男はラルフ、金髪の男はアンディ、赤茶色の髪の男はジョシュというらしかった。そして、4人は仕事でこの場所へ来ているのだと言った。近頃この辺りの森で恐ろしい魔物の巣が発見され、それを巣ごと退治しに来たのだという。

 ディートハルトは最初、彼らが長剣を手にしているところから“旅人さん”だと思った。彼の住む小さな町ランタナにもこういった剣を持った人たちが立ち寄ることがあるからだ。そして、そのような人たちの中には教会を訪れる者もいて、神父様は「彼らは“旅人さん”なんだよ」と教えてくれた。だから、ディートハルトが“旅人さんなのか”と尋ねると、シトラスは笑いながら、

「僕達はね、お城の兵士なんだ。I・Kって呼ばれてるんだよ」

と、教えてくれた。小さな町しか知らないディートハルトには、それが何なのかよく分からなかったが、とにかく何かすごいものなんだと思った。そして、そう思った通り、ドラゴンを探している間に何度も新しく別の魔物が出て来たが、その度に彼ら4人はいとも簡単に魔物を倒してしまっていた。中には恐ろしい姿をした大きな虫型タイプの魔物もいてディートハルトは怖くてたまらなかったのだが、全く恐れる様子もなく魔物に向かっていく彼らの姿にディートハルトは驚くのと同時に、“お城の兵士さん”をとても頼もしく感じていた。



「大丈夫だよ。小さなドラゴンなら、遠くへは行けないはずだから」

捜し始めてだいぶ時間が経ったが、なかなか見付からず元気のないディートハルトを励まそうというのか、ディートハルトを守る様にずっと傍にいるシトラスが笑顔でそう言った。

「ああ、そうだ。“アヒルの歌”を知ってる?」

ディートハルトは首を振る。

「アーヒールー、アーヒールー、ペタペタあーるーくー。アーヒールー、アーヒールー、プカプカ浮―かーぶー……って歌」

ディートハルトはもう一度首を横に振った。

「じゃあ、覚えて一緒に歌おうか?」

ディートハルトは戸惑った様にシトラスを見ていたが、“アヒルアヒル”とシトラスが繰り返し歌うので何だか楽しくなり、しばらくすると一緒に歌い始めた。

「あーひーゆー、あーひーゆー、ペタペタあーゆーくー。あーひーゆー、あーひーゆー、プカプカ浮―かーぶー」

「何だそれ?もしかして、作詞作曲シトラスとか?」

二人が歌うのを近くで聞いていたアンディが、プッと吹き出している。

「ディートハルトくんと同じくらいの歳の僕の甥っ子が、最近お気に入りの歌だよ。本当はもっと長いんだけど、うろ覚えでここしか分からないんだ」

「確かに、そのメロディと歌詞は一度聞いたら忘れねえな」

そう言って、アンディまで一緒に歌い始めた。



「にしても、”白くて、ちっちゃくて、キィキィ言う羽の生えた”ドラゴンねえ……。どんなかなあ?」

いまいちディートハルトの説明では分からない……と思いつつ、茂みをかきわけながらアンディがぼやいていると、離れたところにいたラルフが戻ってきて、腰をかがめてディートハルトに尋ねた。

「なあ、ディートハルトくん。そのドラゴンって白いフサフサした毛が生えてた?」

「ドラゴンっていったら鱗だろ」

ディートハルトが答える前に、両手両足をぬかるんだ地面について木の根元の穴を覗き込んでいたジョシュが振り返って笑った。

「やっぱりそうだよなぁ。……これかと思ったんだけどなぁ。どう見ても普通の動物じゃねえし、魔物にしても見かけない奴だし」

わざわざ逃げないように上着の中に入れていたらしく、ラルフは懐から白い小さな生き物を取りだした。

フサフサした白い毛の生えた小さな生き物が、蝙蝠のような羽根を指で摘まれ手足をバタバタとさせながらキィキィと鳴いている。毛に覆われているがシルエットはトカゲに近い。

「何だそれは?」

ジョシュは立ち上がって、その不可思議な生物をジーッと観察した。

「カーちスのドぁゴン!」

すっかり疲れ切ってしまい地面に座っていたディートハルトは、突然嬉しげに叫ぶと勢いよく立ち上がって、ラルフの手の中の生物を覗き込んだ。2人は”えっ!?”という顔で彼に視線を落としている。

「見付かったんだ?へぇ……可愛いな」

シトラスも少し不思議そうな表情をしてそう言うと、声を聞きつけたアンディもバタバタと駆け寄ってきた。

「おー……」

“これがドラゴンなんだろうか?新種の魔物なんじゃないだろうか?”ディートハルト以外の4人の中には、同じ疑問が浮かんでいた。

「あ!」

と、ジョシュが何か思い出した様に声を上げる。

「これは、あれじゃないか?国境の山岳地帯のロベリア側に住む、ハネトカゲモドキ。珍しい生き物だから、ロベリアが保護してたはずだけど……」

「ってことは、密輸動物じゃん」

アンディが眉を顰める。

「ハネトカゲモドキって、本当なのか?」

「ああ。図鑑で見た事ある。鳥類と爬虫類の中間みたいな奴だ」

シトラスの言葉にジョシュが頷き説明する。

「じゃあ、でも、どうすんだ?カーチスって奴の親に事情を聴くか?」

ラルフの言葉に沈黙し、大人たちは不思議そうな顔をしているディートハルトに視線を落とす。

「……」

今すぐ”カーチス”という子供の親に説明を求めにいき、間違いなくこの生き物が隣国の保護動物だと判明した場合、この生き物は押収しなければならず、その子供の親にも改めて事情を聴く事になる。そうすれば、ディートハルトがお門違いな恨みを買ってしまうかもしれない。

「カーちスのドぁゴンだよ」

大人たちが、“ハネトカゲモドキ”だと言っている言葉を聞き、何の事かは分からなかったが不安になり、それは間違いなくカーティスのドラゴンだとディートハルトは訴えた。

「そうか。見付かって良かったな。向こうの大きな木の枝の上で寝てたんだ」

そう言いならラルフが笑う。わざわざブーツを脱いで木に登ったらしく、彼の服の所々に泥が付いていた。

「本当に良かったな。これで、お家に帰れるな」

そう言って、シトラスも笑顔を浮かべた。


 4人に付き添われて森を出て、すっかり暗くなった町へと戻ってみると、ドラゴンが逃げた場所にカーティス達3人の姿はなく、街灯に照らされた紙の箱だけがそのままの状態で地面に落ちていた。いつの間にか雨は止んでいたが、すっかり湿ったその箱はかなりよれよれになってしまっていた。

 ディートハルトは箱を拾い上げ、ラルフにドラゴンを入れて貰うとすかさず蓋を閉め、しっかりと両腕の中に抱え込んだ。


 その後は、ディートハルトにとっては驚くことばかりだった。

ドラゴンの入った箱をカーティスの家まで届けに行ったのだが、絶対「遅い!」と怒り、ぶつと思っていたカーティスは何も言わずに箱をひったくると、まるで怖い物でも見たかのように逃げるように家の中に駆け込んでしまった。

 カーティスはディートハルトと一緒にいたシトラス達の着ている黒い服が、帝国の皇帝直属の兵士達――I・K(インベリアルナイト)のものだと知っていて、ディートハルトがI・K達に仕返しをしてくれと頼んだのだと思い込み、逃げ出してしまったのだった。I・Kのことなど全く知らないディートハルトも、カーティスが怒らなかったのは、一緒について来てくれているシトラスのおかげだと察し、心の底からシトラスをすごいと思った。


 ドラゴンも無事に返す事ができカーティスに怒られることもなく、すっかり安心しきってしまったディートハルトが、疲労のあまりフラフラと歩いていることに気付いたシトラスは、ディートハルトをおんぶして家まで送ってくれた。

 ディートハルトの事はシトラスに任せ宿泊している宿へ戻っても良かったのだが、3人の男達もどうせ暇だから……と適当な理由をつけてぞろぞろと同行している。

「ぼく、”おしよ(お城)のへいし”なぅ」

恐ろしい魔物を簡単にやっつけて、ご褒美もくれて、ドラゴンも見付けてくれて、意地悪なカーティスも怖がらせて、おんぶもしてくれた。そんなシトラスと3人のI・Kたちにすっかり心酔しきってしまったディートハルトは、自分も彼らと同じ”オシロノヘイシ”というものになりたいと思った。

「じゃあ、もっと強くならなくちゃな」

後ろの方にいたアンディが笑ってそう言った。

「そうだね。意地悪をされても泣かないくらい強くなれば、お城の兵士になれるよ。いっぱいお勉強もしなくちゃならないけど」

シトラスの言葉に3人の男達が笑う。

「泣かないだけじゃなくて、仕返しもできるくらいじゃなきゃな」

「そうそう。殴られたら殴り返す!」

「倍返しでな。思いっきり殴ってやれ」

面白がって口々に”お城の兵士”になるためのアドバイスをし始めた。

「うん」

ディートハルトにはあまりよく分からなかったが、そうなのかと思っていた。


 ディートハルトの住む家は、カーティスの家から大分離れた町の隅の方にあった。

「そういや、ディートハルトくん、今いくつ?」

家の前で立ち止まった時、アンディが尋ねた。

「4さい」

「そっか。って、どっちかなぁ」

指を5本立てた状態で答えるディートハルトを見て、4人が笑う。

「はい、これ。まだ入ってるから。あげる」

そう言って、アンディは紙袋を差し出した。チョコレートの入った袋だ。

「……」

戸惑った表情をしているディートハルトの手を取り、アンディは紙袋を握らせた。

「一回に一個ずつしか食べちゃだめだよ。それから、食べたらハミガキもしてね」

すかさず横からシトラスが言う。

「じゃあ、ディートハルトくんが”お城の兵士”になったらまた会おうな。頑張れよ」

そう言いながら、アンディはワシワシとディートハルトの金髪を撫でた。

「じゃあな」

「バイバイ」

ジョシュとラルフもディートハルトの頭をクシャクシャと撫でる。あまり乱暴に撫でるので、頭がクラクラした。

 最後に、シトラスが「お家の人に、遅くなった理由を話してあげる」と言って、彼の手を引き家の中まで連れていってくれたのだが、汚した服のことで怒られるだろうと怖かったディートハルトは、シトラスが一緒に来てくれるということがとても嬉しかった。

「叱らないで下さいね」と言うシトラスに、いつもは怖い彼の養い親の夫婦も何も言わずに彼を家に入れてくれた。

「ぼく、つよくなゆ」

別れ際、そう宣言するディートハルトの頭をシトラスはクシャリと撫でて微笑んだ。その事がディートハルトはとても嬉しかった。

「うん。頑張ってね。また会おう、じゃあね」

ディートハルトは、彼らの姿が闇に溶けて見えなくなるまで、ずっと部屋の窓から手を振り続けていた。


「可愛い子だったなあ」

町の宿へと歩きながら、シトラスはしみじみとそう言った。

「本当に、あの子の親なのかな?両親とも全然似てなかったし、帰りが遅いのを心配してたようにも見えなかったけど。叱られてないかな」

ひどく気に掛けた様子で、歩きながらそう話し続けるシトラスに、3人のI・Kたちは苦笑した。

「大丈夫だろ。”強くなゆ”って言ってたし。十数年後、帝都で会えるかもしれないよな」

アンディがディートハルトの口まねをする様子に、シトラスは思わず笑ってしまった。

「そうだね。どんな大人になるか楽しみだな」

「でも、あんなに小さければ、俺達の事を忘れるって可能性もあるけどな」

ラルフが言うと、シトラスが首を振った。

「僕達が覚えてたらいいんだよ」

「だけど、俺達はちょっと老け……いや、さらに大人になってるだけだろうけど、あの子の場合は劇的に変化してるだろうから、気付けるかどうかが問題だな」

ジョシュが言う。

「大丈夫。名前も歳も聞いたし、大きくなってもあの目はそのままだろうから、分かると思うよ」

シトラスの言葉に、アンディとラルフも頷いた。

「珍しい色をしてたからな」

「そうだな……?」

ポツリと、冷たい物が頬を濡らす。

「また降るのか……」

パラパラと落ちて来る雨粒を掌に受け、アンディが言う。今度は霧雨ではく本格的な雨になりそうだった。

「うわ、最悪!」

突然、冷たい雨が勢いよく降り始め、4人は一斉に夜の街道を駆け出した。


 その頃、小さな自分の部屋から雨の降る真っ暗な窓の外を見ながら、ディートハルトは小さな声で歌っていた。いつものように、この家の大人達には無視され部屋に閉じ込められていたが、今日は寂しくもないし、それどころかとても幸せだった。小さなテーブルの上には別れ際にアンディが握らせてくれた甘くて美味しいチョコが紙袋ごと置いてあるし、シトラスが教えてくれた歌は何度歌ってもとても楽しいからだ。そして、何より、彼らの事を思い出すととてもドキドキしていた。

 今度、神父様に会った時には、“すごくかっこいい、オシロノヘイシさん”の話を教えてあげよう。そう思っていた。

「あーひーゆー、あーひーゆー、ペタペタあーゆーくー。あーひーゆー、あーひーゆー、プカプカ浮―かーぶー」

聞き取れないほどの声量で、ディートハルトは何度も何度も繰り返し、楽し気に歌い続けていた。

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