語尾に「♡」
高浜 弥生は、板チョコを9枚まとめて手に取った。下校中に寄ったコンビニ。
既に陽は傾き始めている。
財布には千円札1枚と小銭が少々。弥生は全財産で買えるだけ板チョコを買おうと思っている。
中学3年生の弥生にとっては、とんでもない散財。
11月に入り受験への不安が強くなり始めていたが、今はそれどころではない。
ずっと片思いをしていた青井 柊太に彼女が出来てしまった。
――なんで、何もしなかったんだろう、私は。
「この気持ちを伝えたい」とずっと思っていたのに。願っていたのに。
「断られたら……」「嫌われたら……」、そんなことばかり小難しく考えて何もしなかった。
改めて思い返すと、柊太に惹かれたきっかけは大したことではない。
「高浜、靴紐ほどけてる」
夏の通学路、柊太が後ろから声をかけてきた。柊太とほとんど話したことがなかった弥生は驚いた。
「え……。うん、ありがとう」
たったこれだけの会話。
今日、柊太が告白した相手は雨宮 来美。柊太が惹かれた理由も知っている。
先週の授業中、柊太の消しゴムが机から落ちた。その消しゴムを拾い、渡したのが隣の席の来美だった。
「はい」
語尾に「♡」が付いてそうな可愛い来美の声と言い方。更にその「♡」が似合う来美の外見。
「あ……、ありがと」
弥生は、その短いやりとりを2列後ろの席から眺めていた。激しい胸騒ぎを感じていた。
終わった……。
なんとなく、そんな気がしていた。
板チョコを手に、レジカウンターへ向かいながら弥生は思う。
マンガみたいにヤケ食いしよう……。
弥生はわかっている。
「そんなことをしても楽になれる訳がない」とわかっている。
グズグズ迷って、私が何も出来なかっただけ。「横取り」でもなんでもない。
――あれ?
カウンターの前に男の子が一人、立っている。小学生高学年くらいだろうか。手にはコーラ。
カウンター内に店員がいない。レジスターは2台あり、店員が二人いれば二人の客に対応出来る様になっている。しかし、どちらにも店員がいない。
男の子の隣に立つ。二人、横に並んで店員を待つ。
すぐにカウンター奥のスタッフルームから女性店員が一人現れた。男の子が待っていることに気付いていなかったのだろうか。
「すみません。お待たせしました」
店員は弥生の前に来て、会計を始めようとした。
「その子が先に待ってました」
弥生は店員に告げた。
このままでは「横取り」になってしまう。
「あっ、そうなの?」
店員は横のレジスターへ移動し、男の子のコーラの会計を済ます。
男の子は一瞬、弥生を見ただけだった。
――――
自身の板チョコの会計も済ませ、弥生は店を出た。財布はほぼ空っぽ。
「あの……」
店の外で男の子が待っていて驚いた。
「あの、ありがとうございました」
わかりやすく顔を赤くしている。
「うん、いいのよ。あっ、ちょっと待って」
弥生は通学バッグから板チョコを一枚取り出す。
「あげるよ」
「えっ、いいんですか?」
「うん」
それ以上は何も言わず、弥生は男の子に背を向けた。家を目指し歩きだす。
さっきの「うん」には「♡」が付いてた?
……多分、付いてない。私には無理。
何故か可笑しくなって弥生は笑った。
私が思うより世界はシンプルなのかもしれない。
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