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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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挿話 1

足は肩幅に開き、両肩は張らず、リラックスした状態で腕を伸ばす。呼吸を整え、目線を照門の間に通す。全てが胎に落ちた瞬間に引き金を引く。

『パン。』

ライフルから放たれた弾が熊の眉間に当たる。

『よっしゃぁ!!』

『やったぁ!!』

熊は姿勢を変え、よろめき、崩れ落ちた。


『やったね!どう?すごいでしょ?』

『リカさん凄い!天才!射的の女王!!』

戦利品である熊のぬいぐるみを大事そうにリカは抱きしめて離さない。射的屋の主人は()()()()()()()()()を持っていかれ、悔しそうにリカではなくなぜかケンヂを睨みつけている。

そんな主人にリカは格別な笑顔を見せお礼を言う。主人も仕方がないなとまたいらっしゃいと返した。ケンヂはリカの笑顔という武器の強さを改めて知って嬉しがった。

『リカさんの笑顔はみんなを幸せにする。』

『え?何て?』

リカがぬいぐるみを見て嬉しそうに聞き返した。何でもないとケンヂは返した。


ケンヂの地元の秋祭りに来ていた。東京出身のリカを地元の小さなお祭りに連れていくのは勇気がいったが、意外にもリカは楽しんでくれている。

『ねぇ、イカ焼き食べたい。』

『さっきたこ焼き食べたばっかでしょ?またソース味じゃん?』

『イカ焼きだけに胃下垂でおじゃる。』

リカがふざけてケンヂの手を掴み、お目当ての店まで小走りで行った。


ケンヂとリカの二人は双子の(うた)暁士郎(きょうしろう)をケンヂの両親に押し付け、丸3年以上ぶりの日本を楽しんでいる。

妊娠が発覚してからは大事をとって飛行機に乗らなかったし、育児休暇はロンドンで取ったため、しばらく日本に帰国できなかった。そんな理由で両親に孫が乳児の時分を見せてあげれなかったので、日本滞在中は両親になるべく孫達との時間を長く取ってあげたかったのだ。もちろん久しぶりの二人だけの時間を楽しみたいという思惑もある。

子供達は2歳を超えたばかりで可愛い盛りだ。保育園では英語、家庭では日本語を使うので、必然と二つの言語が混ざり合う。

『僕の両親は僕が海外生活をするようになって、英語の勉強に熱心になりました(笑)とくに父親の方は地元の女子女子中学生と英語で文通するという、訳のわからないことをしています。詩や暁士郎と上手にコミュニケーション取れたら嬉しいな。』

『大丈夫よ、大丈夫。むしろすべて日本語で接してくれた方が、彼らの日本語の訓練になるし、方言もいまから慣れた方がいい。ロンドンに帰って彼らが”じゃけえ”って使ったら爆笑するわ。ケンヂも方言でいいのよ?私はずっと東京だったから、あなたの世界観が羨ましいわ。』

リカさんがイカを頬張りながら満面の笑顔をくれる。結婚前にしたデートを思い出してとても愛おしくなった。

『ねぇ、リカさん?僕は関東に行ってみたい。京都より東に行ったことがない。もちろん今回でなくてもいいけれど。リカさんの育った東京に行ってみたい。』

リカは少し上の方を向いて、体を揺らしながら考えているふりをしている。口元についたソースがかわいい。指でそっとそのソースを拭いとる。

『福岡や広島、大阪でよくない?都会なんてどこも一緒よ。行っても無駄よ。』

実はリカさんの両親に会えていない。父親の方に会うのは僕も諦めているが、母親の方は会ってもいいはずだと思うんだけど、なかなか言い出せずにいる。リカさんも頑固なところがあるし、とても繊細な人だから傷つけたくない。

『じゃ、みんなで広島にお好み焼きを食べに行きましょう。一つルールがあります。』

僕は勿体ぶって言ってみた。

『なに?どんなルール?分かった!ぜったいにコテで食べないといけないとか?』

目を輝かせている。ご当地グルメが大好きなのだ。僕は意味ありげに首を左右に振る。ニヤッと笑いながら

『違います。絶対に”広島風”という言葉を使わないことです。』

広島風という言葉以上に広島県民を激怒させる言葉はないと伝えると笑ってくれた。大阪のお好み焼きの亜種ではないというプライドがあるのだという説明をした。


『詩と暁士郎が喧嘩するかもしれないから、もう一つぬいぐるみを獲って帰ろう。』

『でもあの兄ちゃん、怖い顔して僕を睨んでたから、行きづらいよ。』

『たしかもう一つ射的屋さんがあったはずよ。』


二人で人混みの中を腕を組んで歩く。大阪でもこうやって一緒に歩いた。そしてロンドンでも。ずっと一緒にいたい。二人で年齢を重ねることがこんなに素晴らしいことなんて想像もしなかった。隣にいるリカさんを幸せにしたいと思った。子育てのために短く切った髪から除く耳をじっと眺める。視線に気づいたリカさんがニコッとする。


『リカさん、ありがとう。すごい幸せです。』


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