1998年 3月
ジムの隅にあるベンチに腰掛け、中を見渡した。
ケンさんに紹介されて入会したこのジム。もう半年を超えた。僕の体重は増えたが、以前よりも引き締まって見える。
ケンさんが好きだったフリーウェイトルーム。彼は一番奥のパワーラックがお気に入りで、あそこでよくシゴかれた。会うたびに500グラムずつ重量を増やされ、辟易したのを覚えている。彼はもうこの世にいない。僕も2度とシゴかれることはない。なんだか不思議な気分になる、ちょっと感傷的な気分だ。
僕は腰を上げ、その場所に近づいた。今日はデッドリフトをやろう。フォームが難し過ぎてできている気がしないが、やらないと上達しない。
"Mind if we hit the weights together?"
(良かったら一緒にやってもいい?)
ジョンと名乗る同い年くらいの青年が訪ねてきた。一人で来ているらしい。ギリギリの重量に挑戦したいのだろう、喜んで手伝うと伝えた。身長も体重も大して変わらない見た目だった。この国の人は太っているか、マッチョが多いので、痩せている人はコンプレックスを持っている人が多いらしい。彼もきっとマッチョになりたいのだろう。心配になるくらいのギリギリの重量を攻めようとする。
”Really? Isn't it too heavy?"
(ダメだよ!重すぎるって!)
サポートに入る僕が巻き込まれ事故にあうんじあないかと心配になるウェイトを付けた。ジョンはにっこり笑って集中するために呼吸を整え始めた。お尻を落とし、バーベルを持ち上げる。胸を開き、背筋を使って引き上げた。見事なフォームだった。彼はゆっくりと確実に8ラップをこなしてみせた。僕は心からびっくりして、尊敬しますと相手に伝えた。見た目は僕と変わらないのに、扱える重量が違いすぎる。
”Do you mind training me? I wish I could handle that much weight."
(良かったら教えてくれない?僕も重たい重量を扱ってみたい。)
"Yeah! mate. Go for it."
(もちろん、やろう!)
それから約1時間半、ジョンと僕はみっちりと背中のトレーニングをした。トレーニング途中の何気ない会話で、ジョンはウェイトトレーニングよりも、トレイルランニングの方が本業らしいことが分かった。ジムには週に一回か、多くて2回しか来ないそうだ。たったそれだけでこんなにも高重量を使えるなんて、僕には信じられなかった。彼曰く、トレーニングにも配分が大事だということだった。ジムワークも素晴らしいが、トレイルランニングのように、自然の中でランダムにある障害を乗り超えていく競技は、インナーマッスルがバランスよく鍛えられるし、持久力も上がるのでおすすめだということだ。恥ずかしながら僕はマラソン大会でビリになったことがあると言うと、
"Never mind. You don't need to compete against anyone. Just try to be better than you were yesterday."
(誰かと自分を比べる必要なんてないさ、昨日の自分より勝るようにすればいい。)
彼の言葉を素直にカッコイイと思った。良かったらこのジムの掲示板にもあるけど、ランニングクラブに入らないかと誘われた。費用も対して高くないそうだ。
”Let me think about it. I need to check my days off with manager. "
(考えさせて,休みの調整もあるから聞いてみるわ。)
ジョンにお礼を言って別れ、いつも通りサウナに行った。筋肉をマッサージしながらランニングクラブについて考えた。ワーホリの残りも半年を切ったし、いつもの日常にすこしアクセントを入れていっても良いのかなと思った。ジムに通える回数は相対的に減るが、やったことがないスポーツに挑戦するのも楽しいかもしれない。知らない人たちに揉まれるのも、人見知りを克服する手助けになるかもしれない。
僕は次の週にランニングクラブを訪れた.
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作者
遠藤信彦




