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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
65/75

1998年 2月 手紙がくる

毎朝5時に起きる。


朝食を済ませバスに乗り、6時半から仕事を始める。14時半から16時半の間に仕事が終わる。その後にジムに行き、プールに行き、自炊を済ませ、2時間前後勉強する。


毎日の繰り返し。


ワーホリに来て6ヶ月が過ぎ、7ヶ月目に入った。僕の意志は固く、娯楽は日本語の本を読むくらいだった。僕の英語力は一般的なワーホリとは比べ物にならないくらい飛躍した、体力もついた。リカさんにも、両親にも胸を張って報告できる。僕は自分自身に自信を持てるようになった。


僕は毎日のルーティンを無理なくこなすことができた。飲み会や遊びなどにも興味がなく、自分の成長にしか興味がなかった。

そんな毎日を送っていると、日本から手紙が届いた。差出人は永倉だったが、名前はケンジではなかった。永倉宗一郎と書いてあった。





拝啓


息子ケンジにご丁寧なお手紙をいただき、誠にありがとうございます。

最初に申し上げなければならないのは、ケンジは既に他界しているということです。それはあまりにも突然な出来事で、ケンジは橋本様からのお手紙を拝読できる前にこの世を去りました。

ケンジはアルコール中毒でした。ワーキングホリデーに行ったのも、その中毒の治療が目的でした。幸い、ラグビーという、打ち込めるものを持っていたので、滞在中はあまりお酒を飲むことがなく過ごせていたようです。ですが帰国してからは以前よりも酒量が増えてしまい、自分をコントロールする術を無くしてしまったようです。

アルコール中毒はとても辛い病気です。精神の病気です。本人の心を蝕みます。毎日苦しんで、闘っている彼を見ていて私も辛かったです。息子も強い衝動に耐えられなかったのでしょう。彼の最後は真夜中の高速道路。スピードの出し過ぎでした。意図的なものなのかどうかは、我々にはわかりません。手塩にかけて育てた息子でしたが、最後は呆気なく逝ってしまいました。私ども家族の不得の致すところです。

生前はケンジと良い関係を築いてくださり、心からお礼を申し上げます。彼が自慢しながら私に見せにきた沢山の写真の中に、橋本様が写っていると思われます。同じ名前で10歳も年下のイキの良い友達ができたと自慢しておりましたので、おそらく橋本様で間違いがないとこちらで判断しました。もし間違っていましたら、そちらで焼くなり、捨てるなり、ご処分をお願いします。


橋本様のこれからのご活躍とご健康を心より願っております。



敬具


永倉宗一郎



僕は信じられなかった。

ケンさんが既に死んでいる。それも自殺かもしれない。しかも理由がアルコール中毒だなんて。


僕はケンさんがお酒を飲んでいるところを数えるほどしか見ていない。しかもほとんどの場合、ビールを少量でやめていた。理由は運転があるからだった。ケンさんは僕にお酒を勧めることはなかった。むしろお酒から距離を取るようにアドバイスしていたくらいだ。彼が言った言葉を今でも思い出す。


『酒を飲まないのは頭をクールに保つためだ。』

『ここさ、頭が大事なんだ。頭をクールに保てないんだから、アルコールなんてやらなくていい。覚えとけよケンヂ、男の頭はクールじゃなきゃいけない。アルコールなんて人生を諦めた奴らが飲めばいいんだ。人生に楽しい事があるんなら、酒なんかなくても十分にハイになれる。』


いつの間にか涙が出ていた。気付いてあげられなかった自分を恥じた。ケンさんはアルコール中毒で苦しんでいたのに、僕は助けてあげられなかった。彼はもういないのだ。


送られてきた写真はケンさんと僕が肩を組んでいる写真だった。2人とも笑顔だ。太い腕を首に回されて、重かったことを覚えている。確か僕がベンチプレスの自己記録を更新した日の写真だった。ケンさんが喉を枯らしながら応援してくれたのを覚えている。


僕は泣いた。思いっきり泣いた。この人のようになりたいと本気で思った。本気で憧れた。でもその人物の実際はとんでもない弱虫だった。闘わない人間だった。負け犬だった。馬鹿野郎だった。

僕はキッチンに行き、流し台で写真を焼いた。プラスチックが焼けるような、嫌な匂いがした。炎はゆっくりとケンさんを焼いていった。










いつもご拝読ありがとうございます

これからもより良い作品を執筆できるよう、がんばります

よろしければ感想、アドバイスなどを頂けると励みになります

作者

遠藤信彦

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