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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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1998年 21歳の誕生日

あの事件から2週間が経った。ワーホリに来て半年が経過したことになる。


僕はちょっとした有名人になった。大きな事件だったし、犯人と格闘をし、捕まえたのも大きかった。テレビにも新聞でも報道された。街で声を掛けられることもしばしばあった。おかげでジムでも沢山の人に話しかけられた。無料でコーチ役を買ってくれる人も多く、嬉しかったし、楽しかった。

仕事場も保健所から再オープンの許可が出た。テレビで紹介されたこともあり、連日忙しかった。そして僕は誕生日を迎えた。


僕は21歳になった。


誰が祝ってくれるでもない、特にすることがあるわけでもない、異国の地での誕生日。仕事場には2連休を貰った。どうしても一人でいたかったからだ。

朝早く起きて歩いて博物館まで行き、近くのカフェで朝食をとった。一番値段の高いメニューに、一番でかいフラットホワイトをたのんだ。出てきたのは大きなお皿にグリルドトマト、ソーセージが2本、ポーチドエッグが2個、パンが2枚にハッシュドポテトにベイクされたマッシュルームとビーンズがついていた。かなりの量だったので、なるべく時間をかけてゆっくりと食事を楽しんだ。

博物館の開館と同時に入館し、ゆっくりと展示物を見て回る。僕は運動と勉強しかしてこなかった。この国を知ろうともしなかった自分を恥じた。先住民の歴史から始まって、2度にわたる世界大戦への参戦などの歴史を学んだ。

当たり前だがどんな国にも歴史があって、違う文化を持っている。海外に出てきて感じたことに、違う国籍、民族、人種と相対した時に大事なのは、お互いの違いを理解し合うことではなく、認め合うことであった。違いを理解するのは至難の技だ。分かりっこないのだ。これができたら戦争なんてないんだろうなと思う。僕たちは圧倒的に、決定的に違う。そして違うからこそ楽しいし、ダイナミズムが生まれるんだなと思う。これを知り得ただけでも海外に挑戦した甲斐があった。


博物館を出て、敷地内の公園のベンチでぼうっとした。

夢だった海外、そしてワーホリ。僕は自分の殻を破りたくてしょうがなかった。苦しみもがいていた。そして一歩を踏み出し大阪に出た。また次の一歩を踏み出して海外に出た。何か僕自身のなかで変わっただろうか?どう変わっただろうか?

リカさんからプレゼントで貰った小説、「アルケミスト」。何度も何度も読み返した。自分と主人公を重ね合わした。僕は個人的な伝説を追求する。自分の内なる声を信じる。困難や試練を自身の力と努力で乗り越え、今あることに集中する。そして今の自分の幸せに満足する。本当の幸せとは僕自身の成長だったり、学びだということに気づく。僕の宝物はいつでも僕の内側、内面にあるのだ。

僕は「アルケミスト」の主人公、サンティアゴに習った。自己成長することにこだわった。そしてとても満足がいく生活を送れている。なんといっても英語力が格段に伸びた。英会話学校に半年行った人よりも僕の方が断然喋れる。運動と食事も上々だ。ワーホリの男は平均で5キロ以上痩せる。だが僕は3kg以上太った。体が確実に逞しくなっている。僕のメンタルは確実に強くなってきていると思う。


僕は大きく背伸びをし、深呼吸した。僕の意思は決まった。僕の宝物は自己成長だ。このまま勉強と運動を続けよう。気が向いたら最後に短い旅にでよう。僕のワーホリはそれでいい。ギリホリの人たちのワーホリをなぞるのはやめよう。人と違うワーホリでいい。馬鹿にされたって構わない。僕は僕の幸せを、宝物を探すのだ、それは自己成長だ。


僕は歩いた。長い距離を歩いた。考えたり、考えなかったり。喉が乾けばカフェに寄り、お腹が空いたらレストランで食べた。夕方には一人で映画館でアクション映画を見た。




夜中になって時差を見計らってリカさんに電話した。ワーホリに来て2度目の電話だ。二人の約束で到着した週、誕生日、帰国間近、この3回しか電話しないと決めていたからだ。電話代は特別な回線があるらしく、20ドルも払えば何時間でも話せた。

『ケンヂ、お誕生日おめでとう。』

電話の向こうにいるリカさんにありがとうと伝える。

『今すぐ会いたいです。』

僕はどれだけリカさんを切望しているかを伝える。

『私も会いたい。』

あと半年もあるのね。それが永遠に感じるとリカさんが言う。

『リカさんに貰った「アルケミスト』、もう何度も読み返しました。』

リカさんがうんうん、と嬉しそうに頷く。

『それで、どう感じたの?どうするの?』

僕は博物館に行ったことや、その後の公園で考えたことをかいつまんで話した。

『僕にとっての宝物は自己成長です。僕のワーホリは勉強と運動に捧げます。その他は重要じゃないです。』

『そう、私じゃないのね。』

リカさんはがっかりした返事をした。電話の向こうでしょんぼりしたのが分かる。僕は笑いながら、

『僕にとっての宝物はリカさんです。リカさんに似合う男になれるように、勉強と運動を続けます。』

こう言い直した。

『大好きよ、ケンヂ。』

リカさんはいつも僕に元気をくれる。



僕たちは取り止めのないことを、飽きもせず話した。時間が過ぎるのを忘れる。この人を幸せにしたいと思った。僕の宝物だ。












こんにちは


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作者

遠藤信彦

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