EP60 仮題 大阪 離れる
泣いている君を抱き寄せる。
苦痛から解放され、憔悴した表情を君は浮かべた。とても大変だったのだろう。ごめんね、ありがとう、と僕は言った。彼女は照れくさそうにして、微笑んでくれた。
『ケンヂで良かった。』
僕の左手と彼女の右手はまだ繋がれたままだ。どちらとも離そうとしない。僕はその手に永遠を感じる事ができた。右手で彼女の腰を撫で、背中を摩る。小さな体だ。とても小さな体だと思う。
この小さな体で僕と一緒に苦痛を受け入れたのだと思うと、とても愛おしくなる。
『ケンヂ、大きくなってね。』
リカさんは僕の目をまっすぐ見て言った。
『辛い時は逃げてもいいし、負けてもいいのよ。』
逃げるのは嫌だなと僕は返す。
リカさんはゆっくりと顔を振る。
『逃げなさい。大事なことよ。逃げた後にもう一度挑戦すればいいだけ。大事なのはあなたがあなたでいること。』
自分で自分を潰しちゃったり、壊しちゃったりしちゃダメよ、と続ける。僕は頷く。
『生きて。私はあなたがあなたであれば、いつでもどんな時でも受け入れる。そして私を受け入れて欲しい。だからお願い。生きてね。』
僕は頷く。
『僕もリカさんがいい。生きている僕の側にリカさんが生きてくれたら、本当に嬉しい。』
リカさんがまた泣き始めた。
『ワーホリが終わったら、また会いに来てくれる?』
もちろんと僕は頷く。リカさんに相応しい男になりますと誓う。
『今のままでいいのよ。今のままが好きなの。』
何もない部屋で僕と君は二人
見つめ合うだけで満ち足りている
石焼き芋の美味しさについて語り合い
台所のシンクの掃除の仕方で議論になる
公園で早歩きの速さを競い合い
川辺で波切りの数を自慢し合う
夜になったらお互いに求め合い、確認し合う
僕にはあなたが必要で、あなたには僕が必要だと
僕は大阪での期間工の仕事を終え、退寮した後の3日間をリカさんの部屋で過ごした。とても素敵な三日間だった。僕からのリクエストで箕面公園に行き、動物園で千田さんに会い、サクラさんに挨拶に行った。部屋で豪華な料理を作ったり、大掃除をしたりした。もちろんたくさん愛し合った。こんなに幸せなのに、どうしてわざわざ海外に行くのだろうと、自分でも自分が大馬鹿だと思った。
好きですと言う
知っていると返事が来る
どれだけ好きか理解できていないと思うと言う
それは私のセリフだと返される
森のクマさんがハチミツを求めるくらい、君を求めていると言う
それは大変だ、受け止めきれないかもと笑う
君のその笑顔が見たいから、何でもできる気がする
僕はバイクに跨り、大阪を離れた。




