初夜
いつの間にか早歩きになり、いつの間にか小走りになった。僕たちは競うように部屋までの道を急ぐ。玄関の鍵に手間取り、苛立つ。全力でドアを開け、近所迷惑にならないようにそっとドアを閉める。閉めたばかりのドアに背を付け、もたれかかり、彼女を抱き抱える。彼女は子供みたいに抱っこの状態で僕に抱きついている。
彼女の方からキスをしてくる。何度も求める。唇を噛んだり、舌を合わせたりする。彼女のを僕の歯の裏に当てたり、上顎を触ったりして忙しくしている。
『ずっと我慢していた。』
リカさんは照れくさそうに笑った。リカさんが僕を求めている。その事実がとても嬉しかった。物理的に体を合わせていることよりも何倍も嬉しかった。
『いつから我慢してたの?』
会話のために唇を離すのがもったいない。
『ずっとずっと前から。』
唇と唇の間に張った糸を指で巻き取りながら、何度も求める。
『言ってくれたら良かったのに。』
こんなに幸せな気持ちになれるのならば、もっと前からしたかったですと言った。
『今だからこそ、こんな気持ちにお互いなれるのかもよ。』
両手で僕の顔を包み込み、見つめ合う。そうかもしれない、僕は今、とても嬉しいですと答えた。
僕が先にシャワーを使った。リカさんは長い時間浴室から出てこなかった。シャワーの音が途切れず、ずっと続いている。緊張しているのかもしれない。僕はベッドの上に寝転がり、天井を見上げている。僕は不思議と緊張はしていなかった。僕たちがとても長い時間をかけて関係を築き上げてきたからだと思う。根拠のようなものはないが、素敵なふたりの時間を作り上げる自信はあった。
僕はむしろリカさんが心配している事態になった時のことを考えた。彼女は落胆するだろうか?きっとするだろう。多分自分自身を責めるに違いない。僕はどうフォローすればいいだろう?肉体的に繋がれない事が、どれだけ二人の関係に影響を与えるのか、僕には正直わからない。でも僕たちが深い部分で、心と心で繋がっている自信はあった。きっと良い方法があるはずだ。
彼女がシャワー室から現れた。いつものパジャマを着ている。彼女はゆっくりと歩きながら窓のカーテンを引きに行き、照明を落とした。時間的に外は明るく、完全な闇にはならなかったが、それでもすこしは暗い。冷房をつける。
クーラーのリモコンを備え付けている壁際で動かない彼女を迎えに行く。肩がこわばっているのが見て取れる。うしろからお姫様抱っこに抱え、ベッドまで運ぶ。彼女は赤面して目を合わせようとしない。なるべくゆっくりと降ろす。彼女は目を瞑っている。鼻を指先でツンツンとしてみた。ようやく目を開けてこちらを見る。
『真っ暗じゃないと恥ずかしい。』
『僕は嬉しい。』
『バカ。』
『夜まで待ちますか?』
リカさんのストレスにならない方を選ぼうと決めている。僕は返事を待った。彼女が首を横に振ったので、布団を被せ、そこに潜り込んだ。これなら見えないですね、残念です、と言う。笑顔を見せてくれたので、好きですと抱き寄せる。狭いシングルベッド、僕の後ろは10センチも隙間がない。
『狭いね。』
『狭いですね。』
『狭くて良かったね。』
『狭くてとても良かったですね。』
うん、と言ってからお互いを求め合った。`
彼女の細胞の一つ一つを確かめようと、僕は僕の指先に集中する。唇に集中し、舌先に集中する。彼女の表情を注意深く見つめ、体の反応を観察する。リカさんがとてもリラックスできているように見えて、僕はとても嬉しくなった。今日はこれでもう十分だと思えた。サクラさんに言われたことを思い出したからだ。
『焦らず、ゆっくりと何度も愛し合ってね。』
彼女はそうアドバイスを言ってくれたからだ。
彼女の柔らかいふたつに両手を当て、赤ん坊のように吸い付く。彼女は僕の髪を掴み、喜びを表現する。
『怖かったら言ってくださいね。』
僕たちはとても良いところまで来ている。焦る必要はない。僕はとても満足していると伝えた。
『サクラさんのアドバイスを思い出しました。』
リカさんはコクんと頷き、そしてゆっくりと顔を振った。
『すこしだけ怖い。でも次の瞬間をとても楽しみに待てている。体も気持ちもウソのように安心しきっている。』
不思議な感じ。リカさんがもう少し続けてみようと提案してくれた。彼女の足の指先にキスをしたり、お互いのおへそを観察しあったり、とても楽しい時間がゆっくりと過ぎていった。
『こんなにも愛している。』
僕は彼女の潤いを促そうと口を使ってみた。直接当ててゆっくりと導き出す。丹念に丁寧に想いを込める。直接には表情は見えないが、強く、そして大きく反応してくれているのが伝わってくる。時間をかけて続けてみる。最初の痙攣を確認した後、正対に向き直ってキスをする。
「大好きよ、ケンヂ。』
僕は嬉しくなってもう一度同じことをしてあげた。彼女の反応は激しくなり、大きく波を打つ。
最初のトライをしてみよう
僕は僕の左手とリカさんの右手を繋ぎ合わせた。
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作者
遠藤信彦




