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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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1998年 1月 タクミ 逃避

タクミは鏡を注意深く覗き込んでいる。


右眼窩底が黒ずんでいる。左の頬に深めの切り傷がある。首にも痣がある。服で隠せない部分、腕にも擦過傷や打撲痕が多い。傷や痣に指で触れてみる。痛みで顔が歪む。ミノルやショウタにやられた傷はけっこう目立って見える。


『チッ。』


タクミは鏡を注視しながら自分に問いかける。考えろと。最悪な状況だ。どうやってここから抜け出したらいいのだ?


ミノルとショウタとやり合ったあの夜から既に3日が経っていた。国外に出るのが一番だが、見た目が酷すぎる。傷が目立たなくなるのを待っているのは、空港のイミグレーションで怪しまれないためだ。しかし傷が治るのを待って滞在が長引けば長引くほど、自分の立場も危うくなる。このジレンマに苛まれる。


腹が鳴った。何も食べていない。胃が絞られるような痛みを出してきた。あの日から自分のフラットの部屋に閉じ籠りきりである。誰かに会って怪我を怪しまれたりされたくないからだ。皆んながいない時間に水道水をボトルに入れ、部屋に蓄える。トイレやシャワーも人がいないのを見計らってすます。

この3日間で自分宛に電話が2回鳴ったが居留守を使った。たぶんサトミだろう。サトミに電話番号を教えたのを後悔した。サトミに怪しまれず、日本に帰国する方法を考えないと。ミノルやショウタが行方不明になったと同時に俺もいなくなっては怪しまれるだろう。サトミにも同じく手を出すことも一瞬考えたがやめた。リスクが高すぎる。日本人が3人も同時にいなくなれば流石に誰かが怪しむかもしれないからだ。

考えれば考えるほど答えが遠のいていく。とりあえずサトミに電話をしてみた。幸い家にいたみたいだった。

『もしもし、俺、タクミ。』

落ち着け、落ち着けとタクミは自分に言い聞かせる。

『あ、タクミさん?ねぇ、ハッパ(大麻)が切れちゃったんだけれど、持ってないかなって思って。』

相変わらずバカそうな声で聞いてきた。暇さえあれば大麻の話をする。

『持ってねぇな、ミノルちゃんに聞いてみれば?』

ミノルはもういないけれど、と心の中で呟く。

『それが全然捕まらないの。どこに行っちゃったのかしら?それがショウタも捕まらないのよ。』

私、ハブられたんじゃないかと思ってイライラしているの、とサトミが言う。

『仲が良かったからな、二人で旅行でも行っているんじゃないの?』

自分でも良い嘘が出てきたと感心した。俺も3日くらい会っていないと付け加えた。

『ずるい、私も行きたかった。仕事も無くなったし、旅して帰ろうと思っていたところなのに。』

『そうだな、それもいいな。俺も実は帰る準備をしているんだ。もうワーホリは十分だ。帰って真面目に働くよ。たぶんだけど。』

もう一度みんなで会ってパーティーをしたいとサトミが言った。それに対しては上手く濁しておいた。今日も用事がって会えないと付け加え、電話を切った。

俺がミノルやショウタに会っていないこと、アイツらは旅行に行ったかもしれないということ、俺がもうすぐ日本に帰るかもしれないこと。ぜんぶサトミが信用してくれるかは分からないが、打てる手は打った。できればサトミを手にかけることはしたくない。


タクミは切った受話器をまた手に取り、航空会社に電話した。1週間後のフライトを予約した。自身の看護師としての経験から顔の怪我は1週間あればなんとか隠せると思ったからだ。腕や足の怪我は長袖長ズボンで隠せるだろう。季節が冬の日本行きのフライト、しかも夜の便に乗る自分が秋冬用の格好をして搭乗しても不思議ではないはずだ。

大家にも親戚が亡くなったので、急遽帰ることにしたと電話連絡した。ボンド(家賃の補償金)はいらない、迷惑をかけてすまないと言ったら、トラブルもなく退去できることになった。逆に大丈夫かと心配して貰った。大丈夫だと答えた。


そうだ、大丈夫だ。俺は絶対に大丈夫だ。


タクミは受話器を握りしめてなんどもそう言った。



ご拝読ありがとうございます


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作者

遠藤信彦

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