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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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仮題 押し付け合う

おしりでリカさんを押す。年上がリードしてくださいとお願いする。リカさんが負けじとおしりで押し返してくる。いえいえ、男がリードするもんでしょ、と譲らない。


僕たちは()()()()()の近くで文字通り押し合い、へし合いしている。スーパーやコンビニでアレを買うのがどうしても嫌だかららしい。誰に見られているかもしれないし、誰と誰が繋がっているか分かったもんじゃないかららしい。

『こんな大都会でそんなことありますか?』

僕はリカさんの腕を引っ張り、前を歩かせようとする。

『この前、同僚の佐々木さんが上司の不倫現場を目撃したばかりなの!』

こんな細腕のどこにこんな力があるのか?リカさんが引っ張り返す。

『いい大人なんだから別にいいでしょう?』

と、渾身のおしりの力で押し返す。リカさんがよろける。リカさんが右の拳を振りかぶってきたので、一歩前に踏み込んで抱き抱えた。

『このまま、せーので入りますか?』

顔と顔をくっつけて聞いてみた。

『それは非常に恥ずかしい、私があたりを見回すから、一緒に走って入るぞ。』

御意に、と頷いた。リカさんの号令でダッシュで入店した。


自分の想像とは真逆のお店だった。全ての商品が整然と陳列され、床はもちろん、壁も鏡も完璧に磨き上げられている。もちろん陳列されている商品は卑猥の極みなのだけれど。

すごい、リカさんがため息をついて見回す。こんな世界があるのねと感心している。

『びっくりするくらい綺麗ですね、その辺の薬局や病院よりずっと綺麗だ。』

思わず口に出してしまった。それを聞きつけた店員さんが現れた。

『いらっしゃいませぇ。』

90パーセントのバリトンの上に10パーセントのソプラノを無理やりのせた感じの不思議な声だった。相手の身長は僕と変わらないくらいなので、ゆうに180cmは超えているはずだ。いわゆる女装している男性の店員だった。髪はアフロでピンクのドレスを合わせている。襟元の白いフリルのついたブラウスが可愛らしいが、首元のゴールドのネックレスがゴツすぎて引いてしまう。色黒で筋肉質だった。胸にある名札には

『安生サクラ』

と書いてあった。安生サクラという名前がとてもピッタリで、それ以外の名前は考えられないほどのマッチングだった。

『今日は何かお探しですか?』

素晴らしい笑顔で接客してくれる。あくまでも直感だがこの人は信用できると思った。

『今日は避妊具を探しにきました。』

僕は正直に言う。リカさんはまだサクラさんの風体に面食らって、サクラさんを凝視している。

『あら、正直ね。お嬢さんの方は大人に見えるけれど、あなたは18歳を超えていますか?』

僕の標準語に引っ張られたのか、サクラさんが大阪弁のイントネーションを残しながら、標準語で聞いてくれた。19です、免許もありますと答えた。

『あら、若いのねぇ、私より体も大きいし、顔もタイプだわ、私に乗り換えない?』

サクラさんがウインクして僕の肩を撫でる。それを見たリカさんが我に帰って僕の腕を引き寄せ、守ろうとする。

『冗談よ。二人が別れてからにするわ。』

別れた後でも勘弁してくれと思いながら、サクラさんの商品説明を受ける。

『これが薄い奴、これが超薄い奴、これが極薄で、これがウルトラ薄々ね。』

頭が痛くなってきた、どうやら世の中は薄さを競い合うことに必死らしい。

『それで、これがバナナ味で、これがイボ付きね。』

リカさんの顔が真っ赤をを通り越している。めっちゃ可愛い。

『普通のでいいんです。あまり奇を衒っているものでなくていいです。』

サクラさんは不思議そうに僕たち二人を見比べている。

『この店に普通の避妊具を求めに来るお客様は少ないわね。』

なにか理由があるのかしら?と心配そうに聞いてくれた。

『僕たち二人は今日が初めてなんです。』

でも失敗に終わるかもしれないと続けた。リカさんが僕の手を握る。大丈夫と握り返す。この人は信用できる。

『良かったら話してみて。』

サクラさんの優しい言動や振る舞いにリカさんも心を開き始めた。過去の経験により性的体験が持てないでいると、家族のことは伏せて上手に説明してくれた。サクラさんは途中、涙ぐんでハンカチを使いながら聞いてくれた。辛いことがあったのねとリカさんを抱きしめた。リカさんも安心して抱きしめられているように見えた。サクラさんの接客を受けることができて本当に良かった。

『でも大丈夫よ、私がついているから!時間をかけてね、焦っちゃダメよ。そしてたとえダメでも気持ちを落とさないでね。こういうのはメンタルが大事なの、ゆっくりと何度も愛し合ってね。』

最後に私だって最初の時は3時間も入らなかったと言う言葉が聞こえてきたが、聞こえてないフリをした。


サクラさんは潤滑剤の購入も勧めてくれた。私のお気に入りという、知りたくない情報も合わせて包んでくれた。僕とリカさんはサクラさんに心からお礼を言った。あなたの接客を受けれて本当に嬉しいと伝えた。サクラさんはまた僕たちに会いたいと言ってくれた。必ず来ますと約束した。僕とリカさんはサクラさんの先導により、裏口から出た。


大通りまで走って戻った。とりあえず今日のミッションは達成である。二人で並んで歩く。リカさんの表情からは笑顔が溢れていた。











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