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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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EP50 仮題 求め合う 二人

『私は17歳で弟を失ったと同時に女であることも失ったのかもしれない。』


僕がリカさんの瞼に唇を付け、吸っている時にリカさんが話し始めた。

『私は弟を亡くした。原因は父による強姦だった。男性性による暴力と恐怖が私の体を変えた。私は私自身を守るために女であることを拒んだのだと思う。』

僕はゆっくりと唇を離し、頬骨に歯を当て、右手で彼女の耳の形を確認する。うん、と頷いて話の続きを待っている。

『弟を亡くした後、私は何人かの男性と恋に落ちた。その度に体を求められた。大人の男女の関係には当たり前の事で、それ自体は問題ではないの。』

僕はウンと言ったが、その何人かの男に対して嫉妬するとリカさんに伝えた。リカさんはクスッと笑って続けた。

『私の体は男性を受け入れる事を拒絶した。それは完璧な拒絶だった。相手の男性を好きではあったが、体は受け入れることをしなかった。受け入れる準備をしなかったのね。』

僕は唇を離し、目を見ながら聞き入っている。

『男性たちは失望した。怒る人もいた。そして私の前からいなくなった。』

リカさんの目から涙が溢れる。泣かないでね、リカさんのせいじゃないと僕は言った。

『ケンヂが私の唇にキスを求め、それ以上を望んだ時、私はとても嬉しい気持ちであなたを受け入れるだろう。でも私の体があなたを受け入れないかも知れない。そのことに対して君をガッカリさせるかもしれない。』

ガッカリするなんて考えられない、と僕は思った。

『言い辛かったでしょう?教えてくれてありがとう。僕は今の関係に満足しています。』

大好きですリカさんと続けた。

『あなただけよ。』

私の体は安心しきっている。ほんの少しも恐怖心もない。いつもありがとう。あなたと一緒に寝ていると思うことがある、私は変われるのかも知れないと。リカさんがそう言って頬にキスをしてくれた。

『私の体を求めてこないのもあなただけよ。人と人同士で、心から繋がっている気がしている。とても嬉しい。」


僕はリカさんの唇に触れた。

『私の唇にキスをするのも、おっぱいを触るのも、それ以上を求めてもいいのよ。私はあなたをガッカリさせたり、失ったりしたくなかっただけなの。』

リカさんは涙目で笑いながら僕に言った。そのリカさんを両手で抱きしめた。


『明日のデートで一緒に避妊具を買いに行きましょう。』

僕の提案で彼女の顔が一気に赤くなった。体も硬直したように緊張している。

『そういうのって、男の人がひっそりと買って用意しとくもんじゃないの?』

リカさんは信じられないと笑いながら言った。

『二人の間のことです。二人の間の大事件と言ってもいい。二人で話し合って、準備して、それでダメならそれでいいじゃないですか?とても良い思い出になると思います。』

念願の唇へのキスもできるし、そう言って唇ギリギリを狙ってキスをした。とても嬉しそうな表情をくれる。

『今する?』

リカさんは待てないかもと唇を近づける。

『僕にも準備がある。今はできない。』

リカさんはそれを聞いて僕の背中にパンチしてきた。怒った顔がとても可愛い。今唇を求めてしまうと、体がそれ以上を求めて最後までしてしまいそうになります、と正直に言った。

『明日は特別な日になりますね。今日はもう寝ましょう。』

嬉しいと僕の胸に顔を埋める。僕はもっと強く抱きしめた。




次の日の朝は二人で緊張していた。リカさんは言葉少なめで伏し目がちになり、僕は平静を装って痩せ我慢をし、饒舌になった。いつもとくらべてアンバランスな二人の雰囲気が面白かった。

予定通り、今日のデートの午前中は二人で動物園に行った。二人で初めて来る動物園だ。実際には僕は先日来たばかりだったが、それは内緒にしておいた。キリンに出迎えられ、シマウマと挨拶をし、サイのデカさに驚いたふりをした。

組んだ腕からリカさんが緊張しているのが伝わってくる。リカさんは終始笑顔で楽しんでそうだったけど、どこかぎこちなかった。どうにかしてこの緊張を解いてあげれないかと思案してみたが難しかった。僕の緊張が伝わってしまったのかもしれない。

二人は猿の檻の前まで来た。僕は無意識の内に千田さんを探していた。檻付きではあるが、池や丘なども付いている大きな敷地なので見つけるのが難しい。僕があまりにも熱心に何かを探しているので、どうしたの?と聞かれたが、なんでもない、知り合いに似た猿がいた気がしたと答えた。僕が10分近く猿の檻の前で無言でいるので、リカさんが心配になって僕の腕を引っ張ろうとしたとき、僕は千田さんを見つけた。いつのまにかあの池の縁の石の上に座ってこちらを見ている。

『いた、あそこ!こっちを見ている。僕の知り合いの千田さん。』

彼女はポカンとして僕と千田さんを交互に見た。

『普通の猿に見えるわよ。そんなに千田さんに似ているの?』

僕はニッコリと笑って説明した。

『千田さんは凄いんだ。彼はチャレンジャーなんだ。誰もが分かってはいるが、チャレンジしようとしないことを躊躇なくやろうとする。そして失敗しても言い訳をしないんだ。男の中の男なんだ。』

彼女はふ〜んと相槌を打ち、でも人間の千田さんでしょう?と聞いた。

『あのお猿さんの千田さんも同じだと思う。』

我ながら自分でも変なことを言っているなと思ったが、構わなかった。

『僕は千田さんを尊敬している。そして千田さんみたいになりたいと思っている。』

彼女が笑った時、千田さんが僕に向かって言った。


『今。』


僕はリカさんに向き合い、しっかりと目を見て今からキスをしますと宣言した。

彼女は頷いて目を閉じ、踵を上げつま先立ちになった。身長差のある二人のキスはどこか不恰好だった。




ご拝読ありがとうございます

よろしければ感想、アドバイスなどを頂けたら嬉しいです

よろしくお願いします


作者

遠藤信彦

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