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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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仮題 タクミ 

鈍い音がした。


タクミが放った鉄パイプの一撃がショウタの右の頬骨と耳下にぶち当たった。声にならない声という表現が正しいのか分からないが、ショウタは後ろに倒れ込み、悶絶した。いっそのこと気絶できた方が良かったと思えるほどの激痛がショウタを襲う。両手で顔面を覆い、足をばたつかせ、のたうち回った。

それを見たミノルがゆっくりと立ち上がった。まるで待っていたかのようにニンマリと笑い、持っていた鉄パイプを肩に担ぎ上げる。

『やるねぇ、タクミちゃん。ショウタちゃんにツッコまれすぎて気でも触れたか?』

ブンブンと鉄パイプを軽く空中で振り回し、肩を慣らしている。相当喧嘩慣れしているのだろう、そこには恐怖心がなく、楽しそうでもあった。

『俺とやり合うのはいいけどよぉ、俺をヤり損ねると後が厄介だぜ。警察に行くかもしれないし、一生体と金を強請り続けられるかもしれない。奴隷は確実だ。』

ミノルが笑う。

『俺の息の根を止める以外にお前が助かる方法はないわけだ。』

タクミは青ざめた。言われた通りだ。怒りに任せて、勢いでショウタを鉄パイプで殴ってしまったが、その先のことは考えていなかった。こんなことをしてショウタがタクミを許すはずはないし、痛みから戻ってきたショウタに何をされるか分かったもんじゃなかった。

タクミはミノルの言った息の根を止めるという表現を反芻した。膝が震えてきた。異国の地で何をやっているんだと、


俺はいったい何をやっているんだ?


タクミは膝から崩れ落ちた。奇しくもまた正座の形になった。刑務所に行くか、一生奴隷かの二択以外の方法を考えた。必死で考えた。幸いミノルがすぐに襲いかかってくるそぶりは見せていない。たぶん余裕を見せるフリをしていて、実はショウタの回復を待っているのだろう。頭の良い、悪いヤツだと思う。だがそのおかげで時間が稼げている。考えるんだ。考えるんだ。タクミは第三の選択肢を必死で探した。

辺りを見回す。ここは倉庫だ、何かある筈だ。自分が手に持っている鉄パイプなどの資材と、動きそうもない古いバイク、他にはペンキやオイルが入っていそうな大きな缶が並んでいる。ダメだ、打つ手なしか・・・


『観念したのかよぉ?タクミちゃん。』

ミノルが一歩近づいた。タクミの様子を見たかったのだろう。目を凝らして見ている。だがそれ以上は近ずこうとはしない。タクミの手にはまだ鉄パイプがあったからだ。

『いい子だからその鉄パイプを離せ、な?。ショウタには怒りを収めろって俺から言って聞かせるからよぉ?』

諭すように言う。流石にもう大麻は吸っていないようだった。判断を誤るようなことを避けたいからだろう。ミノルの方に向くと彼が’いる向こう側にスコップとツルハシのようなものが見えた。


『大人しくしろよ、そうしたら俺が可愛がってやっからよ。さっきのショウタとお前のを見て、こっちは火がついちゃったんだよ。なぁ、言うとおりにしろよ。金は取らないでやるからよぉ?』


その一言でタクミの心は決まった。鉄パイプを手に取り、立ち上がった。ミノルは驚いた顔を隠せず、2、3歩後ずさった。タクミは振り返り、まだ顔をおさえてうずくまっているショウタに鉄パイプを振り下ろした。何度も何度も振り下ろした。最初は声を上げていたショウタだったが、次第に声を発さないようになり、体からは完全に力が抜けたように見えた。

それでもタクミは手を止めなかった。看護師のタクミは人がどれだけ”しぶとい”のかを知っている。そしてショウタの下半身にも数撃加えた。自分を何度も求めたその物体を、憎悪しながら破壊した。


ミノルは唖然として見ていた。止めることも声を発することもできなかった。目の前でショウタが壊れていくのをただただ見ていた。人であったショウタが人でなくなった時に我を取り戻した。


ヤらないとヤられる


その単純すぎる理屈を目の前の風景のおかげでしっかりと理解できた。ミノルはタクミに向かって走り出した。雄叫びをあげ、鉄パイプを何度も振り回す。全裸で靴も履いていない、おまけに怪我をしているタクミに対して優位性は自分にある。力任せに攻撃する。タクミは反撃できないでいる。タクミの背が壁に当たる

、勢いの良い攻撃で肩で息をしだしたミノルは相手を追い詰めたことに満足して油断した。

タクミは側にあったペンキ缶をミノルに投げつけた。直接頭に当たり、衝撃で蓋のとれた缶から大量のペンキがミノルの目にかかった。顔を拭って、目が見えないと叫んだミノルにタクミは容赦無く鉄パイプを振り下ろした。


タクミはまだ息はあるが、めった打ちにされたミノルの手足を縛り、そして後ろから自分を突き立てた。生死を分ける戦いを終え、二人を殺傷したタクミに出てきたのは更なる残虐性と生への欲求と、そして性の放出だった。




ザク、ザク、ザク


タクミは穴を掘っている。ミノルから奪った衣服を着ている。自分のは作業が終わってからの着替えのために取っておいた。


ザク、ザク、ザク


倉庫に置いてあったスコップとツルハシで穴を掘り続ける。どのくらいの大きさで、どのくらいの深さで穴を掘らなければならないのかはわからない。今の自分にわかるのは、やがて朝が来て、人が来るまでにこの作業を終えなければならないということだけだった。



タクミは掘り続けた。自分を捨てた両親のことを思い出した。あの人たちは今何をやっているのだろうと考えた。もし両親が自分の息子が海外でこんなことをしでかしたと分かったらどう思うだろうと考えた。なぜ両親は自分を捨てたのだろうと考えた。


自分は罪を犯すために生まれてきた


タクミは何度も念仏のように繰り返した。


自分は罪を犯すために生まれてきた。


タクミは穴を掘り続けた。




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