怒りと悲しみと共に全てがなくなる
ナオミさんを空港に送った日の朝に何度か仕事場に電話したのだが、誰も出なかった。不思議に思ったがとても忙しかったのでそのままにしておいた。心配しても会社がなくなるわけじゃないしと思い、あまり気にも留めなかった。次の日の昼過ぎに出社してみると、お店は営業をしていなかった。商品も在庫も外から見る限り空で、照明も落としてある。呆然としてお店の前に立っていると、オーナーのケビンが現れた。
"Hi, Kenji. How are you?"
(やあ、ケンヂ、元気か?)
ケビンの表情はとても暗い。何かあったのかと聞いたら、とんでもない事になっていた。お店は営業停止、再開の目処はついていないという。お給料は2週間程はでるとケビンに保証された。保険で賄えるから心配するなと言われた。それよりも一緒に警察に行ってほしいと言われた。お店の商品に大麻の成分が検出された。警察官が連れてきた警察犬が反応した。ケンヂの持ち物にも大麻の成分が検出されたのだ。
”Sure thing. Let's go to Lab too."
(もちろんです。血液検査もやりましょう。)
そう言ってもらって助かるとケビンは言った。実は血液検査に積極的でない他の従業員がいて、警察官から目をつけられて困っているんだと言われた。
この国では大麻は違法だが、残念ながらそれは大きな犯罪ではない。麻薬に手を出す人の総数に比べて警察官の数が足りてなく、大量の売り買い、そして栽培の現場でなければ黙認されているのが現状だ。従業員の中にも大麻をやっている奴がいても不思議ではない。寿司セクションの日本人従業員にも大麻の愛好者がいるとケビンに言った。日本の恥だと付け加えた。あいつらは血液検査に協力したのか?との問いにケビンは
"No, They didn't. "
(いや、血液検査はやっていない。)
残念だが現地スタッフにも大麻の愛好者がいるし、血液検査は強制できないと悔しそうだった。
”Anyway, let's go to the police station, Kevin"
(とにかく警察に行きましょう)
僕とケビンは最寄りの警察署に行った。
警察での事情聴取は緊張した。警察、犯罪関係の専門用語なんて勉強したことがないので、全く理解できなかった。なるべくゆっくり喋ってもらったが、お手上げだった。血液検査には同意するが、サインなどが必要な書類には通訳がほしいとお願いした。しかし今日は12月31日の大晦日だ。平日ではあるが、働いている人は少ないだろう。絶望的な状況に僕は項垂れた。万に一つの望みを託してまどかさんのオフィスに電話をさせてもらった。
"Hi, this is Dream Association, Madoka speaking"
(ドリームアソシエーションのまどかです)
『もしもし、まどかさんですか!今大丈夫ですか?』
まどかさんに全ての事情を話した。運良くまどかさんはすぐに警察署に来れるというのでお願いした。助かった。本当に生きた心地がしなかった。まさか異国の地でこんな目に遭うなんて思いもしなかった。
30分ほどでまどかさんが来てくれた。会って開口一番聞かれたのがサインをしたか?だった。幸い血液検査の同意書にしかサインはしていないと説明した。よくやったと褒めてくれた。どんな濡れ衣があるかわからないから、とりあえずサインはするなと教えてもらった。
まどかさんが警察官と話をしてくれた。途中、いくつかの質問を受けた。僕の部屋の検査をして良いか聞かれたので、今日、一緒に行こうと僕からお願いした。まどかさんと話し合って、面倒なことはすぐに終わらした方が良いと判断した。なるべく協力的に振る舞って、疑いを晴らすべきだと思った。
『ラッキーね、ケンヂ君。』
まどかさんが笑う。
『私は明日の元日から家族旅行の予定だったのよ。今日が明日だったら、お手伝いできなかったわね。』
ウインクまでしてくれて、僕を安心させてくれた。ワーホリのエージェントを通しておいて本当に良かった。このような問題は一人では解決できなかっただろう。僕は思いつく限りの感謝をまどかさんに伝えた。
オーナーのケビンとは警察署で別れ、僕はまどかさんとフラットまでパトカーで帰った。別のパトカーには麻薬犬もいた。突然の警察官と犬の訪問にフラットメイトはびっくりしていた。過去のことはわからないが、現在のこのフラットには大麻などをする人はいなかったのが幸いだった。僕の部屋はもちろん、他の部屋にも麻薬犬は反応しなかった。10分ほど警察は僕の部屋を重点的に調べていたが、何も出てこなかったし、何より犬が反応しなかったのですぐに帰って行った。帰り際に血液検査をするように言われたが、年末年始にできるわけもないのは警察も知っていたので、なるべく早く血液検査を受けるという曖昧な命令を受けた。
まどかさんに年が明けたらワインを持って挨拶に行きます。本当に有難うございますとお礼を言った。まどかさんは僕の部屋から大麻が出てこなくて良かったわと冗談を言って笑って帰って行った。
時刻はすでに夕方の6時を回っており、急に疲労感で立てなくなった。
これからどうすればいいんだろう?
ベッドに横になり、天井を見つめる。不安が込み上げてくる。しかし、ナオミさんの匂いが少し残っている部屋は僕を安心させたのだろう、僕はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
ご拝読有難うございます。
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より良い作品にしていきたいと思います
これからもよろしくお願いします
作者
遠藤信彦




