EP40 恋も愛も
君は微笑んだ。まるで待っていたかのように。
冷やし蕎麦のサラダ仕立てを僕はおかわりした。とても美味しいと伝えた。リカさんは嬉しそうに微笑んで新しくお蕎麦を盛り直してくれた。最初のお皿と同じくらいの量で、食べ切れるか心配だったが、問題なく食べ切れた。
食事が終わった後、いつも通り2人で並んで片付けた。リカさんは終始言葉少なめだった。僕がリカさんの胸を触ると宣言したことが気にかかっているのかもしれない。悪い冗談だったと反省した。性的な関係を求めなかったからこそ、今の関係を築けたのだと思っている。リカさんも僕が何もしないし求めないので、安心して心を開けたのだと思う。僕たちはまるで姉弟みたいに心を許しあい、お互いを求め合ったのだ。
アイスが食べたいと無理やりリカさんを連れ出した。近くのコンビニではなく、少し離れたスーパーまで歩いて行った。その方が時間がかかって気分直しになるからだった。アイスを公園で食べましょうと誘ったけど、その提案は断られた。
『そのまま寮に帰ってしまいそうで嫌だ。』
リカさんは僕の服の袖を引っ張りながら、一緒に部屋に帰って食べることを強く望んだ。僕は仕方なくリカさんの部屋に戻ることを決めた。気まずい雰囲気が流れなければいいなと思った。アイスを食べながら次は何をしたら空気が和むか考えていた。この部屋にはテレビもないし、2人でトランプというのも変だ。さて、どうしよう?。
僕の悩んでいる顔から察したのか、リカさんがイタズラっぽく言った。
『悩んでるな?少年。』
目がニコニコしている。僕を手玉に取って弄んでやろうという魂胆が見え見えだ。
『悩んでませんよ。でも後悔しているんです。リカさんに誤解を持たれたくない。』
精一杯の強がりを本音を混ぜて伝える。小さくコクっと彼女は頷く。微笑んでいる。イタズラは続いているのだろうか?
『少し英語の勉強をしよう。教えてあげる。』
そうして僕たちはベッドに着くまでの約2時間を英語の勉強に費やした。変な空気を一掃するのに英語の勉強はとても役に立った。彼女は先生として今まで会った本当の英語教師よりもわかり易く教えてくれた。
『難しいことは考えても無駄なの。音読よ。音読をできる限りすること。』
それが早道ねと付け加え、僕に音読させる。時折リカさんが英語で僕に質問する。なるべく短い文章で簡潔に答える練習をする。修飾はあとだと教わる。
『あなたが何を思い、伝えたいのか?そこにフォーカスしましょう。』
今度は長い英文を音読させられた。何度も声に出して読んだ。
『この長い文章からキーワードを3つ選らんで教えて。』
そういった質問を投げかけられた。僕はなんとか答える。リカさんが褒めてくれる。
僕は夢中になって勉強に没頭していた。
『お風呂に入ってくるね。』
そう言ってリカさんがバスルームに消えていった。僕は理解できていなかった英語の表現をリカさんからわかり易く説明してもらい、理解できたことに興奮していた。英語の本に集中していた。
しばらくして彼女がパジャマ姿で現れ、代わりに僕がお風呂を借りる。僕のパジャマや着替えはこの部屋に常時置いてある。
『これって不味くないですか?誤解を与えませんか?』
と以前リカさんに疑問を投げかけたことがあった。少なくないリカさんのお友達が不思議に思うと僕が聞くと、悪い男避けになるから、都合が良いと言われた。
『別にケンヂの着替えって言わなければいいだけ。』
まあ、たしかにそうだ。パンツに名前を書かなきゃ僕のだってわからない。そして僕はパジャマやパンツに名前を書く予定はない。土井さんや豊さんなど、リカさんを狙っている男は五万といる。自分とリカさんの関係が本当に不可解なものに思えた。
お風呂上がりの水を飲んでいると今日はもう眠いから寝るとリカさんは言う。今日は”抱き枕の日”だからコッチにこいと要求される。抱き枕の日とは僕が腕枕をし、リカさんが次の日の朝に目が醒めるまで腕を離してはならないという過酷な競技だ、次の日の朝は腕がカチカチになる。
『暑いし、”置物”でいいんじゃないですか?』
ちなみに置物とはリカさんはベッドに、僕はフローリングの床に直に寝ることだ。寮に帰らしてくれればいいのにと思うくらい、お泊まりする理由が解らない、そして次の日は確実に体が痛い。どっちにしろ、どっかが痛いのだ。
『今日は特別にクーラーを点けてやるから近うよれ。』
お姫様風に命令され、ベッドに上がる。小さなシングルベッドでリカさんを抱きしめ、腕を回す。リカさんはいつものように二の腕や肘の上などに順番に頭を当てる。どこに自分の頭を乗せるかを吟味した上で今夜は肩口に決めたようだった。髪の毛が顎に当たって痒い。でも腕を外してはならない。左手を使って彼女の髪を撫でる。指を入れて解かす。髪が跳ねませんようにと暗示をかける。目を瞑っているリカさんが笑う。続けろと命令する。僕は頭を撫で続ける。
『今日は命令が多いですね。』
狭いベッドで後ろに落ちないようにハラハラしながら聞いた。
『泣かした罰。』
忘れていた。僕が今日、ここにいる理由はリカさんを泣かしたからだ。
『今日は泣かしてごめんなさい。』
彼女はフンって言ってイビキをかくふりをした。許せないのだろう。
『どうしたら許してくれますか?』
姫様と付け加えて強く抱きしめてみた。
『そのまま、あと髪を撫でるのを忘れている。』
体制的に少し難しいですと反論した。なんとかしろ、寝れないとお叱りを受けた。
枕がわりの僕の右腕を彼女の頭に回し、髪を解かすように撫でる。右肘は彼女の背中に、肩甲骨の部分を覆うように置く。向き合うように半身を起こし、左手は彼女の脇腹を引き寄せる。彼女は満足したようで、そのまま、朝までこのままでいるようにと笑って言った。
『おでこにキスをしろ。』
『へ?』
『おでこにキスをしろ。間違っても唇にするんじゃねーぞ。』
それは無茶だ、この関係性が崩れるから嫌だ、他に僕にできるお願い事はないですか?と聞いた。
『おでこにキスをしろ。今日、わらわを泣かした罰じゃ。今日は姫様を泣かしてしまってごめんなさい、もう2度と泣かせません。今日も美しいですね。そう言いながらおでこにチュッとしろ。命令じゃ。』
リカさんが目を開け、強く睨む。
『リカさんとの関係を失いたくないです。』
僕は半泣きになって訴えた。
『こんな絶世の美女からキスを求められて、何が嫌なの?』
リカさんがさらに強く睨んでくる。
僕は諦めた。
『今日はお姫様を泣かしてしまって本当にごめんなさい。お姫様を泣かせるようなことは2度としません。今夜も雪豹のように美しく、孔雀のように気高いお姫様と一緒にいれて本当に幸せです。大好きです。』
そう言ってリカさんの鼻の頭にキスをした。
リカさんは微笑んだ。まるで待っていたかのように。
いつも読んでいただき、有難うございます
よろしければアドバイスください。
この作品をより良いものにしたいです
作者
遠藤信彦




