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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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仮題 大阪を去る②

『そうか、残念だ。』

班長に契約の延長をしないと告げた。返事は短かったが、班長の表情は落胆して見えた。がっかりしてもらえた事がとても嬉しかった。社員にしてやるぞと何度も言われた。仮に嘘だったとしても嬉しかったし、励みになった。この班長の下で働けてラッキーだった。契約の終了までは約2ヶ月もあるので、気が変わったらいつでも延長してくれ、俺が推薦するから大丈夫だとまで言って貰えた。


この手の痛みとももうすぐお別れだ。大阪を離れることになる。そしてリカさんとも会えなくなる。


そう思うと寂しくなった。別れが決定した今となっては何もかもが懐かしく思えた。お別れはまだまだ先なのに、心はもうここになかった。有終の美を飾ろう。仕事だけでなく様々なことに対してもっと真摯になろう。食堂のお姉さんにおはようを言おう。寮の掃除婦の方にお疲れさんと言おう。新大阪の床屋さんにお別れの挨拶とお礼にいこう。

あれだけ思い悩んで重かった自分の心が、一度決心をしたことでウソのように軽くなった。人は気持ち次第なんだなと改めて思った。このフレッシュな気持ちをいつまでも持ち続けたいと思った。この気持ちがあればどんな事でも乗り越えれそうな気がする。


『今日、班長に契約の延長をしないと伝えました。』

リカさんに電話で伝えた。しばらく返事がなかったが、、わかったと小さい声で言われた。大阪を出るまで時間がまだありますが、居なくなる前にリカさんと初めて出会った箕面公園に行きたいと伝えた。もちろん、いいよと返事がきたが、その声は震えていて、掠れていた。鼻を啜る音も聞こえる。もしかしたら泣かせたのかもしれない。僕はいたたまれなくなった。

『泣いているの?』

『・・・・泣かしたんでしょう?』

この返事の後に本格的に泣き出した。言葉にならない言葉で僕を責めている。バカとか、信じられないとかはかろうじて聞き取れた。

寮の近くのコンビニの公衆電話から電話をかけている。彼女との距離を感じる。遠い。会いたい。

『次はいつ会えるの?』

泣き声が途切れるまで待って僕は聞いた。

『今。』

彼女の語気は強い

『今すぐ。』

『今すぐに会いに行きます。』

僕はそう答えた。


彼女の家の近くのスーパーに一緒に行った。今夜はサラダうどんが食べたいと宣言されたからだ。泣かしたお詫びに近所のうどん屋さんを奢ると言ったのだが、自分で作ると聞かなかった。

僕がカゴを持ち、彼女が野菜を選んで入れていく。夏の野菜はどれも生き生きとしていて美しい。トマト、オクラ、サニーレタス、茗荷に大葉、梅干しと、リカさんはどんどんカゴに入れていく。食べきれますか?との質問に、全部食えよ!残すなよ!と睨みを利かせてきた。

『納豆は食べれるの?』

『はい、食べれるようになりました。』

父親は納豆が大好きだったが、僕は慣れるまでに10年以上かかったと言ったらリカさんが笑ってくれた。

『私は関東育ちだからね。納豆があったらホッとするの。関西には売っていないと思っていたけど、そうでもないのよね。結構どこでも売ってるわ。助かってる。』

そう言って2パックカゴに追加した。

『そういえば、関東の人ってうどんよりも蕎麦好きじゃなかったでしたっけ?』

『そう!その通り。ケンヂがうどんの方が好きかなって思って。』

『リカさんは優しいですね。今日はサラダ蕎麦にしませんか?リカさんの好みの味付けで。僕は気に入ると思います。』

リカさんの料理はどれも美味しい、僕の好みではなく、リカさんの好みで、ふるさとの味を食べたいとお願いした。

『またプロポーズ?もう何度目?バカ!』

とおちゃらけるので、見て見ぬふりをした。


彼女の部屋に戻り、2人で食事の用意をする。料理の全くできなかった僕だったが、いつもリカさんの料理を見よう見まねで手伝っているので、だいぶ要領よくなってきた。リカさんの指示通りに野菜の下拵えをする。リカさんはその間に麺つゆを作る。味の決め手になるので顔が真剣だった。大好きな彼女の真剣な横顔を見ながら、紫蘇を丸めて細切りに切っていく。永遠を感じるくらい切るのが遅いし、細切りなのに太かった。なんとかすべての食材を指示通りに切り並べた。

『あとはお願いします。』

と、リカさんに丸投げした。任せとけという頼もしい返事をもらい、、他に何かできますか?と聞いたら、何もないと言われたので、椅子に座ってリカさんの調理風景を見ていた。

ふと周りを見渡す。何もない部屋と言われているリカさんの部屋。本当になにもない。一度リカさんに聞いたことがある。なぜこんなにも物がないのか?と。答えは思考の単純化、明晰化、選択肢の最小化、時間の短縮、、、、と難しいことになったので、頭を下げて止めてもらった。

『この部屋に何度来ただろう。』

思わず口に出た。リカさんには聞こえなかったみたいでホッとした。あと何回来れるのだろう?そう考えると悲しい気持ちになった。

お蕎麦を茹で終わり、冷水で麺をシメているリカさんを見ていてとても愛おしくなった。この人は本当に美しいなと思ったら、思わず後ろから抱きしめていた。リカさんは驚くでもなく、何事もなかったのように、炊事を進めている。確かに会うたびに抱き合っているし、なんなら一緒に寝ている。驚くこともない出来事かもしれない。この2人の関係性は本当に不思議だ。

『おっぱい触ったらぶっ殺すぞ!』

リカさんが笑いながら振り向きざまに言う。いつもの冗談が出た。とても可愛い。

『後で触ります。』

思わず口に出た。

『今は我慢しますね。』

そう言うとリカさんは急に赤面した。想像外だったのだろう。僕の腕を振り解く代わりに、料理の仕上げに入るからテーブルセットしておいてとお願いされた。顔がさらに赤くなっている。とてもかわいい。

僕はテーブルに箸と飲み物をセットする。彼女のできたよの声で料理を受け取りに行く。そこにはとても美味しそうな冷やし蕎麦、サラダ仕立てが二人前あった。








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作者

遠藤信彦

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