大阪を去る①
実家で草むしりをしながら考えたこと。リカさんの存在。
僕はリカさんを抱きしめたいと思う。今抱きしめたいと思う。ずっと抱きしめたいと思う。ずっとずっと抱きしめたいと思う。でもキスをしようとは思わない。
僕はリカさんの顔を僕の両手で包み込みたいと思っている。僕の小指をほっそりとした彼女の顎の輪郭に這わせ、薬指は透き通るような白い耳の後ろ側に通る。中指は神経質そうなこめかみを軽く抑え、人差し指は今にも泣きそうな目尻の位置にあり、長いまつ毛に時折触れる。手のひらは柔らかい頬を包み込み、僕の二つの親指はプライドの高そうな鼻や、柔らかい唇にイタズラをする。僕はその両手をひっそりと持ち上げ、彼女の視線を調整する。僕の視線に合わせる。
もしかしたら彼女は目を閉じるかもしれない。でも僕はすでに満ち足りている。それ以上求めることはない。
もし明日リカさんが土井さんと、または豊さんと結婚したとしても、僕は何かを感じるだろうか?少しは悲しいかもしれない。少しは怒りを感じるかもしれない。でも自分でも想像がつく。僕は全力で祝福するだろう。
僕は全力で祝福するだろう。
彼女の幸せが僕にとっての幸せになっている。骨の髄まで。リカさんの笑顔が見たい。リカさんの笑顔のためなら、リカさんが幸せになるためなら僕はなんだって受け入れるだろう。
あの日、夢中になって草を抜いた。朝から始めて夕方まで一心不乱に草を抜いた。500本も抜いたところで僕が感じ、考えたこと。それは男女の仲とか、性欲とか、本能とか、そういったものを超えたものを僕はリカさんに対して持っているということ。そして1000本の草を抜いた頃には、それが恋を超えたものかもしれないと気づいた。
『リカさんはもしかしたら僕の後ろに弟さんの面影を見ている。』
ある日リカさんの部屋で夕食を一緒にしたあと、僕はテーブル越しに彼女に向かい合い、そう尋ねた。
『弟の名前もケンジだった。』
リカさんは下を向き認めた。
『年齢も一緒だ。』
『そう、年齢も一緒。』
リカさんは顔をあげ、続けた。
『でもあなたを1人の独立した男性だと思って接している。決して弟の代わりを求めているわけじゃない。』
リカさんは顔をあげ、強めの口調で言う。涙ぐんだ目で僕を見ている。
『僕はリカさんを困らせていますか?』
彼女は顔を小さく横に振る。そのせいで涙がこぼれ落ちる。僕のせいだ。リカさんが泣いているのは僕のせいだ。胸が締め付けられる。この人を泣かせてはならないと僕は思う。
リカさんが鼻を啜る。大粒の涙が溢れる。我慢できなくて声を出し、泣き始めた。何度目だろう?僕の目の前でリカさんが泣いている。
『あなたの方こそ私を女として見ていない、でしょ?』
知っているんだからね?と言う目で僕を見る。涙でお化粧が落ちている。
『大好きです。何度も言ってきました。』
僕は笑う。あの日、新大阪の駅で僕はリカさんに何度も告白している。大好きだと。次の日もその次の日も彼女に会える日にはいつも想いを伝えている。
『なんども聞いた。』
リカさんは頷いて認めた。でもねと言う。
『女としては見ていないでしょう?』
僕は困った。なんて言えばいいのだろう?1人の人間として心から尊敬している。敬愛している。リカさんのことが本当に心から好きだ。リカさんには幸せになって欲しいと心から思っている。そう伝えると
『答えになっていないのよ。自分のものにしたいと思わないんでしょう?』
僕は返せないでいた。確かにそうだ。考えもしなかった。
『リカさんが僕に時間を割いてくれているというだけで満足でした。』
僕は本心からそう言った。
『僕のものにしたいなんて考えもしなかった。リカさんみたいに素敵な女性と僕は釣り合わないと思っていたのかもしれません。』
リカさんは少し怒った表情を作った。
『それは将来の彼女さんに対してとても失礼よ。お前程度は俺程度で十分だってことでしょう?』
僕はそれを聞いて反省した。ごめんなさいと謝った。
『もしかして無理やりキスしてやろうとか、あーしたい、こーしたいとかもないわけ?』
呆れたとリカさんは半笑いになって項垂れた。
『私って本当に魅力ないのね。』
とても残念だと言ったので、そんなことはないですよとフォローした。性的な欲求があまり湧かないのは事実だったが、それは言わないことにした。
『特別な存在なんです。リカさんみたいな女性は生まれて初めてです。』
たった19年しか生きてないだろとツッコまれた。
いつの間にかリカさんは涙が止んで笑顔が出るようになった。リカさんはいつものように僕に持たれかかり、顔を胸に埋めた。心音を聞いているのだろうかと思うくらい静かに耳を澄ましている。本人は否定したが、やはり弟さんの面影を僕に照らし合わせているのかもしれない。もし弟が生きていたらと。
『こんなに素敵な女性から抱きつかれているのに君からは何もしない。』
『確かに不思議ですね。こんなにも素敵なのに。』
素敵を強調して繰り返した。リカさんが僕の胸を強く抓った。
『キスしてみたい?』
リカさんは小さな声で聞いてきた。聞き取れないかと思った。
『今日のリカさんじゃない方が嬉しいです。』
そう言うと今度はさらに強く胸を抓られた。手加減を知らないらしい。抓った後がアザになったらどうしよう。
『今夜も泊まってね。』
リカさんが僕の手を握りながらお願いという。
『一昨日も泊まりました。』
毎日でもいいのよとリカさんは言う。
『僕を男として見てないのはリカさんでしょう?』
確かに私は悪いことをお願いしているのかもしれないとリカさんは笑った。
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作者
遠藤信彦




