帰阪②
『お帰りなさい。』
リカさんが新大阪の駅まで迎えに来てくれた。水色のキュロットスカートに白のTシャツを合わせている。靴は白のスニーカー、髪は後ろで括っており、大きめの麦わら帽子を被っている。見たことのない大ぶりのイヤリングをしていて、キラキラ光っていて綺麗だった。左手には小さめのアナログ時計と小さめの白いバッグを下げていた。
とても素敵な笑顔で迎えてくれた。僕はただいまも言う前に抱きしめていた。通行人がジロジロ見ている。そんなの構うもんか。10秒ほど抱きしめた後にリカさんが顔を胸から離し、下から僕を見上げるように見つめる。
『で、この後は?』
『無理やりキスをしようとする。君は寸前で顔を避ける。僕に平手打ちをし、背を向け歩き出す。僕は立ちすくむ。周りの人は同情と好奇心の目を向ける。お婆ちゃんが憐れんでお煎餅をくれる。』
リカさんは眉間に皺を寄せる。真っ直ぐに僕を見つめる。僕も見つめる。僕は視線を外すことはもうない。
『キスを受け入れる。受け入れた後でグーパンチを顔面に見舞う、背を向け立ち去る。お婆ちゃんはあわれんで飴ちゃんをくれる、それが正解。』
『僕は殴られちゃうんですか?親父にも殴られたことないのに。』
リカさんはニコッと笑って腕を組み、手を握って歩きだした。
『まだ聞いてないよ。』
『ただいま。大好きです。』
リカさんは満足げに鼻をフフンと鳴らし、繋いでいる手を引っ張り、足早に歩いた。
駅構内にある喫茶店に入った。外は猛暑で立っているだけで汗ばんでくるからだ。僕も大きな荷物があったし、長旅で疲れていたので休憩はありがたかった。喫茶店の中は異常に冷房が効いていて寒く、ホットコーヒーとプリンアラモードを頼んだ。リカさんは相変わらずクラブサンドイッチを注文した。
『子供が好きそうなもん頼むわね。』
リカさんが一口よこせと自分のコーヒー用のスプーンを使ってプリンを掬いにくる。そうはさせじと肘で防御する。
『未成年ですからね。』
リカさんが口を尖らせ、本気の憎悪の目を向ける。食べ物の恨みは恐ろしい、第一あとを引く。仕方がないので一口恵んでやった。リカさんは美味しい、こんなに美味しいプリンアラモードは食べたことないと言い、僕からグラスごと引ったくり、お前はサンドイッチを食べろと言い放った。
『めちゃくちゃ可愛いですね。』
今度は僕が口を尖らせる番だったが、出てきたのは褒め言葉だった。本心だった。とても可愛い。リカさんは満面の笑顔を作ると実家で何があったのか教えてと言ってきた。
僕はサンドイッチを食べ終え、店員さんにプリンアラモードをあと2杯追加注文してから実家での出来事を語った。
朝から晩まで草むしりをしたこと、山登りをしながら将来を考えたこと、登山途中にみたパラグライダーに惹かれて、滞在を1日延ばして見にいったこと、そこであった夫婦がとても素敵だったことを話した。リカさんはとても興味深そうに、最後まで話を聞いてくれた。2杯目のプリンアラモードを食べながら。
『君は何かを決心した。』
リカさんは声のトーンを少し落として言った。少し残念そうだった。気付いたのかもしれない。
『遠くない将来に実家に帰ります。大阪から離れます。』
僕もとても残念だとリカさんに言った。
『大阪はとても楽しいです。都会だしなんでも揃っている。年齢の割には少なくないお給料も貰えているし、言うことありません。』
僕は一息ついてまっすぐにリカさんを見つめ、続けた。
『大阪にはリカさんがいる。こんなに素敵な女性はほかにはいない。』
リカさんは何も言わずに聞いてくれている。
『大阪にずっといたいと思ってしまいました。リカさんとずっと一緒にいたいと思ってしまいました。』
リカさんがじっと僕を見ている
『最初の目的とずれている。』
そこまで言うと僕は沈黙した。ずいぶんと勇気を出して告白したので、息切れがしてしまったのだ。
『君は海外に挑戦する。君の夢を追うのだ。』
しばらくしてリカさんが口を開く。
『こんなに素敵な女性を置いて。』
と続けてニコッとする。僕は頷く。
『こんなに素敵な女性といると自分の将来や夢なんかどうでも良くなってくる。』
『とても良い人生にも聞こえる。』
『そうかもしれない。いや、そうに決まっている。絶対に楽しい。今だってすごく楽しい。』
リカさんは真っ直ぐに僕を見ている。少しだけ微笑んだようにも見えた。
『大阪を離れてどうするの?』
2杯目のプリンアラモードがあと3口で無くなりそうだ。とても気持ちの良い食べっぷりだ。リキュールに浸かったさくらんぼは絶対に食べないところが本当に可愛い。
『実家に帰ってアルバイトをします。掛け持ちでもなんでもやります。そして英会話学校に通いながらワーホリの機会を伺います。』
と僕は言った。今の大阪の生活だと貯金があまりできないこと、英会話学校なども費用が高いことを説明した。リカさんは理解したと言ってくれた。
『一年未満に渡航したいです。』
僕は期限を設けて宣言した。
『自分の病気と貯金と英会話の上達具合で予定を決めます。』
『わかった。』
リカさんは目線を落とした。悲しそうだった。悲しいと思ってくれたことが嬉しかった。
『大好きです。』
思わずまた口から出てしまった。リカさんがニコッと笑ってくれた。
『ねぇ、あとでもう一度抱きしめられたい。』
『僕も抱きしめたいです。』
『何もしないでね?』
『何もしませんよ。』
『おかえり。』
『ただいま。』
大きな荷物を背負って寮まで帰った。リカさんが付いてきてくれた。たくさんお話ができて嬉しかったと伝えた。私も嬉しいと言ってくれた。別れ際にリカさんを抱きしめた。もう2度と抱きしめることができないかもしれないと思うとその手を離すことが出来なかった。彼女の手もまたきつく繋がれていた。
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作者
遠藤信彦




