仮題 復讐①
締め切った部屋に煙が揺らめく。強く鼻をつく匂いのなかで意識は朦朧としている。タクミはさらに強いトリップを求め、紙巻きタバコの紙に大麻を詰めていく。紙を軽く内側に折り曲げ、窪みを作ってから乾燥した大麻を載せる。自分の唾を使って紙の糊を濡らし、器用に丸めていく。火をつけようとした瞬間腕を握られ、引っ張られる。横には全裸になっているサトミがいた。
『私にもちょうだい。もっとほしいの。』
言葉にならないほどの小さな声だった。タクミは大麻に火をつけ、深く吸い込んだ煙を口移しでサトミの肺に入れていく。少し咽せたサトミが咳をしたが、すぐに恍惚な顔になって横たわる。タクミも強い刺激で脳を揺さぶられる。脳を直接両手で鷲掴みされ、揺さぶられているみたいだ。タクミはサトミの中に入り、奇声をあげた。部屋の隅に座っていた男がニヤリと笑っている。男も正気ではなさそうだ。男の体は大きくはないが、脂肪のない引き締まった体で、腹筋も見事に割れていたのが見えた。つまり男もタクミと同様服を着ていない、全裸だったのだ。タクミは必死に体を動かしながら男が誰だか思い出そうとしていた。しかしタクミには男が誰だか思い出せない。火のついた蝋燭を3本だけにして部屋の電灯を消している。隅にいる男の顔はよく見えない。誰だ?とタクミは言った。いや、言ったような気がした。本当に聞いたのかは自分でも分からない。
男も火がついた紙巻きタバコを吸っている。たぶん同じく大麻だろう。よく目を凝らしてみると男には腕が4本あった。タクミは戦慄した。妖怪がそこにいる。悪魔かもしれない。タクミの脳が危険信号を送る。そいつは人間じゃないと。トリップだ。もっとトリップが必要だ。タクミはまた奇声をあげ、サトミの中からでて、大麻を探した。男は持っていた紙巻きタバコをタクミに渡し、にんまりと笑う。タクミは吸引する。深く吸い込み、息を止める。止める。吐き出さない。電流が脳天を突き抜ける。キた!キた!
『サトミ、サトミ!』
急いでサトミを探す。手探りで探す。どこに行った?お前が欲しい。そう叫んだ。
叫んだ瞬間、タクミはブラックアウトしていた。
朝の4時に目が覚めたタクミはひどい頭痛を確認するとゆっくりと体を起こした。
『水が欲しい。』
だれに言うでもなく、あたりを見回すとコーラの飲みかけの瓶があったので一気に飲み干した。足りない。ひどく喉が渇く。大麻の後の喉の渇きは異常だ。もっと飲み物はないのかと振り返ってみると、そこには全裸の男ふたりと女ひとりがいた。まだ全員寝ていた。
裸で寝ていた2人のうちの1人は同僚のショウタだった。同じく同僚のサトミと一緒に昨晩のパーティーに誘ったのだ。サトミもショウタも大麻が大好きで、喜んで参加したのだった。
その時、1人の男が呻きながら起き上がってきた。ドレッドヘアーに刺青がたっぷりとある。筋肉がしっかりと端正についており、まるで彫刻刀で彫り上げたような美しい体だった。年は25くらいに見える。
男の名前はミノルという。タクミの元フラットメイトだった。
ミノルはタクミと同じく埼玉出身だ。埼玉の大宮で両親が病院を経営しているらしい。中学の時から素行の悪かったミノルを両親が世間体を気にして留学させたのだった。今は金さえ払えばビザが貰える英会話学校の生徒を8年も続けている。両親の方針らしい。日本で勉強もできなかったミノルが海外で勉強するはずもなく、悪い道に進むには時間がかからなかった。すぐに麻薬に手を出した。ミノルも金さえ貰えれば住む場所などどこでも良く、薬物とサーフィンができるこの国に居着いている。
『いてててて、水。』
ミノルも偏頭痛と喉の渇きにやられているみたいだった。タクミは水道の水をコップにとり、渡してやった。
『やっぱり酒とハッパのダブルはキツいっすね。』
『でもすごいトリップだった。さすがディーラーの卵、ミノルちゃんは目利きがいい。』
タクミはミノルを褒めた。昨日のパーティーも盛り上がった。ミノルが上物を仕入れてくれるからだ。
よく見るとミノルの下半身に血がついている。大丈夫か?と聞くと、ショウタの初めてを頂きましたとミノルがはにかんだ。よく見るとショウタの下半身も血に濡れている。サトミも最高でした、とミノルが続けた。
タクミはゾッとして顔が青くなった。急いで自分のを確認した。無事だった。痛みも違和感もない。
『タクミさんは好みじゃないんです。』
ミノルがそう言うと、除け者にされたみたいで少しだけ腹が立ったが、タクミは安心した。素直に良かったと思った。
昨晩見た腕の4本ある悪魔はショウタと合わさっているミノルだったのだ。合わさりながらキメていたのだろう。それにしてもショウタが起きてきたらどう声をかけていいのか分からなかった。
『タクミさん、ヤルんでしょう?準備はできていますよ。3日しか時間がないんだから、すぐに始めないと。』
ミノルは裸で寝ているショウタとサトミをニヤニヤしながら交互に見比べ、どっちにしようかと迷いながらタクミに言った。




