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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
30/75

EP30 仮題 1996年 帰郷③ 盆休み 登山



大叡山に登る


実家に戻ってきてから2日目は草むしりなどの家の手伝いをして過ごしたが、3日目の今日は自分に時間を使うと決めていた。子供の頃から何度となく登ってきた大叡山に登るためだ。大叡山は実家からすぐのところにある。標高700mの山で、歩いて往復4時間の山だ。頂上を目指すには様々なコースがあるが、今日はトレイルランナーに人気のあるコースにした。盆休みとあって、たくさんの人が山登りに挑戦しており、ランナーたちは皆歩いていた。危険な追い越しなどを避けるためだ。おかげさまで後ろから急かされたりせずにすんだ。

強い日差しが降り注ぐ。しかし山の中は高い木々のおかげで日陰になっており、直射日光は避けられた。蒸し暑さはどうしようもなかったが、それでもマシだった。僕は家にあった大きめの麦わら帽子に、日焼けを防ぐために長袖のTシャツに短パン、スニーカー、首にタオルといういでたちで登った。夏の山は草の匂いが充満し、色々な色の花が咲いている。鼻から息を大きく吸い込む。力がみなぎるようだ。山から大きな生気を貰えるからだろう。

未舗装ではあるが、たくさんの人間によって踏み慣らされた歩道をゆっくりと前に進める。前が詰まっているということもあるが、特に急ぐ理由もないためである。自分の頭の中にある無数の思考を纏めるために今日は歩くと決めたのだ。時間がかかった方が良いと思う。一歩を踏み出す。反対側の足を前に出す。少しずつ前に進んでいく。


中腹までたどり着いた所で、海とは反対側の遠くに高原が見える。色とりどりのハンググライダーや、パラグライダーが小さく点のように見える。右に左に回ったり、ずっと真っ直ぐ飛んだりしていた。本当の鳥のように飛び回っている。あんなに空を自由に飛べたら気持ちいいだろうなと思った。

翼を持たない人間が空を飛びたいと考えたのは何故だろう?。僕だったら空を飛びたいなんて考えもしないだろう。羽を持たないから、翼がないから、だからこそ空を飛びたい、こんなふうに不可能を物ともせず、前に進める能力のある人だけが空を飛びたいと考えるのかもしれない。今の僕にはできないことだ。


ではどうすれば空を飛べるのか?


歩道の左手にカヤが覆い茂っているのが続く。このカヤに触れたら切れて血が出るかもしれない。今までの僕だったら触らなかっただろう。理由もなく血を流して痛い思いをすることはない。でも空を飛びたいと思った人たちだったらどうだろう?。とりあえず触ってみて、痛い思いをして、血を流して、それからどう対策すれば良いのか考えるのかもしれない。もう2度と触らないと判断するのかもしれないし、大型の芝刈り機で根本から刈り取ってしまうのかもしれない。


僕は何もしないという選択をするだろう。


遠くに見えるパラグライダーが左に旋回した。ゆるやかに大きなカーブを描いた。


彼は空を飛ぶという選択をした。パラグライダーを操縦するという選択をした。今、彼は左に旋回するという選択をした。


僕は何も選択しないという選択をしてきた。


空を飛ぶという選択は今までの人生にはなかったことだ。考えたこともなかった。自分自身が想像もしなかったことを僕は自分自身で選択して行動に移すのだろうか?。僕にできるだろうか?


また一歩踏み出した。顔を上げて頂上を見上げた。そこに到達するにはまだまだ遠い。


僕の目的はなんだろうと考えた。あの日、リカさんに教えてもらった目的だ。目的と目標は違う。僕が今やりたいことは海外に住んでみるということ。でもそれは目的ではなく目標だという。海外に住んでみて、英語が話せるようになったあとはどうしたいの?リカさんはそう聞いてきた。海外になんてパスポートさえあれば、明日にでも行けるでしょう?と言われた。英語を話せる外国人なんて日本にいっぱい住んでいるわ。外国に出る必要なんてないでしょう?リカさんは僕の目を真っ直ぐに見て聞く。


僕の目的はなんだろう?目標は海外に出てみることだ。目標が目的に対する手段だとしら、逆算ができるかもしれない。海外に出て、英語が話せるようになって、それからできることをは何か?。


高校から逃げた。進学から逃げた。就職からも逃げた。


逃げた先にあるのが海外なのか?


海外とは負け続けた人間のたどり着く最終地点なのか?


左手にある颯爽と生い茂るカヤの中に手を入れてみる。無造作に束ね、握り締め引きちぎる。左手からは血は出なかった。





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