仮題 1997年 ナオミ 旅行 帰国
デイビッドに無理を言って休みを貰った。ナオミさんに帰国前に2人きりになる時間が欲しいとお願いされたからだ。幸い仕事は忙しさのピークを過ぎており、めちゃくちゃ暇で、人員減らしの方が大変だったので、感謝された。
"It's your first time to ask me to get your extra days off eh?"
(余分に休暇取るなんて初めてじゃないの?)
"Yeah, That's right. I'm too popular! i will pay you back"
(モテちゃってごめんね!埋め合わせはするからね)
"No worries, but I can't trust what you say"
(気にすんなって、まぁ、信じちゃいないけどね)
デイビッドはニヤニヤして何か言いたげだったが、黙って休暇をくれた。感謝するねと帰り際に伝えた。
不思議だったのは僕が休みを1日多く取れたのはタクミが僕のシフトをカバーしてくれたからだった。一応本人に直接お礼を言ったが、ええ、と短い返事をされただけで目も合わせてくれなかった。流石にまだ怒っているのかな?と思ったけれど、悪いのはアイツなので気にしないようにした。
『帰国前に1日でいい、ハイキングやサイクリングができる湖畔で君と二人きりでいたい。できれば泊まりがいい。』
ナオミさんはハゲの奥さんから貰ったお金があるので、費用のことは心配するなと言ってくれた。あのお金を日本に持って帰っても気分が悪いから、僕との旅行に使いたいと言ってくれた。僕も出しますよと言ったが、食事代を半分出してくれたらそれでいいと言ってくれた。
ナオミさんが奇跡的にレンタカーを借りれたので、1泊2日できる湖の見える街に向けて出発した。宿泊施設があるのか難しいところだったが、なければ車中泊すればいいとナオミさんが決めて、強行出発した。ナオミさんの運転はとても上手で安心できるものだった。失礼だが意外だった。
『ナオミさんって運転上手ですね。すごい安心感があります。』
『当たり前よ、私は出身は大阪だけど、田舎の方だったから車の運転は毎日してたのよ。』
サングラス越しに見直した?と言わんばかりの目線を送り、にっこりしてくれた。今日は珍しくワンピースだった。いつもボーイッシュな格好が多いナオミさんに似合いますねと言う。彼女はもう一度にっこりとしてくれた。
『約束して。私は今日と明日と明後日はあなたの彼女になってもいいって。』
彼女は静かにゆっくりと確かめるように僕に聞いた。
僕はもちろん約束しますと答えた。
『明後日に空港まで一緒に行きます。ナオミさんが飛行機に乗り込むまで僕たちは恋人同士です。』
ナオミさんがシフトレバーに置いていた左手を僕の手に置き換え、強く握り込む。
『お願い、私が日本に到着するまでは恋人でいて。飛行機の中で楽しい思い出をたくさん思い出すの。』
『恋人との大切な時間を。』
『そのとおり。とても大事な時間を思い出すの。そして関空に着いたら忘れるわ。全部忘れる。』
ナオミさんの手が僕の手をさらに強く握る。
『忘れちゃうんですか?僕は忘れられないと思う。』
『私はね、29歳だけど女の子なのよ。忘れないと前に進めないの。』
途中にガソリンスタンド付きのカフェが見えたので車を止めた。シートベルトを外す前にキスを求められた。約束よ。と小さい声で言われた。
車で3時間掛け、湖のある街に着いた。先ずはビジターセンターで宿を探さなければならない。受付スタッフが丁寧に対応してくれて、電話をたくさんかけてくれた。1件キャンセルが出たというホテルがあったので、ナオミさんは躊躇なくそこに決めた。
『僕には旅行の経験がほとんどないので、ナオミさんがとても頼もしいです。』
僕は旅行に苦手意識がある。毎日のルーティンが崩れるのがどうしても生理的に嫌だからだ。
『私は早い時期にこの国を一周してきているから慣れているのよ。この街に来るのも3回目だわ。』
反対にナオミさんは冒険家で、たくさんの新しい物事にチャレンジしている。僕たちは正反対なのかもしれない。だから自分の知らない世界が見れて新鮮だった。とても楽しい。毎日の勉強や運動も素晴らしいが、こういうのも悪くないなと思った。
この街は山中にある。澄んだ湖と冬場のスキーが観光資源だ。人口は5万人程度で、ほとんどが観光産業で働いている。夏場の今は湖でのアクティビティや、釣り、スカイダイビングなどが人気がある。こんなところで働けたら楽しいだろうな、そう思いませんか?とナオミさんに聞くと、私もそう思った。ビザがない今は特にそう感じる。私は次はこういう街で働きたい。今までいたところも都会で便利で素晴らしく良かったけれど、日本人が多過ぎて、海外に住んでいる気がしなかった、と言った。
ホテルに着いた。予想よりデカいホテルでびっくりした。通された部屋も大きな部屋で値段が心配になった。心配しないでね、ホテル側もキャンセルが出て次を探せずにいたみたい。そんなに高くなかったわとナオミさんは嬉しそうだった。ワーホリの最後を締めくくる、最高の旅にふさわしいホテルねと言いながらベッドにダイブした。
『たったの1泊2日だけれど、目一杯楽しみましょうね。よろしく、恋人くん。』
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作者
遠藤信彦




