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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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受け入れるということ① 大阪

ヘルメットと防塵メガネの間に汗が落ちる。生ぬるい。頬をつたわって顎で一瞬止まる。ほとんどの場合その汗は床をめがけて落ちていくが、いくつかは喉に滑り落ち、そのままシャツの中に入っていく。その瞬間が至福だった。生ぬるい汗だったが、周りの熱気に比べれば冷たい。ケンヂは生ぬるい汗の感触を楽しみ、作業に集中すべく目を凝らした。なぜなら自分の体温と熱気でメガネの内側はいつも曇り、視界の確保が容易ではないからだ。季節が初夏になり、すでに工場内では大型の扇風機が全開で回っており、クーラーも強めに効いているにも関わらず、とても暑い。

仕事にだいぶ慣れてきた。ラインを止めずに作業できる日が多くなった。班長にも注意を受けない日が増えてきた。あくまでも一つのセクションだけだが、一人前になってきた。手の痛みには慣れることはないが、作業に無駄な動き、力みなどがなくなり、仕事終わりの疲労度が全然違ってきた。自分の作業スキルが上達していることは作業着から容易に想像できた。服の汚れ方が違うのだ。以前は服の前身ごろが胸の辺りを中心に真っ黒だったが、今では以前の半分の汚れしかついていない。


『だいぶ成長してきたな?ケンヂ!一年たったら社員に推薦してやろうか?』

班長は毎日同じことを言う。たぶん若い期間工には全員に言っているのだろう。班長の契約引き伸ばし作戦だ。離職率を低く保つのも班長の仕事だからだ。

『無理っす。毎日たこ焼き食べたくありません。』

『そんな幸せがどこにある?ギャッハッハッハ。』

班長とも減らず口を叩けるくらいには打ち解けてきて、僕の大阪ライフもだいぶマシになってきた。この仕事の契約を3ヶ月延長した。もっと生活を楽しみながらお金を貯めていきたい。


休みの日に京都に1人でツーリングすることが多くなってきた。主に亀岡周辺だった。別に場所はどこでもよかったのだが、亀岡ののんびりした風景が好きだった。たぶん田園風景などが故郷を思い出させてくれるからだろう。リカさんやそのお友達と一緒に遊んだり、ツーリングに行くのも楽しかったのだが、一人きりになれる時間が全くなくなってしまう。1人の時間がなくなると精神のバランスが取れなくなってしまう。そうなると体が不調になる。吐き気や立ちくらみ、下痢などが起こってしまうので、最近は遊ぶのは朝晩の仕事終わりに数時間だけ、週末はなるべく1人での時間が取れるようにしていた。


『また1人で京都に行くの?そんなに1人が楽しいの?さては本当は京都に女でもできたな?どうせブスなんでしょう?すっごいブスなんでしょう?関西一のブスなんでしょう?』

リカさんは本当に良い人だ。1人で行くなとは絶対に言わない。僕は僕の病気のことはリカさんには伝えていない。が、リカさんには何か察するところがあったのだろう。遊びやお願い事などを無理強いされたことは今までない。こんな優しい人がいつも僕のことを気にかけてくれていると思っただけで幸せだった。リカさんと出会って本当に良かった。

『Gカップなんです。』

『ぶっ殺す!』

巨乳嫌悪という新しい言葉をリカさんにプレゼントした。


ツーリング途中の山奥にある無人野菜販売所で聖護院大根を買った。リカさんにプレゼントしよう。24歳の女性に聖護院大根をプレゼントするなんてシュールなジョークとして最高だし、彼女が料理が得意なら食べて貰えば良い。僕はワクワクしながらバックパックに詰めた。大阪に入ってからコンビニで彼女の携帯に連絡した。幸い家にいるみたいで、お土産を渡すからと、近くのコンビニに呼び出した。

リカさんはいつもどおり綺麗だった。今日は上下スウェットのラフな格好だった。化粧もほとんどしていないように見えた。こっちの方がやっぱ可愛いし、似合うと思う。

『リカさん、ラフな格好も似合いますね。とても綺麗です。』

『苦しゅうない、良きに計らえ、汝の願いとはなんぞや?』

リカさんは褒められるのが大好きで、僕が上手に褒めると100円くれることもある。1日で500円もらったことがある。誉め殺しは僕の得意分野だ。リカさんは褒めれば褒めるほど綺麗になるので面白い。


『お土産を買ってきました。聖護院大根です。受け取ってください。』

と言って本当にバックから大根を出した。リカさんは目を丸くした後に、うっとりとした目になって

『これってプロポーズなのね、君の作った料理が食べたいっていうのよね?そうなんでしょう?』

リカさんは本当に頭が良い。いつも返しが僕の先をいく。一度彼女の出身大学を聞いてびっくりした。超有名大学だった。ユニークさも関西人に負けず劣らずで、しかも早い。

『君を幸せにできるかどうかは約束できないが、君と一緒なら絶対に僕は幸せになれる。」

と、僕は精一杯返したが、彼女から貰えたのはダメ出しだった。

『ダメよ!バカね、そんなどっかで聞いたことあるようなセリフ。オリジナリティがないのよ。100円出しなさい。』

僕はしぶしぶ大根に100円を添えて上様に献上した。

『鶏肉が好きだったわよね?この大根と手羽先で煮物を作ってあげるわ。ウチにいらっしゃい。』


今度は僕が目をまるくする番だった。

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