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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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変わらない人

『ふざけんじゃねぇぞ!このクソ野郎!』


いつかそうなるだろうなとは思っていた。タクミのことだ。デイビッドは気を利かせてくれて、僕とタクミのシフトがかぶらないようにしてくれた。だけどアイツはわざわざ休みの日にやってきて、

『話がある、いいだろ?』

と睨みを効かせながら吐くように言ってきた。正直面倒くさかった。殴り合いになるのは構わなかったが、警察沙汰になると強制送還もありうる。それだけは避けたかった。しかし、タクミのような酒飲んで大麻を吸って、運動もしてないような30手前のパッパラパーに喧嘩を売られて買わない訳にはいかなかった。

『ファック・オフ』

と英語で返した。タイ人のナターシャが心配そうな顔で見ていたので、心配しないでと優しく声をかけた。

"Just talking about tomorrow's party with him."

(明日のパーティーについて話があるだけだからさ)

”No fighting Kenji. "

(喧嘩はだめよ、ケンヂ。)

ナターシャは泣きそうな目で懇願してくる。この女性は本当に優しい人だ。とても元気で陽気な60代で、子宝には恵まれなかったらしい。仕事場にいる若い子はみんな私の子よが口癖だ。

"No fighting, we promise. Just talking honestly."

(喧嘩はしない、約束します。話し合いだけです。)

敬意をもって丁寧に伝えた。ナターシャは安堵のため息をして、約束したわよと僕を強く睨んだ。本当にいい人だ。尊敬します。


『お前さ、何様なんだよ?。いい加減にしろよ?。俺たちはな、お前の部下じゃねーんだよ、クソガキがよ。』

タクミは小柄だがよく太っていて、腕も太い。黒髪の短髪で目がくりっとして大きいので、カンボジア人によく見間違えられていた。学生時代に格闘技でもしていたのか、とても自信満々に見える。タクミの文句は続く

『サトミもリクもショウタもお前と働きたくねーってよ?。辞めてくんねーかな?。ケンがいなくなったからお前が2番か?。ザケんじゃねーんだよ。』

口の端がピクピク動いている。目がイっている。自分の口上に酔っているみたいだ。大麻も入っているのかもしれない。

『お前らが辞めればいいだろ。この間までケンさん、ケンさんって言っていたのに、ケンさんが帰国したらいきなり”ケン”って呼び捨てか?ケンさんにビビってたんだろう?情けねーな。』

僕も流石に腹が立ってきた、なんで8歳も歳が上の人間にこんな目に遭わされるんだろう。こんな口論よりもジムにいったり、勉強したかった。暇な奴は本当に手に追えない。

『帰国しろよ。海外向いてないんだよ。最後に辞書引いたのはいつだよ?俺の勉強の邪魔すんじゃねえよ。』

柄にもなく自分のことを俺と呼んで、後から赤面した。僕らしくない。タクミは今にでも手を出してきそうだった。おとなしく殴られた方が金を引き出せるんじゃないかとも思った。たしかタクミは日本では看護師で、金をたくさん貯めてきたって昔本人が言っていた気がする。そっちの方が良いか?そんなことを考えていると、タクミが殴りかかってきた。28歳にもなる男が20歳の僕にだ。確かに男同士の喧嘩に年齢は関係ないのかもしれないが、込み上がる笑いが止まらなかった。動いて動いてパンチを避けることに集中した。相手をよく見てフットワークスピードを生かして避けるのだ。僕はケンカの経験はほとんどないが、毎日の運動のおかげで根拠のない自信だけはあった。タクミは顔を真っ赤にして拳を振ってくる。かなり大ぶりなパンチだった。1発だけ肩に貰ったが、体重があるのでとても痛かった。タクミは10発ほどパンチを振り回すと肩で息をしだした。疲れたのだろう。反対に僕はピンピンしている。肩に貰ったパンチが痛かったのでムカついていたのだが、ナターシャの顔が浮かんでは消えていたので、反撃を迷った。やるなら今なんだけどな。僕はすごく冷静だった。

『どうするの?続けるの?しんどいんでしょ?。』

僕は面倒臭そうに聞いた。ぜんぜん疲れていない。

『うるせーな、ちくしょう!』

負け犬が吠える。こんどからコイツのことを負け犬と呼ぼう。そう決めた。僕が決めた。負け犬は恨めしそうにこっちを睨み続けている。コイツの体力が回復したら嫌だなと思ったので、ナターシャには申し訳なかったが、反撃をした。


最初の1発はサイドキックで膝横に踵を入れ、相手が呻いて前に体勢を落とした時にアキレス腱を掬うように払ってやった。タクミは悶絶しながら後ろにひっくり返り、膝とアキレス腱をさすった。さすが看護師、対処が早い。

『まだやるの?』

聞いてみたが、相手は手を振って”NO”の意思を見せた。口で降参を言わせたかったが、アホが写るといけないので、その場を立ち去り仕事場に帰った。何食わぬ顔で職場に入り、置いてあった自分のバッグを取ってジムに行った。やれやれ、つまんない。本当につまんない。


ジムには行ったが負け犬との喧嘩をなん度も思い出してしまい、嫌な気持ちになったので、30分でジムを出た。この1日をどうしてくれるんだろう?僕は本当に腹を立てた。負け犬を探しに戻って本当に1発殴ってやろうかとも思った。


変わらない人がいるんだ。変われない人かもしれない。僕も変わらない人かもしれない。できれば変わらなくても良い人になりたい。


僕は無学で若くて金もない、もちろん実力もない。タクミは学校を出て、看護師という立派な職業について技術を持っている。お金もある。世間一般的には僕はゴミで、タクミは立派な社会人だ。でもどうだ?今は?過去ではなく、経歴ではなく、今現在はどうだ?僕の方が勉強している。僕の方が運動している。僕の方が毎日が充実している。僕の方が楽しんでいる。今を積み重ねよう。大切な今を。そうすれば僕はゴミからゴミでないものになれるのかもしれない。





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