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橋本ケンヂは飛ぶ  作者: 遠藤信彦
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1997年 11月末 独りになれ

ケンさんが仕事を辞めると決まった1週間くらい前から、他のスタッフ達の僕への態度が少しずつ変わってきた。明らかに避けられている。僕を避けているのは日本人スタッフだ。日本人ではないスタッフ達はいつも通り良くしてくれている。日本人のスタッフ達が僕を嫌いな理由は簡単に想像できる。ケンさんがこの仕事を辞めた後は僕がそのポジションに付く事が決まっていたからだ。寿司セクションで2番のポジションになる。僕は日本での社会経験がない。大学も出ていない。そんな20歳の若造の下で30歳にちかいギリホリが快く働きたがるはずがない。彼らはあくまでもホリデーで来ていて、この仕事も思い出作りで働いているだけだ。気合も愛着も義務感もない。大した苦労をせず、家賃や食費代が稼げたらそれでいいのだ。短い人で1ヶ月、長い人でも半年もやらない。


" Hey Kenji, you don't look happy, what's going on?"

(ケンヂ、どうしちゃったの? 元気なさそうに見えるけど?)

スタッフのタイ人のナターシャが聞いてくれた。

” Nothing, just sore muscle. I had a hard work at gym yesterday."

(なんでもないよ、昨日はジムでハードワークしたらスッゲェ筋肉痛でさ)

"Oh!Young boy! "

(若いのね)

どうやら日本人同士で険悪な雰囲気なのが伝わっているらしい。ナターシャが毎日のように気を遣って、心配事はないのか?などと聞いてくれる。本当に申し訳ない。


日本人スタッフにこんなことを言われたり、聞かれたりした

『どうして飲み会に来ないの?』

『どうして皆んなと同じようにしようとしないの?』

『どうして皆んなと仲良くしようとしないの?』

『大学行ってないんだよね?』

『就職したことあるの?』

『日本の仕事はこんなもんじゃないんだよ』

『こんな仕事やりたくてやってる訳じゃないんだよ』

『バイトだよバイト』

『あなたの指示は聞かない。ボジションは?』


こんな言葉を聞かされるたびに憂鬱になっていった。この人たちはいったいなんなんだろう?何をしにこの国に来ているんだろう。日本人同士で飲み会して何が楽しいのか?わざわざワーホリの時間を使ってやることじゃない。この人たちが最後に英語の辞書を引いたのはいつなんだろう?なんでこんな死んだ目をしているのか不思議だ。ケンさんはしつこく”あいつらとは付き合うな”と僕に言った。ケンさんはこの人たちの本性を見抜いていたのかもしれないし、もしかしたら僕の知らないところで僕と同じように反感を買っていたのかもしれない。


1週間が過ぎ、2週間が過ぎ、僕への無視や嫌がらせは段々とエスカレートしていった。特にひどいのがタクミという28歳の男だった。日本で看護師をしていたらしく、心身ともに疲れてワーホリに来たそうだ。酒好きで飲み会を主催するのが好きだった。たしかに彼からの飲み会などの誘いは一度しか受けなかった。僕は勉強や運動に忙しかったし、忙しい自分が好きだった。毎日が充実していた。飲み会に出て10歳も歳が上の人間の愚痴を聞くなんて御免被りたかった。どうやら僕は彼にとって大事なハッピーワーキングホリデーライフの邪魔をしているらしい。僕は”酒飲んで騒いで大麻を吸って頭すっからかんになって朝まで踊り続ける”、なんてごめんだ。僕の役割じゃない。僕以外の人がやればいい。僕からは干渉しないから、僕には干渉しないでほしい。心からそう思った。


日本人同士の仲が険悪なのはデイビッドにも伝わったみたいで、仕事をしながら相談に乗ってくれた。周りの日本人の耳が心配だったが、今日のメンバーは自分が英語圏にいるのも理解できていないような典型的なワーホリなので、心配は無用だった。普通に英語で話した。デイビッドと長く話し込むのは久しぶりだった。デイビッドと仕事のシフトが被るのは稀だからだ。なぜかというと、マネージャーである彼がいない時は僕が彼の代わりを務めるからで、必然と顔を合わせる事がなくなるのであった。


"You guys having a bad relations eh?"

(おまえら仲が悪いんだってな?)

黒縁メガネの奥の目が笑っている。中国人のデイビッドはこういう話が大好物だ。

"Yes, that's right, we are in the worst situation."

(そのとおり、最悪です)

デイビッドがさらにニヤニヤする。こいつムカつくと思ったが、話しながらデイビッドといつの間にか寿司の早巻き競争になったいたので、負けたくないと思い、酢飯を海苔の上に広げた。寿司を巻きながらいろいろな事をデイビッドに相談した。日本人がたいして働かない事。みんな僕の年齢や経験がない事をバカにする事。無視されることなど。デイビッドは特に僕の話を中断することもなく、最後まで黙って聞いてくれた。

"No worry Kenji. we are all asian are same. People talks about age, experience ."

(アジア人ならみんな同じだよ、アジア人は年齢や経験を気にするからね)

” They also don't work hard eh?"

(さらにたいして働かねーじゃん、だろ?)

”That's typical problem for Japanese people."

(言いたくはないけど、それは日本人に良くある問題だね)

そういうとデイビッドはさらに続けた。相変わらず寿司を巻くのが早い。彼が10本巻く間に僕は8本か、良くて9本しか巻けない。

"Japanese people, especially are working holiday people, they are just tourist. They always say this is not real job, not real sushi, not real life. Ha Ha"

(日本人はね、とくにワーホリの人たちは単なる旅行者以上にはなれないんだよ。彼らはいつもこういう。これは本当の仕事じゃない。これは本当の寿司じゃない。これは本当の人生じゃない。ってね)

"What a silly people, what a shame"

(頭悪過ぎ、恥晒しだね)

あとで知ったのだが、アルバイトというのはドイツ語らしい。日本語のバイトに当たる英語はない。ちなみに就職も派遣もない。日本人は日本人の理屈を日本から持ってきて、対して働かない理由にするのだそうだ。

"I can't count how many times I asked our owner Kevin about do not hire Japanese people anymore."

(オーナーのケビンには何度もお願いしたんだ。日本人を雇うなってね)

”I can understand"

(理解できるよ)

”Off cause I am not talking about You and Ken-san."

(もちろんお前やケンさんは別だ)


デイビッドにそう言ってもらえて本当に嬉しかった。久しぶりに彼と長く話せて、寿司巻き競争までしてもらって楽しかった。仕事の終わり際に10分時間を作ってもらって、2人でミーティングもした。僕とタクミとはなるべく合わないようにシフトを組んでくれるそうだった。アイツがいなくても構わないんだが、アイツを首にしても違う奴が第二のタクミになるだけだそうだ。日本人のこういった関係性は何度も見てきているので慣れている、まかしとけとデイビッドは言った。


ケンさんは僕に独りになれと何度も言ってくれたが、どうやらもともと独りだったみたいだ。外国人は仲良くしてくれる。それだけが救いだったし、それで十分かもな、そう思った。

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