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没 その1 2024/09/11 16:48

タイトル θ 二重の仮面 第一話 第二話

第一話


見上げると、大きい雲が何個か数えられるような青空。その下の公園にて、スズメがカラスに突っつかれていた。


公園には概して正義に燃えている子供がいる。5、6才の男の子が駆け寄ってきて、カラスを追い払った。


「だいじょうぶ?いま、たすけるからね」


少年がスズメに手をかざすと、手のひらが青白く光った。その光が小鳥を包むが、何も起きない。既に事切れてしまっていることに気づいた少年は泣き出してしまった。


そこに一緒に遊んでいた、彼と同い年程に見える少女が歩み寄り、慰める。


それをぼんやりと眺めていた金髪の青年は中身を飲み干して、缶をゴミ箱に投げた。






四方を背の高いビルに囲まれたスクランブル交差点。信号機が青を示すと、ダムが放水するように人が流れた。


しばらくするとその交差点の真ん中だけを人が避けている。その更に中央には全身を黒のコートに包んだ男が、長い杖を持ってその場に立っている。


男は不意に口角を上げると、杖で地面を一突きした。それを拍子に、彼を中心として地面が崩落する。通行人はパニックに陥り、悲鳴と共に散り散りに逃げ去る。


穴はどんどん逃げ遅れた人々を巻き込みながら広がっていく。そして遂には交差点は無くなり、周囲のビルをも呑み込んだ。


それから更に少し広がった後、穴の拡大は停止する。代わりに地響きが段々と広がり、その揺れが最大となったその時、無数の影が大穴から飛び出た。


その影の一つ一つに目を向けていくと、背中に羽の生えた人型のトカゲ、リザードマンであることが分かる。リザードマン達は本能のまま、建物を壊し、人を襲った。


「あれは…!?」


黒髪の青年が空の影に目を凝らすと、持っているカバンから様々な装飾が施された青い大剣を取り出し、グリップに青い何かが入ったカートリッジを入れて剣先を地面に突き立てた。


アスファルトに刺さった剣の樋に付いているスライダーを足で踏み抜くと、剣を引き抜き、柄の根元に付いている引き金を引いた。


すると剣先にあったスライダーが剣の根元の元の位置に戻ると共に、柄頭に埋め込まれた、青白い宝石から何かが発射される。それは青年の胸に当たると、全身に広がった。


全身に広がったその液体金属はみるみる内に青い鎧に成形されていく。装甲が全身を隈なく覆うと、青年は空高く跳んだ。


「たァッ!」


「ウゲッ!?」


空中を飛んでいたリザードマンの群れに飛び込んだ青年はその内の一匹を切り落とし、落下に転じる。


「シャァアッー!!」


仲間の死に怒ったリザードマンは青年の方へ突進する。青年はまた剣の樋のスライダーを引いた。


すると刀身が青白く発光し、青年は着地と共に迫ってくるリザードマンと向き直り、引き金を引きながら剣を一振りした。


「ギャーッ!!!」


飛んできたリザードマンは飛んできた斬撃により真っ二つに分かれる。続けて青年は斬撃を飛ばし、リザードマン数体を堕とした。


数回ジャンプを繰り返して付近で一番背の高い建物の屋上に乗る。そして空を一望すると、まるで蚊柱のようなリザードマンの集団が遠くに見えた。


「一体何が…!」


青年は屋上を伝い、その集団に近づいていく。地上では人々が慌てて避難しているのが見える。


ある程度まで近づいた青年は再び青白い斬撃をリザードマンに向かって放った。集団は斬撃を避け、一つの赤い影が飛んでくる。


「たァッ!!」


「ガルルッ…」


鈍い金切り音と火花が辺りに散った。やってきた影の正体は剣を持った赤いリザードマンで、青年はリザードマンの初撃を受け止めていた。


青年が押し返した力を利用して距離を取りつつ背中の羽を収め、着地するリザードマン。青年はまたスライダーを引いて剣に青白いエネルギーを溜める。


青年は斬撃を飛ばした。リザードマンはそれを避けて飛びかかりながら剣を振り下ろし、青年はまたそれを受け止める。今度はすぐにリザードマンの追撃の蹴りが青年の腹部に炸裂し、青年は後方へ吹き飛び、屋上から落ちた。


屋上からリザードマンは青年目掛けて火の玉を吐いた。青年は飛んできたそれらを切り払い、車のボンネットの上に飛び込んだ。車の警告音が鳴り響く。リザードマンは青年目掛けて飛び降りた。


「うッ」


寝返って車のボンネットから離れる青年。無人のボンネットの上に着地したリザードマンは横から飛んできた斬撃を剣で受け止める。


一瞬ニヤッと口角を上げたリザードマンは、まるで青年の真似をして揶揄うように剣の樋を指でなぞると、リザードマンの剣も青白く発光した。


「なにッ」


リザードマンが剣を一振りすると、青年と同じように斬撃を飛ばす。青年は驚きながらも地面を転がってそれを避け、同時に剣のスライダーを引いてエネルギーをチャージし、リザードマンに向かって斬撃を飛ばす。


剣の樋を指でなぞりながら、上体を捻って飛んできた斬撃を避けたリザードマン。そのまま斬撃を飛ばし、今度は躱しきれずに青年は被弾した。


「うぐっ…!」


青年が怯んだその隙にリザードマンは距離を詰め剣を振り下ろし、更に横一文字に斬った。


「うワァッ!!!」


青年の装甲から火花が散る。青年は後ずさって距離を置くが、リザードマンは一跳びでその距離を詰め、着地と同時に青年の胸を突いた。


「うァーーーッ!!!」


青年は吹き飛ばされ、かなりの距離を転がった。転がった先は偶然にもシェルターの近くで、警備兵が青年に向かって銃を構えた。


「ん!?違う!人だ!」


兵士たちは青年ではなく、奥から現れた赤いリザードマンに銃口を向けた。


「うっ、撃てぇーッ!」


兵士たちが引き金を引くと共にリザードマンは腕を上げ、手首を捻った。するとアスファルトの地面から土の壁が飛び出して弾丸からリザードマンを守った。


それと同時に黒い影が兵士たちに迫り来る。その黒い影の一つ一つは黒いリザードマンであった。堪らず兵士たちは目標を壁から影へと変えた。


壁の裏で剣の樋をなぞる。そして剣が青白く発光した瞬間、壁は取り壊れ、赤い影は剣を一振りした。


その斬撃は青年目掛けて飛ぶが、当たる直前というところで二手に分かれて、後ろにて小銃を撃つ兵士たちの足元で爆発を起こした。


「くッ」


兵士たちの無力化を確認したリザードマンは再び腕を上げて手首を捻る。今度は兵士たちに群がっていた影たちはあっという間に頭上へと消えていった。


ニヤリと笑うリザードマン。剣を地面に突き刺し、それを支えにして立ち上がる青年。剣を引き抜き、構える。


「うおおおぉぉぉぉ…」


力を振り絞ってリザードマンに向かって走る青年。大きく振りかぶってからの一撃を片手で掴まれ、もう片方の裏拳で顎を振り抜かれる。


気を失った青年はその場に倒れ、リザードマンはそのままシェルターへと向かおうとする。しかし数歩歩いてその歩みを止め、ふと違和感から頭上を見上げる。


リザードマンの羽音はいつしかヘリのローターの音に変わっており、所々に射殺されたリザードマンの死体が落ちていた。その中、赤いリザードマンは屋上に一つの影を見つける。


濃い緑と黒を基調とした体に、マゼンタに光る全身を巡るパイプ。その人影は屋上から一飛びして空中で一回転すると、全身の装甲が逆立ち、その中から一つ一つの小さなロケットエンジンが飛び出して、その人影を加速させた。






コツコツと足早に歩く音は焦りを感じさせる。その足音は一つの病室の前で止み、コンコンとノック音に変わった。


「はーい」


中から少女の声。それを聞いて部屋のドアを開ける。


「え…」


「久しぶり」


病室の中へ入る金髪の青年。高校の制服を着た小柄な少女は言葉を失う。


「大丈夫か?夕姫のお母さんから直也が大変だって…」


「お前…!」


直也と呼ばれた、ベッドの上で上体を起こしている青年は近づいてきた金髪の青年を不意に抱きしめた。


「なんだよ、恥ずかしいな」


「これまでどこ行ってたんだよ…」


「ん…ただいま」


抱擁を解き、金髪は持っていた紙袋を近くの台の上に置いた。


「俺二年から学校戻ることになったんだ」


「そうなのか!それは良かったな!大貴!」


「折角学校に戻ったのに…その様子じゃ、入れ違いか?」


「ああ…悪いな」


直也の顔が曇る。それを見た金髪の青年、大貴が口を開く。


「気を悪くさせたか?」


「いや、違うっ…」


不意に胸を抑えて苦しむ直也。制服の少女、夕姫が心配そうに直也の手を握った。






帰り道、辺りは既に少し暗かった。大貴は隣の夕姫と、付かず離れずの距離で気まずさを感じていた。


「今日は悪かったな…」


「え、どうして」


「直也、俺が来たから無理したんだろう」


直也が胸を抑えて苦しんだ後、ある程度落ち着いた所で力尽きて寝てしまったのだ。二人は夕暮れまで直也を心配そうに眺めていたが、遂に帰っている。


「ちが…いや、そうかもね」


二人の間に再び会話が無くなる。車道で車が一台、二人を追い越した。


「…何かあるのか?」


「え?」


「いや…倒れる前、直也が何か言いたげな顔してたから」


「大貴には関係ないよ…」


何かあるんだな、と大貴は思った。一瞬の間を置いて、大貴は再び声を出した。


「直也とは、どうなんだ?」


「どうって何?」


「いや…仲良いのかなって」


「良いに決まってるでしょ、だって私たち、付き合ってるし…」


「そうか…良かったな」


夕姫は下唇を噛んで、カツカツと大股で大貴を追い越して振り返り、ピシャリと平手打ちをした。


「良かったって何!?今更現れて、気ぶりたいだけ!?もう関係ないんだからっ、もう関わらないでっ、私たちに…」


夕姫は言葉をしりすぼみに、言い終わらずに目に涙を溜める。呆然と立ち尽くす大貴を放って、夕姫はどこかへ行ってしまった。






大貴は玄関の前に立つと、自分の家が久しく感じた。鍵を開けて中に入り、物は少ないが散らかっている部屋を歩く。


シャワーを浴び、服を着替える大貴。キッチンへと向かい、冷蔵庫から肉を取り出して焼き始めた。


スーパーで安売りされていた一斤の食パンを何も付けずに噛みちぎりながら、焼けていった肉から順に口に入れる。パックに入っていた肉と一斤のパンが同時に無くなると、今度はみかんを皮ごと丸かじりした。


食事が終わった大貴は薬を何錠か飲んでから歯を磨き、自室のベッドの上に寝転がった。天井には秋の夜空の星図が貼り付けられていた。


夏には主役だったベガ、デネブ、アルタイルが西に逸れ、代わりに中央にはペガスス座やアンドロメダ座などからなる秋の四辺形が形成されている。


夏や冬に比べて一見地味な秋の星空を大貴は気に入っていた。寝る前に見るものだから一等星が一つだけという華の無さは逆に良かったし、何より幼い頃に夕姫の母親から聞いたうお座の話が大貴にとって印象深いものだったからだ。


物思いにふける大貴。考えの先は、昔の思い出だった。


「やめて、かえしてよ」


「や〜だよっ、かえしませーん」


教室で小さい男の子三人が、筆箱をパスしあったり背伸びして腕を高く上げて幼い夕姫が届かないようにしたりしていた。


「おまえらやめろよっ」


そこに他の男の子よりも一回り小さな少年がやって来て、夕姫の代わりに筆箱を取り返そうと奮闘する。しかし体格差があり、ジャンプしても筆箱に手は届かなかった。


「ほらほら、とってみろよ〜」


「なんでこんなことするの…」


「おまえら…っ」


泣き出しそうな夕姫を見て、背の低い少年、直也は怒りを顕にする。それを教室の端から眺めていた幼い大貴は、かわいそうに思えてきて、その五人の傍へと近づいた。


無言で歩み寄ってくる大貴に気づいた、三人の内でも主犯格らしき少年が数歩後ずさって声を出す。


「な…なんだよ!」


大貴は彼の手からパッと筆箱を取り上げると、夕姫に手渡した。


「あ…ありがとう」


「お、おまえ!しょうもないことすんなって!」


非難の声を上げる三人の男の子。


「きらわれちゃうよ」


大貴は一言そう言った。その言葉は無性にリーダー格の少年を腹立たせ、大貴を殴るに至らせた。


「ーーーっう、いたいぃ…」


泣き出したのは殴った少年だった。どうやら手首を痛めたらしく、その場にへたり込む。対して大貴はその場を微動だにしなかったが、口から血が流れた。


子供は概して、口から血が出たら致命傷だと思っている。大貴が血を流したのを見たクラスメイト達は半ばパニックへと陥った。


それを傍目に、夕姫は大貴の手を掴み、教室を飛び出た。


「ど、どこいくの」


「どこって、ほけんしつに決まってるでしょ!」


手を引かれていく大貴。彼は掴まれた手から、夕姫の体温とはまた別の、温かさを感じた。


「うっ…ううっ…ひっ…」


場面は切り替わり、夕姫が一人、葬儀場の門で泣いていた。大貴は歩み寄って、ハンカチを手渡す。


「うわあぁぁん!!!」


夕姫はハンカチを受け取らずに、大貴の胸の中に飛び込んで、声を上げて泣いた。しばらくして、夕姫は空から数滴何かが落ちてきたのに気づく。雨かと思って空を見上げると、大貴は目から涙を流していて、それを自覚していない様子だった。


夕姫は途端に、大貴の頬を撫でてやりたくなった。手を伸ばしてそっと指先で触れると、さらに頭を撫でてやりたくなり、自分の思う通り、大貴をぎゅっと抱きしめた。


夕姫に抱きしめられたのに気づいた大貴は、そのまま夕姫の肩で涙を流し続けた。


「流れ星」


夕姫は空を指さした。大貴もその流れ星を見逃さなかった。二人はブルーシートの上で寝転がりピタッとくっついている。


「なんてお願いした?」


「ずっとこのまま一緒にいたいなぁって」


大貴は半分寝ながらそんなことを口走った。星を見ていた夕姫は驚いた顔で大貴の顔を見る。


「三回祈らなきゃ、私も手伝う、よ」


夕姫はそう言いつつ、そのまま大貴の顔を見つめ続けた。


「はっ」


目を覚ました大貴。カーテンからは日光が漏れていて、時計は六時半を指していた。


「夢か…」


カーテンを開け、ベッドを整え、歯を磨き、シャワーを浴び、朝食。冷蔵庫にあった肉と野菜を適当に焼き、インスタントラーメンを啜った。


大貴は久しく制服というものに袖を通していなかった。大体、高校のものには初めて通す。カッターシャツとブレザー、長ズボンに簡単にアイロンをかけ、着る。


家を出る前、仏壇の鈴を鳴らして手を合わせる。そして玄関で革靴に履き替えるが、その時に小学校の頃仲が良かった四人組の写真が目に映る。


大貴、直也、夕姫、それから、茜。玄関を出て、鍵を閉めた。






始業式というものは退屈だ。入学式や卒業式とは違って、気合いが入っていないのに無駄に長い話。形式だけの生活指導の注意喚起。


生徒たちの関心がクラス分けに向くのは当然だ。旧クラスにて生徒証を配布され、それを見て新クラスの教室へ行くのがその学校では普通だが、大貴は中二から高一まで丸々学校へ行っていなかったため、別室にて生徒証を受け取り、それから教室へと向かった。


教室に入ると、仲のいい人間同士で話をしているのか既に少し賑やかい。しかし大貴が入ったことにより一瞬の静寂が生まれる。


「よし揃ったな、ではホームルームをと言いたい所だが、まずは今年からの転入生を紹介する。入れ」


その静寂の隙に言いたいことを言った、少し強面の中年男性教師。堂々登場し教壇に立ったは中肉中背の、端麗な顔立ちの一人の青年だった。


「一ノ宮 幸太郎です、よろしく」


「席は空いてるあそこだ」


幸太郎はツカツカと歩いて着席する。そしてホームルームが始まり、諸連絡、そして教材配布の時間となった。


「じゃあ男数人、荷物取りに来てくれ」


そう言って教師が出ていった途端、視線が転入生の幸太郎ではなく大貴へと向けられる。


「もしかして国木田?」


「ああ」


「うおおおおおおお!!!」


教室の中の数人の男子生徒が雄叫びを上げながら立ち上がって大貴の方へと駆け寄る。抱きつかれたりするのを少し照れながら受け入れる大貴。


幸太郎はその光景に呆気に取られた。それは幸太郎だけでなく、クラスの半数程は訳が分からないと言った様子だ。


「国木田くん、帰ってきたんだー」


「国木田?あの人?」


「そそ、かなっちは高校からだもんね、知らなくて当然」


「有名人?」


「学校の中ではね」


隣の席の女子の会話を盗み聞く幸太郎。


(ふんふん、あの野郎、この俺を食うほどの男か…お、かわいこちゃん発見)


自席から大貴の周りをぼんやりと眺める夕姫。その前に幸太郎は歩み寄り、ポンと机の上に手を乗せる。


「ヘイ可愛いお嬢さん、放課後駅前のカフェて俺とお話しない?」


「え…」


「おい転校生、女子を口説いてないで運びに来い。あとお前らー!国木田に構ってないでこっちこーい!なんなら国木田、お前が来い」


その呼び掛けで大貴が席を立ち教室を出ると周りの男子生徒も着いていく。


教師がまた廊下に出て歩いていくのを何となく目で追っていた幸太郎は、ふと振り返って夕姫の方を見る。見ると夕姫は両手でドアの方を指していた。


「人手は足りてるだろ」


「お断りのサインだよ」


「ああ、フラれたのか」


幸太郎は大貴の集団を追いかけた。






「まさか国木田が戻ってくるなんてな!もしかして白雪さんも?」


「いや、茜は…」


察した生徒が直ぐに申し訳なさそうな顔をして謝ろうとする。それを静止する大貴。


「いやいいんだ、ありがとうな」


喋っている大貴たちから少し離れて、また別の話題を広げている生徒の声に聞き耳を立てる幸太郎。


「聞いたか?郷田の話…」


「ああ…酷い話だよな」


「魔法科って、大なり小なりああだよな。紺崎さんもあんな勝負受けなければいいのに」


「あんな勝負?って、なんだ?」


気になった幸太郎が話に割り込む。


「うわっ!…なんだ、転校生か。勝負ってのはな、今日の決闘のことだよ…ダンジョン部の鳥谷ってやつと魔法科の難波派の郷田ってやつが決闘するんだこの後…」


「決闘…?」


話をしている三人の後ろから影。幸太郎は振り返ると大貴と目が合った。


「あ、転校生。確か…」


「一ノ宮だ。よろしくな国木田」


「ああよろしく…ごめんな話に割り込んで、現代文の教科書三人でお願い出来ないか?」


「当然、そのために来たからな。なんなら国木田、お前持ちすぎだ」


背の高い大貴の、さらに頭上でバランスを保っている教科書。魔法で制御しているようには見えなかった。


幸太郎がふっと手をひらり、するといきなり風が吹いて教科書のタワーはバランスを崩し、空中へ放り出される。


しかし幸太郎はさらに手を翻す。すると風が空中の教科書を整理し、幸太郎の手元へ落ちてくる。


「おお、お見事」


「やるな転校生、ならあれ全部頼めるか?」


それを見ていた担任は幸太郎に向かって残りの全てを同時に持ってくるように言う。それは流石に…と言おうとするが、「魔法の制御の練習の一環だと思って」と言われ、粋がった手前、気分がいいのも相まって、断れなかった。


「結局こうだ、出る杭が打たれないのはいいが、かといってあっさりだなぁ」


幸太郎は持っている教科書から手を離す。しかし教科書はふわりふわりと浮いており、目を細めて残りの教科書の群れに手をかざすと、同様に浮遊を始めた。






大貴は放課後の遊びの誘いを断り、職員室に寄ってから校長室へと向かっていた。


校長室の前に立ち、少し制服を整える。コンコンコンとノックして中に入ると、社長椅子に寛ぐ、よく言えば豊満な、悪く言えばデブのおばあさんが座っていた。


「あら大貴くん、もう上がり?クラスには馴染めそう?」


「幸いにも級友は好意的に接してくれています」


「それは良いですね。それはそうと、転生者、居ましたか?」


「…お言葉ですが、自分はエスパーではありませんので…」


「エスパー、そうね、シータシステムを何の説明もなく、初見で使いこなした貴方がエスパーでなくて?」


「幸運と偶然の結果だと、かねてより申しているのですが…」


「うん…ならば仕方ないですね、このまま調査をお願いします」


「はっ」


敬礼をして回れ右、そのまま部屋を出ようとする大貴に淑女は発言した。


「いいですか…学生の本分は、勉学、ですよ」


「…?肝に銘じておきます」


大貴は再び回れ右、そして校長に一礼してから部屋を出た。


「…子供が…」


淑女は机に両肘をついて、少し考え事をするようだ。


静けさの中に再び身を置いてみると、やけに外が盛り上がっていることに彼女は気づいた。ブラインドの隙間を指で広げ、様子を見てみる。


「すごい盛り上がりだな…」


幸太郎は大勢の観客の中を歩く。吹き抜けのドーム型の会場は、学校が保有するにはいささか大きすぎるほどだ。


(噂には聞くが、そんなに熱狂的なのか)


その中に空席を一つ見つけた幸太郎はそこに腰をかける。落ち着いて周りを見ると、学校の部外者も多くいた。


(学生はタダなんだよな?)


観客が一気に盛り上がる。選手が登場したのだ。郷田と呼ばれていた男は、茶髪で髪の毛を遊ばせていて、所々のピアスが太陽光を反射させていた。


反対方向から現れたのは、夕姫と、夕姫に支えられてやっと歩いている一人の青年だった。会場はどよめく。


(かわいこちゃん!?)


「やっぱり無理だよ…佐藤くんに任せよ…?」


「いや…俺がっ」


剣を持ち上げるが、痛みで直ぐに下ろしてしまう。そんな直也を見かねてか、夕姫は剣を直也から取り上げてしまった。


「っ…!!おいっ、やめろっ!」


「私がっ…!」


「いいんだぜぇ!誰が来ようと…誰がくたばるかって違いだけだからなぁ!!」


「私が…!!」


「夕姫っ…!やめろっ…!」


(見てられねぇ…!)


会場の盛り上がりが最高潮に達した時、一人の青年が息を切らせながら入口から客席の通路を走る。そして更に、二階の客席から飛び降りた。


どよめく会場。それとは別に、校長室よりも広く内装も豪勢な部屋に制服姿の男女数人がいた。


「ん…?もしやあれは…?」


「あ!!!嘘だろ!!!」


「…最悪だ」


「っしゃー!!!」


一人の青年が頭を抱えて、「そんなこと有り得んだろ」と言いながら、三万円を同じソファーの隣に座る幼げな少年に手渡す。


「ギャンブルってのはこうでなくちゃね!!」


興奮した少年は、渡された金よりも、4Kのモニターに写った金髪に興味があるようだった。


「ん…?誰だお前」


「誰だろうと関係ないんじゃないのか?」


「俺は同好会の連中とやり合うって、そういう話なんだがなぁ〜」


「なら」


金髪がキラキラと輝く。肩で息をする大貴は一枚の紙を投げた。それは風に乗って郷田の方へ届く。それをキャッチした郷田の顔つきがふっと変わる。


「提出済みだ」


入部届けの控え書を見て、郷田は肩を震わせてクックックッと笑う。


郷田はそれを縦に破る。


「いいだろう!!!そこまで痛めつけられたいってなら、いいぜ!!!」


「夕姫、それを」


大貴は夕姫と目が合う。夕姫は一瞬、剣を自分の方に寄せるが、結局剣を持った腕を伸ばす。大貴は夕姫から剣とカートリッジを受け取った。


視線をぶつけ合う二人。夕姫と直也は退場し、ダンジョン部の部員らしい男女二人と共に客席に座った。


郷田は両手に銀のグローブのようなものを付け、ポケットから黒い何かが入ったカートリッジを上に投げ、目の前に落ちてきた所を両拳で勢いよく挟んだ。


「換装」


そのままカートリッジを潰すと、カートリッジから液体金属が飛び散り、郷田の全身に纏わりつく。


「大貴…」


夕姫が不安げに呟く。大貴は青いカートリッジを入れてから剣を横にして胸の高さまで上げ、指でスライダーを引き、引き金を引いた。


液体金属を胸に受ける大貴。そのまま全身を覆うと、鎧となって固まった。


銀の装甲の郷田、対して青と白の装甲の大貴。


「クククッ…無謀、所詮それは第二世代の時代遅れの装備、第三世代のナックルクラッシャーはお前の225%のカタログスペックをーーー」


「いいから、やろうぜ」


「…クックックッ…負ければダンジョン部は廃部、分かっているな?」


(え、そうなのか)


両者は歩いて、更に内部に踏み入る。すると一定の線を超えた辺りで透明なバリアがフィールドとして二人を囲った。


その瞬間、郷田は地面を一蹴りして大貴の方へ飛んでくる。そのまま空中で横蹴りを繰り出す郷田を大貴はオーバーヘッドキックで蹴り飛ばした。


吹き飛んだ郷田がフィールドのバリアにぶつかり、跳ね返る。会場はそれに沸いた。


「すっ、すごい!あれ誰なんです!?」


夕姫の隣に座る青年が興奮しながら直也たちに聞く。


「幼馴染だよ、俺たちの」


「!!?小癪なッ」


郷田は着地してから地面を手の平で叩き、大貴に向かって突進した。大貴はスライダーを引いて剣を振りながら引き金を引き、斬撃を飛ばした。


その斬撃は郷田の足元に着弾する。床が破壊され、砂埃が舞う。郷田は構わず突進するが、砂埃を抜けても大貴の姿はない。かかとでブレーキを掛けて停止し、周りを見渡す。


その瞬間、背面からの攻撃。郷田は突然の衝撃に驚く。


砂埃で前が見えなくなっている隙に、ジャンプして郷田の頭上に跳んでいたのだ。装甲と剣戟の摩擦による火花が大貴に降りかかる。


「キッサマァ!!」


郷田は振り返り、右ストレートを放つ。それを剣で逸らしながら腕を斬り、その勢いで足も斬った。続けざまに脇から胸に掛けて横一直線に一振り。郷田は数歩よろけて後ろに下がる。


「ッ、うぉぉぉーーーッ!!!」


しかし思い直して攻めに転じようとしたその瞬間、大貴に胸を突かれ、今度は数メートル吹き飛んでから地面を転がる。


「おかしいッ、俺の方がスペックは上なのにッ」


郷田は起き上がって地面に膝を着いたまま腕を振ると空中に土が集まり岩となる。それが大貴の方へと飛ぶ。


大貴は剣のスライダーを引きながらそれをかわす。更に斬撃を飛ばし、それは郷田に直撃する。堪らず郷田は後ろへ倒れた。


大貴は剣を上空に投げ、郷田の方へと走る。


「てめッ」


郷田は尻餅を着きながら何とか立ち上がり、カートリッジを取り出して手の甲に入れた。するとナックルが発光し、エネルギーが溜まっているのがわかる。


「死ねッ」


郷田は向かってきた大貴に右ストレートを放った。大貴は郷田の前で軽く跳ぶと、その繰り出された腕と首に足を掛けながら回転し、脚で郷田を前方に投げ飛ばす。


その代わりに大貴は後方へ飛んでいくが、ちょうど投げた剣が落ちてきて地面に刺さり、それをジャンプ台のように蹴って、前方へ跳ぶ。


郷田がフィールドのバリアにぶつかった瞬間にちょうど大貴が飛んできて、蹴りをお見舞いする。バリアにはひび割れが入り、大貴は宙返りしながら着地した。


バリアに埋もれていた郷田は体をピクピクと動かし、抜け出す。


「ふーッ、ふーッ、許さんッ」


そして地面に倒れて立ち上がり、数歩歩いた所で全身の装甲が液化し、地面に滴り落ちた。それにより、会場のモニターに『WINNER ダンジョン部』と表示される。


「なにッ、おッ、おれはッ、まだ戦えるッ!」


「諦めろ、これに懲りたらもう変な粘着はーーー」


「うるせぇーーーーーーーーーッ!!!!!!」


郷田は雄叫ぶと、全身を黒いオーラに包む。大貴は驚き焦る。郷田はコウモリのような人型の異形へと姿を変えた。


「ふんッ」


手を一振りすると、三メートル大の岩が数個空中に生成され、郷田はそれを乱射した。そのうちの一発が観客席の天井に当たり、瓦礫が落ちるその下には夕姫と直也。


「きゃーッ!!!」


「夕姫ッ」


「危ないッ!!」


客席から悲鳴が上がる。大貴はその中で直也にしがみつく夕姫の元へ飛び込み、上から覆いかぶさって瓦礫から守ろうとする。


「大貴っ」


夕姫が叫ぶ。しかし、瓦礫が大貴の背中を打つことは無かった。


「はッ!」


大貴たちからは少し離れた所で、瓦礫を風で飛ばし、異形となった郷田に向かってそれらを飛ばす幸太郎。郷田はそれらを片手で弾いた。


「一ノ宮!」


「大丈夫か」


幸太郎はさらに郷田に向かって手をかざす。すると郷田は見えない何かに束縛されるように両腕を体に付けた。


観客席に居た魔法科の生徒や教師、他の民間人たちが郷田に向かって魔法の一斉射撃をする。


郷田は大きな犬歯をむき出しにしてニヤリと笑うと、自身の周囲を土の壁で覆う。無数の魔法が着弾し、土埃が舞う。そしてその煙の中から無数の土の弾丸が客席に飛ばされる。魔法使い達は魔法の障壁を張るが、それを貫通し、数人が被弾する。


それを皮切りに客席のムードは撤退の方へ傾く。パニックになりながらドームから出ていく人々。土埃は落ち、その中から現れた郷田は見えない何かに対して腕力だけで対抗し始める。それと対応するように幸太郎の手がピクピクと動き始める。


「なにッ、バカなッ」


幸太郎は両手を出して全身に力を入れる。郷田は再び見えない何かに拘束されるが、またもや抵抗し始めた。ぷるぷると震える幸太郎の手、額には汗。


「ウガァアアアアアアアアッ!!!!!!」


再び雄叫びをあげ、今度は郷田は一気に拘束を腕で左右に引きちぎった。


「キィィイーーーーーーッ!!!!!!」


「うわっ!」


「耳がっ」


郷田は超音波を発した。四人は怯んで耳を抑え、その隙に郷田は彼らに飛び込んでくる。


「フシャーーーッ!!!」


大貴は飛び込んできた郷田を掴み、その勢いで横に転がる。


「逃げろ!」


「俺も戦う!」


「無理だ!逃げろ!」


大貴は郷田を引っ張って、夕姫たちから離れる。幸太郎は夕姫たちの元へ駆け寄った。


「お嬢さんたちと男共!逃げるぞ!」


「ああっ、悪いっ」


「大貴っ、大貴はっ」


「彼は後から来る!」


幸太郎は四人を連れて会場を後にした。ドームの真ん中に飛び込む二人。会場にはもう既に人っ子一人いない。


地面に放り投げられた二人は少し離れた位置で同時に起き上がる。郷田が手をかざすと地面から土の棘が勢いよく生えてくる。


大貴がそれをジャンプして避けた先に数発の土の弾丸を撃ち込む郷田。それを大貴は剣で弾くが、空中から現れた土の棘に背中を刺され、地面に叩きつけられる。


「グハッ!」


「いい気味だ!死ね!」


装甲が溶けた生身の大貴を棘で刺そうとする郷田。その瞬間、大貴の顔にリヒテンベルクの電紋が走る。


大貴は指でその棘の先端を挟み、止める。そして遥か上空から高速で飛んできた何かが周りの棘を壊してまわる。


その飛来物たちは大貴の方へ飛んでくると、大貴の体に引っ付いていき、全身を覆う鎧へと変化した。


「何ッ!?」


装甲の下には硬化した黒い液体金属、正確にはFNM(流体微小機械装置)が全身を隈なく覆っており、人工筋肉と人工皮膚、そして人工神経の役割を担っている。


濃い緑の装甲に外付けされているパイプと金属のフルフェイスヘルメットに付いているカメラがマゼンタに光っている。魚の鱗のように小さなパーツが無数に連なって出来ている装甲は時々呼吸をするエラのようにパタリパタリと広がっては閉じている。


郷田は大貴に手をかざす。無数の棘が大貴を襲うが、いずれも大貴の体に当たると逆に硬度が負けてしまい、先端が割れてしまう。


「ッ、シャーーーッ!」


郷田は大貴に飛びかかる。飛んできた郷田の顎を右ストレートで打ち抜くと、郷田は後頭部から地面に倒れ落ちた。


大貴の踏みつけを転がって躱し、立ち上がる郷田。直ぐに土の弾丸を大貴に向かって撃つが、大貴の装甲がそれを弾く。


「いっ、嫌だッ!!!」


郷田は大貴に背中を向け走り、羽をはばたかせて飛び立つ。


「逃がさん!」


大貴はヘルメットの左耳についているボタンを押すと、全身に巡るパイプからマゼンタが消える。そして右腰にある金属のポーチをこれまた腰のボタンワンプッシュで開きながら左耳からモバイルバッテリー大の何らかのデバイスを取り出す。


ポーチの中にはシアン、イエロー、そして黒のFNMが入ったマジックのキャップ大のカートリッジがある。耳のデバイスからマゼンタのカートリッジを取り出してシアンのものに取り替え、ポーチに赤いカートリッジを仕舞いながら左耳にデバイスを取り付け、耳のボタンを押す。


するとパイプがシアンに光り、更に全身の装甲が一部取れ、空中で合体してドローンに変化する。それは空を飛んでいる郷田の元へと飛び、レーザーを数発、彼の羽へと撃ち込んだ。


「うっ、うわぁっ!!!」


羽に穴が空いた郷田は、そのままバランスを崩して急降下する。そしてコンクリートの道路に激突した。


「はぁっ、はぁっ、」


郷田が地面に伏せたまま、ゆっくりと手を伸ばすと、手に激痛が走る。叫びながら手の先を見ると、自身の手が大貴によって踏みつけられており、指の骨が折れていくのを感じる。


「やだぁーーーっ!!!」


郷田の目からは涙、豚鼻から鼻水が出る。大貴は先程と同じ手順で色がマゼンタに変わるとドローンがやって来て再び空中分解し、それぞれ装甲として元に戻る。


足を手から離すと、左手で首根っこを掴んで持ち上げ、右手で郷田の顎と喉仏と顔を殴ってからみぞおちに膝蹴りをする。そして右肘で肩に肘打ち下ろしを食らわせながら左手を離す。郷田は再び地に伏せた。そこを蹴り飛ばす大貴。


郷田は力なく地面を転がり、その先で細い音を出しながら息をする。大貴はポーチから黒のカートリッジを取り出し、空中に投げる。落下位置には大貴のふくらはぎが来るように脚を上げて調整すると、装甲がカートリッジの落ちてきた部分だけ隙間が空き、中に入る。


大貴は地面を高く飛んで頂点で一回転する。そして全身の装甲が逆立ち、隙間から小型のロケットブースターが出て、大貴を加速させる。


右足を突き出し、左足をそれに添える。その形で立ち上がろうとしている郷田を潰し、更にその足でジャンプして空中で一回転してから着地すると、大貴の装甲は元に戻っていた。


「う…あぅ…やだっ…死にたく…あっ」


郷田の背中には、大貴に踏みつけられた場所に、足跡のように、『θ』の紋章が浮かんでいた。


郷田の全身から力が抜け、涙だけが力なく零れる。静寂の中、グツグツという音がその場に響いた。


郷田の体は沸騰し、固体だった体は表面からどんどん溶け崩れる。郷田だったものが液体と化した後も沸騰は続き、やがて彼の全ては気体と化した。


それをじっと見つめる大貴。いつのまにか周囲にサイレンが鳴り響いている。


そこに立ち尽くす大貴を近くの建物の屋上から見つめる人影が二つ。大貴は視線を感じて辺りを見渡す。その影はそれを察知し、その場を後にした。


「大貴、貴方が私にしたように…貴方の大切なもの、全部壊す」


長い杖をつく、全身黒ずくめで大きな帽子を被った男。その横に色気のある少女が一人。少女が歩くのに男は後ろから着いていった。











第二話


肉の焼ける匂いと体を蒸すような暑さ。チラホラと色んな方向から悲鳴が聞こえ、口の中を切ったのか鉄の味がする。前を向けば、一面に様々な種族の死体と壊れた武具、機械、そして街を覆う火の海が広がっていた。


大貴は目を覚ました。夢だったことに安心するのも束の間、言いもしれぬ恐怖感が大貴の心を襲った。


暗闇に恐怖して、大貴は部屋の電気を付けた。それでも尚拭えぬ恐怖感と不安感、そして原因不明の焦燥感を感じ、全身がふわふわと浮いているような感覚に襲われる。


大貴は大慌てで階段を駆け下りて昨日の分の薬を探す。薬を見つけ口に含み、水道水で飲み干した。


怖くて自室には戻れない。代わりにリビングの真ん中をグルグル、グルグル、グルグル、その歩みが一瞬加速するとふっと気持ちが楽になるが、直後に恐ろしくなり、グルグル、グルグルと回った。


騒ぎ疲れて眠気が来たように感じた大貴は、やはり自室は怖く、そのままリビングのソファに寝転がった。


ソファの背と座布団の隙間に入るようにして寝ようとするが、背中に気配を感じて飛び振り返る。何もいないが、今度は昔の嫌な思い出が溢れてくる。


大貴はソファから立ち上がった。かといって悪夢特有の嫌な浮遊感と焦燥感が消えることはない。次第に大貴は怒った自分の父親のような雰囲気を感じる閻魔大王に地獄へ落とされるような感覚に襲われはじめた。


5億7989万年か、あるいは十億500万年死ななければならないような気がしてくる。そしてその刑が執行されるまでのテンカウントが始まった。


「待って、どうしよう、ちょっと待って」


大貴はその迫り来る罪に対して何もすることが出来ない。ただ辺りをグルグルと回るだけだ。


2,1,0 とカウントダウンが終了する。しかし大貴の身には何も起こらず、大貴は突発的な安心と当惑によって半笑いで「なんで?なんで」と独りごちった。


閻魔大王が刑が執行されないことに怒ったようだ。大貴は少しの萎縮と段々広がる安心感に笑みを浮かべていく。


そしてふと時計を見ると、デジタル時計の緑の光が4:59を表していた。それを見て大貴は笑う。


「そうか、そっか、ただの四時五十九分じゃないか!あははははははは!」


日が昇ったのか、窓から新鮮な日光が漏れたようだった。大貴の心はすっかり新しい日を早くから過ごせる満足感と幸福感に満ちていた。











「「「「「かんぱーい!!!」」」」」


金曜の午後四時、ファミリーレストランにて。総勢五名の『ダンジョン部』が大貴の歓迎会を始めた。


席に着くのには少し難儀したが、結局部長である夕姫が一番上座、直也を挟んで大貴、その向こうに少年、横に少女という配置だ。


「じゃあ…自己紹介?いる?」


夕姫が言う。大貴は一瞬ギクリとするがすぐに持ち直した。


「ああ、初対面だから…。はじめまして、俺は国木田大貴って言います」


「あっ、佐藤優太です、よろしくお願いします」


「神宮咲笑と言います」


大貴は顔を直也に近づけ、耳打ちする。


「こいつら、お前らと一緒?」


直也は声を大にして言った。


「付き合ってないよ、まだ」


彼らは自身についての言及だと分かると、咲笑は顔を赤らめて「やだなぁ、もぅ」と満更でもなさそうな反応をする。


「いや、自分らそういうんじゃないんですよ」


パンと優太は言ってのけてしまった。その言葉に咲笑はすっかりしょげてしまい、ストローでジュースを全て吸い上げた。


「ま、まあ!色々あるさ!そうさ!」


大貴は慌てて場を取り持とうとする。ふとレストランの入口から二人の制服の男女が入ってくるのが見えた。


「転校生…?」


入ってきたのは幸太郎と金髪の女の子だった。ブレザーを腰に巻き、整った目鼻立ちに長いまつ毛、短いスカートには色気がある。隣の幸太郎より背も高く、少し背の高い直也と同じかそれ以上ありそうだ。


気品のあるギャルとは何事かと大貴は呆気にとられた。


「あ!ヒーロー!」


「誰が!デート?」


「そんなところだ、なぁ?」


幸太郎かギャルの方を向く。ところが彼女は自身の携帯を弄っている。


「あ、ごめーん。今日パパ早く帰ってくるってさ。じゃーね、また埋め合わせは連絡するー」


「あ!ちょっと…」


幸太郎はギャルの背に手を伸ばしかけるが、それはやめた。代わりにドサドサと大貴の目の前の席に座る。


「あーあ、今日はギャルの気分だったのに」


幸太郎はボタンを押す。


「ご注文は?」


店員がやってきた。幸太郎はメニュー表を広げる。


「こっからここまでの肉を一品ずつ、あとドリンクバーをお願いします。それから伝票は彼らとは別で」


「承りました、ドリンクバーはセルフであちらになっております」


(ああやって注文する奴初めて見た、あと店員は驚かんのか)


大貴が当惑している間に幸太郎は飲み物を取ってきた。エスプレッソだ。


「肉にコーヒー?」


「あん、悪いか?」


「悪かないけど味覚大丈夫か?」


「俺は正常だよ」


幸太郎がカップに口を付ける。私もおかわりと咲笑が席を立つ。夕姫と直也と大貴におかわり要らないかと聞き、夕姫がオレンジジュースと答えた。


「あの子が神宮さん、こっちが佐藤くん」


「ふーん…」


咲笑がコップを両手に席に戻ってくる。


「お待たせしましたーはい、夕姫ちゃん」


「ありがと」


夕姫と咲笑は同時にオレンジジュースを飲み始め、一気飲みして、同時にテーブルにコップを置いた。


「料理が到着だよぉ〜、手伝ってぇ〜」


「お、来たか」


配膳ロボがやって来て、そこから熱々のハンバーグとステーキを取り出す。「配膳じゃんけ〜ん」の呼び声。優太がパーを出し、機械がモニターにグーを表した。


「おめでと〜」


配膳ロボから一つガチャガチャのカプセルが出てくる。それを取り出して優太は咲笑に渡した。


「ほら、ごめん」


「あ、うん」


顔を赤らめる咲笑。大貴は直也と目を合わせて呟く。


「チョロいな」


「聞こえてますよ先輩」


「ん?あの子、いいな」


一万円の伝票の下に挟み、またもや料理を運んできたロボをかわす幸太郎。


「足らずは明日」


「ええ!頼むだけ頼んで…」


「ちょーっと見逃せない美人が」


「ん…」大貴が伝票を確認して、「そうだ。頼んだ料理俺の分としようか?」一万円を返す。


「いやいや、悪いよ、第一お前の歓迎会だろ?」


その手を押し返す幸太郎。


「じゃありがたく。来た料理食ってもいいよな?」


「ああ、じゃあまた」


幸太郎が店を出ていくと、今度は黒髪ロングの小柄な眼鏡の少女に話しかけているのが窓から見えた。




「いっぱい食べたー」


夕姫が背伸びをしながらそう言う。五人はファミレスを出た。外はもう暗い。満月と街頭が道を照らした。


「じゃあ自分ら、駅向かうんで」


「おう、気をつけてな」


優太と直也が言葉を交わし、五人が三人と二人に分かれる。直也たちは優太と咲笑を見送ると、帰路に着いた。


「なんか久しぶりな感じするな」


「ああ」


直也に同意する大貴。


「近道するか?」


「いや止めとこう、最近ここら辺治安悪いらしいし」


しばらく歩く三人。なんとなく会話が途切れ、少し気まずさを感じながら道を歩く。三人はある大学病院の近くを通り、大貴はふとそれを見上げた。


「あー、俺、ちょっと寄り道」


「うん?着いていこうか?」


「いやいいわ、じゃあな、直也、夕姫…」


「おう。じゃあな」


「ばいばい」


大貴は軽く二人に手を振ると、その病院の中へと入っていく。夕姫はそれを傍目に直也の腕に絡みつき、二人は家へ帰った。











私は望まれた子供ではなかった。


最後の記憶にある父はいつも母に対して怒り狂っている。なぜなら私の母は不倫をしていたからだ。


そして私は、父の子ではなかった。


親権は母に渡った。というより、母に押し付けられた。そして母は再婚した。私の血縁上の、生物学的な父と。


なぜ奴なんかと再婚したのか分からない。奴は働かないから、母は職と昼夜を問わず働いた。


一度、夜中に目が覚めた事があった。獣のような声。どうやら奴の部屋から聞こえてくるようで、私は恐る恐る扉を開いた。


私は咄嗟にドアを閉めた。


私の年齢が二桁になった頃のある日、母は突然姿を消した。そこから長い長い地獄が始まる。


奴にとって、私は十分に女であった。無駄に大きい体が私を…のは母が逃げて僅か数日後であった。


抵抗したら殴られた。何もしなくとも殴られた。次第に痛みにも慣れ、私は男の…を知った。


奴は私に、学校だけは行かせた。なぜなら私の一食分がそこで浮くからだ。それに希望を見出した私は制服なども殴られながらなんとか資金を調達して中学校へ進学。


当然私の生活は基本的に変わらない。朝起き、昼は学校、夜は…。


部屋に乾いた声が響く。私はきっと、死んだ目をしている。警察にかけこんだ時も直ぐに帰された。凄く殴られた。殺されると思った。誰も私に構うなんて想像も出来なかった。


でも、一人だけ、物好きが居た。


眼鏡を掛けた、私よりも背の小さい男の子。いつか隣の席になったのをきっかけに頻繁に話しかけてきた。


「あんた、私のこと好きなの?」


いつか私はそんなことを言ってみた。彼は顔を赤らめて俯きながら、小さな声でうんと言った。初めて恋をした瞬間だった。


ある日突然、私は強烈な吐き気に襲われた。それが何か分かった。


「あの、わ、私…」


「ああ?」


「そ、その、できちゃった、みたい、で」


「ああん、それで?」


上半身裸で煙草を吸いながら、窓の外に煙を吐き捨てる奴。全身はだらしなく太り、あらゆる所に小汚く毛が生えている。


「だっ、だからっ、ちゅ、中絶」


「ああ!?てめえ、俺から金盗もうって魂胆だな!!」


私は床に叩きつけられ、何度も何度も腹を蹴られた。


「なんでてめえが勝手に孕んだのに金出さなきゃいけねーんだよッ!大体ほんとに俺の子か!このクソビッチ!」


痛い、痛い、憎い、酷い、感情が浮かんでは直ぐに消える。


「オラ!堕ろしてーならこれで十分ッ!だッ!」


強く、何度も、何度も、蹴る。


「てめーよ!女はよぉ!孕むことが至上の喜びだってのによッ!」


あんなに穢らわしい腹の異物を、私は本能で両手を抱えて守ってしまっている。あんなにおろしたかったあれを、守ってしまっている。それが奴の言葉を肯定するようで酷く自己嫌悪した。


暴力がひとしきり通り過ぎ、止んだところで私は家を飛び出た。記憶を頼りに街を彷徨う。


幼い頃の、唯一の幸せな記憶。家のインターホンを鳴らすと、中から一人、父が出てきた。


「だ、大丈夫!?」


父はみずぼらしい私の姿を心配してくれた。そして私は思わず、言葉を漏らしてしまった。


「おとう…さん…」


その瞬間、父の表情から心配が消えた。そして無表情のままドアを閉める。


「え…」


私は家の門にしがみついた。泣きながら懇願した。助けてくれと。


インターホンから聞こえてきたのは一言。「お前は俺の娘ではない」


そのまま私は夜の街へ出た。そこで私の九十分の価値が一万五千円であることを知った。


不幸は続いた。その翌日、町外れの廃墟、私は不良に穢されていた。彼の真横で。


「へへっ、こいつちっちぇーな色々」


「オラッ!」


私からは見えないが、不良が彼を蹴りあげる音と彼の悲鳴。笑い転げる不良たち。


「だははははっ!!!てっ、てめーっ、出してんじゃねーよ!はっはっはっ!」


「お前どんだけドマゾなんだよ、ほらほらよく見てねー」


「おい見とけ!こっちも出るッ!」


彼は恐らく髪の毛を引っ張られて無理やり顔を上げさせられたのだろう。まただ、彼の、胸を割くような悲鳴。


夕暮れにもなれば、奴らは私たちに飽きてどこかへ行った。私はその場にへたりこんでいる彼の頬を撫でようとした。


その瞬間、彼はビクッと肩を震わせて私の手を払い除けた。


「あっ、あっ、ああっ!!!」


彼は走ってどこかに行ってしまった。気づけば私は中学校の立ち入り禁止の屋上に一人立っていた。


肉体的にも、精神的にも、限界だった。身を投げるのに躊躇はなかった。


体が潰れた。ああ、これは走馬灯だ。


最後まで嫌なものを見てしまった。











大貴たちが通う第十三国立学園には普通科と『魔法科』が存在する。魔法科とは、その名の通り約二十年前突如として現れた新たな力学『魔法』を利用研究するための人材を育成するためのコースである。


大貴たちの通う普通科にも、副教科として『魔法』という科目は存在する。しかしそれは形だけで、教師はやる気なし、生徒も塾の課題や他の科目の勉強など、いわゆる内職の時間と化していた。


大半の生徒がそうしている中、大貴は興味深そうな顔で授業を受ける。夕姫は机に伏してぼんやりと大貴の方を見ていた。


大貴は教師の話を聞きながら教科書をペラペラとめくり、生徒全員に配布されているタブレットで調べ物をしている。


幸太郎は幸太郎で机に伏しながら、教科書をペラペラめくっていく。そして裏表紙の裏に魔法の種類について印刻されているのを指でなぞり始めた。


火、水、風、土、光、重力、治癒、etc、魔法とは万能に見える。


「ーーーえー、一説には『ダンジョンショック』の影響により他宇宙と接触、それによる新たな素粒子『魔素』の流入がこの世界のダークエネルギーを使って『力』の分岐を引き起こしたと考えられておりーーー」


1999年の7月、世界の各地に『ダンジョン』と人類が後に呼ぶようになる構造物が突如大量の未確認生命体と共に出現した。


人々はその未確認生命体に『モンスター』という名を与え、対抗する手段を探した。新たなる力学『魔法』の恩恵を受けつつ、科学技術と組み合わせたりしてなんとか天敵を迎え撃つ人類。


しかしこれまで最も多くの人類を殺害してきたのは紛れもなく人類であり、情勢の不安定化、新たな力を手に入れた者たちの傲慢、ソ連崩壊からの再起を目論むコミンテルンや反社会的勢力による破壊は無秩序をもたらした。


そんな中日本は疲弊しながらもなんとか国政を維持する。しかしその副産物として、日本の市場を独占する企業、財閥が歴史を繰り返して台頭した。


最も富と力を持つ、成り上がりの財閥、『難波財団』。あと二つ。そして政府の四ツ巴が日本国内で出来上がっていた。


他国からの侵攻や内乱の鎮圧に力を消耗した日本政府は、もはやその四つの中でも不利な立ち位置に立たされている。


「ーーー魔法は生物の脳、恐らく海馬から発せられる微弱な魔法波が空気中や体内の魔素に干渉し、エネルギー準位の変化や物質の形状的変化を引き起こしているとされている。しかし、先程述べた魔法の起源と共にこの仕組みや詳しい魔素の構造は詳しく知られておらずーーー」


幸太郎は当然だと思った。人類という種が生じてから常に存在する素粒子の構造すら分からないのに、どうして二十年そこらの生まれたての力の詳細が分かろうか、この摩訶不思議な力に魔法という名が付くにはそれ相応の理由があると。


大貴は調べ物が終わったのか、タブレットを閉じて教科書と教師の話に集中する。夕姫はまだ大貴の横顔を遠くから眺めていた。











冷水を全身に掛けられた。


飛び起きると、中学校の夜警が鼻を摘んでライトを私の方に向けている。


「あんたここ、中学校の敷地だから」


私は状況を掴めないままに門の外へ締め出された。すっかり夜で、さっきまでの出来事が嘘のように感じる。実際嘘なのだろう、私は家に帰った。


「よう、遅かったな。早く飯」


何食わぬ顔でテレビを見ながら寝転んでいる奴。その薄い頭を見ると、憎くて憎くてしょうがない。憎すぎて、お腹が減ってきた。


「ん?なにやってる、早くーーー」


奴が振り向くと、目を見開いて腰を抜かした。みっともなく声もあげられずに後ずさっていく。


全身が酷く痛むが、痛みには慣れている。自身の影がみるみる内に形を変えていった。


メタボの体。贅肉。肉。肉。肉。肉。


(頂きます)


いつもの様に私と奴の影が重なる。いつもと違うのは、声をあげているのが奴ということだ。


『こら、好き嫌いはめっ!ですよ』


『ははは、嫌いなのも一口食べてみなさい』


美味い、美味い、美味い、美味い、なぜ思いつかなかったのだろう、なぜ食わず嫌いしていたのだろう、好き嫌いはダメだな、全く


(ご馳走様でした)


すっかり日も上がって、時計はなんと十時を指していた。でも全くお腹はいっぱいではない。


(そうだ!)


私は中学校へ向かった。何故か道行く人は私を見て驚き走り去る。でもいつもの同情と軽蔑の入り乱った視線より、ずっとマシだ。


中学校の門は意外にも紙で出来ていた。破って中に入ろうとすると、昨日の夜警だろうか、昼間は門番らしい。が、慌ててどこかへ行こうとしていた。


(昨日のお返し!)


私は唾を吐きかけた。思ったより量が出たが、警備員の体に当たると、どんどん体が溶けていっていた。


中学校の玄関を抜けると直ぐに大きな鏡がある。私はそれに映る新しい自分の姿を一瞥してみた。


サイのような顔、鼻の部分には大きい角と小さいの。それ以外、体格がごつくなって体表が銀色になっていること以外は、以前と変わらなかった。


私はいつものように教室へ向かった。授業をしていたので、少し入るのが気まずい。


私が入ると、みんな面白いぐらいに叫びながらどこかへ走っていってしまった。それは別に良かった。なぜなら、彼だけは教室に残って、隅っこで私の方を見ながら震えていたから。


私はゆっくりと歩み寄る。彼は腰を抜かして動けないようで、そんな所も可愛い。


「すきだよ」


思ったより低い声が出た。私が彼をやさしく抱きしめると、彼の体から何かが折れる音がした。


私は驚いて、思わず彼の体を手放した。力なく床に倒れる彼。背骨が折れたみたいだ。


しばらく私は心配して、彼のことをずっと見ていた。五分もすると彼の呼吸が止まっていることにバカな私でも気づいた。


彼は死んでしまった。仕方ないし、勿体ない。


「いただきます」


美味しい











「ん?」


教師が手元のタブレットを二度見する。すると生徒たちに向かって「ちょっとタイム」と言って廊下に飛び出した。


騒然とする教室。大貴のスマホが三度だけ振動する。


(またか!)


大貴はカバンの中でトランシーバーらしきものを取り出し、ブレザーの内ポケットに入れると、近くの友人にトイレへ行く旨を伝えて廊下に出た。そしてそのまま本当にトイレへと行く大貴。


大貴はトランシーバーを取り出し、それについている0から9の数字が刻印されているボタンを『846』と入力し、サイドについているボタンを押す。体を伸ばしたりして、準備体操をしながらしばらくその場で待機。


「よっ!」


そしてトイレにある小窓から水泳の飛び込みのようにして外に出ると、大貴は飛んできた装甲を空中で一回転しながら全身に装備した。


大貴は着地し、胸にトランシーバーをセットしてから駆け出す。金属のバイザーに映し出される外の景色とUIが合成されているAR空間。それによると大貴達が通っている学園の向かいの中学校にて異形が現れたらしい。


「近!」


大貴は一気に加速し、三段跳び。そして中学校の四階の窓へ飛び込んだ。


廊下を少し転がり、膝を立てて止まる。教室のドアは開いていて、中には何かを貪るサイの顔をした怪しい人影。こちらを振り返る。


大貴と怪人は目を合わせると互いに立ち上がりながら走り、交差する。


怪人の走り込みながらのパンチを避け、裏拳を入れる大貴。そのまま流れるように後ろ回し蹴り。怪人はよろめいて壁にぶつかる。


それに向かって大貴は前蹴りをしたが、怪人はその足を掴み、そして窓に向かって大貴を投げ飛ばした。


大貴は飛ばされ、窓を突き破るが、窓枠を軸に回転して教室へ復帰する。代償として窓は外れて落ちた。


「ふんッ」


「うわっ!」


復帰してきた大貴に更に体当たりをする怪人。大貴はまたもや吹き飛ばされ、今度は校舎の外の地面に叩きつけられる。


「いてて…」


怪人も追撃のため、地面に降りてくる。着地をし、倒れたままの大貴にジリジリと詰め寄ってくる。


「ふー…」


大貴は息を吐きながら胸のトランシーバーを取り出した。そして『819』と入力する。


怪人が突進してくるのを大貴は立ち上がりながら受け止めた。引きずられながらも角が自分に刺さらないように鼻を両手で抑え、手を離すと同時に軽く飛んで足を怪人の顔に置いて蹴り上がり、空中へと飛び出す。その先には空を浮遊する小型の水上オートバイのような乗り物。


「なに!?」


大貴はそれに乗り込むと、驚いた様子の怪人をそのオートバイについている機銃で掃射した。火花を上げ、倒れて悶える怪人。


その隙に大貴はゆっくりと車体を地面に近づける。するとオートバイは変形し、今度は大きめのスーパースポーツのバイクとなった。


怪人が起き上がるのを見て大貴は軽くエンジンを吹かせて挑発する。怪人は両手を合わせて突進、大貴もそれに合わせてエンジンを全開。


二人の衝突の後、勝っていたのは大貴だった。怪人はバイクの馬力に負けて引きずられ、壁が間近になったところで大貴は怪人のツノを片手で掴み、壁に激突した瞬間にそれを引き抜く。


バイクは止まったが、怪人は壁を突き抜けて今度は校舎の中の家庭科室へ飛び込んだ。大貴は転がる怪人に飛びかかり、持っている角で怪人の右脇腹と脇を刺し、首を掻き切ってから角を口の中に縦に入れ、顎に膝蹴りして無理やり口を閉ざさせた。


怪人は口を抑えて悶えた。そして怪人の首根っこを掴んで床に叩きつけ、更に蹴り飛ばす大貴。腰のポーチを開け、カートリッジを取り出して脚に挿入する。


「うっ、うっ、うがァーッ!!!」


最後の力を振り絞って立ち上がり、大貴の方へ突進する怪人。大貴はそれに合わせて胴回し回転蹴りをした。


首が明後日の方向を向き、数歩歩いて、地面に倒れる。怪人の頬から顎にかけて、『θ』の紋章が浮かぶ。


唐突な静けさがやってくる。大貴の足音と、怪人の体が沸騰する音だけが部屋に響いた。


(なんのために…私、うまれてきたのかな)


怪人は救いか何かを無意識に求め、手を天に伸ばした。手が溶けるのが見える。手は力なく倒れ、怪人は気体と化した。

没理由 話の展開が思いつかなかった ギャグのノリが寒かった 話を重くしすぎた

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