ハガキとレン
強い紫外線のさす、昼食後の時間帯。そよ風の入る窓辺から色とりどり多くの草花が見える薄暗い一室の、勉強机の椅子にレンという、黒い髪の毛の後ろ髪はセミロング、制服のブレザーと膝下まである紺色のスカートを履いて、頬杖をつきながら回転する椅子に座り込んでいた。落ち着かないのか、軽く動かして体ごとゆすっている。
肘の近くには開封済みのハガキが置いてあり、風で飛ばぬよう雑に消しゴムが文鎮代わりに乗せてあった。
送られた手紙の送り主はレンが小学生時代に何年か共に過ごした担当の教師で、内容は数行読んで敢えて拝見するのを止めている。
理由は自分自身の嫌な過去を思い出してしまう内容が含まれていたからだ。
そんなレンも今日は高校の卒業式終わりで、妙な静けさに胸をじんわりさせている。青い瞳には飛んでいく数羽の白い鳥が映っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
とりあえず私服に着替え、しばらくの自由を楽しむ余裕もなく、意味もなくお気に入りの少し崩れたワッペン付きベレー帽をかぶって、スケッチブックと少しの荷物を入れた肩下げバッグ一つ、外に繰り出す。
少し歩けば大きく広い海が見える。本日の風向き的にも潮の香りが鼻に入り込んでくる。人によっては不快な匂いかもしれないが、レンは好きだった。砂浜の近くにあるスペース、海に面して設置されている木製のベンチに座って、左腕でスケッチブックを抱え、右手で景色を描く。
レンは幼い頃からお絵描きが趣味で、よく自然を自分の手で描き起こしていた。先ほどいた場所も度々人生の中で使ってきた部屋と机で、変わっていく自然を眺めながらイラストにし、両親や知り合いに喜ばれていたそうだ。そのちょっとイラストを描ける事、好きな事を妬ましく思った子供とトラブルになった事をきっかけに、1年ほど学校に通わなかった過去がある。手紙を最後まで読まなかったのも、その事について軽く触れられていたからである。
ものの30分で色鉛筆を使った淡い色合いのタッチの砂浜と海、空と雲が描かれていて、道ゆく老夫婦に褒められて、優しく笑って対応した。
レンは中学生になってから、鯨になりたいと思うようになった。世界で一番大きな生物はどんな景色が見えてるんだろうと、想像して楽しくなった。これから大学へ進出して使わなくなるであろう自室には、何十枚もの鯨の絵が保管されてある。それが理由で潮風が好きになり、時々海に出向くようになった。
後から追いかけてきた、卒業祝いで一時帰省していたレンの兄が途中から絵を描いているのを静かに見ていて「相変わらず上手いな」と恥ずかしげに不器用に褒める。レンは絵を褒められるのに慣れているので、特に大きな反応は無い。
卒業の祝いを言われても「ありがとう」としか返さなかった。それと、さっき置いてきたハガキも。
要らないと突っぱねるも「いいから読め」と押し付けられる。捨てないよう、ずっと見張っている。仕方なく最後まで読む事にした。
『卒業、おめでとうございます。昔は辛い事も、嫌な事も沢山あったでしょう。それでも無事に子供ながら乗り越えて、嬉しいです。これから貴方は一人で旅立つと両親から聞いていますが、きっと大丈夫でしょう。もし怖くなったら、また私に連絡ください。いつでも待ってます。先生より』
兄は読み終えた事を確認して無言で頷き「じゃ!」と一言、自宅へ〜蜻蛉返り。
涙目になったレンは溢れそうな涙を堪えながら画材とスケッチブックをバッグにしまう。
自分自身も帰ろうと海を背にした時、大きな水飛沫が轟き、振り返ると大きな鯨が水平線の向こうへ、泳いで行ったのが見えた。