こんな○○期は要らん!
殴り合いのシーンが有るので、念の為R15指定にしました。
アキレア連邦共和国はバーミリオン、ウィスタリア、シトロン、グラファイト、エクリュの五つの王国からなる。
一つが首長国他が属国となっているが、三十年に一度の王族同士での決闘で『首長国と属国』が変わる。
魔法使用可の決闘が存在する為、王族は強くなくてはならない。
これは嫁入りする令嬢にも、同等の戦闘能力が求められる。故に、高位貴族令嬢や王女はゴリウーになる傾向に有った。
どの国も『力が正義、力が是』となっているので、三日に一回のペースで決闘も良く行われる。
一体どこの娯楽小説に登場する架空国家の紹介文だよ。
そう突っ込みたくなるが、メレディスが住んでいる国の現状なので口には出せない。出来るとしたら諦めのため息を吐く程度。
現在留学先の、隣国エクリュ王国立魔法学院の中庭にいる。祖国は現首長国であるバーミリオン王国。首長国出身だからと言って優遇される訳でもない。
始めは平民の振りをしていたが、留学早々に『家が侯爵家』とバレてしまい、色々と困った。実家に情報が伝わっていないのがせめてもの救いだ。
いっその事、連邦共和国から出るか。
幸な事に、大陸には連邦共和国以外にも複数の国が存在する。最も、大陸随一の影響力と国土と国力を保有するのがアキレア連邦共和国なんだけどね。
見聞を広めるとか言えば出られそう。それに、この学院を卒業したら貴族籍は無くなり、平民となる。
残り一年を無難に過ごせば問題なく一人で出て行けそうなんだけど……。
「……」
無言で視線を手元の手紙に落とす。
送り主は父侯爵。散々『可愛げがない』、『政略の駒にもならん』、『笑顔が醜い』と罵って来た男。十六歳になったら出て行けと、石を投げた男が今更何の用だと手紙を読み……ため息を吐いた。
後妻とその娘(異母姉)が王族に対してやらかし、数多の公爵家・侯爵家から制裁を受けている。爵位二階級降格を阻止するには、次女が王太子妃を決める『武闘会(誤字ではない)』に参加する事を言い渡された。家の為に出ろ。と手紙に書かれている。
蔑ろにして来た奴を助ける気力は無い。寧ろこれを王家に提出して、没落にまで追い込みたい。いや、潰すか。
しかし、父侯爵がここまで馬鹿だったとは。伯爵家からの婿入りの癖に、やらかしが阻止出来なかったのか? こんなんだから親族一同から『役立たず』って陰口を叩かれるんだよ。しかも自分を追い出す気満々だから、ルーサー侯爵家乗っ取り主犯格として捕まる未来もあり得る。
だけど、本人は気づいていない。だって馬鹿だから。
平民を迎え入れるのなら、貴族の常識を徹底的に叩き込むのが常識だ。
特にこの連邦共和国の常識は、他国から見ると異常なのだから。
どこの世界に首長国を決闘で決める国が有るんだよ。
王族の婚約者を武闘会(しかも身体強化魔法使用可の徒手空拳オンリーのトーナメント制)で決めるとか、どんだけ実力主義なんだよ。
過去、転生した先で貴族だった経験は有るが、何事も『決闘』で決める国は無かった。大体は『話し合い』で決める。話し合いで決まらず戦争に発展する事は多々有ったが、流石に決闘は無かった。
決闘による結果を何よりも重んじ、王家に仕える心構えから、高位貴族の御夫人御令嬢は皆、大体ゴリウーになる。令嬢の顔立ちは皆濃く、北〇の〇か、ジ〇ジ〇に登場しそうな感じだ。
その中でも王太子妃や王子妃を狙う令嬢は、リアルアマゾネスかよ、ってぐらいに肉体を鍛える。筋肉がドレスの上からでも分かるぐらいに鍛える。身体強化魔法が有るのに筋肉を鍛える。理由は『鍛えた肉体に使った方が魔法の効率が良い』だから。自分は、鍛えても筋肉が付き難い事から、そこまで鍛えない。
ベンチに座り手紙を改めて眺める。無視したい。どうしよう。開催が一週間後だから、馬車での移動となると、明日にも出発しないと間に合わない。
どうするかと、唸っていると声が降って来た。
「メル。お前が手紙片手に唸るとは珍しいな」
視線を手紙から声の主に向ける。そこには五人の取り巻き令息を連れた薄茶色の髪の青年がいた。仕立ての良い服を着ているが、鍛えているのが服の上からでも分かる。髪をかき上げて格好つけている。それなりに顔の造作が整っているから、自然な感じに見える。
「ごきげんよう殿下。卒業生の立入は控えるようにと学院側から注意を受けたとお聞きしましたが?」
「ふっ。交渉の結果、放課後のみだが許可をもぎ取った。故に問題はない」
「そうでしたか」
無駄に交渉術を使ったのか。呆れる。
許可もしていないのに自分の隣に座るこの青年は、実はエクリュ王国の王太子だったりする。取り巻きは彼の側近だ。
自分は付き纏われて大変困っているのだが、この王太子はゴリウー令嬢に付き纏わられて女嫌いになっていた。国王からも『王太子の女嫌いを治す為に、見捨てないで』と懇願されてしまったので、拒否したくても出来ないのだ。
幾ら何でも『力が正義、力が是』を国の指針として掲げているとは言え、弊害が起きている。いい加減、見直して欲しいわ。
「バーミリオンの武闘会に参加するのか?」
手紙を横から覗き込んだ王太子に問われる。行きたくないけど、行かないとあとで何が起きるか分からないから顔だけ出す予定だ。
「石を投げて縁切りを宣言したアホの為に働きたくも無いのですが、陛下経由で手元にやって来ましたので、参加するしか無いでしょう」
「我が父ながら何と無能な。弟達と一緒に折檻するか」
「政に支障が出る事は控えて下さいな」
低い声で唸る王太子に釘を刺す。王太子の側近一同も『お労しい』と目元にハンカチを当てる。
……何だろうなこの光景。
かつて見た事の無い光景に戸惑いを感じる。
見た事は有るけど、自分の周囲ではまず起きない。逆ハーを目指す、頭に花が生えた令嬢が作っているのは見かけたから、見た事が無いと言うのは間違いだけど。
自分の回りで起きると、ちょっと引くんだけど、そんな事よりも学院と相談しなくてはならない。
「殿下。学院側と相談しなくてなりませんので、ここで失礼します」
「武闘会に出場するとなると、下手をすれば最大一ヶ月も休学する必要性が出て来るのか。父の折檻は任せろ」
「頼んでおりません。政に支障が出ない範囲で、穏便にお願いします」
頭を下げてその場から去る。
まずは職員室に行こう。
手紙を見せたら同情の視線を貰い、それはもう簡単に二ヶ月に渡る休学許可が下りた。適当に難癖付けて一週間程度で戻る予定だったので、ちょっと驚いた。
その日の内に荷物を纏めて、魔法を駆使して移動し、翌日の昼に一年振りに祖国バーミリオン王国の地を踏む事になった。
この世界には魔法が存在するので使っても怪しまれない。ゴリウー令嬢も身体強化系の魔法だったら使うし。
宿で一晩休み、翌朝、朝食を取ったら王城へ向かう。参加登録を済ませる為だ。
エクリュ国立魔法学院の制服格好のままで向かう。ドレス何ぞ着たくも無い。
城門の衛兵に手紙を見せたら簡単に通された。問題無く通されたは良いが、何故か応接室に通された。
嫌な予感。嘆息してから、ローテーブルに出されたお茶を啜る。
お茶が空になった頃にドアがノックされた。
同時に天井裏と壁から、微かに妙な音が聞こえて来た。
内心でため息を吐き、角砂糖の壺を手に取り、何個か鷲掴みにする。
「失礼します」
その言葉と共に執事風の男が現れた。
全く同じタイミングで、背後の壁と天井が回転し、頭上と背後から襲撃を受ける。やって来た男も短剣を持っている。
まず、天井から強襲して来た人物(顔を隠しているので性別不明)に向かって、指弾の要領で角砂糖を放つ。角砂糖は眉間下の両目の間に当たって砕け、降下中の人物の目に入った。これが塩だったら悲惨だが今回は砂糖だ。塩に比べれば被害は軽いが、目に異物が入れば痛いのは当たり前。目を押さえてローテーブルの上に着地。
次に執事風の男にも角砂糖を同じように放つ。見られているので複数個放ち、眉間と両眼を撃ち抜く。当たると思っていた以上に痛いのか、悶絶している。
背後の壁から飛び出した人物には、背後を見ずにお茶が入っているポットの中身をぶちまけた。中身は熱湯の紅茶だ。頭から被ると、当然火傷する。それを顔面に浴び、悲鳴を上げて床に転がる襲撃者。
三人の襲撃者を撃破し、ソファーから立ち上がる。
「お呼びではないようですので帰りますね」
それだけ言い、襲撃者三名を放置して応接室から出た。背後から何か聞こえたけど無視。
この日はそのまま宿に戻った。
翌日の昼過ぎ。王城からの使いを名乗る男がやって来た。宿の部屋に直接乗り込みだよ。
昨日の襲撃ついての謝罪を受けた。あの襲撃は武闘会へ参加者を篩に掛ける為のものだったらしいと、説明を受けたが、そんな王家の御託は知らん。
自分と実家の関係を話し、手紙を使者に押し付け、『没落させるなら、どうぞ好きにやって。参加しないで留学先に帰るわ』と追い返した。
私服姿でいたので、そのまま近くの喫茶店に向かう。留学前まで利用していた店は今も営業していた。奥まった席に着いてウェイトレスにケーキセットを注文する。この店ではホール単位でケーキやタルトの注文が可能なので、大変重宝している。
注文したケーキセットの内容は、チョコレートを練り込んだクリームを使用したロールケーキ一本と、ストレートの紅茶だ。この店では紅茶を注文する時に、カップ一杯とポット一つが選べる。ポットにするとカップ二杯分の値段で、カップ三杯飲める計算になるので、毎回ポットで注文している。
注文の品が届いた。ナイフを使ってロールケーキを切り分け、取り皿に分ける。
フォークを使って切り分けて口に運ぶ。濃厚なチョコクリームは甘いが、柑橘の皮を練り込んでいるので爽やかな風味を感じる。
丸一本食べ切り、紅茶を一杯飲み、追加でカスタードクリームのロールケーキ一本とチーズケーキワンホールを注文。届いたら切り分けて食べる。
双方共に食べ切り、最後の紅茶に口を付けて一息吐く。
今日は宿に泊まって、明日の朝一番に出発しよう。二ヶ月間の休学許可が下りたけど、五日程度のこんな短期間で戻る事になるとは思わなかった。
見事なまでに予定が狂った。
紅茶を飲み干し、注文票を手に取る。今後の予定は宿に戻ってから考えよう。
「お客様、少々宜しいでしょうか? 相席希望のお客様がお見えになりました」
そこへ、申し訳なさそうな顔をしたウエイトレスがやって来た。背後には知らない赤毛の少年がいる。
「知らない男相手に、相席を希望した覚えは無いわね。帰るところだから席を譲るわ」
注文票片手に立ち上がるが、見知らぬ少年に手を掴まれそうになった。注文票で手を叩き落してレジに向かうが、少年が回り込む。
「お姉さん。僕と相席は嫌なの?」
子犬のように目を潤ませて上目遣いの少年を切り捨てる。顔の造りが整っているので、演技だとしても大抵の女は騙せるだろう。事実、周囲の女性客から嫉妬の視線を貰う。鬱陶しい視線を貰うから、原因となる男が嫌いになる。
「胡散臭い作り笑顔の男は嫌。甘えた演技をする男も嫌。顔と身分で大抵の女は釣れると思っている男も嫌ね」
その大抵の女に自分は含まれない。演技でも甘えて来る奴って好きになれないんだよね。
『え?』と、茫然とする少年を無視して横を素通りし、レジで会計を済ませる。あの呆然とした顔を見るに、騙せると確信していたんだろう。確かに、自分以外の女だったら騙せただろうね。
自慢では無いが、顔の良い男は見慣れているのだ。
ただし、性格に問題の有る男にばっかり会うので、見惚れる事は無くなった。
どれだけ顔が良くても、性格・性癖・趣味・嗜好に問題の有る男はお断りなのです。
嫌な事を思い出した。気分転換に屋台巡りをして、夕食用のものを探そう。
翌日。
制服格好でチェックアウトして宿から出たら、昨日の使者が再びやって来た。実家の事について王から連絡が有るそうだが、一昨日の一件で腹が立っているのだ。
家に戻る予定は無いお任せしますと、言っても引き下がらない。書類にサインするだけで良いからとしつこく懇願された。場所考えろと言っても聞いてくれない。
使者の対応からバーミリオン王家の評価を下げて、仕方無く馬車に乗った。
『やっと乗ってくれたよ』と苛立った様子の使者を見て、もう帰って来なくても良いかなと思った。
そんで、到着した王城の謁見の間で国王夫妻と面会となった。欠片も期待して無い、バーミリオン王と会っても何の感情も湧かない。
婿入り父のお家乗っ取り計画は重罪だから、どんな処罰を科すかとか、全部聞き流した。
あと一年で家を出る気満々だったんで、家を継ぐ気も無い事も、武闘会に出場辞退する事も告げる。出る理由は無くなったし。
そ・れ・に。
王命と称して宿の部屋に直接乗り込んで来るわ、場所を考えずに縋り付いて来て、了承すると態度をコロッと変えてふんぞり返る使者を抱えている王家に関わりたくも無い。過去の経験上、使者と言うのは『代理』なんだよ。使者である事を理由に、好き勝手やったり、ふんぞり返ったりすれば、使者を出した奴の評価が下がる。
その辺りを理解していない奴を、使者として抱えている。外交だったら致命的だぞ。
王から出場辞退は駄目と言われるが、使者の方から歓迎されていないからと言って断る。ついでに昨日一昨日の態度を告げ口する。こんな扱いを受けて歓迎されているとは思わん。嫌々やっている感が滲み出ているよ。
そして、こんな馬鹿を野放しにしている国の評価は限りなく低い。繰り返すが、関わりたくも無い。
使者の態度を知り、流石の王もきまりが悪るそうな顔になった。
「愚息を助けると思って出てはくれぬか?」
「留学先でも同じ事を言われております。流石に二つの家を掛け持ちする訳にはゆきません」
「遅かったか……。いや、まだ……」
まだも何もねぇよ。
頭を抱える王にそんな事を思った。
この世の地獄を見たと言った顔で、死相を浮かべて部屋に引き籠っている王太子を元気付ける為に協力してくれと、今度は何故か王に縋り付かれている自分がいた。
既視感があると思えば、一年前にも見た光景だ。
息子のメンタルケアぐらい自分でやってくれよ。
心の嘆きは口に出来ない。思わす天を仰いだ。
仮に優勝しても辞退して良いから出てと、王は王太子を自殺に追い込みそうなセリフを吐いて泣き付いて来た。王の横にいた、鍛えている事がドレスの上からでも分かる王妃を見ると嘆息してから頭を振った。ああ、了承しないと離れてくれないのか。
他の令嬢で候補はいないのかと尋ねると、……いなかった。
で、何故自分なのかと質問すると、ソファーに座ったまま対処したのが自分だけだったかららしい。
思わず、暗殺者三名に対処しただけでは? と聞いてしまった。
王と王妃が『え?』って顔をしたから当時の様子を語る。どうやら『立たずに対戦相手を倒した』と誤認されていた模様。
「それは確かに歓迎されていないと判断しますわ」
「他の令嬢は一対一を三回行う勝ち抜き形式だぞ! 誰だ、勝手に変えたのは!?」
王妃から同情され、王は頭を抱えて絶叫した。
収拾が付かなくなって来たので、『当日まで王族との接触拒否』を条件に出場はする事にした。
泣いて喜ぶ王を王妃が生温かい視線で見ている。
口約束だと心配だから書面で契約を残し、王城から去った。
サインするだけで良いと言われたのに、蓋を開けたらこのザマ。
口からため息を零しつつ、別の宿を探す事にした。
五日後の当日。
会場となる闘技場は、静かな闘気に包まれていた。熱気じゃないのが何とも言えん。観客は全員中位貴族以上の皆様。平民と見間違えるぐらいに盛り上がっている。
アレだな。雛壇上に座る、死相が出ている王太子が原因だな。そう言う事にして置こう。
武闘会が始まったは良いが、やっぱり筋肉を鍛えているだけの令嬢ばかりだった。はっきり言って弱い令嬢ばかりだった。ボディビルダーでも無いのにそこまで筋肉だけを鍛える必要とか無いと思うの。身体強化魔法も使っているけど、上手く使えていない。筋肉を鍛える意味無いな。
格闘術の型だけ覚えて、応用を知らず、組手経験の少ない令嬢でも、勝ち上がれば出場出来ていると言った具合だ。実戦で訓練し続けた自分とは大違いだ。正しい訓練じゃないけど。
そんな令嬢ばかりが相手なので、あっさりと決勝戦に進んでしまった。
準決勝でぶつかった令嬢は組手経験の有る令嬢だったけど、弱いと、言うしかない。
優勝後に辞退したら怒り狂う令嬢が続出しそうだけど、王から事前に許可取っているから良いか。
そして決勝戦。
相手の令嬢は辺境伯家出身で、実戦経験を確りと積んでいた令嬢だった。これまでに当たった令嬢の中では一番強いと言って良い。
顔立ちは他の令嬢と違ってゴリラ系の感じが薄く、少し厳ついって感じがするだけだ。体型もゴリウーって感じが薄く、やや細身だった。
でも、体力と技術の差で自分が勝った。勝ってしまった。
悔しがって号泣している。何となく、王太子と幼馴染だったのかと尋ねれば答えは否だった。殿下を支える事が生涯の夢だったと悔し泣きしている。流石辺境伯家の人間だ。教育が確りと行き届いている。馬鹿父に、辺境伯の爪の垢を煎じて飲ませたいな。
対応に困って雛壇上の王を見上げる。王は頭を振った。ここで何もやるなって事か。
素直に退場する。休憩を挟んでから表彰だ。
その表彰式で、問題が発生した。
やって来た王太子らしき青年は、狂喜乱舞と言う言葉が合う程に、大喜びしていた。
だがそれも束の間の事で、開始直前の表彰式に乱入して来た四人の少年が、王に『王太子は正確に決まっていないから不公平だ!』と直談判を始めた。よく見ると四人の中には、見覚えのある少年が混じっていた。相席を迫って来たあの少年だ。王子だったのか。
少年四人は『真の王太子を決める』決闘の申し込みを叫んだ。これには王も、王太子も顔色を変える。
武闘会の表彰式が、王子の内輪揉めに発展し、一気にぐだぐだになった。
……もう辞退して、留学先に帰ろうかしら。
白けて来たのでそんな事を考えていたら、王が王子達に一喝する。
「ええい、今は表彰式の場だ! 決闘の申し込みはあとにしろ!」
その通りだよと、内心で突っ込みを入れて気づいた。
王太子が決まっていないのなら、『正式に決めてから、もう一度武闘会をやれ』と言えば、辞退可能じゃないか?
だったらこの騒ぎの収拾は付かない方がいいように思えて来た。だが、自分の白けた視線に気づいた王子達が、一斉に自分を見てから王の横に移動する。
考えている事がバレていない事を祈ろう。
やっと表彰式が始まった。
表彰式と言っても、優勝者を讃える文言を王が述べて、優勝トロフィー代わりのやたらと豪華絢爛なネックレスが下賜されるだけ。
身に着けると重そうなネックレスの箱を受け取る。見た目通りの重量を手に感じた。何に使うネックレスかと言うと、王太子との婚約披露式で身に着けるものだ。
婚約式用をここで身に着けるとか嫌だなーと、思ったが着けなくてもいいらしいのでこのまま下がる。あとで辞退の言葉と一緒に返却しよう。そう心に決めた。
表彰式が終わったら、急遽、王子五名による『真の王太子を決める』決闘が始まった。突然始まった決闘に観客席の皆様、混乱する事も無く大熱狂。……何で?
賞品は何故か自分。しかも、雛壇上で決闘を見物する事になった。
辞退の言葉を王に伝えても拒絶される始末。ねぇ、書面の意味無くない?
「この決闘が終わるまでは、待ってくれ。下手すると、下手、すると……」
何故かそこで王は泣き始めた。何を想像したんだろうか。王妃が残念な子を見る目で王を眺めている。
……王妃様。眺めるなら、その手に持っている筋トレ用のデカいダンベルで、国王を黙らせてくれないか? おっさんの嗚咽が鬱陶しいよ。
決闘は自分が無視している間も続いていた。割と白熱している。
王太子の第一王子が一人で、弟王子四人と総当たり戦を行っている。まずは王太子に勝利し、勝利者同士で決闘する流れだ。
流れは理解出来るんだけど、激しい兄弟喧嘩にしか見えない。だって殴り合いなんだもん。
決闘はサクサク進む。第一王子は王太子だっただけに強かった。もう最終戦終盤だ。はえぇよ。
第二王子が放った顔面クロスカウンターを狙った拳を、王太子は首を振っただけで回避。王太子は己の拳を弟の下顎に叩き込む。直撃を受けた第二王子がリングに大の字に倒れ、スリーカウントしても立ち上がらないので、ここで決闘終了。
王太子はボロボロだけど、控えの宮廷魔導士が治癒魔法であっと言う間に治して行く。完治した王太子が拳を頭上へ突き上げれば歓声が上がり、勝者をと健闘した王子達へ惜しみなく拍手が送られた。
「ちょっと、待ったぁ!!」
そこへ響く第三者の声。聞き覚えが有り過ぎて、嫌な予感がする。
どこから飛び降りたのか、声の主がリングの上に降り立つ。第三者の正体を知って、観客にさざ波のようなどよめきが広がる。
「人の嫁に手を出すとは言語道断!」
そんなセリフと共にバーミリオンの王太子を指差したのは、ここにいない筈のエクリュの王太子、クリスティアンだった。
会場の視線が自分に集中する。
「いや、誰が誰の嫁だよ。婚約すらしてないんだけど」
「何度も求婚している! パーティーのエスコートもしているぞ!」
「息子の女性の扱いの勉強の手伝いしてくれって、エクリュ王に泣き付かれたから、付き合ったんだけど」
「嫁のエスコートは夫の特権だな!」
「話を聞いて……」
頭が痛くなって来た。黙って話を聞いていたバーミリオンの王太子は、エクリュの王太子を指差す。
「話云々以前に、エクリュの王太子! 人の嫁を掻っ攫おうとは良い度胸だな!」
「こっちもこっちで、同類だった」
両手で顔を覆い、さめざめと泣きたくなった。
観客も国王夫妻も、自分も無視して、二人の王太子の会話はヒートアップする。
「父から許可は捥ぎ取った。今年行われる首長国を決める決闘の前座代わりに、貴様を今ここで下してくれる」
エクリュ王太子、立てた親指を下に向けて挑発。品が無いから止めなさい。
「ほう。大きく出たな。嫁を守るは夫の務め。受けて立つ!」
「誰が嫁だよ」
バーミリオンの王太子の沸点は意外と低かった模様。目が据わり、殺気立った。
そんな事よりもね。
「王命で出ただけなのに、何でこうなるの……」
色んなものを置き去りにして、特に賞品にされた自分の意見を無視して、決闘は始まった。
二人の王太子の決闘は、一言で言うなら激戦だった。
弟王子達との決闘が前座に見えるレベルだ。何故かボクシングのような殴り合いになっている。
観客大熱狂。王は固唾を飲んで見守る。王妃は飽きたのか両手にハンドグリップを持って、筋トレを始め、休憩時にはワインを飲んでいる。ところで王妃様。プロテイン入りのワインって美味しいの?
何て言うか、現実逃避したい状況だ。
頭がお花畑系ヒロインだったら、ここで『止めて、私の為に戦わないで』とか言いそうな場面だね。自分は言わない。なのでここは『辞退するから、止めなさい』って言うべきか? でも何か、王達が必死になって探すイメージが浮かぶ。逃亡するなら大陸の外だな。先ずは連邦国家を出てから――
「ん?」
宙に視線を彷徨わせて逃亡の手順を考えていたら、歓声がひときわ大きくなったので視線をリングに向ける。
決闘が大詰めとなっていた。ちっとも見ていなかったよ!
両者共にボロボロ。互いに一歩踏み出せば拳が届く距離。
「……お、おおぅ」
両者同時に動き、共に最後の右ストレートで、互いの左頬を打ち抜く。
写真に撮ってボクシングの教科書に載せたいぐらいに、思わず引いてしまう程の綺麗なクロスカウンターだ。君達、実は馬が合うんじゃない?
クロスカウンターが決まると同時に、歓声がぴたりと止まり、粛然とした空気が下りた。
数秒経ってから、バーミリオンの王太子の体が傾き、そのまま大の字に倒れる。
最後まで立っていたエクリュの王太子が拳を頭上へ突き上げ、絶叫のような歓声が響く。
ボクシング漫画でよくある決着、そのまんまだな。
つーかさ、バーミリオンの王太子が敗れたぞ。
「陛下ー、これどうなるん、で……」
リングから視線を隣の王に移したら、肝心の王が椅子に座ったまま白目を剥いて気絶していた。
見かねた王妃が座ったまま、王の鳩尾に裏拳を叩き込むも反応が無い。王妃は椅子から立ち上がり、王を小脇に抱えて、王の尻を叩いた。
響いたスパンキング音が軽快な、スパンッ、では無かった。硬い肉を叩くような、ドンッ、って音だった。骨盤に罅が入りそうな音だ。
「ぬぉっ!?」
尻を叩かれて王は目を覚ました。王妃は床にポイ捨てするように王を解放する。解放された王は四つん這いになって尻を擦る。尻が無事だと知ると慌ててリングに視線を向け、この世の終わりを見たかのような悲鳴を上げた。
リングを見れば、敗者が担架で運び出されているところだった。勝者は高笑いをしている。
「陛下。ケヴィンの敗北はどのように扱いますか?」
王妃が静かに王に尋ねた。
「前座と言っておったが、決闘の勝敗は重視せねばならん。どうしよう」
絶望に満ちた顔で、王は頭を抱えた。観客も王がどう判断するのか気になったらしく、視線が雛壇の王に集中している。
「ふっ。どうもこうもない。決闘の結果こそが全てだ!」
勝者は声高らかに叫ぶ。観客も確かにと神妙な顔で頷く。
確かにその通りなんだよね。アキレア連邦共和国の方針だと。
結局。
勝者の言い分が通り、自分はバーミリオンの王太子妃にはならず、エクリュに戻る事が決まった。優勝賞品は返却したよ。それは良いんだけど。
帰り際、バーミリオンの王太子が、収拾の付かなくなる事を言い出した
「必ずあの男に勝って君を妃に迎える」
男泣きしながらそんな事を言われた。流れるような動作で、バーミリオンの王太子は自分の手を取ろうとした。当然のようにエクリュの王太子がその手を叩き落とし、両者睨み合う。見えない火花が散るが、他所でやって欲しい。
トラブルに見舞われるもどうにかエクリュに戻れたが、バーミリオンでの一件が他国に知れ渡ってしまった。めっちゃ大変な事になった。
一番の面倒事は他国から『留学生』の肩書を使い、他国(ウィスタリア、シトロン、グラファイト)の王子が何人も留学生として編入して来てしつこく絡んで来て、くだらない嫉妬から他の令嬢達までもが嫌がらせをしてきて……しまいには、日常生活にまで支障が出て来た。
流石にこれ以上は無理と判断し、休校日にエクリュ王への面会を申し込んだ。
なお、手続きは王城で行った。これは、『何か遭ったら王城で面会の申し込みをするように』と、エクリュ王から事前に言われているので問題は無い。
王との面会の場は速攻で整えられた。自分が来るのを待ち構えていたのかも。
思うところは色々と有るが、さっそく相談する。このままだと日常生活にまで支障をきたすから、どうにかならないかと。ついでに自分に固執するのかも尋ねる。
「あぁ……。それは多分君が、強化魔法を使った戦闘が使える令嬢だからだろう。『筋肉だけを鍛えれば良い』と言う考えが浸透しているが、魔法を使った決闘も存在する。結構、忘れられているけどね」
「つまり脳筋が余りにも増え過ぎたから、自分を使って、貴族達の意識改革を行う腹積もりですか?」
「簡単に言うとそうだろう。だからこそ君に固執する。最近アキレアに侵攻を企む阿呆がいるらしいしな」
王の言いたい事を簡単に纏めて確認を取れば、あっさりと首肯された。ついでに知りたくもない情報が混じっていてげんなりとする。
ついでに魔法戦を気に掛ける事から、気になった事も尋ねる。
「つまり、脳筋相手に魔法を使い、遠距離攻撃を叩き込んで極力近づけさせない戦法を取るつもりなんですね」
「その通りだ。ま、最初に攻め込まれるのはエクリュじゃなくて、バーミリオンだけど」
「……それで強制参加が、王命で来たのか」
王命が下された真相を知り、思わす天ならぬ天井を仰いだ。
馬鹿な争いに巻き込まれそうだし、他所の国に逃亡しようかな。
「そうそう。他国から『君の正式な婚約者は誰か』問い合わせが来ている。クリスが『教える義理は無いと』突っぱねているが」
「興味を引いてどうするつもりなんですか」
思わず頭を抱えた。何やっているんだよ本当に。
「君がそこそこに、男嫌いなのは知っている。無断で国外に逃亡されては、国益を損ないかねない」
ばっちり計画がバレていた。顔に出ていたかな? でもね。
「それは言い過ぎでは有りませんか」
「その自己評価の低さはどうにかならないのか?」
「両親から真っ当に褒めて貰った覚えが、生まれて来てから一度も有りません。どれほど結果を出しても、何かとこじ付けて否定されました」
正確には何処の世界に転生してもだけど。そこまで言う必要は無い。
「見る目が無いと言うか、君を否定した馬鹿は皆失脚していそうだな」
「婿入りの分際で、家の乗っ取りを計画した父は鉱山送りになりましたね」
「一年と経たずに儚くなりそうだな」
大分話が逸れて来たので、本来の相談内容の事を思い出して貰う。
本音は、アキレア以外の他国に留学したい。と言うか、逃亡したい。
「こちらからもある程度の対策を取る。留学生で来た王族方にはお暇願う」
「可能ですか?」
「息子が全員決闘で叩き伏せたから行けるだろう」
何やってんだよ、あの王太子は!?
「……………………さいですか」
色々と言うのが面倒臭くなって来て、思わず深々とため息を吐いた。
そしてどうなったかと言うと。
次の首長国を決める決闘の開催日が早まった。侵略を受ける前にトップを決めて一致団結しようと言う事らしい。意味有んのか? と、思わなくも無い。
最も武功を上げた国を次の首長国にすれば良いんじゃね? って思わず口を滑らせたけど、『外野を叩きのめしただけでは意味が無い』と、回答を貰った。外野ってどこだよ。侵略国か?
そうそう。留学生一同は、自主的に帰ったよ。決闘の開催日が早まった事により、国に戻って最終調整を行うそうだ。アスリートみたいだね。
月日は流れて、次の首長国を決める決闘当日。
自分がいない方が心置きなく戦えるだろうと、言って当日の観戦は断った。
けれど、全ての国から『必ず観戦に来い』と通達を受けてしまい、渋々観戦に向かった。
用意されていた観戦席は、どこからどう見ても王族用の席だった。エクリュ王国の王族用の席だから、新設の席じゃ無いだけ、まだマシな方かも。
今すぐにでも帰りたくなった。
席に座りぼんやりとしていると、次の首長国を決める決闘の開会式が始まった。
トーナメント戦(各国代表者五名)なのか、開会式の終わり頃にくじを引いて対戦相手を決めていた。
バーミリオン王国は現在の首長国なのでシード扱いだが、回数が一回だけ少ないだけだ。シードの意味は有るのだろうか?
どうでも良い事を考えていたら試合は始まっていた。一際大きな歓声か上がり、名前を呼ばれた気がしたので視線を向けたら、既に一試合終わっていた。
試合用のリングは五つ程存在し、同時進行で五つの試合が行われる。その内の一つがつい先程終わった。
全くと言っていい程に、試合を見ていない。
駄目だとは思うけど、ボクシング観戦の趣味は無い。そもそも来る予定すら無かった。
……暇だ。
暇です。暇ですとも。思ってはいけないんだけど、暇過ぎる。
読書で時間を潰したいけど、観戦で来ているので出来ません。
給仕に入れて貰ったお茶を飲み、茶菓子を貪りながら、全ての試合が終わるのを待った。
待った結果を言おう。
時間が掛かった。それでも半日程度で終わる。同時進行って素晴らしいね。
意外だったのは、バーミリオン王国が途中で脱落した事。相手国はエクリュ王国ではなく、グラファイト王国だ。バーミリオンの王太子が遠目でもわかる程にめっちゃ号泣していて、思わず引いたわ。
現在決勝戦。中央の一番大きなリングで試合が行われている。
エクリュ王国とグラファイト王国、二つの国の王太子がボクシング漫画顔負けの熱戦を繰り広げている。魔法はどこに消えたのでしょうか。
観客、大盛り上がり。
自分、テンション爆下がり。
この温度差は何だろうね。乾いた笑いしか出ない。
このままだと、どこかの国に強制的に嫁ぐ羽目になる未来が待ち構えている。
逃走方法を真面目に考えないと、そろそろ不味い。
経験上、この手の執着系は、地の果てまで追いかけて来る。
今すぐにでも、逃走すべきかと思わなくは無い。でも、自分の後ろにいるのは、王子の取り巻き令息一同。何か遭った時の護衛と称して、ずっとここにいる。護衛と言うよりも監視だよ。
……こうなったら、最終手段を取るしかないかなー。
使いたくは無い。使ったら面倒事になるのが目に見えている。最終手段がこれで合っているのか、判断出来なくなって来たな。
現実逃避がしたくなったが、観客の声で現実に引き戻される。
リングに視線を向けると、カウンターを受けたグラファイトの王太子がリングに沈んでいた。でも、レフリーのカウント残り一で王太子は立ち上がった。
頑丈だなどと、暢気な感想を抱いていると、グラファイトの王太子がちらりとこちらに視線を向けた。一瞬だけ目が合った。
エクリュ王太子が遠目でも判る程に殺気立つ。後ろの面々も殺気立つ。マジで止めて。
試合は再開となったが、互いに余力が無いのか少しずつ距離を詰め、攻撃の機会を窺っている。
次の一発で終わると、試合の終わりを感じて冷めたお茶に口を付ける。
観客も二人の動きに気づいたのか。声を潜めて、あるいは固唾を飲んで、成り行きを見守っている。
二人の王太子が同時に動き、何時ぞやかと同じようなクロスカウンターが決まり、数秒が経過してから同時にリングに沈んだ。
ダブルKOの引き分けは『有り』だったかな?
リングの上では二人同時に立ち上がるも、再び同時に倒れ込んだ。
試合結果は引き分け扱いとなった。
このあと、王と王妃の試合が行われた。
国王二人の試合は、基本的に魔法戦だった。魔法を撃ち合い、隙を見て殴り合いの試合だ。
国王同士の試合のみ魔法の使用許可が下りている……のではない。本来なら『こうあるべき試合内容』なんだけど、観客からは野次とブーイングの嵐だ。攻撃魔法禁止は『王族の婚約者を決める試合のみ』だけだったりする。
魔法が使える世界なのに、魔法を使うとブーイングの嵐となる。何か矛盾していない?
国王同士の戦いは、一瞬の隙を突いたエクリュ王が制した。
勝者に送られるのは、健闘を称える拍手ではなく、ブーイング交じりの拍手だった。やるせないね。勝者も思わず苦笑いするよ。
王妃同士の戦いは、これまた見事な、ボクシングでは無く、プロレスのような試合だった。観客も大いに盛り上がっている。ここまで殴り合いの試合を好む貴族は、そう滅多にはいない。珍しいお国柄だ。
王妃同士の試合結果はエクリュ王国の勝利となったが、ここで困った事が起きた。
決勝戦は二勝二敗一引き分けと言う結果で終わった。
後日改めて再決勝戦をやるのかと思ったが、何故かリング上に呼び出された。非常に嫌な予感がした。そしてそれは的中した。
王族同士で勝敗が決まらなかったら、その婚約者で勝敗を決める模様。
自分が呼び出されたのは、エクリュ王国三王子に婚約者の令嬢がいない事から、その代理で呼ばれた。そっか、強制的に呼び出された本当の理由はこれか。
グラファイト王国側の令嬢三名は、全員が見事なゴリウー。リングに上がった自分を珍獣を見るような目で見る。観客は騒めいている。
エクリュ王に、まだ正式に婚約していないので、『代理である』をしつこく強調して貰ってから試合開始。
一人目。
何の捻りも無く突撃して来た。真っ直ぐに伸びた令嬢の腕を掴み、一本背負いの要領で投げる。体が宙を泳ぐ間に一瞬だけ身体強化の魔法を使い、回し蹴りを腹に叩き込む。綺麗な放物線を描いて、リングの外に落ちた。騒めいて観客が静まる。
即座にレフリーが駆け寄るも、リングアウト&ノックアウト判定が速攻で出た。担架で運ばれて行く令嬢を見て思う。手加減間違えたかな?
試合は終了したが、さして動いていないので次の令嬢にリングに上がって貰う。
二人目。
考え無しの突撃は駄目と判断した模様。素早く前後に動いてジャブを放って来た。顔面狙いの拳を掴んで令嬢の動きを止め、先程と同じく身体強化魔法を使って、腹にストレートを放つ。令嬢の腹に当たると同時に、掴んでいた拳を放したので、真後ろに綺麗に飛んだ。後転するようにリング上を二度バウンドしてから、俯せに倒れて止まった。
青い顔をしたレフリーが令嬢に駆け寄る。
判定、ノックアウト。
「おかしい……」
担架で運ばれて行く令嬢を見ながら思う。
手加減したのに、何で一発で決着が着くの?
三人目。
令嬢は若干青い顔をして震えているけど、こちらを睨む事で自身を奮い立たせている模様。
試合開始直後、無謀にも飛び蹴りを放って来た。身体強化魔法を使い、拳を握って構える。蹴りを避けると同時に正拳突きを腹に叩き込む。一人目の令嬢と同じように、放物線を描いてリングの外に落ちた。
腹に手を添えたレフリーが令嬢に駆け寄る。
判定は一人目の令嬢と同じくリングアウト&ノックアウトだった。
「陛下ー。三連勝しましたけど、これで終わりですか?」
「……終わりだな。多分」
リングの傍にいたエクリュ王に尋ねると、自信無さ気にそんな回答が来た。
全試合時間の合計は――令嬢が担架で運び出されるまでの時間も含めて――二十分も経っていない。
一試合一分も経過していないのだ。運び出されるのを待つ時間の方が長い。
最後の一波乱を終えて、次の首長国を決める決闘は、エクリュ王国の勝利で幕を閉じた。
そして、半年後。
アキレア連邦国は三つの隣国から同時に宣戦布告を受けた。
脳筋国家に『戦争を避ける』と言う選択肢は無く、王族を始めとした皆様は嬉々として戦場に突撃して行った。
それで良いのか王族。などとは突っ込んではいけないのだろう。
「うわぁ、何アレ? 脳筋の神髄ってこれなのか?」
授業の合間の休み時間。魔法を使いこっそりと戦場を覗いたら……別の意味で凄まじい光景が広がっていた。
槍のように飛んでくる魔法を、戦場を駆け回るウィスタリア王国の騎士の一人が、拳で打ち返した。他の騎士も剣や手足で似たような事をやっている。
大規模魔法は魔力を鎧のように纏い、突撃突破した。敵兵の引き攣り顔が哀れでしょうがない。
脳筋は鍛えると、ここまで出来るようになるものなのか!?
別の意味でヤバいな。そして、魔法の意味無いな!
訳の分からない戦慄を覚えたところで、始業の開始数分前の鐘が鳴った。魔法を終わらせて、慌てて教室に向かった。
この日の授業を終えて寮に戻る。
王太子達との婚約云々の話は、今のところ落ち着いている。戦争が終わったら再燃するのは目に見えている。
今の内に逃走するのが良いよね。実行しても、連れ戻されそうだ。出るにしても絶対に邪魔される。
最終手段、『自分よりも強い人じゃないと嫌です』を使う日が来そうだ。
望んだ事の無い、空前絶後のモテ期が到来しても、思う事は一つだけ。
執着系の王子は面倒臭い。
縁談を断る手段が思い付かず、部屋の窓越しに、澄んだ蒼穹を見上げて、深く重いため息を零した。
Fin
ここまでお読み頂きありがとうございます。
簡単に書き終わるかと思ったら、まさかの難航に吃驚です。
久し振りの投稿になりすみません。
現在、手元に書き溜まっているものを全部上げてしまおうか考え中です。長編に仕様となり、一章分は書き上がっているものが増えて来たので、いっそ上げてしまおうかと悩んでおります。
誤字脱字報告ありがとうございます。