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神竜エンシェントウォレスティードラゴン

 

「すごい……声が聞こえる! あの、あの、初めまして、神竜エンシェントウォレスティードラゴン。ぼくはレオスフィード・エレル・ウォレスティーと申します」

 

 魔石に話しかけるレオスフィード。

 その時、国王が顔を真っ青にしながらカタカタと身を震わせているのが(リョウ)から見えた。

 

(なにかに、怯えてる……? なんで?)

 

 それほど恐ろしい召喚魔なのだろうか。

 リグもなにか異変を感じたらしく、(リョウ)の手から手を離して前を向く。

 ぞわりとした空気が部屋を包む。

 先程のピリピリとした空気とは、別種の緊張感が部屋を圧迫した。

 

「……未召喚の状態で……適性のない者にまでこれほどの存在感を与えるとは」

 

 シドが無意識にだろう、【無銘(むめい)魔双剣(まそうけん)】の柄を掴む。

 手を置いているのではなく、いつでも抜けるように。

 レイオンとノイン、フィリックスも同じく剣の柄に手をかけていた。

 息が詰まるほど、重い。

 

「……父上……」

 

 レオスフィードはエンシェントウォレスティードラゴンの声を聞いたのか、眉を寄せて父王を見る。

 その声色は批難を滲ませていた。

 

「エンシェントウォレスティードラゴンは、なんと?」

 

 それでも王としての矜持なのか、レオスフィードを真っ直ぐに見返す国王。

 それに対して、レオスフィードが口を開く。

 

「父上は自分の兄弟を殺して王になったと。【竜公国ドラゴニクセル】の適性がないので王になれないはずなのに。父上の父上も、そのまた父上も。ここ三代ほどの王は皆、適性がないのに王になろうとする、と。……その上、父上がエンシェントウォレスティードラゴンとの盟約――『【竜公国ドラゴニクセル】の適性を持つ、竜の声が聞こえる者を王に据える』という約束の文言を、盟約の礎より勝手に削除したと怒っております。それは、本当なのですか? 父上……!」

「っ!?」

 

 貴族たちも、兄王子たちも国王を見る。

 それがどれほどのことなのか、異界から来た(リョウ)にはわからない。

 しかし、家契召喚(かけいしょうかん)とは極めて特殊な召喚魔法。

 その条件は“家”との契約。

 その約束ごとを守ってこなかったのだとしたら――。

 

「余を断罪するか?」

「エンシェントウォレスティードラゴンとウォレスティー王家との、それが契約です。守れないのならエンシェントウォレスティードラゴンも、我が国を守ることはないと言っています」

「っ……」

「エンシェントウォレスティードラゴンはウォレスティー王家がもう百年近く約束を守っていないと怒っています。民を見下し、王侯貴族のみを優遇し、すっかり腐敗してしまった。もし――もしも、今また自分の言葉を……この場の民、言葉を伝えるこの王子をも害して亡き者にするというのなら――」

 

 レオスフィードに別の声が重なる。

 鈍そうな貴族たちにも、その重なる声の主が“なに”であるのかわからないはずもない。

 確実にレオスフィードの体を借りて、エンシェントウォレスティードラゴンが喋っている。

 

「古の盟約に従い、私はウォレスティー王家との盟約を破棄する。以後、この国が他国より侵攻を受けても手助けすることはない。初代ウィリアム・ウォレスティーの志を失った愚か者よ、裏切りの対価を支払う用意はできているな?」

「う……裏切りの、対価?」

「そんなことも忘れたのか」

 

 呆れたエンシェントウォレスティードラゴンの声。

 チッ、と舌打ちしたシドが「家契召喚魔(かけいしょうかんま)との契約違反は呪いという形で一族が裏切りの対価を支払わなければならない」とつけ加える。

 それにギョッと目を向く王族たち。

 

「な、なんだそれは! 聞いたこともないぞ!」

「でたらめを言うなっ!」

「おい、マジかよ……家契召喚(かけいしょうかん)の条件とリスクを知らねぇとか……王族ってここまで無知なのか? マジで?」

「さ、さすがにそれは……」

 

 シドが本気で驚いて、フィリックスを振り返っている。

 (リョウ)家契召喚(かけいしょうかん)についてはまだ勉強不足。

 それでもフィリックスやミセラやアスカの反応を見ると、知らない方が常識はずれのようではある。

 

「条件とリスクって? ジンくん知ってる?」

「オレはまだそこまで習ってないな。ごめん」

「フィリックスさんは?」

「学校で習うよ。二年目でだけど」

 

 ノインが代わりに二人に聞いて回る。

 知らないことはすぐに聞く。

 聞かぬは一時の恥、知らぬは一生の恥とばかりに。

 

家契召喚(かけいしょうかん)は特殊な召喚魔法だから、条件がいくつかあるんだ。一つ、石板などに召喚魔と契約した家の当主が守るべき条件を記し残すこと。二つ、その条件を一族に守らせること。三つ、条件を満たさない場合は力を貸さないこと。四つ、条件に違反した場合は対価を支払うこと。これらは家契召喚魔(かけいしょうかんま)と契約を交わした家とで取り決められるため、その条件は家ごとで違う。ユオグレイブの町のチュフレブ総合病院のチュフレブ家と家契召喚魔(かけいしょうかんま)ドクター・アスクレピオスは『チュフレブ家の者は必ず医者となること』が、条件だと公表しているよな? そんな感じだ」

「へー、そうなんだ。つまり……ウォレスティー王家はそれを守ってなかったってこと?」

「……みたいだな」

 

 ジトリとフィリックスが王族たちを見る。

 平民のフィリックスにそんな目で見られて、怒りを滲ませる王子たち。

 しかし、国王の顔色はそれどころではない。

 

「ど……どうかお許しを……! 礎は元に戻します!」

「「父上!?」」

 

 庶務机の椅子に座っていた国王が突如立ち上がり、レオスフィードの前にやってきてそのまま土下座。

 あまりにも流れるような土下座姿に、兄王子たちもドン引きしている。

 

「お前たちも、早く謝罪をしろ! このまま見放されれば、ウォレスティー王家は魔力を失うのだぞ!?」

「え!? ど、どういうことですか!?」

「それがエンシェントウォレスティードラゴンとの盟約の条件なのだ……! 我が一族は条件を違えた場合、魔力を永劫失う。そういう呪いをかけられてしまう!」

「な!」

「じょ、冗談ではありません! 我らは無関係です! エンシェントウォレスティードラゴン様!」

 

 なんというドリル掌返しであろうか。

 あまりの姿に先程まで王子を擁護していた貴族まで引いた顔をしている。

 これはあまりにも情けない。

 情けなさすぎる。

 

「許さない。もう――」

「エンシェントウォレスティードラゴン。お前が今借りているその子もまた、ウォレスティー王家の血の者だ。幼いその子はお前がその身を使うことを許しただろう。だが、それはその子の善意だ。それになにか思うところはないのか?」

「……[異界の愛し子]か。新しい子だな。しかもアスカよりも、力が強い。なんと心地のよい魔力だろうか」

 

 口を出したのはリグ。

 ベッドから立ち上がることはなく、レオスフィードの身を案じて口を出したのだとすぐにわかった。

 確かにあのままでは、レオスフィードの体で父や兄が断罪されていただろう。

 それは、さすがに酷すぎる。

 

「その子は優しくていい子だ。成長すれば正しい王になるだろう。僕もその子がよい王になれるように手伝うと約束している。その子ならば【竜公国ドラゴニクセル】の適性を持つ、竜の声が聞こえる者を王に据える――という条件を満たせるのでは?」

「民の幸せを優先する王となる、という約束もしている」

「その子なら叶えられる。民とともに掃除や洗濯、料理をするような子だ。その子の未来は信じてあげてほしい。たくさん異界の魔法も覚えて、召喚魔と話をすると意気込んでいた」

「…………」

 

 沈黙。

 そして、ゆっくりと目を閉じる。

 レオスフィードに籠っていた魔力が部屋中に広がり、声が頭の中に拡散してきた。

 

「いいだろう、[異界の愛し子]。あなたに免じてレオスフィード・エレル・ウォレスティーを最後の試金石としよう。レオスフィードを王にし、民を想う王にならぬのであれば契約は破棄。最後のチャンスだ。それでよいか?」

「それでいい。この国を覆う結界も、どうかそのまま維持してもらえればと思う」

「「結界!?」」

 

 兄王子たちが声を揃えてリグを見る。

 その様子にリグも目を丸くした。

 これもまた「まさか知らないのか?」案件だろうか。

 

「教わらないものなのか?」

「そんなわけはございません! 王家の家契召喚魔(かけいしょうかんま)、エンシェントウォレスティードラゴンの結界は国防の要ですよ!? 教育係はなにをやっていましたの?」

「逆に考えると傀儡としての教育は実に行き届いているって感じじゃねぇ? 貴族どものクソぶりもここに極まれりだがな」

 

 ミセラの怒りの咆哮。

 貴族たちが面白いほどに目を背ける。

 シドの言う通り、王族の教育を貴族が行う以上、上手く傀儡として教育成功したと言えるだろう。

 その会話を聞いて兄王子たちがなんとも言えない顔になっている。

 

「それならエンシェントウォレスティードラゴンは、結界を解除した方がいいな」

「な――なにを申しておる!? そんなことをすれば隣国からの侵略を許しやすくなるのだぞ!?」

「テメーら貴族が王家を傀儡にしようとするからだろうが。多少危機感がある方が働く気になるだろう。甘やかしすぎなんだよ。王家のありがたみを思いだした方がいいと思うぜ。帝国と連合国も結界をなくせばお互い慎重になるだろうし」

「ではそうしよう」

「「「!?」」」

 

 クスクス笑いながら冗談めかしく言ったシドの提案にエンシェントウォレスティードラゴンが手を掲げた。

 ダンジョン内でも、能力の解除は可能。

 つまり今、この瞬間に結界を消したということなのではないか?

 口を開けたまま硬直する貴族たちと兄王子たち。

 土下座した国王の真っ青な顔。

 

「レオスフィードが玉座にいる間は元に戻す。貴族どもはレオスフィードに忠誠を誓え。誓わぬ者はこの国にいらぬ。話はこれで終わり。二度の違反は許さない。もしレオスフィードを害そうという者は、その瞬間に魔力を奪う。心しておけ」

「そ――そんな……!」

 

 目を閉じたレオスフィードが、次の瞬間ハッと目を開ける。

 体を使われていた間のことは覚えているらしい。

 リグの――[異界の愛し子]の説得でこれほどエンシェントウォレスティードラゴンがレオスフィードを重用するようになるとは、誰が想像しただろう。

 あるいは、久しぶりに言葉を交わせる王族に会って喜びが勝ったのかもしれない。

 

「父上……」

「…………。余はレオスフィードが成人するまで玉座を守り、事態を完全に鎮静化し、貴族の意識改革を終えてからレオスフィードに玉座を譲ると約束する。いや、神竜エンシェントウォレスティードラゴンに誓う。どうかそれで許してもらえないだろうか」

 

 震える声で国王が契約魔石に頭を下げる。

 困惑しながらもレオスフィードが「勝手にしろとのことです」と答えた。

 許しでもなんでもなく、それはレイオンと同じ意味のニュアンスだと誰もが感る。

 お前はもう、勝手にしろ――という、見放された意味。

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