表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/112

ルート フィリックス

 

「「え」」

 

 声が重なる。

 浴場にいたのは、フィリックス。と、キィルー。

 風呂に入って、上がったところ。

 つまり身にまとうものなどなにもない状況。

 湯気と広い浴場でフィリックスということと、そのフィリックスが全裸だということしかわからない。

 いや、それがわかっただけで十分だろうか。

 

「リョウちゃんーーーー!?」

「ウキキ!?」

「ごめんなさーーーい!」

 

 スパーンと扉を閉めて踵を返し、ダッシュで脱衣場から出る。

 どこをどう走ったかよくわからないが、気づくと勝手口から隣のアパートが見える空き地に来ていた。

 そこで一気に息を吐き出す。

 

「ああぁ……! やってしまったぁー!」

「コンコーン」

「ぽんぽこー」

 

 すりすりと左右からおあげとおかきが慰めてくれる。

 顔を両手で覆い、しゃがみ込む。

 完全に(リョウ)のミスだ。

 ロッカーの忘れ物確認を怠った。

 ちゃんと確認していれば、使用中のロッカーがあることにも、人が浴場にいることにも気づいたはずなのに。

 

「……で、でも……見てない……し」

 

 肌色はわかった。

 けれど肝心なところは多分見てない。

 咄嗟だったのでわからなかった。

 いや、そんな話ではなくて。

 

「ちゃんと謝らないと……」

 

 はあ、と溜息を吐き気合いを入れて立ち上がる。

 しかし、すぐにしゃがみ込む。

 以前ベッドの中に引き摺り込まれた時のことを、どうしても思い出してしまう。

 あれは完全に寝ぼけていたフィリックスが悪いのだが、今回は(リョウ)が悪い。

 ケーキで手を打ってもらったけれど、フィリックスはどうしたら許してくれるだろうか?

 

(はっ! リグと二人きりにしてみるとか? ……いやいや、私の失敗にリグをつき合わせるのはダメだよね)

 

 さすがに思いとどまるだけの理性は残っている。

 それならば直接本人に聞いてみるしかない。

 改めて立ち上がり、左右から慰めるように擦り寄るおあげとおかきを撫でて脱衣場に戻った。

 

「フィ、フィリックスさん、お着替え終わりました……?」

「終わったよ。あ、えっと、今はおれとキィルーしかいないから大丈夫。もしかして忘れ物のチェックかな?」

「い、いえ、お湯を抜きに……」

「そうだったんだ。気にせず行ってきていいよ」

 

 優しい。

 いつも通りに接してくれる。

 ありがたいけれど、より一層罪悪感に苛まれてしまう。

 

「あの、さっきは本当にすみませんでした! 私の確認不足です! なにかお詫びさせてください!」

 

 お風呂のお湯を抜き終わり、脱衣場に戻るとキィルーをタオルで拭いていたフィリックスに頭を下げる。

 すると嬉しそうな声で「それじゃあキィルーを乾かすの手伝ってくれる!?」と言われた。

 え、と顔を上げると、機嫌が悪そうなキィルー。

 

「ウキウキ!」

「ダメだ、ちゃんとドライヤーで乾かさないと。風邪ひくぞ」

「ウキキキィ!」

「こら! 逃げるな!」

「ウキアーーー!」

「「あ!」」

 

 フィリックスの手からタオルを奪い取り、ロッカーの上に逃げていくキィルー。

 さすが猿。

 どうやらドライヤーの音が嫌いらしい。

 ヤダヤダ、とタオルでわしゃわしゃと洗った毛を拭いている。

 しかし、フィリックスの言う通りタオルだけでは不十分だろう。

 

「もー、いつもああなんだ。風呂も体を洗うのも好きなんだけど、ドライヤーだけは嫌がって……」

「そうなんです――ね」

 

 いつも通り。

 だから不意に顔を上げて返事をした。

 けれどフィリックスの顔を見たら一気に色々思い出して顔を背けてしまう。

 そんな(リョウ)に、フィリックスも「あー」と複雑そうな声。

 

「ご、ごめんね……」

「え」

「いや、あのー……年頃の女の子に見せていいモンじゃないっていうか……」

「いえ! 完全にあれは私が悪かったので! むしろフィリックスさんは被害者なので! わ、私がなにかお詫びをしなきゃ……あ、き、キィルー、お願い! 私にお詫びさせて!」

「ウキィ」

 

 だからこそのキィルーのドライヤー。

 ロッカーの上のキィルーに叫ぶが、返事は「やだ!」である。

 そこをなんとか、と手を合わせるがプイっとされてしまう。

 

「キィル〜〜〜」

「ウキキッ」

「コンコーン!」

「ぽんぽこ!」

「「あ」」

 

 困っている(リョウ)を見かねておあげとおかきがロッカーの上に飛び上がる。

 しかし、素速さではキィルーの方が上。

 嫌な予感がした時にはもう遅い。

 

「わー! おあげ! おかきダメー!」

「や、やめろキィルー落ち着けぇー!」

「ウキキキキー!」

「コンコーン!」

「ぽんぽーこぽーーーん!」

 

 大運動会とでも言えばいいのか。

 三匹が脱衣場を駆け回り、ゴミ箱を倒したりロッカーの扉をへこませたり、大変なことになってきた。

 (リョウ)とフィリックスが慌てて三匹を捕まえようとするが、速すぎてなかなか追いつけない。

 

「んあぁ!」

「リョウちゃん!」

 

 体重計を蹴り飛ばし、またロッカーに登ったおあげを捕まえようとした時、浴場から出たところのマットに思い切り滑る。

 その横には扇風機。

 しかも動いている。

 がたん、と滑った先の扇風機にぶつかり、動いている扇風機が転んだ(リョウ)の上に倒れてきた。

 

「いっ――!」

「フィリックスさん!」

「ウキ!」

「コ、ココココーン!」

「ぽ、ぽんぽーん!」

 

 右肩の後ろを思い切り嫌な音が掠めていく。

 服の上からでも滲む血におかきが慌ててぽこぽこと叩いて治癒を行なった。

 すぐに緑色の光が溢れて怪我を治していく。

 けれど、やらかしたのは(リョウ)だ。

 

「ああぁ……ほ、本当にごめんなさい……ごめんなさい……っ」

「いや、大丈夫だよ。ちゃんとおかきが治してくれたし」

「でも、でも……私……っ」

 

 最悪すぎる。

 うっかり全裸まで見て、怪我までさせて。

 今日の自分はとんでもなく失敗しすぎだ。

 情けなくて涙が出てきた。

 いくら怪我をおかきが治せるといっても、それで怪我をさせた事実がなくなるわけではない。

 

「キィルーのドライヤーを頼んだのはおれだし」

「でも、その前に私が……!」

「キ、キィ……」

「ううん、私が悪い、全部私が……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 キィルーにまで謝らせてしまった。

 本格的に泣き出した(リョウ)の額に、フィリックスがふと手を置いた。

 

「そんなに泣かないでほしい。おれはきみが守れて誇らしいくらいなんだから」

「っ……! そんな……!」

「謝るより、おれは別な言葉がほしいな」

「――」

 

 ハッと顔を上げる。

 笑顔で見つめられて、涙を拭う。

 

「た、助けてくれて……ありがとうございます」

「うん。どういたしまして」

「……な、なにか、お礼を……」

「それじゃあ、明日の朝起こしてくれるかな? 正直起きられる気がしない」

「あ」

 

 涙がぴたりと止まる。

 優しい笑顔が困ったような笑顔になっていて、その切実さを察した。

 そうしたら、なんだか笑いが込み上げてくる。

 

「ふ、ふふ……わ、わかりました」

「本当にどうぞよろしくお願いします。リグにはまだ知られたくないし」

「は、はい。内緒にしておきます、ね」

 

 頭まで下げられてしまった。

 でも、そのお願いの仕方は違う。

 頬に手を当てて、上向かせる。

 

「気にしないでください。お詫びと、お礼なので」

「……うん」

 

 どこまでも優しくて、守る側の人。

 そんな人にこんな形で頼られるのは、正直に嬉しかった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【宣伝】

4g5a9fe526wsehtkgbrpk416aw51_vdb_c4_hs_3ekb.jpg
『転生大聖女の強くてニューゲーム ~私だけがレベルカンストしていたので、自由気ままな異世界旅を満喫します~』
詳しくはホームページへ。

ml4i5ot67d3mbxtk41qirpk5j5a_18lu_62_8w_15mn.jpg
『竜の聖女の刻印が現れたので、浮気性の殿下とは婚約破棄させていただきます!』発売中!
詳しくはホームページへ。

gjgmcpjmd12z7ignh8p1f541lwo0_f33_65_8w_12b0.jpg
8ld6cbz5da1l32s3kldlf1cjin4u_40g_65_8w_11p2.jpg
エンジェライト文庫様より電子書籍配信中!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ