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ちょっとだけ変わる関係

 

 

「ごめんください!」

「あら、噂をすればフィリックスじゃないか」

「おおー! 我が町の英雄様じゃねぇか!」

「久しぶりに顔見たな、フィリックス! お前だろ、復活したハロルド・エルセイドを捕まえたの! スゲェじゃねぇか!」

「子爵の爵位をもらえるって本当か?」

「ごめん、それよりもリョウちゃん! リグが退院してカーベルトに来てるってミニアさんに聞いたんだけど!」

「あ、はい」

 

 目のくまがひどい。

 これは確実に寝ていない。

 制服も皺が多くなっており、そこはかとなく匂うような?

 

「フィリックスさん……寝てます? お風呂入ってます? 最後に着替えたのいつですか……?」

「エ……?」

「あ、本当だ。髪も脂っぽくない? 髭だけ剃った感がすごい」

「ギクっ」

「パッと見てわかるくらいくたびれてますよ」

「エッ」

「キキィー」

 

 (リョウ)が後ずさるとノインと(ジン)が目を細めて追撃をする。

 キィルーが「ほら見ろ」と言わんばかりの顔。

 ぐぅ、と渋い顔をされるのだが、この状態で王子と一緒にいるリグの前に出すのは――心配が上回る。

 

「フィリックス、さすがにみっともないから部屋に帰ってシャワー浴びといで。できれば寝た方がいいけど、寝る時間はあるのかい?」

「い、いや。さすがに……休憩時間を無理やり作って出てきたので……」

「フィリックスさんさぁ、貴族の召喚警騎士は? まだ働いてないの?」

「いや…………働くのが初めてな先輩もいて、今役割分担を改めて振り分けし始めている感じなんだ。えーと、貴族の先輩に仕事を教えている状況って言えばいいのか? 伝わるか? ヤバさが」

「……伝わるよ……ヤバさが……」

 

 わ、わぁ〜、と冒険者たちすら顔が青ざめる。

 社会人経験のない(リョウ)(ジン)、ノインでさえあまりのことに笑えなくなっているほど。

 年下で平民のフィリックスに仕事を教わるのも苦痛という連中が、文句たらたらで今更ながらに仕事を始めたのだ。

 考えただけでこれまでとは違う、別種の地獄が見える。

 しかしそれでも、レイオンとミセラが町長庁という町のトップを締め上げて改革が始まったのだ。

 ここが踏ん張りどころと言える。

 若干、働き始めたら働き始めたで仕事が増えるというのがなんとも言えないところではあるが。

 

「でも、あの、大丈夫なのか? リョウちゃんもそうだけど、リグ……と、例の……」

「うん、多分。あの人本当にすごいんだ。召喚魔なしで召喚魔の魔法が使えるんだって」

「は?」

 

 目が点になるフィリックス。

 それはそうだろう。

 (ジン)が丁寧に先程リグが召喚魔を召喚せず、一人で結界魔法を使ったことを説明する。

 フィリックスが「規格外すぎる」と頭を抱えた。

 

「いや! そもそもどうやったらそんなことできるんだ!? 異界の言語を一から習得したとしても、異界の魔法は人間の保有魔力では発動が難しいはずなのに」

「へー、そうなんだぁ」

 

 なるほど、召喚魔法師が『召喚魔を召喚した方が早い』としているのは召喚魔の方が保有魔力や能力が高いから。

 それを聞いて(リョウ)はフィリックスとは別の意味で「なるほど」と思った。

 貴族たちはとにかく、自分で働くことをしないのだ。

 自分の力でなにかをする――ということがない。

 日常生活も使用人が手伝い、仕事も召喚魔を召喚してやらせる。

 現場に出て駆け回るフィリックスたちは、元平民だから自分のことを自分でやるのが当たり前。

 その差が明確に出ていたのだ。

 

「コンコン!」

「ぽんぽーこぽん!」

「うっ! ……わ、わかったよ。おあげとおかきにまで言われたら……部屋に戻ってシャワーを浴びてくるよ」

「はあ? シャワーなんかじゃダメよ! うちの浴場使っていきな! まったく顔はいいのに本当に無頓着なんだから!」

「リ、リータさん、でも、い、いいんですか?」

「いいに決まってるだろう! 飯もちゃんと食べておいき! リクエストはあるかい?」

「えっと、じゃあリョウちゃんのオムライス食べてみたいな。たまにお弁当に入ってるんだけど、ちゃんとしたやつはまだ食べる機会がなくて」

「あ、私のオムライスですか? わかりました。作っておきますね」

 

 ケチャップで描くイラストはお猿さんにしよう、とすぐに決めて腕をまくる。

 そうしていると、フィリックスから顔を近づけられた。

 

「あと、いい加減例のブツを渡したいんだ」

「例の……?」

「アレ、アレ。前約束したけど、そのままになってるやつ」

「約束?」

 

 なんのことかな、と首を傾げ、そのままになっている約束――と記憶を呼び起こしてハッと顔を上げる。

 ケーキパーラーカブラギの新作ケーキ。

 もう今月の新作が出ているので、かつての新作、となっているけれど。

 

「今月の新作も含めて買ってきたから、あとで渡すね」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 ちゃんと約束を覚えていてくれただけでも嬉しいのに、まさかの今月の新作まで。

 

「食べきれなかったら、リグにも食べさせてあげて」

「あ、はーい! 了解です」

 

 さては半分はそれが目的だな、とニコニコになってしまう。

 リグにケーキを食べさせてみたい、という気持ちは(リョウ)もよくわかる。

 きっと不思議な顔をするだろう。

 そしてフィリックスが慌てて現れた理由もわかった。

 ケーキを食べるリグが見たかったんだろう。

 

「じゃあ、リータさん。ありがたくお風呂借ります。先に着替え持ってきますね」

「はいよ」

 

 しかしまずはお風呂に入って、食事を摂ってもらわなければ。

 さすがにあんなくたびれた格好のままはこちらも気を使う。

 本当はしっかり寝てほしいところだが、休憩中と言っていたので仮眠は無理だろう。あの寝起きの悪さでは。

 

「よーし、フィリックスさんがたくさん食べられるように色々作ります!」

「あ、オレ手伝うよ」

「え? いや、大丈夫だよ」

「て、手伝いたいなーって」

「そ、そう?」

 

 本当に大丈夫なのだが、と首を傾げる。

 ノインが後ろに腕を回して「ジンくんはリョウさんに男として見てもらいたいから、手伝わせてあげてー」と余計なことを言う。

 おかげで冒険者たちとリータが「あ」という表情になり、うんうん、と謎に穏やかな笑顔で頷かれる。

 

「ノ、ノインくん!」

「ジンくん、リョウさんは逐一言わないと伝わらないと思うよ。本当にわかってないところとかも可愛いなあ、って思うのわかるけどさ」

「うっ!」

「か、可愛いなんて、そんな……」

 

 ノインにそんなふうに褒められたことがないので、驚いてしまう。

 今までそんなこと、言われたことはなかったのに。

 

「ボク、本当言うとジンくんのことは応援したかったんだよね」

「へ? な、なに?」

「でもなんか……お姉ちゃんを取られるみたいで、モヤモヤしちゃうから――応援しない」

「「な――!」」

「あらあら。ノインもお年頃になったんだねぇ」

 

 なんて、呑気に笑うリータと冒険者たち。

 唇を尖らせるノインに驚いた(リョウ)(ジン)は、まったく正反対の表情だった。

 (ジン)は驚きながらも嫌そうな顔。

 (リョウ)は驚きながらも嬉しそうな顔。

 (ジン)には姉がいるので、おそらくノインの気持ちを理解はできるのだろう。

 だが一人っ子の(リョウ)には、そんなふうに慕ってもらうこと自体が初めてだ。

 

「わ、私もノインくんのこと弟みたいに思っていいの?」

「い、いいよっ」

「わ、わあ〜」

「あれ? まだたむろってたの? ま、まあいいや。お風呂借りまーす」

「はいよ。ゆっくり入っておいで」

 

 そんなことをしていたら、フィリックスが戻ってきた。

 着替えを手に持ち、まだ和気藹々としていた(リョウ)たちの横を通り過ぎる。

 ただ若干、ジンがあまりにも落ち込んでいて(リョウ)が嬉しそうでノインが照れているので「なにかあったんだろう、あとで話を聞いてみようかな」と首を突っ込む予定を挟み込んだ。

 お人好しがすぎる。

 

 

 

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