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取引現場

 

「本当にクソだなぁ」

 

 と、呟いたのはレイオンである。 

 ミセラとベレスがカーベルトに来た翌日、(リョウ)は一度召喚警騎士団本部に赴いてから、町の東南にある『戦士の墓』という遺跡に連れて行かれることになった。

 それが人質と(リョウ)を交換する場所なのだという。

 とはいえ、(リョウ)はごく普通の一般人。

 誘拐されたのが第三王子であっても、(リョウ)が人質と交換される理由はない。

 完全にとばっちりだ。

 だというのにユオグレイブの町の召喚警騎士団署長は、(リョウ)に“協力”という形で人質と交換されてほしい、と依頼してきた。

 もちろん「必ず助け出します」と約束はされているが、レイオンとミセラ、ノイン、(ジン)の同行はなぜか署長に拒否されたという。

 現在は本部の一室でノイン、レイオン、(ジン)、フィリックス、ミルア、スフレ、ミセラ、アラベルとともに待機させられているのだが、レイオンの不機嫌っぷりがすごい。

 

「そんなにわかりやすく怒るものではないですわ、レイオン。おかげでだいたい全体図が見えてきたではありませんの」

「そうは言うがな、ミセラ。リョウちゃんは本当にただの一般人だぞ。それを犯人へ突き出すなんて馬鹿げてる。しかもわしらを除け者にするなんて」

「他にもなにか旨味のある餌を用意されているのでしょう。わたくしたちはわたくしたちで、手を回して動けばいいのですわ。ねえ、アラベル?」

「はい。おおよその予想はできました。リョウさんを守り、かのお方を助け出し、尚且つ今回の騒動を起こした者どもを一掃する作戦はバッチリです!」

 

 クイ、と大きな眼鏡を持ち上げ、得意げな表情でそう告げるアラベル。可愛い。

 レイオンはまだ不機嫌そうだが、アラベルの参謀ぶりは二十年前から信頼のおけるものだと知っているせいか、大人しく席に座る。

 

「具体的にどうするのですか?」

 

 フィリックスがアラベルに向かって聞くと、再び眼鏡をクイ、と持ち上げ「ご説明します」と話し始めた。

 大まかに三つの班に分かれ、今回の事態を収める。

 一つはフィリックス、ミルア、スフレが(リョウ)とともに署長たちの作戦が上手くいっているように見せかける班。

 主な目的は陽動。

 そして、(リョウ)の安全確保である。

 おあげとおかきは(リョウ)の体調を整える役割もあると言い、同行をゴリ押しさせるのも役割の一つ。

 二つ目は秘密裏にあとをつけて、現場に介入する班。

 ノイン、(ジン)、アラベルが行う。

 臨機応変さが必要となり、アラベルが主な指揮を取る。

 

「おそらく犯人は、皆さんが思い浮かべてる通りの広域指名手配犯ですわ。リョウさんの“価値”を署長がどれほど理解しているのかはわかりませんが、彼の目的は普通の貴族らしいものでしょう。でなければリョウさんを差し出すとは思えません」

「それに、もし知っているとしたらわたくしたちも参加させると思うんですの。漁夫の利を得たいと思うはずですもの」

「「「……確かに」」」 

 

 ものすごくあっさりと第七部隊の三人が納得してしまった。 

 本当にそういうタイプの署長らしい。 

 あまりの情けなさに、レイオンが頭を抱える。

 

「つまり、署長はなにも知らないってことっスか」

「その割には意気揚々『自分が直接指揮を執る』 とか言ってついてくる気なんですけど。現場では署長より邪魔な存在なんて町長や市議ぐらいなものですよ」

「落ち着け、フィリックス。殺気が漏れてるぞ」

「すみません、レイオンさん」

 

 フィリックスの言いたいことはもっともだ。

 署長、邪魔すぎる。

 先日シドに五割近くの職員が倒され、現在も四割が入院及び通院という状況。

 その人手不足を補うために、署長が自ら先陣に立つと言い出した。

 しかし、フィリックスたちは知っている。

 署長がそんな殊勝な人間であるはずがないということを。

 だからこそ「本当に邪魔」だと思っているし、ろくなこと考えずに行動して現場についてくるつもりの署長に殺意すら感じているのだ。

 もちろん署長の息のかかった召喚警騎士たちと、警騎士もついてくる。

 現場は多種多様な意味合いで修羅場となるのは確実。

 

「で、わしとミセラで大元の除去か」

「はい。これが一番大変かと思いますが、お二人にしかできないことです」

 

 クイ、と眼鏡を押し上げ、アラベルがレイオンとミセラに頼んだのは“大元”の断罪。

 もちろんその大元とは、署長たちよりも上の権力者だ。

 それを断罪するとなると、英雄の二人にしかできない。

 

「その大元って、もしかしなくても町長庁にいる人たち?」

「ええ、そうですわ。今回の件、そもそも誘拐事件の発端からして無関係ではありませんの。あのお方がこの町に来ていることを知っているのは、町長庁にいる者たちだけですもの。大失態ですのよ?」

 

 ノインの質問ににっこり微笑むミセラ。

 ぞわり、とその場の誰もが背筋を冷やす。

 つまり、町長たちは第三王子がこの町にいるにもかかわらず警護を疎かにし、誘拐を許した。

 その大失態をミセラとベレスになんとかしてもらおうと二人を王都から派遣してもらったが、今度は署長を暴走させている。

 署長は『廃の街』での失態を挽回すべく、かなり強引に今回の件の解決を行おうとしており、同時に(リョウ)を差し出すことで別の旨味もあるのだろうとミセラとアラベルは予想しているのだ。

 そして、町長と市議たちもまた、その署長が得るであろう旨味のおこぼれをしっかり味わおうとしている。

 

「クソだなぁ」

 

 冒頭と同じことをレイオンが呟く。

 みんな同じ気持ちだが、ミルアですら口を噤んで言わなかった。

 

「だから、全部守って助けて、そして胸を張って帰っておいでなさいですわ」

「っ」

 

 笑顔の質が柔らかくなったミセラが、(リョウ)に向かって微笑んだ。

 ここに来る前に話したことを言っているのだとすぐに察した。

 

「はい」

 

 それは、リグもシドも一緒に連れて帰っておいで、という意味だ。

 (リョウ)も嬉しくて無意識に微笑んで返事をしていた。

 みんなで、無事に帰ってこよう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから三時間ほど経って、昼前。

 (リョウ)は第七部隊の三人と、十人ほどの警騎士、エジソン・ドールマン署長とその直属の部下らしい三人の召喚警騎士とともに町の南東にある『戦士の墓』という遺跡にやってきた。

 五メートルはある十字架や、墓標が建ち並ぶここはかつて王都に迫った他国の侵略者たちと最後の防衛戦を守り抜いた戦士たちの墓なのだそうだ。

 あまりにも多大な犠牲が出た結果、一時的にダンジョン化するほどに澱んだ魔力が立ち昇り、多くの召喚魔法師が幾度も鎮魂を行い、この巨大な墓標で死者を慰め続けている。

 そんな場所で人質と(リョウ)を交換するとは。

 

「おい、第七ども。お前たちはあくまでもその娘の護衛だ。余計なことはするなよ」

「はい、わかっています」

 

 言い返したいのを我慢しているフィリックスの表情を見上げながら、こっそり「私は大丈夫ですよ」と伝える。

 そうすると、少しだけ優しい表情で頷かれた。

 丘の上に登っていくと、黒いマントで全身を覆った男と小さな男の子がいる。

 目を見開いた。

 男の子が誘拐された被害者だろう。

 その隣にいる男は――リグだ。

 

「言われた通り、あの日召喚された少女の中で首輪をつけた者を連れてきたぞ」

 

 署長が尊大な態度でリグに話しかける。

 リグがここにいるということは、やはり誘拐犯はダロアログに間違いない。

 しかし、引き換えに現れたのはリグ。

 姑息なあの男は、リグを使って安全圏からこの取引を見ているのだろう。

 

(姑息……) 

 

 (リョウ)と同じことを思ったのだろう、フィリックスが本気で怒りに震えている。

 

「さあ! 王子をこちらへ!」

「……」

「い……嫌だ!」

 

 ギョッとした。

 もちろん王子の発言に驚いたのは(リョウ)だけではない。

 一緒に来た全員が驚いたし、王子はそう叫ぶなり黒いマントにしがみつく。

 

「ぼ、ぼくは帰らない! どうせお前たちも兄上たちが王になればいいと思っているのだろう!? ぼくを助けて、恩を売るつもりなんだろう! そのくらいぼくにもわかる! ばかにするな!」

 

 えーーー、と(リョウ)が思わずフィリックスたちの方を見上げると、フィリックスたちも予想外だったのか口を開けて固まった。

 しかし、これでは王子のみの安全の確保も難しい。

 

「そ、そのようなことはございません、殿下。我らの制服をご覧ください。我々は国家所属の召喚警騎士団。私はユオグレイブの町の召喚警騎士団署長エジソン・ドールマン伯爵と申します。殿下をお助けして、安全な本部でお守りいたしますことをお約束いたします」

「嘘だ! お前たちはこの者のことも傷つけようとするのだろう!」

 

 王子がそう言って、縋りついていたマントの男の前に仁王立ちする。

 手を広げ、彼を庇うように。

 それを見た瞬間、察した。

 

(あ、リグ、王子様に懐かれてる……!)

 

 彼らしい。 

 八つの世界の召喚魔にも好まれる[異界の愛し子]は、なにも異界の住人にのみ好まれるわけではない。

 この世界の住民にも好かれやすいのだ。

 英雄アスカのように。

 それでなくとも獣人の子どもたちにも懐かれていた。

 人間の子どもも例外ではないのだろう。

 特に、誘拐されて不安になっていた子どもにとってリグが側にいたらそりゃあ懐かないわけがない。

 ついでに言うと、目の前にこんな胡散臭いおっさんたちが並んでいたら……そりゃあ。

 

「な、なにを……その者は誘拐犯の仲間でございましょう? 捕えて尋問はいたしますが、抵抗しないのであれば傷つけることはいたしません」

「嘘だ! お前たちとぼくを攫った男の話は聞いている! ぼくとリグを――[異界の愛し子]を渡すから、その娘をダロアログに渡すという約束をしていた! リグはハロルド・エルセイドの息子だから、正義は我らにあるとか……どう扱おうと世間からは支持されるだろうとか! ちゃんと聞いていたぞ!」

「ぐっ!」

「っ!?」

 

 王子が叫んだ内容に衝撃が走る。

 ダロアログは、(リョウ)を手に入れるためにリグまでも売ったのだ。

 署長が得ようとしていた“旨味”とは[異界の愛し子]、リグのこと。

 しかも、以前話していた通りリグのことなど道具がなにかのように扱おうとしていた。

 見る見る署長の顔が渋く歪んでいく。

 右目に眼帯をしているせいで、(リョウ)の方からはどんな目をしているのかわからないけれど。

 

「だ、誰がそのようなことを……そんなことはありえません! 嘘偽りをお聞きになったのでございます!」

「お前の声だった!」

「うっ!」

「ダロアログはわざとぼくにも聞かせたのだ! ぼくは、お前たちのところには行かない! ぼくは……ぼくは王都に帰って、父上と兄上にちゃんと話をしてリグを守るんだ!」

「は、はぁ!? 殿下、なにをおっしゃっているのですか! ()()はハロルド・エルセイドの息子なのですよ!?」

「ぼくをダロアログから守ってくれたのはリグだ! ぼくはこのままリグに召喚魔法を教えてもらう! そのために王都に帰るって決めたんだ! お前たちでは話にならない! 王都からぼくを捜しにきた者を呼べ!」

「――っ!」

 

 


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