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ルート シドに助けを求める

 

「シ、シド……フィリックスさんたちを、助けて……」

「なんで」

 

 なんで。

 そんなのそう言われて当たり前だ。

 けれど――。

 

「フィリックスさんたちが、リグを助けようとしてくれているから! このままじゃ、みんなやられてしまう。そんなの、イヤ……だから……っ」

 

 自分の無力さに涙が溢れてくる。

 結局なにもできないではないか。

 元の世界の自分と同じ。

 自分からなにもできない、情けなくてみっともなくて勇気もない小さな無力な子ども。

 

「でも、私……私の中には、三千人分の見知らぬ誰かがいる。その人たちを危険に晒すわけにはいかないし、この人たちのためにも私は私を助けてくれる人たちを失うわけには――いかない」

 

 自分がリグと同じ存在だと知らされたが、それでも決定的に違うところがある。

 自分の中にある命。

 まったく見ず知らずの、まったくなんの関係もない人たち。

 巻き込まれたにしても、あまりにもひどい話だ。

 この人たちを抱えている以上、この人たちを元の姿に戻し元の世界に帰すまで、自分とリグを助けて支えてくれる味方を失うわけにはいかないのだ。

 

「だ、だから、助けて……」

「――それでいい」

「え?」

 

 思いも寄らないことを言われて、見上げる。

 

「それでいい。お前は正しい選択をした。お前を含めて今回の召喚儀式で召喚された者は、元の世界に帰るべきだ。お前自身もこの世界にとっては異物。お前が自らで在り方を決めて誤った方向に転がれば、災いにしかならない」

「……っ!」

 

 それは、先程リグがシドに言われた言葉と同じ。

 (リョウ)もまた、この世界の異物。

 この世界に災いをもたらすモノ。

 

「だが、それでもアレと違ってお前は異界で人間として生きていたのだろう? アレと同じように生きる必要はない。自分の力に自分で責任を取れるのなら、って話だけどな」

「それは――」

「力の大きさ。自分の腹の中に抱えるモノの価値。理解しているのなら、それでいい。守るために守られるのは悪いことじゃない。使えるモノなら俺でも使えばいい。他になにか望みはあるか?」

 

 頭をぽん、と撫でられて涙が止まる。

 ああ、これがそうか、と。

 

(リグが言っていた通り、この人は間違えない。人を導く人だ)

 

 そして、だからこそリグが望むのもわかる。

 

「だ、誰も殺さないで……死なせないでほしい……!」

 

 リグの願い。

 兄に、人を殺さないでほしい。

 たとえ敵でも。

 

「フン。容易いな」

 

 その時、おそらく初めて笑顔らしい笑顔を見たと思う。

 今までのような敵に対するものではなく、誰かに対するものではなく、(リョウ)だけに向けた自信に満ちた笑顔。

 

(ああ……ダメ……)

 

 憧憬。きっと恋慕ではない。はず。

 手を伸ばしても絶対に手に入らない。

 それほどまでに違う世界の人。

 だからこそ、焦がれる感覚。

 

「これを持っておけ」

「? これは?」

「稲荷狐と治化狸(ちばけたぬき)の契約魔石だ。呼べばすぐ来るようにしてある。強化するなら魔力はリグに注いでもらえ。さすがに魔力が切れかけていたから、呼び出す分は入れておいたけどな」

「あ……」

 

 リグが言っていた二匹の契約魔石。

 赤い石が嵌ったペンダント。

 

風磨(フウマ)、反対側を任せる」

「ハッ」

 

 影の中より現れた鬼忍に命じて、崖から飛び降りる。

 断崖絶壁だ、まさか。

 慌てて見下ろすと、尻餅をついたミルアや黒服に機械兵士が襲いかかるところだった。

 ミルアを助けようと前に出たノインが、今朝もらったばかりの剣で機械兵士の剣を受け止める。

 だが、突然機械兵士の剣が光り、ノインがもらった剣を真っ二つに折った。いや、溶かした、だろうか?

 

「ノインくん……!」

 

 届かないとわかっていても叫んでしまう。

 けれど、そのノインを庇うようにシドが着地した。

 と、同時に機械兵士が吹き飛んだ。

 なにが起こったのか、おそらく成した者にしか理解できない。

 

 

 

「は……シド・エルセイド!? なんでお前がここに!?」

「飯代ぐらいは助けてやろうと思っただけだ」

「え?」

「アッシュ! この円の中に手下を集めておけ!」

「アァ!?」

「お前らもそこから出るな。間違えて殺しかねねぇ」

「は、はぁ!?」

 

 シドが比較的広範囲に苦無(クナイ)を定間隔に地面に突き刺して円を作っている。

 これの中から出るな、ということらしい。

 ガラ悪く聞き返したのは、円の中の柱の上にいたアッシュとノイン。

 

「さあ、掃除といくか。ごちゃごちゃごちゃごちゃ、ゴミでもこれだけ集まると壮観だな」

「シド・エルセイド……!」

「クッ、三十億ラームの賞金首までなぜここに!」

 

 右手で左の腰にかかる剣を。

 左手で右の腰にかかる剣を。

 シドが、抜く。

 【無銘(むめい)魔双剣(まそうけん)】を。

 

「……おい! テメェが勝手に首突っ込んだんだ! 貸し借りなしだぞ!」

「いいぜ!」

 

 アッシュの叫びに返事をして、シドが消える。

 それを見てからアッシュも柱から飛び出した。

 遠距離攻撃の手が止まった今のうちに、苦無の円の外にいる部下を回収するためだ。

 建物の影を上手く使って距離を詰めようとしていた、剣を持つ警騎士をワイヤーとワイヤーが仕込まれた剣で思いも寄らぬ角度から攻撃して撃破していく。

 

「タック! 苦無の刺さるところへ行け!」

「あ、兄貴……!」

「他のやつらもまとめて苦無の円の中に移動しろ。野郎のお節介なんざ滅多に拝めるもんじゃねぇが、ここは利用させてもらおうじゃねぇの」

 

 そうして笑って見た先は、二本の剣を自在に操り縦横無尽に警騎士と召喚魔を無効化していく世界最強。

 あまりにも速く、攻撃の剣筋もわかりづらい。

 上から下から、回転して蹴りまで入れ、認識する前に斬られる者もいる。

 

「速……!?」

「目で追うな! 間に合わないよ!」

 

 思わずノインが声をかけても、そんな声が届く余裕もない。

 そうこうしている間にアッシュと『赤い靴跡』の黒服や黒マントが円の中に入る。

 コイツらと同じ場所にいるのが腹立たしいと思いながらも、それでも――その剣に魅入った。

 あまりにも見事で美しい。

 ノインが唇を噛み、悔しげに顔を歪める。

 天才だなんだと持て囃されて、それを当たり前のように自称していても魔力がないので「剣聖にはなれない」と思っていた。

 今も正直なところを言えば、自分はまだまだ剣士として、騎士として未熟だという自覚がある。

 それでもそこに、こうも圧倒的な剣技を見せられると――。

 

「召喚魔を増やせ! なんのための召喚魔法師だ!」

「だ、ダメだ! 契約魔石が電気を帯びていて……反応しない!」

「なにわけわからんこと言って――ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!」

「ひ、ひいいい!」

 

 すでに召喚されていた獣人や機械人形が、吹き飛ばされて建物を粉砕していく。

 地下を使って『廃の街』を包囲していた警騎士と召喚警騎士たちの包囲網の一部に穴が開いた。

 それでも囲まれていたのは事実。

 反対方向の部隊が襲いかかるが、それを阻む爆発や土壁が現れる。

 

「な、なんすかあれ、兄貴っ」

「さぁな。シドの野郎の手札だろ」

「勘がいいな。せっかくのパーティーだ。俺も気分がいい。少し見せてやろう」

「へえ?」

 

 側面を壊滅させて戻ってきたシドが、先程アッシュが登っていた柱の上に着地する。

 そのまま立ち上がって二本の剣を重ねるように持つ。

 

「我、シド・エルセイドの盟友(とも)よ、わが盾となり刃となり、助けとなれ! 来い! 風磨(フウマ)!」

 

 赤い光がシドの体を包む。

 それは、フィリックスとキィルーが使った専用契約召喚魔と召喚主だけが使える召喚魔法。

 鬼の二本角。侍に近い肩の大袖と腰の草摺の鎧。

 

「テメェ、やっぱり召喚魔法が使えやがったのか」

「当然だろう? 俺を誰だと思っている。かの悪名高い召喚魔法師、ハロルド・エルセイドの息子だぞ? 召喚警騎士団相手だからこのくらいは許されるよなぁ!」

「「「いやいや! そういう問題じゃない!」」」

 

 と、アッシュに対して答えたシドに突っ込んだのはフィリックスとミルアとスフレ。

 シド・エルセイドの情報に、召喚魔法が使えることは書いていなかった。

 今までひた隠しにされていたのだ。

 それを今日、この場で使った。

 その意味は――。

 

「土遁・土流壁」

 

 剣二本を並べて地面に突き立て、その横に着地してから印を結ぶ。

 それをそのまま地面に叩き込むと、地面が隆起して一瞬で二十メートル以上ある土壁が『廃の街』を分断した。

 

「クソ野郎……! こんな隠し玉持ってやがったのか……!」

「ユオグレイブの召喚警騎士団の五割の戦力は揃ってたぞ!? 負けるのかよ!? たった一人に!?」

 

 アッシュとフィリックスの叫びも地割れの轟音にかき消される。

 ゆっくり元に戻っていく地面に巻き込まれた召喚魔や警騎士は、完全に伸びていた。

 剣も、召喚魔法も――騎士も召喚魔法師も……たった一人の賞金首に容易く上をいかれる。

 

「ヒイイ、う、うそだ、こ、こんなの……!」

「た、隊長! 無理です、あんなのに勝てませ――!」

「ば、馬鹿者! こっちに来るな! クッ……クソォ! こうなったら……行けぇ! ウンディーエレファント!」

『パオオオォ!』

 

 フェニックスを捕まえて倒した【神霊国ミスティオード】の水の精霊。

 町を踏み潰さんばかりに、あの巨体が駆け寄ってくる。

 それに対してシドがどこからともなく六角型の大型手裏剣を取り出した。

 魔力を込められ、人の半身ぐらいあった巨大な手裏剣がさらに巨大化していく。

 

「倍化手裏剣・六角!」

 

 投げたそれが、空中を飛びながらさらに巨大化していく。

 もはや十メートル近くまで巨大化した手裏剣に、水の精霊が引き裂かれて一緒に吹き飛んでいった。

 

「ぅあーーーー!? ば、バカなぁァァァァァア! 三十人の召喚魔法師が三十分かけて呼んだ水の精霊がぁー!」

 

 頭を抱えた召喚警騎士部隊の隊長が叫ぶ。

 あまりにもみっともない姿に、フィリックスとミルアとスフレがドン引きした顔をする。

 なんでそんなバラさなくていいことまでバラすのだろうか。

 

「もういいぞ」

「ハッ」

 

 憑依時間に余裕を残して憑依を終了するシド。

 【無銘(むめい)魔双剣(まそうけん)】を地面から引き抜く。

 その頃には、魔双剣そのものの光が激しくなっていた。

 ――充電式。

 リグがそう言っていたのを、(ジン)が思い出した。

 その光はまるで“充電済み”と言わんばかり。

 

「まさか……まだ……!」

「え?」

 

 すでに十分壊滅状態だが、それでもまだ、周囲にちらほら立ち上がる召喚魔や召喚警騎士、警騎士がいる。

 シド・エルセイドは、自分以外が立っているのを許さない。

 凶悪な笑みを浮かべ、充電済みの魔双剣を地面に改めて突き立てた。

 

「ド派手にぶっ飛べ」

「「「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁーーーー!!!」」」

 

 ドオオォォン! とそれはもう大きな音を立てて、『廃の街』全体を雷が這った。

 落雷ではない。

 魔双剣から放たれた、地を這う放電。

 ただ、(ジン)たちがいたところは苦無がそれをうまく地面に流したらしく無事。

 

「円から出るなってこういうことか」

「ヒ、ヒイイィ……」

「……タック、これで理解できただろ? あの野郎とはまともに戦争できるわけねぇんだよ」

 

 ヒュ、と風を切って二本の剣が鞘に収まる。

 相手にもならない。

 普段現場に出ない貴族の召喚警騎士が、士気の低い警騎士を連れて自慢の召喚魔を従えたところで。

 懸賞金三十億の、剣聖二人を倒した名実共に世界最強の男が――まざまざと見せつけたたけだ。

 

「怖ぇ。怖ぇぇよぉ、シドのアニキ……」

「あ、ああ……」

 

 怯えて縮こまり震えるスエアロと直立不動で動けないガウバス。

 本当に怖い。

 改めて恐怖を身につまされた。

 

「これでまだ“憑依したまま魔剣を使う”を、残しているってことか……クソ……!」

「魔剣のチャージもあれだけかどうか……。もう一段階、二段階、チャージできるのだとしたら……!」

「考えたくねぇなぁ!」

 

 若干泣きそうなフィリックス。

 ノインの苦虫を噛み潰したような表情。

 魔剣には詳しくないが、あれを見ていたらそう思う。

 おそらく、あの魔剣にはまだ“上”がある。

 

「さて――おい、雑魚の召喚警騎士ども。今回はこれで手打ちにしな」

「え?」

 

 シドが放り投げてきたのは収納宝具の巻き物。

 フィリックスが拾って開いてみると、無数の小さな檻と中には召喚魔の絵。

 誘拐されていた召喚魔たちだ。

 いつの間に。

 

「シド、テメェ!」

「アッシュ、お前も小銭は諦めな。俺のやった情報で元が取れるだろう、お前なら」

「取るけどなァ! それとこれとは話が別だろ! どんだけ時間かけたと思ってやがる!」

「嵌めた相手からも搾り上げりゃいいだろ」

「やるけどなァ、それも!」

 

 やるのかよ、と溜息を吐くシド。

 がめついのはこちらも同じのようである。

 

「だったらその辺に転がってるやつ適当に掻っ払っていきゃあいいだろ。なんのために麻痺させたと思ってる。まあ、【機雷国シドレス】系は軒並みぶっ壊したから無理だろうけど」

「おい! そんなことおれたちが許さないぞ!」

「そうよ! 助けてもらったのは……癪だし!」

「そういやダロアログの野郎から追加料金ぶん取ったのか?」

「「無視!?」」

 

 フィリックスとミルアを完全に無視。

 振り返ったシドに、アッシュは苦い顔をする。

 

「見つからねぇんだよ」

「あのクソ野郎、透化外套っていう姿を透明にするマントの魔石道具と消音石っつー音を消す魔石道具持ってるからなぁ」

「ンッだそりャ!? 見つからねェわンなもん!」

「見つけた情報買ってやるよ。言い値で」

「……。へえ?」

 

 笑顔。

 それを見てほとんどの者が背筋を冷やした。

 アッシュ以外は。

 

「言ったな? いいぜ。テメェからむしり取るだけむしり取ってやるわ」

「楽しみにしているぜ。俺もあのクソ野郎の首をへし折るためなら金に糸目はつけねぇ。しょんべん漏らして命乞いするあの野郎の首をゆっくりへし折る……絶対に……!」

「……マジ、あのおっさんなにやったらテメェにそこまで恨まれるんだよ。まあいい。おいテメェら、撤収するぞ」

「は、はい!」

 

 部下を伴い、とんずらしていくアッシュこと『赤い靴跡』。

 残されたのは召喚警騎士の三人とその相棒、ノインと(ジン)とスエアロとガウバス。

 

「お前ら弱すぎるな」

「「「はあ!?」」」

「あの小娘一人まともに守れないじゃねぇか。続くようなら……アレも俺が守る。任せておけねぇ」

「っ!」

 

 崖の上を指差す。

 そこにいたのは(リョウ)だ。

 心配そうにしているのが遠目からもわかる。

 

「……待て! それじゃあ……あの日召喚された人々を元の世界に戻す手伝いを、してくれるということか?」

 

 フィリックスが睨むように聞くと、シドはフードを被る。

 ただ、口許には笑み。

 

「その前にダロアログを殺す。次は邪魔するな」

「っ……」

 

 


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