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絶望の声 2

 

 助けて、と言う声。

 (リョウ)がハロウィンの夜に聞いた言葉。

 (リョウ)も助けてほしかった。

 家に帰りたくない。

 あの家にはなにもない。

 助けてくれたリグのことを、(リョウ)も助けてあげたかった。

 けれどまさかこれほどまでに、彼が絶望していると思わなかった。

 

「ダンナさんは悪いことしてないっ」

「スエアロ、僕はダロアログの悪事に言われるまま手を貸している。一度や二度ではない。なにを手伝わされていたのかはわからないけれど、あいつのやることがいいことなわけはない。シドも言っていたし」

「でも!」

 

 数え切れないほどの人と流入異界民が、憎しみを向けている。

 矛先となるべき“当事者”はすでになく、その直系の息子は[原初の召喚魔法]と[異界の愛し子]という特別な力を持つ。

 この中で、レイオンは特に険しい表情で手を組んでいた。

 世界の情勢。

 世界一の大罪人の息子。

 その息子の持つ能力。

 リグの言う通り、自由騎士団(フリーナイツ)では守り切れない。

 守り切れないのなら奪われるしかない。

 奪われた先になにがあるのか――それはもう、戦争しかないのだろう。

 今この国にアスカという[原初の召喚魔法]と[異界の愛し子]がいるからこそ、世界は均衡を保っている。

 それがもう一人。

 別の国が取得すれば三つのうちのどれかの国が滅ぼされる。

 この国が取得すれば、二つの国が滅びる。

 表の世界に出るべきではない。

 この世界の異物。

 リグはシドのように、表に出て戦うほどに強いわけではない。

 いや、逆にその気になればシドよりも恐ろしいのだ。

 コストを無視した召喚魔法。

 容易く上位存在も、英雄アスカのように伝説存在しえ召喚できる。

 

「ダロアログが一ヶ月前に行ったと思われる召喚儀式について、なにか知っているか?」

 

 熟考の末にレイオンが聞いたのは、(リョウ)たちが召喚された事件について。

 あの現場にアッシュとダロアログがいたのは、(ジン)の証言でほぼ確定している。

 そこに敵対して現れたシド。

 リグも当然、無関係ではないと踏んだのだろう。

 (リョウ)もそれが聞きたかった。

 (リョウ)たちはなぜ召喚されて、なぜ狙われねばならないのか。

 

「……本当にそれを聞きに来たわけではなかったのか」

「ということは、なにか知っているんだな?」

「あの儀式はハロルド・エルセイドが残した論文の一つを参考に行われた。異界より大量の魔力を保有できる女を“聖杯”に見立てて召喚する。その時に、その女の周りの人間を肉体から魂まですべて魔力に分解して“聖杯”に収める。そうすることで、膨大な魔力を異世界から手に入れることができる――というものだ」

「……」

 

 顔を上げる。

 なんとなく、えらく物騒な話をしていたように思うのだが。

 フィリックスとレイオンも、口を開けて固まっている。

 

「ま――待て。待て待て待て。いや、なんだそれは……そんなこと……いや、まず、そんな魔力を、なにに使うつもりなんだ?」

「なんでもできると思う。できないことはほとんどない。ダロアログがなにをしたいのかは、僕も知らない。興味もないし……」

「……っ!」

「え……えっと……あの、そ、それじゃあ、あの時召喚された、オレたちって……」

「僕が召喚したのは“聖杯”であるリョウだけ。君たちはリョウが媒体となって召喚している。おそらくこの世界の召喚魔法適性が高くて“消化”できなかったから、連れてきたのだと思う。元の世界に帰りたいのであれば、リョウに送還魔法を教えてシドかダロアログの持つ“鍵”でリョウ自身の魔力のみを使い、送還するしかない。多分僕が頼めばシドは協力してくれる」

「え……あ……か、帰れ、帰れるんですか!?」

「ああ」

 

 立ち上がった(ジン)(リョウ)を見る。

 こういう話だと、やっと理解したのだろう。

 だが、正直(リョウ)はそれどころではない。

 

「……リ、リグ、あの……わた、私の、周りに、いた、人たち……は……」

 

 あの日、ハロウィンで集まっていた人々は――。

 

「肉体と魂を魔力に分解・変換されて、君の中に封印されている。おそらく三千人分ほど。彼らも元の世界に帰したいのなら、同じ方法で帰して戻すことはできる。だが、肉体のある者たちより難易度が高い。“鍵”による制御以外にもより精密な魔力操作が必要になるし、召喚魔法の知識と魔力も必要だから――体調と魔力が万全の僕が手伝うしかない。望むのなら手伝うけれど、今の僕では多分集中が続かなくて失敗する」

「……っ」

「あと……君の中の魔力量はこの世界のすべての召喚魔法師を軽く上回る量だと思っていた方がいい。……君の中の君以外の魔力を使えば、その瞬間に一人も元に戻せなくなるのも覚えておいてくれ。まあ、シドとダロアログの持つ“鍵”がなければ動かせない。だから、大丈夫だとは思う。ダロアログの持つ“鍵”は、シドの持つものより脆く作ったから」

 

 ぐつ、くつ、と鍋の中が煮え始めた。

 あの夜の、あの黒い穴。

 すべてを呑み込む、真っ黒な大口。

 それを呑み込み、喰らったのは他ならぬ(リョウ)自身。

 

「……リョウちゃんの、首輪は……」

「封印制御の意味のものだ。召喚した時に封印を組み込んであるけれど、一欠片でも漏れれば取り返しがつかない。彼女自身の魔力ごと封じている。水道の蛇口のようなものだと思えばいい。その首輪の制御の“鍵”をダロアログとシドがそれぞれ持っているが……シドの持つ“鍵”が本物。ダロアログのものは予備のようなものだな」

「その、鍵とは?」

 

 レイオンが顰めた顔のまま聞く。

 喋り疲れて水を飲むリグ。

 こくん、と嚥下してから、レイオンの方を見る。

 

「【無銘(むめい)魔双剣(まそうけん)】」

 

 シドの持つ同じデザインの剣。

 オリーブの魔法を切り裂いて無効化し、ダロアログのスライムを蒸発させ、ノインの剣を折った。

 

「魔剣……! 作ったというのか!? あれを!? 魔剣を!? お前さんが!?」

「嘘だろ、うそだろ……それは、さすがに嘘だろう!? 【神鉱国ミスリル】の伝説存在でなければ、魔剣は打てないはずだ!」

「呼んだら手伝ってくれた」

「「ああああああああぁぁぁっ」」

 

 頭を抱えて叫びながら崩れ落ちるレイオンとフィリックス。

 なるほど。なんでもありなのだな。

 

「だから――」

「え」

 

 フィリックスの右手を掴み手をかざす。

 今までの魔法陣と形が違う。

 

「【神林国ハルフレム】のエルフの魔法陣!?」

「エルフが教えてくれた。覚えれば人間も異界の魔法を使うことができるんだ。基本的に召喚魔法師は召喚して召喚魔に使わせた方が楽だから、覚える者はいないけれど。おいで、治してやる」

「ウ、ウキ!」

 

 リグの膝に乗るキィルー。

 同じ魔法をキィルーの右手に使うリグに、フィリックスがなんとも言えない複雑そうな表情をしている。

 召喚魔法師として、レベルが違いすぎる。

 治療が終わると右腕をぐんぐん回すキィルーは、痛みがないとわかると目を輝かせた。

 

「ウキ! ウキィ! ウキキ!」

「それでもしばらくは無理しないように」

「ウキッ!」

 

 飛び跳ねるキィルーの頭を指先で撫でると、嬉しそうに目を閉じる。

 可愛い。

 それを見て獣人の子どもたちも「ぼくもー」「わたしもー!」「ブラッシングしてぇー」と膝に乗っかっていく。

 

「まあ、そうですね……我々はダンナさんにいつもお世話になっていますし……ダンナさんがハロルド・エルセイドの息子であっても、我々は関係ありませんね」

「そうだよ! オイラはハロルドなんて知らない! 助けてくれたのはダンナさんとシドのアニキだけだし!」

「あたしたちは【獣人国パルテ】にいたことないしねぇー」

「そうそう。ダンナさん、撫で撫でして〜」

 

 目を瞑るリグ。

 膝に乗っかってきた猫の子を撫でる。

 ――確かに、ある意味本当に困っていないのだろう、リグは。

 犯罪者に軟禁されて、それが皮肉にも世間からの憎悪から守る形になっている。

 ただ、やはりこのままダロアログに任せるわけにはいかない。

 

「リグ、お前さんが自分で自分の生き方を選ぶことができる状況じゃなかったのは、わかった。だが人間は本来自分の意思で、自分の生き方を選べる。そのことをお前さんも本当はわかっているはずだ。お前さんの兄貴が、そういう人間なのだから。お前さん自身がどう生きたいか、ここで決めることはやはり難しいか?」

 

 ノインがレイオンを見上げる。

 ノインの時のように、彼自身に決めさせるつもりなのか。

 助けることしか考えられなかった(リョウ)には、目から鱗。

 けれど、確かにそれができるのならそれが一番いい。

 (リョウ)がリグの方を見るが、リグは首を横に振る。

 

「それは人間のやることだ。道具に落ちた者がやることではない。……昔、その兄に言われたことがある。『お前が自らで在り方を決めて誤った方向に転がれば、お前の場合災いにしかならない。自分で自分の在り方を定めるよりは、世界をより正しく導こうというものたちに委ねた方がましだろう』と。……僕にとってその導こうという者は兄だ。あなたの言う通り、あれにはそれができる」

「……え……でも、あいつ犯罪者だよ!」

 

 シドに負けたノインには、リグの理屈はムッとしてしまうものだったらしい。

 すぐに噛みつくが、リグはノインに目を細めた。

 まるで子どもを、慈しむような眼差し。

 

「それも含めて、僕にはあれが手引きだった。……僕のような世界の異物、切り捨てれば自由に生きられただろうにそれをしない。……罪を犯しても食べさせてくれた。人を殺してでも守ってくれた。……あれの罪は僕のせいだ。……だから、ダロアログの計画を聞かされた時に鍵を二本の剣にした。シドのもっとも得意な武器な形に。あれが計画を『間違っている』と捉えたなら、あれは必ず阻みに来る」

「!」

 

 リグの言う通りシドは幾度も阻みに来た。

 (リョウ)はそのおかげで何度も救われたし、(ジン)も同じ。

 そしてシドも同じ“鍵”を持つなら、シドにも(リョウ)使()()ことができる。

 だがそれをしない。する様子もない。それこそが、シドの答えだしリグもそれが正しいと信じている。

 

「ダロアログに新しく作った二つ目の“鍵”【無銘(むめい)聖杖(せいじょう)】に一つ目の“鍵”【無銘(むめい)魔双剣(まそうけん)】程の制御する力は持たせていない。ダロアログがだけで計画を実行しようとするなら絶対に失敗する。世界の在り方なんて僕にはどうでもいいことだが、あれが“是”としない世界になることはない」

「……そうか……」




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[良い点] なんでもありを実例ありでそれに対する反応付きで明かされるのが分かりやすく。 しかし次々と明かされる事実にあっぷあっぷしそうです。
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