龍、はじめてのおかいもの
澄み切った青空に、龍が一人飛んでいる。何やら脇に何かを抱えていると思えばいきなりそれをばら撒いていく。よく見るとそれはライブのチラシだった。その龍は演奏家なのだろうか。
「…まったく、宣伝のためのチラシ配ってくれだなんて俺もこき使われるようになってきたもんだ」
どうやら違うらしい、龍は誰かに頼まれて配っているようだ。それにしても雑すぎないか。
「いちいち配ってなんてやってらんねぇぜ、こうした方が効率いいだろ、空から落ちることによって人間の興味がこれに向くのだから」
一理ある、人間とは空から落ちてきたものになんだろうと意識を向けるものだ。
「・・・お、もうなくなったか。じゃあ、報告しに戻るか」
パタパタとほんほんと、ある場所に向かった。
しばらくすると、見えていた木々がさらに増えていく。そんな中、一部分だけぽっかりとした代わりに、大きな屋敷がそこに鎮座していた。その屋敷は廃れていた、長らく誰も住んでいないせいだ。そのはずなのに、そこから音楽が聞こえてくる、ということは誰かがいるということ。龍はその屋敷の前で足をつけた。すると、屋敷の玄関から何者かがドタンと大きな音を立ててやってくる。
「おかえりなさい!配り終わった?」
「ん…まぁな」
その者はかなり幼い姿をしていた、どうやこの者がチラシ配りを龍に頼んだらしい。龍を見てにこにこしている。
「お疲れ様っ、それじゃあ対価をあげないとね」
「対価?いや幻…あんぐらいなら別に…」
「いいからいいから、はい」
幻と言われた少女はポケットから一枚の紙を取り出す。それを見た龍は驚いた。
「一万円…だとっ!?いや、別に金なんて…」
「まぁ、貴方はそこらの物食べてるけどさ。たまには自分で欲しいもの見つけて買うのも良いんじゃない?」
「欲しいものなんて無い…食い物はお前が持ってくるもので充分なんだ…」
「まぁまぁ、初めてのお買い物ってやつでいいじゃん」
「ぐむぅ…」
龍は幻から一万円を渋々受け取る、彼は金に対する欲なんて一切なかった。だから逆にどう扱おうか困った。
「今日は冥界に戻るのか」
「うん」
「そうか、待ってるぞ」
真夜中、冥界に存在する屋敷の縁側に、龍は座っていた。龍の膝に幻は頭を乗せて寝息を立てて眠っている。
「・・・」
龍は幻の頭をそっと退かす。
「…さて、幻も、従者さんも、主さんも寝たことだし。やりたい放題だな」
龍は翼を羽ばたかせ、地上へと向かった。
龍は一万円を見ながら呟く。
「…これで何すれば良いんだろうな。あいつらは寝てるだろうし…」
龍は人里を歩いていた、昼は人間で溢れかえっているが、夜は人間が寝ていることを良いことに稀に人外が店を経営していることがある。
龍はとある店の前で足を止める。
「…年中無休、丸一日営業?」
興味が少し湧いたのか、龍はその店に入ろうとする。
「・・・む」
扉の前に、妖怪が二匹鎮座していた。その姿は正に不良。下手に刺激しては厄介事になることを悟った龍は冷静に様子を伺う。
(邪魔だな…早くどいてくれよ)
「…なぁ、お兄さん」
妖怪の一人が声をかけてきた。
「な、何だ?」
「・・・何ですっぽんぽんなんすか?夜中は冷えますよ、体毛が生えてるわけでも無さそうだし」
「・・・あ?」
あまりの質問に龍は一瞬戸惑う。
「そりゃ…トカゲが服着ないのと同じだろう」
「ならお兄さん変温動物ですよね、今動けないはずですよね」
「うるせぇ爬虫類と一緒にするな、そこどけ」
「・・・」
妖怪達は何も言わずに道を作る。その時、なぜか小銭を龍に渡した。何も言わずに龍は扉を開け、そのまま店の中に入っていった。
「おおお…」
龍は思わず目を輝かせた、そこにはただ棚に品が置かれているというだけ、しかしそのバリエーションは豊富で、食べ物から、玩具までありとあらゆるものが揃っている。
「これは…本か」
適当に棚に入っていた雑誌を手に取り読む。そこには色んな痴話が載っていた。
「…お、これが俗に言う漫画ってやつか。普通に面白いな」
気づけば龍は雑誌に没頭していた。
(…お)
ふと思って、龍は隣に視線をやる。そこには自分と同じ龍が雑誌を立ち読みしていた。
(何の本だ…?)
本に注目する、すると龍は思わず吹いてしまった。
(…あれは、あれは…人間は18歳以上にならないと手にすることさえも許されない…禁断の書物…!いや、俺らの場合平気で100年は生きてるから良いんだが)
「・・・」
「…う」
龍がこちらを見てくる。ただ静かに言葉を放った。
「…人間って、面白いな。繁殖の目的以外でこの行為をするなんて」
「…お、おう…そう、だなぁ…」
「ほら、これ見てみろよ。わざわざこんなことするんだぜ」
龍が雑誌の中身を全開にして押し付けてくる。
「うおっ!?わかった、わかったから押し付けるな!」
龍は逃げるようにその場から動いた。
「…何を買うかな」
買う物を考えていると、いわゆる会計をするところにやってきた。そこに居た店員は驚いたような素振りをする、そして龍はその人物を知っていた。しかし、どちらも何も言わなかった。
「・・・あー」
「…何を買いに来たんだ」
龍は隣にあった白く、ほかほかしたものに目をつける。
「…あんまんください」
「…売り切れだよ」
「・・・じゃあ肉まんで良いよ」
「かしこまりました…」
呆れたような息を吐きながら、店員はトングを使って肉まんを袋に入れる。
「150円になります」
「・・・」
龍は先程妖怪から受け取った小銭を店員に渡す。店員は紙に何かを書いて、龍の手のひらに小銭を文鎮代わりにそれを置いた。
(確か幻に貰ったやつが…)
龍はガマ口を取り出し、入れようとする。
(うっ、入れずらい…)
己の手の大きさも相まって、小銭が一つ、チャリンと音を出して落ちた。その瞬間、龍の内部になんとも言えない小さな怒りが込み上げた。
「…追加良いか?」
「…どうぞ」
「おでんください」
「何にしますか」
「・・・」
「…何にしますか」
「・・・」
「…混んできたな」
「・・・」
「…早く決めろ」
「たまごください」
「うん」
「たまごください」
「うん」
「たまごください」
「うん」
「以上で」
「…え?たまごだけ?」
「つゆは多めで」
「…かしこまりました」
「ところでいくらなんだ?」
「…220円です」
「一万円から」
「小銭は?」
「一万円から」
「いやだから小銭って聞いてんだよ、持ってねぇのかよ」
「からしつけてくれ」
「…はい」
店員も苛立っているのか、勢いよくからしをたまごにぶち込む。
「その紙はいらねぇ」
「…いちいちうるさいな」
「トイレ貸せよ」
「ここにはねぇよ」
「じゃあお前どこでするんだよ」
「…動物の姿って便利だよな」
「…めっちゃわかる」
そんなことをしていると、夜が終わりを迎え始め、鶏も鳴き始めた。
「…やべっ、帰らないと」
ぐしゃぐしゃになりかけたおでんを受け取り、龍は冥界へと戻る。
「まだ…起きてないよな?」
龍は忍び足で進む。
「…ふぅ、さて…からしまみれだが、食ってみるか」
黄色いたまごを一つ、口の中に放る。ピリピリとしたからしの風味のあと、たまごの黄身がふわっと広がる。
「…うまいな」
もくもくとたまごを食べる龍、そんな時背後から声がした。
「・・・エルドラド」
「ぎくっ」
そこに居たのは幻であった。
「音がしたと思ったら…そんなことしてたんだ」
「な、何で起きてるんだ」
「私の耳はどんな音でも聞き取れるんだよ。忘れた?」
「うぐぐ…」
「それで…神居さんに言っちゃおうかなぁ?」
「や、やめろ!何か怖いからやめろ!」
「それじゃあわかってるよね?」
「・・・ぐむぅ」
渋々エルドラドは肉まんを半分ずつ割り、幻に片方を渡す。
「むふー、美味しい♪」
美味そうに肉まんを食べる幻を見るエルドラド。
(…またあそこに行ってみるかな)
そう思いながら、湯気をゆっくり出す肉まんを頬張った。
…案の定、二人は怒られた。