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藍は同級生の岡田駿おかだ しゅんと結婚を前提に付き合い同棲していた。だが5年経つといつしか倦怠期の夫婦のような存在になっていた。よくいえば空気のような存在というが、例えると聞こえがいい。考えてみると結婚していないのだから友達に逆戻りしたというべきか、いや最初から友達じゃなかったと藍は思った。強引な岡田に藍は戸惑っていた。結婚を前提で遅かれ早かれ一緒に暮らすのだからと説得されて今に至った。このままの気持ちで藍は結婚していいものかと考えていたのだった。


「遅かったな」


「うん、永田さんの送別会だったから」


「そのわりに酔ってない」


「それが気分悪い作家さんを送ったから飲めなかった」


「ふーん、そうなんだ」


興味がない質問だとすぐに分かった。質問だけでなく藍自身が岡田には興味がないのだろう。どうでもいいという空気が流れていた。冷蔵庫を開けた岡田はペットボトルの水を出して飲んでいた。その場にいたくなかった藍は着替えを用意して浴室へ行った。


  シャワーのお湯をかけて冷えた体を温める。そんな時ふと旭のことが脳裏に浮かんだ。本棚に体を寄せてきて近寄る美しい顔。鼓動が激しくなった初めての体験。まるで初恋を知った少女のときめきを感じている。岡田には感じたことが無かった。


「ダメダメ仕事に支障がある。作家さんには手をださない。年下はダメ」


呪文のように唱えた。頭の中が旭でいっぱいになっている気がして後ろめたい思いがした。きっとこの思いは佐藤旭のファンだから錯覚しているのだと考えた。これは恋愛感情じゃないと否定した。藍は目を覚ますためにシャワーを顔にかけた。


 

 翌朝、藍は旭の家に直行した。双栄社には佐藤先生の原稿が擱筆かくひつになると連絡すると大騒ぎになりすんなり直行を許してくれた。擱筆とは原稿を置く簡単にいえば書いてくれないということだ。人気小説家が連載されないとなると本の売れ行きに影響がある。藍は焦っていた。


「おはようございます。」


インターホンを鳴らしたが、返答がないので曇りガラスの開き戸を叩いた。


「佐藤先生!おはようございます」


何度かドンドン叩いても返事がない。更に強い力で叩こうとしたとたん戸が音をたてて横にスライドして開いた。藍はバランスを崩して開いた戸に立っていた旭の胸の中に飛び込んだ。


「先生」


藍は旭を見上げる形で抱き合っていた。


「何、嫌がらせ?」


「え?わあ、先生誤解です」


藍は飛び上がって離れた。旭が高身長でつい、しがみついてしまったのだ。


「先生、そんなつもりはないんです」


「そんなつもりって、どんなつもり?」


「どんなって。いや、どんなかな?」


「用がないなら帰ってくれる。眠いんで」


「睡眠中でしたか。すいません。あ、そうそう本。本見てもいいって言ってくれたので、お言葉に甘えて来ました」


「そうか。いいよ。静かにね。どうぞ」


旭はすんなりと家に上がらせてくれた。

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