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唇が触れないぎりぎりの位置で旭は止めた。何事もなかったように離れたかと思ったら仕事の話を始めた。
「書き直しは大丈夫?これでいい?」
「はい、ばっちりです。これでいきましょう」
藍はまだドキドキして体全体が脈打っている感覚がある。まさかの展開の展開。何かあったような無かったような夢の出来事と言っても疑わないほどだ。平気でいる旭を見てからかわれたと思い腹立たしかった。でも今怒ってもピントが外れているようで大人だからと冷静なふりをした。いたずら好きな子供だと思うのがいい旭は大学4年生だからと藍は心に言い聞かせた。
「原稿は大林さんのデスクのメールに送るね」
「はい、お願いします」
「メールを確認あと、もし変更があったら教えてください」
「はい何かありましたらすぐに連絡します。あの次回の連載ですが、引き続きお願いします」
「ごめん。更川社からも依頼きてるから、そっちはまた考えとく」
「えー先生頼みますよ。永田から担当引き継いでいるのに私で連載止まると双栄社クビになりますよ」
「しかたないな。うーん。やっぱ考えとく」
「明日も来ますからね。いい返事考えといてくださいね」
「うん、分かった。また明日」
「冷たいな。お邪魔しました」
旭はパソコンに向かって仕事を始めた。カタカタと音を聞きながら藍は書斎から出て行こうとしていた。その後ろ姿を出て行くまで旭は目で追っていた。
藍は駐車場から出て車を返すために会社に向かった。旭の言動を思い返して焦るような腹立たしい気持ちになった。
「何あれ、思わせぶりでガツガツくると思ったら冷たい態度。まだ大学生の子供のくせに大人からかうなよ」
藍は旭の途中でやめたキスを思い出した。大人の顔していて、綺麗でぼーっとしてしまったことが頭の中に繰り返し浮かんでくる。
「あーバカバカ、何考えてんの」
車の中は1人でいるのに恥ずかしい気持ちで顔が赤くなっていた。誰もいないのに顔を隠したくなる。初めてこんな気持ちになるのが藍は不思議だった。
藍は会社のビルの地下の駐車場に車を置いてキーを3階の事務所に返した。スマホの時間を見ると11時を過ぎていた。取りあえずメールをチェックした。遠西寺秀子からだった。旭のことを気にしていたので心配ないことを返信した。
藍は遅くなっていると急いで駅に向かった。電車に乗っても旭
の顔が思い浮かぶ。自宅近くの駅に着くと何も考えないように足早に帰っていた。
藍は自宅のマンションの鍵を開けて静かに入った。
「お帰り」
「駿起こした。ごめん」




