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  旭の担当の永田は今日で定年退職のため双栄社を辞める。人柄の良い永田は誰からも愛されていて、今日の送別会の出席者は結構な人数だ。大御所の作家たちまでいるのが、永田の編集者としての長さや実力も分かる。


 永田にとって旭は最後の担当だった。現場に携わりたいと出世は副編集長まで、作家第一と考え熱意を持って仕事に打ち込んでいた。そんな永田を旭は尊敬していた。まだ担当でいて欲しいと懇願したいと思っているくらいだ。

 旭は永田に最後の挨拶にいった。


「おう、来てくれましたか、ありがとうございます。孤高の天才、佐藤旭先生」


「やめてよ。永田さん。あなたがいたから僕は作家になれた。感謝しています」


「何をいうんだ。それは先生の実力だ。惜しいな。まだまだ担当でいたかったな」


「マジで、まだ個人的に担当でいてくれませんか?」


「名残惜しいが、これからは若い担当に譲って、私は先生のファンとして本を愛読させてもらいます」


「じゃ、気がむいたら遊びに来て下さい」


「それは嬉しい。本気にしますよ」


「いつでも、どうぞ」


旭は近くにあったビールのピッチャーを持ち永田のグラスについだ。

そこへ大御所の時代小説作家の遠西寺秀子とおざいじ ひでこが現れた。秀子は64才で35年の作家歴、それに芥川賞作家だ。


「永ちゃんお疲れ様。とうとう定年か」


「遠西寺先生来てくれましたか、ありがとうございます」


旭に気付き秀子は喜び勇み近づいた。

「あれ、彼は超売れっ子の佐藤旭先生?」


「はい、初めまして、佐藤です」


「あの私、遠西寺です」


「ええ、知っています。遠西寺先生、いつも小説読ませてもらっています」


「こちらこそ佐藤先生の本、愛読しているわよ。幅広い分野の物が書けて素晴らしいわ。どう時代小説も書いてみない?」


「ありがとうございます。興味があるので、時代小説も書いてみたいですね」


秀子は嬉しそうに右手を出して握手を求めた。旭はそれに答えて軽く手を握ると秀子は強く握りかえした。


「いつでも言ってね。何でも協力するわ。それにしても男前ね」


「さすが時代小説作家。イケメンとはいわないか」


「永ちゃん、おちょくらないでよ」


「いやいや、佐藤先生は評判だから、顔までいいのは非の打ち所がないね」


「旭って名前もいいわ」


「ありがとうございます。僕もこの名前は気にいってます」


「光差し輝くような広大な名前ね」


「いえ、遠西寺先生にいってもらえるほど、そんなだいそれた名前でないですよ。ただ、この名前があると、待ち望んでいた者が僕の者になるような気がして、夢見ています」


「まあ、それは何かしら?興味深いわね」


「今の聞き流して下さい」


「若いから夢が膨らむね」


「永ちゃんがいうと何か、いやらしい」


「何だよ。それ」


永田と秀子は顔を見合わせて笑った。その拍子に永田がビールのグラスに手が当たりこぼれてしまった。旭が横にいたのでビールがシャツの脇腹あたりにかかった。それを見ていた秀子がおしぼりをかき集め旭のシャツを拭いた。


「まあ、大丈夫?」


「佐藤先生すいません。酔ったみたいです」


「もう永ちゃんたら」


「大丈夫です。ちょっとトイレへ」


「そうね。すぐに洗った方がいいわ」


旭はトイレにいって手を洗いシャツの裾をだしてハンカチを濡らし拭いた。ノックする音がした。


「先生、大丈夫ですか?タオル借りてきました」


聞き憶えのある声がする。旭は思わず扉を開けた。そこには白藍しらあいの姫が立っていた。

旭は手を伸ばし白藍の姫の頬を触った。


「これは夢なのか?」



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