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俺の幼馴染はお稲荷さんで一生懸命可愛い

作者: 久野真一

 チリン、チリンと風鈴が鳴る。

 一見、風情のある光景だけど、扇風機の風が当たってるだけだ。

 今日は8月26日。夏休みももう少しで終わりの、そんな一日。


夏樹(なつき)ー。今日の依頼はとびっきりしんどかったのじゃー」


 いかにも日本家屋な家の畳の間にベタンとうつ伏せになって、

 気怠そうな表情をする幼馴染の稲荷冬海(いなりふゆみ)

 金の髪にメリハリについたボディ。吊り目に真っ直ぐな鼻筋。

 

「しんどいのはわかったけど、なんで「のじゃ」?」


 そんな語尾をつける奴じゃなかったはずだけど。


「狐系キャラは「のじゃ」が流行りなんでしょ?ちょっとやってみたの」


 こちらをちらっと見て、どことなく元気がなさげな返事。


「別にリアルお稲荷様のお前が真似せんでもいいだろ」


 そう。冬海は人間ではない。正確には半神というか半妖というか。

 俺や彼女の家族だけが見える耳が彼女は人ならざるものであると伝えている。


「そうだね。じゃあ、戻すけど」

「で、依頼は上手く行ったのか?」

「とっても気が重かった。告白断るの代行とかきついよー」


 冬海は得意の変身能力を生かして俺と一緒に代行屋をやっている。

 通っている高校の生徒限定で、やり取りはキャッシュレスオンリー。

 特に高校生でも買いやすいアマギフが主な決済方式だ。

 というのはどうでもいいけど。


「代行して欲しい気持ちも代行するのが辛いのもわかるけど」


 先日、同じ高校の女子から来た案件だ。

 知り合いの男子から「大事な話がある」と呼び出されたらしい。

 二学期までに恋人を作っておきたいやつもしばしばなようで。

 ともあれ、彼女は友達以上の感情はないけど、断るのが気が重い。

 そういうわけで、俺たちの『狐屋(きつねや)本舗』に依頼が来た。


「告白して来た男子もいい子でさ。「友達以上の関係になりたい」って真っ直ぐ伝えて来たの。それに、「ごめん。好きな男子がいるから」って返したらどうなったと思う?」


 気がついたら体育座りをしてどよーんとしていた。


「わかりました。「その人と幸せになれるといいですね」って、泣き笑いの顔でとぼとぼと去って行ったんだよ」


 確かに聞くだにしんどそうだ。


「その報酬がアマギフ3000円分か。安いのかどうなのか」


 依頼の遂行にかかる時間や難しさに応じていくつか値付けをしている。

 告白を断る事の代行は心が重いので、真ん中くらいの値付け。


「でもさ、心が重いのはわかるけど、いつもの頃だろ?何かあったんじゃないか?」


 変身能力を使って物事を代行するというのは、人間関係にまつわる面倒も引き受けるのを意味する。これまでも、似たような事はあったわけだし、今回に限って、落ち込む事情があったのだろうか?


「依頼主の子がね。「ありがとうございます!休み時間とかいつも見つめてて気持ち悪かったんですよねー。これで解放されるかと思うと本当にせいせいします」って」


 それは確かにしんどいな。


「それはきつかったな。お疲れ」


 黄金に輝く髪の毛と狐耳を一緒に撫でつける。


「あの男の子。別に何か悪いことをしたわけでもないのに……」


 慰めも今ひとつ届かないらしい。


「その子にしても、愚痴りたくなったんだろうけど、言葉は選んで欲しいよな」


 代行屋を始めたのは元々は冬海(ふゆみ)発案だ。

 自分の持っている能力を生かして人助けがしたいと。

 ただ、俺はきっちり報酬は取ろうと提案して、今のような形になった。

 代行屋のサイトも俺と冬海での手作りだ。


 最初のテストケースは「18禁のDVDを買って来て欲しい」

 だったか。代行屋は性別不詳となっているので、無理もないが。

 それにしても、最初の依頼をこなす時はとても恥ずかしそうだった。


「無理はしなくていいからな。断る権利はあるんだし」

 

 と繰り返し言っているのだけど。

 冬海としては、道に反する事以外はなんとかしてやりたい。


 それでもオーバーワークしそうな時は俺がストップをかける。

 ともあれ、二人で高校に入ってから一年半近くやって来た。


「うん。最近、きつい依頼増えて来たし、ほんとどうしようかな」


 本当に凹んでいるらしい。


「陰口を聞く機会多かったしな。俺は止めてもいいと思うぞ?」


 ここ数ヶ月の代行依頼を思い出す。

 六時間、愚痴に付き合って欲しいやら(変身能力を使えば、声も変わるのだ)。


 予定を間違ってダブルブッキングしたから、片方に行って欲しいというから行ってみれば、友達ではなく男子の彼女が現れて、浮気疑惑を延々問い詰められたり。

 ちなみに、こういうのは難易度高め時間もかかるので、アマギフ1万円分だ。


 他にも、あんまり聞きたくない人々の本音を聞く機会が多過ぎたんだろう。

 

「でも。本当に困ってる人が居たら……」


 冬海は本当に根が良いというかお人好し過ぎるというか。


「元々、代行屋なんて利用する人は、本当に困ってるというより、手間を押し付けたいだけの奴が多い気がするんだよ。楽したいだけの依頼はNGとかするのどうだ?」


 本当に緊急で、その人のためになる事であればいいだろう。

 しかし、今更ながら、相手のためにもならない依頼を引き受けすぎた気がする。

 いくら依頼料を頂いているからと言って。


「でも。それは見極めが難しいよ。たとえば、お祖父ちゃんの誕生日だけど、急用があって行けないから、代わりに行ってあげて欲しいとか。依頼者さん的には、お祖父ちゃんを喜ばせたいんだろうけど、見方によっては、いいとこ取りしようとしてるかもだし」


 今度の凹み方は本当に深刻らしい。

 よし、決めた。


「ちょっと、おやつ持ってくる。それで気分転換でもしよう」


 俺に出来ることは少ない。

 ただ、この心優しい彼女のために何かしてあげたいだけだ。

 人はそれを恋心と呼ぶのかもしれないけど、その形はどうだっていい。


「あー、こないだもらった羊羹があったっけ」


 冷蔵庫を見るとちょうどいいものがあった。

 和菓子が好きな冬海にもちょうどいい。


「冬海ー。羊羹でいいかー?」


 畳の間に向けて大声で確認する。


「ありがとー。それでいいよー」


 ちなみに、こうして当然のように一緒に居る俺たち。

 俺の稲守家と彼女の稲荷家は密接な関係があるのだ。

 同居しては居ないものの、母屋に住む冬海と。

 離れに住む俺と。そんな関係だ。


 元々、俺の家系は稲荷家の先祖様を祀る神職だったらしい。

 それが今に至るまでなんとなく続いているわけだ。


「ほら。羊羹食べて元気出せ」


 切り分けた羊羹を差し出す。


「ありがと。んぐぬぐ。おいひー」

「飲み込んでからしゃべれ」

「疲れた時にはやっぱり甘いものだよー」


 しんどそうな表情が一転。

 ぱあっと花が咲いたような笑顔だ。


 冬海はよっぽどストレスが溜まっていたらしい。

 その後も、「おかわり!」の連続で。

 冷蔵庫にあった和菓子を軒並み食べ尽くしてしまった。


「あー。お腹いっぱい。幸せー」

「晩ごはん食べられないって事にならないようにな」

「だいじょぶ、だいじょうぶ。甘いものは別腹だから」

「それ、意味取り違えてるだろ」

「細かい事は気にしない気にしない」


 仰向けにごろごろしている冬海は機嫌が良さそうで。

 それなら、まあいいか。


「ところで、一つ聞いても、いい?」


 くるんと姿勢を変えて、正座で向き合ってくる。


「夏樹はさ。いつも私の事を気にかけてくれるよね?」


 碧い瞳を大きく見開いて真っ直ぐに向けてくる。

 真剣な質問をする時の表情だ。


「ま、生まれた時の付き合いだからな。兄妹みたいなもんだ」


 少し照れ隠しにそんな言葉を放つ。

 実際、俺と冬海は一緒に育てられたと言ってもいい。

 小さい頃は甘えたがりな冬海がとても可愛かったっけ。

 成長するにつれて、一生懸命さが目立つようになって来たけど。

 ともあれ、俺にだけ見せてくれるだらけた姿とかも含めて好きだ。


「ありがと。でもね。最近時々思うの。夏樹に寄りかかってばかりだなって」


 いくらか自虐的な言い回しだ。


「別に俺は気にしないって。冬海の姿から学んでることもいっぱいあるしな」


 単に純真無垢で何も知らない一生懸命さじゃない。

 それでも、困っている人がいればなんとか出来ればという尊さ。

 俺も冬海を見習って、自分の行動を振り返る事が増えた。


「でも、その。私達って家族のよう、だけど。家族じゃない、じゃない?」


 少し頬を赤らめた様子で目を伏せて何かを言いたそうな顔。


「俺は家族と思ってるけど。あ、もちろん、意識したことはあるぞ?」


 俺と冬海の間柄というのは、わかるようでわからない。

 家族のような気軽さもあれば、友達のようにお互いを慎重に気遣う場面もある。

 ただ、一つ言えるのは、冬海は間違いなく女で、俺は男だということ。


「そっか。あのさ。さっきの依頼の後で言うのも気が引けるんだけど……」


 その言葉にごくりと生唾を飲み込む。


「もっと夏樹……なっちゃんによりかかりたい。甘えたい。そのためには、「家族のよう」じゃ駄目、だと思う。だから、恋人になってくれない、かな?」


 聞いて、自分の中で想いを整理する。

 好きだから恋人になって欲しい、ではない。

 寄りかかりたいから、甘えたいから、恋人の距離になりたい。

 つまるところはそういうことだろう。


「こういうの、依存っていうか、良くないよね。ごめんね」


 狐耳がしゅんと萎れている。

 彼女なりに色々考えたんだろう。


「……返事、いいか?」

「うん。どんな返事でも後悔しないよ」


 いつも真っ直ぐ。そんなところはずっと変わらないな。


「まずさ。依存って言ってるけど。気にし過ぎ!」


 これはちゃんと言っておかないと。


「でも。こうやって、よく慰めてもらうし……」


 納得が行かないらしい。


「俺だって、冬海に寄りかかった事いっぱいあるぞ?」


 きっと、彼女は忘れてるのかもしれないけど。


「え、ど、どんな?」

「昔から俺。人に見えないものが見える体質だろ?」

「う、うん」

「今は隠すこと覚えたけど、子どもの頃気味悪がられたじゃん」

「そうだね」

「でも、冬海は受け入れてくれた。「耳、見える人もいるんだね」って」


 たったそれだけの事だけど、俺にとっては嬉しかった。

 自分が何かおかしい人間じゃないってそう思えたから。


「私は、単純に珍しかっただけなんだけど……」

「でも、俺にとっては違った。冬海気にしてるのも同じだ」


 彼女の愚痴を聞くのだって全然嫌じゃない。

 それで元気になってくれるなら安いものだ。


「それに、俺も冬海に元気もらってるから。俺の方こそ恋人になって欲しい」

「ほ、ほんと?私、本当に甘えちゃうよ?」

「たとえば?」

「え、えーと。一緒にプール行ったり?」

「恋人同士なら普通に行くだろ」

「それじゃ……。耳、撫でてもらったり」

「よくやってるだろ」

「他には、他には……」


 必死に言い募ろうとしている冬海がおかしくて。

 ぎゅっと愛しい彼女を抱きしめたのだった。


「え、え?」

「冬海の不安はわかるから。一緒にやってこう。な?」

「う、うん……」


 そう言って、冬海は泣き出してしまった。

 

「私、やっぱり人の役に立ちたい」

「でも、代行屋はやっぱりな……」

「うん。だから、これからは悩み相談とか。本当に相手のためになる方法とか探して行きたい。なっちゃんは協力してくれる?」

「ま、乗りかかった船だ。協力するさ」


 こうして、俺達は恋人になったのだった。


「ところで、なっちゃん?」

「うん?」


 と聞き返すと、ドロンと変身した冬海の姿。

 見ると元の姿よりもスレンダーで胸が薄い。

 う。ちょっと好みかもしれない。


「こういうのと、元の姿、どっちがいい?」


 調子が戻ったのか、何やら調子に乗っている。


「ま、まあ。こっちもいいかも、な」

「ふーん。元の姿は嫌なんだー」


 何やら不機嫌そうだ。まずい。


「いやいや、甲乙つけがたいっていう意味だよ」

「ほんとにー?」

「ほんとだ」

「なら。時々、デートの時は変身してあげる」


 俺のお稲荷様はサービス精神旺盛らしい。


「でも、別の姿でエッチなことは駄目だよ?」

「わかってるって。想像してる冬海がムッツリだ」

「私はムッツリじゃない!」

「いやいや、ムッツリだ!」


 やっぱり仲良く喧嘩する俺たちだった。

 夏休みの終わりはこうして穏やかに過ぎて行った。

何も起こらない、夏の終わりのちょっとしたお話なのでした。

5話くらい使って良ければ、能力を使ったあれこれみたいなお話を書けたかもしれません。

雰囲気を感じ取っていただけたら嬉しいです。


まったりしてもらえたら、↓から【☆☆☆☆☆】をタップしていただけたら嬉しいです。

感想などもお待ちしています。


ではでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、弁護士さんとか、ある意味こういう厄介ごとの仲介を常時やっているのだから、精神強くないといけないのかな。 お稲荷さん、なんかあったなと思って探してしまった。テーマは違うのね。この子は幼…
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