第2話
皇族公爵、ヘクシオン・サン・ミラン。
皇太子の側近、ジョシュア・アデリート。
以上2名は、小説の中でもヒーローの皇太子を凌ぐほどの人気を誇った双璧をなす当て馬役。
まず、ヒロインであるシエルを優しく温かく支えたのが現皇帝陛下の皇弟、ヘクシオンだった。
皇宮で保護されたシエルが庭園に迷い込んだある日、木漏れ日差し込む木々の間で小鳥達と戯れるヘクシオンとの出会いを果たす。いや情報量凄いな。
それからシエルは度々皇宮でヘクシオンと出会い、ヘクシオンは徐々に彼女への愛を募らせていくのだ。
が、そんなヘクシオンの愛は永遠に届かなくなる。だって「花籠の中のカナリヤ」は、皇太子とシエルのラブストーリーだから。結果ヘクシオンは皇太子の婚約者候補でありシエルに嫉妬を募らせていた悪役令嬢、フローラが仕掛けた刺客からシエルを庇い、死亡。
いやぁ、この時のコメント欄はそりゃあ荒れましたよ。作者はなに考えてんだって。あんな優しい紳士、寧ろ皇太子よりも良いじゃねぇか!!とか、勝手に殺すたあ反乱だ反乱!!とかなんとか。
が、ヘクシオンがシエルの為に立派な当て馬役を務めた時に昂まってしまった読者の怒りは、もう一人の当て馬、ジョシュアも退場した話で更に加速した。
ヒロインが必要とする時にはいつも側にいて、彼女の相談を真摯に聞いてあげた皇太子の側近兼公爵家嫡男、ジョシュア。
彼は皇宮の図書館でシエルと出会いを果たす。ぎゅうぎゅうに詰められた本棚から本を引き抜こうとしたシエルが、その反動で他の本までバラバラと落としてしまった時にゲラゲラと笑うのがジョシュアなのだ。
当初シエルはジョシュアをなんて最低な奴だと思った。
ジョシュアも、シエルをなんて間抜けな奴なんだ、と。
そこから2人はひょんなことからタイミング良く皇宮でいちいち顔を合わせる事になる。2人だけの時間を広げ、遂にジョシュアは主である皇太子に宣戦布告をし、シエルに告白をする。ここら辺の話は本当に最高だった。ジョシュアの痛いほどにシエルを想う気持ちがこちらにまで感動をもたらすのだ。
が、結局シエルは皇太子か、ジョシュアか(ヘクシオンは既に脱落)を選ばされた挙句に皇太子を選んだ。貴方が私を救ってくれたのだと、そう泣きながら。
エンディングではジョシュアはシエルに負担をかけないように、皇太子に早く本当の気持ちを気付かせる為にわざとお前が好きと言って挑発したのだと無理をして笑いい、その場を寂しそうに去って行った。
となると、ここでも騒ぐのがこれまた読者だ。これ皇太子よりもジョシュアがヒーローらしいじゃん!や、ジョシュア完全に当て馬役とか許せない!とか、シエルも普通ジョシュアを選ぶでしょ!!などなど。コメント欄は荒れに荒れた。
かくいう私も「ジョシュアルートも書いてください!!!!!」とコメント欄に残したぐらいだ。
つまりぶっちゃけると私は完全にジョシュア推しなのだった。たとえエンディングが胸糞悪いとしても、私はジョシュアの為に何度も何度もあの小説を読み返したのだ。
ヒロインが泣いてる時はいつも側にいて?いっつも適当なのにヒロインを想う時だけは真剣で?なんてもはや推すしか無いじゃないか。
おまけにキャラデザが私の好みドンピシャだった。
というわけなので、横の椅子に座って私の話をうんうんと聞いているジョシュアに、実は先程から鼻息が荒いのが止められない。
「…で、お前の話をまとめると、ここはお前が前世で好きだった小説の中で、俺がそれに出てくる登場人物だと。」
「そうなの。そしてあんたは当て馬役ね。もう!私あんたが好きだったのに、何であんな簡単にヒロイン諦めちゃうのよ〜!!」
「…え。お前俺の事好きだったわけ?」
驚いたように目を見開くジョシュアに私は慌てて言い返す。
「あっ、いや、あくまで小説の中のジョシュアね!?今のあんたは別に好きじゃないわよ!!」
嘘だけど。動くジョシュアを前にしてめっちゃ興奮してるけど。
だが、小説のジョシュア云々の前に私達は本来可もなく不可もない関係なのだった。それこそ幼少期はよく遊んで…、いや、負けず嫌い同士の私達はよく競い合っては喧嘩していた。が、思春期が訪れると自ずとお互いどこか一線を引いた感じになり、だんだん疎遠になっていたのが事実だ。
「…あれ?そういえば何であんたうちに来てるのよ?」
私は眉を顰めてジョシュアにそう尋ねると、彼は口を開いた。
「いや、俺の父さんが、」
「ちょっと待って!!今はそんな事どうでも良いわ!!」
「はぁ?お前が聞いたんだろ。」
「大事なのは、あんたがその小説に出て来る当て馬ってことよ!!!作者にあんたルートも書いてくれとコメントを送った日々!!幾度もあんたルートの二次創作作品を漁るもどれもピンとこなくてむず痒かった日々!!でもそれも今日で報われるの!!そう!!だって私の目の前には、なんてったってあんたがいるから!!」
「何か嫌な予感かしねー。」
「何で今まで気が付かなかったんだろう!!いや、小説の世界に入れなかったからなんだけど!!そうよ!!あんたルートが無いなら、小説の内容を全部知ってる私が作ればいい!!やだもう幼馴染ポジ最高すぎ!!」
「つかお前順応能力高いな。」
「ねっ!?あんたも協力してくれるでしょ!?取り敢えず、あんたにはヒロインとくっついてほしいの!!ジョシュアルートが見たいの!」
「お前馬鹿なの?つか、そもそもお前の途方もなく信憑性のない話をどう信じろって?」
「まあそれが通常の人の反応だけど…!でもグレスダード帝国にあるアデリート公爵家の嫡男の名前がジョシュア!!現皇帝陛下の皇弟殿下の名前がヘクシオン・サン・ミラン!!これだけ条件が小説と同じって言うのに何が違うって言うの!?」
「冗談だろ?俺は今まで普通に生きて来て、これからも普通に生きていくんだぜ?なのにこの世界が小説の中だあ?冗談も大概にしとけよ。お前本当に頭打っておかしくなったって言われるぞ。」
「ふんだ!今に見てなさいよ!このままいけば、あんた絶対にヒロインの事好きになるから!」
「へーへー。」
「本当なんだから!!じゃあ、面白い事を教えてあげましょうか。あんた今は婚約者がいないけど、近々、誰かと婚約するわよ?」
「…は?」
これには手応えを感じたので、私は一層笑みを深くする。
「冗談じゃないわよ。小説の1行にあったもの。ジョシュア・アデリートには、18歳の頃から婚約した婚約者がいたはずだって。」
「はぁ?俺はそんなおいそれと婚約なんかしねえし。」
「でも小説には書いてあったんだから私だって知らないわよ。あんたも罪な男よねぇ〜。婚約者がいながら他の女好きになるなんて。そういやあんたもう18歳になるでしょ。だから近々、婚約するはずよ。あんたの意思関係なく、必ずね。だからもしもこの話が本当だったら、私の話、信じてくれるわよね?」
徴発的な笑みを浮かべると、ジョシュアもそれに乗って来た。
「おう、いいぜ。もしもこの話が本当だったら小説の中でも何でも信じてやるよ。俺が婚約するなんて考え難いけどな。」
ジョシュアはそう言うと、私の腕を引っ張りながら立ち上がった。
「…何よ?」
「そろそろ下に行くぞ。父さん達が待ってる。あ、あと。その小説の世界がどうたらとか、俺以外に話すなよ。」
「どうしてよ?」
「馬鹿、お前。それこそ頭がおかしくなったって病院に連れ込まれるぞ。」