第1話
階段から落ちて前世を思い出した__________なんて展開、もはやどれだけ何番煎じなのだろう。
「……ちょっと待って。一旦落ち着こう。一旦気を鎮めよう。前世思い出すとか笑えない。」
いや、まず伯爵令嬢が階段から落ちる事自体がおかしいのだが。なんて言いたい事は山ほどあるが、取り敢えず自己紹介を済まそう。
私の名前はリセシャ・オスカル。ここグレスダード帝国を支えるオスカル伯爵家の令嬢である。
くすんだ茶色のゆるくウェーブがかかった髪。割と大きめな紫眼。そんな大半の人は好印象を持つだろう美貌の18歳。そうだよ、私まだ18歳だよ。
そんな私は先日、貴族学院の校舎の階段を降りようとしたところ誰かに背中を押されて落下し、その衝撃で前世を思い出した。いや前世思い出すとか本当にあるあるの展開すぎるでしょう。
私の前世は日本、という国に暮らす平凡なOLだったらしい。いや、平凡、というところには少し語弊があろうか。何てったって私は、ストーカーの野郎に刺されて殺されたのだから。こんな私にストーカーなんてないないという気持ちと同時に当時仕事が忙しくて目まぐるしい生活だったので、両親や友達の心配も適当に受け流して警察に相談するのも後回しにしてしまったツケが回って来たのだろう。結果仕事帰りに待ち伏せされナイフで数カ所刺され、発見された時には出血多量で死亡。いや前世の私えげつねえ終わり方してんな。
だがしかし、所詮はそれも前世の事だと割り切ってしまえば良いのだ。別に私は急に転生したわけでも無いし、生まれた時からリセシャ・オスカルとして生きているのだ。リセシャに少し前世の記憶が増えただけだ。それで人格が変わったりする事など無いし、私は誰?展開などあろうはずもない。私は自分でも驚く程冷静だった。
まあ、日本にいた時はそんなグレスダード帝国なんて聞いた事も無かったし、恐らくここはいつかの中世ヨーロッパとかそんなもんじゃない。異世界だ。うん。私異世界に生まれ変わっちゃってるよ。
いや、まあ…日本人だった時の事を考えるとスマホやテレビがない事は少し不便だけど、今のこの18年間それで暮らして来たんだから、すぐにスマホやテレビ離れ出来るだろう。
話は戻すが私は木の上から落ちて恐らく5日ぐらいは意識を失って、こうしてベッドにいる。
少し前世の記憶も混ざって混乱している頭をはっきりとさせる為に、私はベッドから降りて姿見の前に立った。
鏡の中でフリフリのネグリジェを着てニマニマとするこの美少女は何を隠そう私。
「ほぉ〜?これは私、マジで美人なのでは?」
そう。私の身分は伯爵令嬢。前世と違って権力もある。これは良いとこの坊ちゃんとの縁談も望める。なんなら貴族ならほぼとんでもない美形が多いこの世界なら、私の旦那になる人も恐らくイケメン。冨、名声、地位、美貌。全てを兼ね備えた素敵な旦那を捕まえる事だって不可能では無いのだ。前世で不遇な最後を迎えた私の為にも、今世では絶対に幸せになってやる!
と私が拳を握りしめたタイミングで部屋に入室して来た人物を見て、今の決意は砂の城の如くサラサラと崩れて行ったのだった。
「…鏡を見てなにニヤニヤしてんだよ?」
本気で引いた顔をして私を見てきた人物。
私の幼馴染、ジョシュア・アデリート。
この男の顔を見て、私は前世の記憶…のさらに深層部が深く抉られる感覚に陥った。
その気持ち悪さからふらりとよろめいたら、ジョシュアは慌てて駆け寄って来てくれた。
「お、おい、大丈夫か?…ったく。メイドはどこに行ったんだよ。」
そう言って私をベッドに誘導しようとするジョシュアの頰を掴んで、その綺麗な顔をマジマジと見つめる。
レモン色のサラサラな髪に、三白眼な灰色の瞳。18歳にしては既に完成されすぎなこの顔。
そしてアデリート公爵家の嫡男という肩書き。
「…なんてこった…前世を思い出したばかりか、小説の中に入り込んでやがるぜ……」
この時膝から崩れ落ちた私を見るジョシュアのドン引いた目を絶対忘れない。
その後私はジョシュアの呼び声にやって来たメイドによってベッドに戻されたのだった。
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「……は?前世?小説の世界?お前何言ってんの。」
ベッドの横に置かれた椅子に足を組んで腰掛けたジョシュアは、私の話を聞いて開口一番そう言った。
「…確かに何ほざいてんだこの不細工は。とか思って当然なんだけど、私は至極真面目に話してるの!!」
「いやそこまで言ってねぇけど。」
「とにかく!ここは私が前世でハマって幾度も幾度も読み返していた小説、「花籠の中のカナリヤ」の世界線なんだってば!!」
「何そのメルヘンな題名。意味分からん。やっぱお前、頭打っておかしくなったよな…?もう寝とけよ。」
「本当に気の毒そうにするのやめてもらえるかな!?」
確かに階段から落下して5日も意識不明の状態だった女が急に目覚めて「前世の記憶思い出したらここは小説の中の世界でした。」とか意味分からない。ジョシュアの反応は至って当たり前だ。
だが、確かにここは私が前世でハマっていた小説に酷似しているのだ。
まず、私がハマっていた「花籠の中のカナリヤ」という小説。ネット小説だったが、瞬く間に流行り出して書籍化、コミック化まで果たした。
内容は男爵令嬢であるシエル・アトランタがひょんなことから架空の存在だと言われている精霊王を召喚し、ひょんなことから精霊王の加護を受けた所から始まる。
借金まみれのアトランタ男爵家はそんな娘に目を付け、彼女を金持ちの好色家の爺に売ろうとする。そんな両親に嫌気がさしたシエルが家出した先に、ひょんなことからタイミング良く居合わせた我が国皇太子様が。
そして彼女が噂の精霊王の加護を持つ女性だと分かった皇太子は、精霊王の力欲しさにひとまず皇宮に保護するのだ。
まぁ、そこからなんやかんやあって過去に闇があってシエルを利用しようとした皇太子の心も癒し、2人はゆくゆくは結婚する。そんな「ひょんなことから」を使えば解決する王道ラブストーリーだった。
ここまでならば、別にそこらへんにあるネット小説とはなんら変わりは無かったのかもしれないけれど、この小説が人気になった理由は、この小説に出てくる脇役、もとい当て馬役2人に圧倒的な人気が集まったからだった。