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モブが勇者であるために  作者: 黒い折り紙
5/5

その5

二人の前に現れた男。帽子を斜めに被り、腰に右手だけを掛けるその姿に、思わず息を呑む勇者。


「そこのお二人さん。ちょっといいかい?」


この言い方が何かの勧誘か、それとも物乞いか。風体に似合わぬ帽子姿だ。どこかで盗んできたのか。そんな考えが勇者の頭の中を巡ったが、その結果を口に出すことは無かった。


「貴様、何者だ?」


女将軍が勇者を守るように身を呈し、男の素性を問いただす。しかし明確な答えは返ってこないまま、謎の男の方からこの会話の確信となる部分を持ち出してきた。


「勇者さんご一行が、こんな路地で何してんの?」

「(それは、僕も聞きたい。)」

「なぜ彼が勇者だと知っている?」


女将軍はそんな違和感を持ったが、自分の行動を思い返してすぐに心が晴れて同時に曇るのを感じた。そして勇者は男に素直な言葉をぶつけた。


「なんで話しかけてきたの?」

「良いこと聞くね坊ちゃん。良いか?耳かっぽじって良く聞けよ。」


勇者は息を呑む。女将軍は固唾を呑む。


「仲間にしてくれよ。」


勇者と女将軍は気が抜けたような、そんな気がした。男が口にする言葉をたくさん予想したが、その一つ目・二つ目に思い浮かぶような言葉が素っ裸で現れて、拍子抜けだった。


何も言わない二人は目を合わせ、言葉を介さずに問答をしていると、男が心配そうに二人を見つめ出す。


「で、答えは?」

「理由を聞いても良いか?」

「それは、追々話すと言うことで。」

「仲間に入れて欲しい人間の姿勢では無いな。まずは志望動機を聞きたいところだ。当然のことだろう?」

「それもそうか。しかし、答えることは出来ない。ただ、力にはなるぜ。」


そう言って帽子を頭からとってその中に手を突っ込む。すこし手首をごちゃごちゃと動かし、「んー」と吐息を漏らすこと3秒ほど。素早く手を引き抜くと、彼の手には綺麗に磨かれた銃が握られていた。その光景を見て女将軍は目を大きく見開いて唖然とする。


「貴様、今転送魔法を使ったのか!?帽子から銃を取り出すなど、それしかあり得ん!何者なんだ!」

「・・・自己PRは以上だ。どうする、勇者殿?」


勇者は頭が回らなかった。つい最近、なぜか勇者に選ばれ、住む世界が急に変わり見知らぬ女となぜか行動をともにし、魔王退治と意気込んで初めて訪れた街で変な男に出会い、帽子から銃を取りだしたかと思えば同行者が驚くほど驚いている。もし彼が「モブでない」、「真の勇者」だとしても戸惑うであろうこの状況。モブ勇者にとってはもう意味不明だ。だが救いがあった。同行者がいる。勇者は自分の意見を言わずに女将軍に任せることに決めた。


「ねぇ、あの人を仲間にした方が良いと思う?」


女将軍の答えによってこの旅が大きく変わることなど、勇者は考えていない。そこまで深い考えが及んでいなかった。ひとまず、この状況を打破できればそれで良かった。


「君はどう思う、勇者よ。」


想定外の返答、まさかの質問返しだ。勇者は心の中で「聞き返してんじゃねぇよ」とぼやいた。しかし次に話し出す順番は勇者だ。グチャグチャになった頭の中から引き抜いてきた言葉。それが、


「じゃあ、テストをします。」


だった。その言葉を聞いて、男はニヤリと笑う。そしてすぐに帽子に銃を戻し、かぶり直した。


「じゃあ、テストを始めましょうかね。ひとまず、魔王の拠点を1つ、潰しましょうかね。」


と余裕満々で話す男。期せずして、勇者の次の目的地が決まった。

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